3 / 13
第三話:舌に残る後悔の味
しおりを挟むよし、と気合いを入れて、インターホンを押す。
彼女はほぼスッピン状態だった。
同じ年くらいと思っていたが、ずっと若い。幼いと言ってもいいくらいだ。
雪村から見せられた、あの写真の少女。
確信する。
「……佐良さん」
雪村に連絡を、と思ったが、彼女は後ろ手に何かを握っている。
「……いや、なんでも、ないけど」
ちらりと見えた鈍色の刃先に、さっと血の気が引いた。
どうか、気のせいであれ。
祈りながらも、冷や汗が止まらない。
「あたし、仕事クビですか?」
そう言って、彼女は力無く笑った。
「ううん、もうクビでいいの。もう生きるのイヤになっちゃったし……」
「な、何言って……」
「あぁ、ちょうどいいや。もし良かったら、一緒に死にません?だって、佐良さんも同じでしょ?いつも『死にたいなぁ』って顔してるもん」
涙が一筋零れ落ち、唇が音もなくそう動いた。
心中を迫られている。
後ろ手には凶器の存在。
なんとかこの場を切り抜けなければ。他人の命に構う余裕はない。なにせ、自分のことで精一杯なのだから。
薄情だと罵られても構わない。
「ごめん、無理」
たった一言を絞り出すだけで精一杯だった。
返事を聞かずに後退り、転がり落ちるように外へと飛び出す。息を切らし、繁華街の中をとにかく逃げる。後ろめたさを振り切るように走り続ける。
俺は悪くない。たまたま居合わせただけだ。
生きようが死のうが、自分は関係ない。
脳内で様々な感情が錯綜する。
引き留めていたら。彼女は思い止まったかもしれない。
自分のせいで、死んでしまったとしたら。色々問題が生じてくる。
もし、自殺幇助にあたれば、れっきとした犯罪だ。ならば、自殺を止める気があったということにすれば良い。
雪村だったら、彼女を救う『理由』も『義務』もあるはず。
震える手でスマートフォンを操作し、連絡先をタップする。
「センセ、あの写真の子が」
頭の中を整理できず、しどろもどろに単語だけを羅列する。
「一旦落ち着け。ほら、深呼吸」
言われるがまま、息を吸って、吐く。そうするだけで、カッとなった頭がすっと冷えた。
事実だけを端的に伝えると、雪村は冷静に相槌を打った。
「今すぐそこに案内してくれ」
偶然、雪村は繁華街の近くにいた。すぐに合流して、彼女のアパートへ向かう。
ドアに鍵はかかっていなかった。二人で顔を見合わせ、静かにドアを開ける。
「夏井。入るぞ」
雪村が声をかけると、奥の方でがしゃん、と物音がした。覚悟を決め、音の鳴った方へと向かう。
そこにはやつれた少女が座り込んでいた。
「夏井」
「せ、んせぇ……?」
足元にはあのナイフが落ちている。立ち位置からは見えないのか、雪村は言葉をかけながら、少女に近づこうとしている。
「無事で良かった」
刺激しないように、と雪村が慎重に言葉を選んでいるのが、冥にも伝わってくる。
「親御さんには……」
しかし、親という単語が出た途端、彼女は激昂した。
「余計なことしないでよ!あんなところに戻るくらいなら、あたし、あたし……」
ベランダまで後退りして、柵を背に彼女が叫んだ。
あんなところ呼ばわりするほど、戻りたくない家。
家族なのに、信用できない。
過去の自分を見ているようで、目を背けたくなる。
「待て、おい!」
彼女は少しも躊躇せずに動いた。
一番恐れていたことが、起こってしまった。
駆け寄る雪村から逃げるように柵を越え、どさりと重いものが落ちる音が響いた。
「夏井!」
雪村が玄関を飛び出して、階下へと走っていく。
カンカンと階段を忙しなく駆け降りる音がする一方で、冥はその場から動けないでいた。
目の前で、人が死んだかもしれない。
あの時、逃げ出さなければ。
逃げ出す前に『死ぬな』と言えていたら。
後悔の念に駆られながら、ベランダを覗き込むと、頭から血を流した彼女がうつ伏せで倒れていた。
自分のせいだ。
雪村が呼んだのだろう、救急車のサイレンが遠くで聞こえる。彼女の名前を雪村が叫んでいる。
しっかりしろ。もう少しで助けが来るからな。
反応の無い彼女に、声を掛け続ける。
その光景に、冥は生唾を飲み込んだ。
五分ほどで駆けつけた救急隊員と共に救急車に乗り込むと、雪村はそのまま付き添い人として病院へと向かった。
先ほどまで彼女が横たわっていた地面をもう一度見る。ぽつぽつと残った血痕が、冥を責めるようだった。
0
あなたにおすすめの小説
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
タトゥーの甘い檻
マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代)
どのお話も単体でお楽しみいただけます。
「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」
真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。
それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。
「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。
アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。
ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。
愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。
「……お前のわがままには、最後まで付き合う」
針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。
執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。
後宮に咲く美しき寵后
不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。
フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。
そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。
縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。
ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。
情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。
狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。
縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる