真夜中のロミオに告ぐ

mimomo

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第七話:連日鍋料理でも、君となら

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「いやーお疲れ様」
 乾杯、とビールの入ったグラスを掲げた雪村に付き合い、湯呑みを掲げる。中身はもちろんお茶だ。酒は当分飲みたくない。
 華恋を家まで送り届けて、時刻は夜中の二時だった。
 今はあっさり系が無性に食べたい。冥のリクエストで、夜食は博多の水炊きだ。
しっかりとした歯応えの鶏肉を、爽やかな柑橘の効いたポン酢に付けて噛み締める。冷凍セットとは思えないほど本格的な鶏の旨みが口の中に広がり、旨みを吸った野菜もまた格別だった。
「んで、結局、店は辞められたのか?」
「たぶん……」
 たぶん、と濁したのは理由があった。
 一連の騒ぎの後、そのままバックれてしまおうかと思ったが、店の前で綺羅斗に見つかってしまった。つかつかと近寄ってくる綺羅斗に、殴られるのを覚悟して身構える。
 ふわり、とアルコールと香水の混じった香りがした。
そして、何故かきつく抱きしめられている。冥の頭の中はハテナで一杯だった。
「お前の接客は最高だった。『見て欲しかった』ってセリフ、心からの叫びって感じでグッときた。クールなビジュアルからの一途で情熱的なアプローチ……お前、才能あるぜ。オーナーには上手く言っといてやるから、ホストを続けないか?」
「いや、一身上の都合でやめさせてほしいっす」
 勿論、即答だった。
 いつでも待ってるからな、という綺羅斗の言葉は聞こえないフリをした。
 ホストはもう懲り懲りだ。
「しかし名演技だったな、『俺のことも見て欲しかったっす!』って」
「見てたのかよ……趣味悪」
「すまんすまん。出て行きたいのは山々だったんだが、店の人間と話をつける必要があったから遅くなってしまった」
 あんなに頑張ったのに。居たなら、もっと早くきてくれ。
じとり、と雪村を睨みつける。
「先生は佐良のこと、ちゃんと見てるからな」
 見て欲しかった、と子供の頃からずっとそう思っていた。伝える相手はいないので、口に出したことはない。
期待したって、虚しいだけ。はなから諦めていたほうが、楽だったから。
 でも今は、見てると言ってくれる人が、目の前にいる。温かい鍋を囲んで、その人が笑っている。
 生きていてもいいんだ、と胸の奥がくすぐったくなる。
 同時に、後ろめたさのようなものが脳内をよぎった。
 生きている実感に喜びを覚える自分と、死にたかったけど生かされた彼女。
「センセ、俺さ」
 箸を置いて、雪村をまっすぐ見る。
「夏井さんに謝りたいんだ」
 雪村の視線は、こう語っている。
 お前は悪くない、と。
 それでも、彼女の命を蔑ろにしてあの場から逃げたことの謝罪がしたかった。
「とりあえず、夏井に聞いてみる。許可を得た上で病室の場所を伝えるから」
 覚悟を決めた冥に、雪村は静かにそう言った。


「……久しぶり」
 お見舞いの品にと買ったプリンを渡すと、彼女は別に良いのに、と笑いながら礼を言った。
カーテンで仕切られた大部屋の病室は明るく、時折看護師が出入りしている。
 一ヶ月ぶりにあった彼女は、骨折は治っていないものの、顔色は良く、以前よりも健康そうに見えた。
「……すみませんでした」
「私こそ、巻き込んですみませんでした。先生を呼んできてくれなきゃ、本当に死んでたから」
 こういう時に気の利いた言葉やジョークの一つでも言えれば、と脳裏にホストの体験入店がよぎる。
 窓の外は明るく、風に木々が揺れている。あの鈍色の町とは別世界のような平穏がそこにはあった。
「死ななくて、良かった」
 ぽつり、とそう呟いた。
意図せず零れ落ちた言葉に、内心驚く。
もしもあの時、目の前の命が失われていたら、と思うと、ゾッとする。今の冥には、彼女は生きるべきだった、と迷いなく言い切ることができた。
「うん。ありがとうございます」
 そう言って、瑠奈は柔らかくはにかんだ。


「おかえり。夏井には会えたか?」
 居間のこたつ机で採点中の雪村が、帰ってきた冥に声を掛けた。
 向かい側に座ると、そろそろ飯にするか、と入れ替わりに雪村が立ち上がり、台所へと向かっていった。
「うん、元気そうだった」
「良かったな、冥クン」
 そう茶化され、さっと胸の内が曇る。
 冥の表情が凍りついたのを、雪は見逃さなかった。
「どうした?」
「嫌いなんだよ、自分の名前。冥土の冥なんて縁起悪いだろ。親に聞いたら由来も何にもない、ただなんとなくカッコいいかなと思ってつけた、ってさ」
「そうか?いい名前だと思うけどな」
「センセは光留って立派な名前だから良いじゃん。由来だってどうせ、光り輝く人生をってちゃんとしたやつだろ」
「お前の名前だって、十分ちゃんとしてると思う。なんたって、冥王星の冥だ。太陽系の中ではかなり遠くにある星なのに、地球から目視できるって、相当な輝きだぞ」
 自分の親がそこまで考えているとは思えず、首を傾げる。
 玉のれんの向こうから現れた雪村が、愛用の土鍋を鍋敷きの上に置いた。
「俺は好きだけどな、お前の名前」
 返す言葉が無くて、押し黙る。その沈黙に、雪村はぷっと吹き出した。
「照れてるな」
「ちげーし。つか、また鍋かよ」
 図星だったので慌てて話題を変えると、誇らしげに鍋の中を見せつけられた。
「鍋は鍋でもホワイトシチューだ」
 クリーム色のシチュー。具はにんじん、じゃがいも、玉ねぎとぶつ切りの鶏もも肉だ。土鍋という店を除けば、パッケージに描かれている、お手本のようなビジュアルだった。
「わざわざ土鍋でやらなくても良いだろ」
「それもそうなんだが、鍋を囲むって、一人じゃできないからな」
「俺がいるからってこと?」
「そう。せっかく二人なんだからさ。家族みたいで、いいだろ?」
 もうもうと立った湯気を見て、雪村は目を細めた。

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