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第三話:舌に残る後悔の味
しおりを挟むよし、と気合いを入れて、インターホンを押す。
彼女はほぼスッピン状態だった。
同じ年くらいと思っていたが、ずっと若い。幼いと言ってもいいくらいだ。
雪村から見せられた、あの写真の少女。
確信する。
「……佐良さん」
雪村に連絡を、と思ったが、彼女は後ろ手に何かを握っている。
「……いや、なんでも、ないけど」
ちらりと見えた鈍色の刃先に、さっと血の気が引いた。
どうか、気のせいであれ。
祈りながらも、冷や汗が止まらない。
「あたし、仕事クビですか?」
そう言って、彼女は力無く笑った。
「ううん、もうクビでいいの。もう生きるのイヤになっちゃったし……」
「な、何言って……」
「あぁ、ちょうどいいや。もし良かったら、一緒に死にません?だって、佐良さんも同じでしょ?いつも『死にたいなぁ』って顔してるもん」
涙が一筋零れ落ち、唇が音もなくそう動いた。
心中を迫られている。
後ろ手には凶器の存在。
なんとかこの場を切り抜けなければ。他人の命に構う余裕はない。なにせ、自分のことで精一杯なのだから。
薄情だと罵られても構わない。
「ごめん、無理」
たった一言を絞り出すだけで精一杯だった。
返事を聞かずに後退り、転がり落ちるように外へと飛び出す。息を切らし、繁華街の中をとにかく逃げる。後ろめたさを振り切るように走り続ける。
俺は悪くない。たまたま居合わせただけだ。
生きようが死のうが、自分は関係ない。
脳内で様々な感情が錯綜する。
引き留めていたら。彼女は思い止まったかもしれない。
自分のせいで、死んでしまったとしたら。色々問題が生じてくる。
もし、自殺幇助にあたれば、れっきとした犯罪だ。ならば、自殺を止める気があったということにすれば良い。
雪村だったら、彼女を救う『理由』も『義務』もあるはず。
震える手でスマートフォンを操作し、連絡先をタップする。
「センセ、あの写真の子が」
頭の中を整理できず、しどろもどろに単語だけを羅列する。
「一旦落ち着け。ほら、深呼吸」
言われるがまま、息を吸って、吐く。そうするだけで、カッとなった頭がすっと冷えた。
事実だけを端的に伝えると、雪村は冷静に相槌を打った。
「今すぐそこに案内してくれ」
偶然、雪村は繁華街の近くにいた。すぐに合流して、彼女のアパートへ向かう。
ドアに鍵はかかっていなかった。二人で顔を見合わせ、静かにドアを開ける。
「夏井。入るぞ」
雪村が声をかけると、奥の方でがしゃん、と物音がした。覚悟を決め、音の鳴った方へと向かう。
そこにはやつれた少女が座り込んでいた。
「夏井」
「せ、んせぇ……?」
足元にはあのナイフが落ちている。立ち位置からは見えないのか、雪村は言葉をかけながら、少女に近づこうとしている。
「無事で良かった」
刺激しないように、と雪村が慎重に言葉を選んでいるのが、冥にも伝わってくる。
「親御さんには……」
しかし、親という単語が出た途端、彼女は激昂した。
「余計なことしないでよ!あんなところに戻るくらいなら、あたし、あたし……」
ベランダまで後退りして、柵を背に彼女が叫んだ。
あんなところ呼ばわりするほど、戻りたくない家。
家族なのに、信用できない。
過去の自分を見ているようで、目を背けたくなる。
「待て、おい!」
彼女は少しも躊躇せずに動いた。
一番恐れていたことが、起こってしまった。
駆け寄る雪村から逃げるように柵を越え、どさりと重いものが落ちる音が響いた。
「夏井!」
雪村が玄関を飛び出して、階下へと走っていく。
カンカンと階段を忙しなく駆け降りる音がする一方で、冥はその場から動けないでいた。
目の前で、人が死んだかもしれない。
あの時、逃げ出さなければ。
逃げ出す前に『死ぬな』と言えていたら。
後悔の念に駆られながら、ベランダを覗き込むと、頭から血を流した彼女がうつ伏せで倒れていた。
自分のせいだ。
雪村が呼んだのだろう、救急車のサイレンが遠くで聞こえる。彼女の名前を雪村が叫んでいる。
しっかりしろ。もう少しで助けが来るからな。
反応の無い彼女に、声を掛け続ける。
その光景に、冥は生唾を飲み込んだ。
五分ほどで駆けつけた救急隊員と共に救急車に乗り込むと、雪村はそのまま付き添い人として病院へと向かった。
先ほどまで彼女が横たわっていた地面をもう一度見る。ぽつぽつと残った血痕が、冥を責めるようだった。
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