真夜中のロミオに告ぐ

mimomo

文字の大きさ
2 / 13

第二話:出汁の染み出るふんわりだし巻き卵

しおりを挟む

 五分ほど歩いた所に、雪村の行きつけのこぢんまりとした小料理屋があった。
カウンターに通されて、まずはビールと適当なつまみを注文する。どうやら店員と顔見知りらしく、注文の際には談笑を交わしていた。
 この町でこれほど子綺麗な店があるとは。辺りを見回してみても、客層はすこぶる上品だ。
 知る人ぞ知る、というやつだろう。
 そこそこ繁盛しているのに、驚くほど早くビールが運ばれてきた。
乾杯、とジョッキを合わせて口を付ける。
「ここ、だし巻き美味いんだよ」
 運ばれてきた料理を前に、雪村が目を細めた。
 薄黄色の美しい断面は瑞々しく、出汁がたっぷりと含まれている。添えられた大根おろしの山頂に、は既に醤油が垂らされていた。
 ほら、と促され、一切れを口に運ぶ。チェーンの居酒屋とは違う、控えめな甘さと出汁の旨味。家庭料理のような暖かみがありながらも、本格的な味わいだ。
「俺のこと、よく分かったな」
「見た目が変わっても雰囲気で分かるよ。それに、お前は印象に残る生徒だったし」
 雪村の発言には、含みがあった。
「悪かったな、素行が悪くて」
「それもあるけど、お前、頻繁に図書館に通ってただろ。意外だったからよく覚えてる」
 懐かしいな、と雪村は目を細めた。
 彼は当時から、神経質そうな外見とは裏腹に、砕けた態度も見せる、女子からも妙に人気のあった教師だった。
 国語教師だったので、図書館の管理も任されていた雪村とは、頻繁に出くわしていたことを思い出し、冥は苦々しい気分になった。
「不良が本読んで悪いかよ」
「はは、当時も同じようなこと言ってたぞ」
 よく話しかけられ、こうやって鬱陶しいフリをしていた。
その本心を分かっていて、敢えて絡んでくる。新任教師特有の暑苦しくて押し付けがましいやり方だった。
「確か、シェイクスピアを勧めたな」
「……そうだっけ」
「そうだよ。ロミオとジュリエットをクソつまらなかったって言ってたけどさ、ちゃんと読むなんて律儀なやつだなって思ったよ」
「全然覚えてねぇわ」
 一生徒のことをよくもまぁ、と呆れるフリをしたが、誰かの記憶に残るということに安心していた。
 透明人間なんかじゃない、と証明してくれる。
 それから思い出話に花が咲き、あっという間に閉店時間になってしまった。
「さっきの子、ウチの生徒なんだ。家出して、この街で見かけたって噂が立ってな。もし、見かけたら、教えてくれ」
 大事にしたくない、と家族は警察には頼らない方針のため、女子高の生活指導担当として雪村が捜索にあたっているらしい。
 無理だと思う、と正直に言えずに、かつて捨ててしまった連絡先を雪村から再び渡された。

 翌日。バイト先でシフト表を確認する。雪村が探していた女子高生にそっくりの夏井瑠奈と同じシフトだ。世間話をして、それとなく情報を引き出せばいい。確実に断定できたところで、雪村に伝えればミッションクリアだ。
 しかし、勤務時間になっても彼女は来なかった。怪訝に思った店長が連絡を取ろうとするが、いくらかけても繋がらない。
「佐良くんさぁ。ちょっと様子見て来てくれない?」
「えぇ?何で俺が……」
「それが最近無断欠勤が多くてね、これで3回連続なんだよね。一人暮らしだから、倒れてたら大変でしょ?」
「男が行くのは流石に不味くないっすか?」
「無断欠勤の方がよっぽど不味いよ」
 めちゃくちゃな理屈だ。出来ることなら行きたくない。
 しかし、店長の機嫌を損ねるのも避けたい。
 万が一、何かあったら店長の責任にしてしまえ。
「今暇だからちゃちゃっと抜けて行ってきてよ」
「……はい」
 有無を言わさず駆り出される。
 外の空気を吸う。仕事をサボれるわけでもないので、開放感は皆無だ。
「めんどくせぇ……」
 ぼやきながらも、冥はスマートフォンの地図アプリを立ち上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

すみっこぼっちとお日さま後輩のベタ褒め愛

虎ノ威きよひ
BL
「満点とっても、どうせ誰も褒めてくれない」 高校2年生の杉菜幸哉《すぎなゆきや》は、いつも一人で黙々と勉強している。 友だちゼロのすみっこぼっちだ。 どうせ自分なんて、と諦めて、鬱々とした日々を送っていた。 そんなある日、イケメンの後輩・椿海斗《つばきかいと》がいきなり声をかけてくる。 「幸哉先輩、いつも満点ですごいです!」 「努力してる幸哉先輩、かっこいいです!」 「俺、頑張りました! 褒めてください!」 笑顔で名前を呼ばれ、思いっきり抱きつかれ、褒められ、褒めさせられ。 最初は「何だこいつ……」としか思ってなかった幸哉だったが。 「頑張ってるね」「えらいね」と真正面から言われるたびに、心の奥がじんわり熱くなっていく。 ――椿は、太陽みたいなやつだ。 お日さま後輩×すみっこぼっち先輩 褒め合いながら、恋をしていくお話です。

三ヶ月だけの恋人

perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。 殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。 しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。 罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。 それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

泣き虫で小柄だった幼馴染が、メンタルつよめの大型犬になっていた話。

雪 いつき
BL
 凰太朗と理央は、家が隣同士の幼馴染だった。  二つ年下で小柄で泣き虫だった理央を、凰太朗は、本当の弟のように可愛がっていた。だが凰太朗が中学に上がった頃、理央は親の都合で引っ越してしまう。  それから五年が経った頃、理央から同じ高校に入学するという連絡を受ける。変わらず可愛い姿を想像していたものの、再会した理央は、モデルのように背の高いイケメンに成長していた。 「凰ちゃんのこと大好きな俺も、他の奴らはどうでもいい俺も、どっちも本当の俺だから」  人前でそんな発言をして爽やかに笑う。  発言はともかく、今も変わらず懐いてくれて嬉しい。そのはずなのに、昔とは違う成長した理央に、だんだんとドキドキし始めて……。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

処理中です...