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第九話:あの人のもとへ
しおりを挟む「まだあんのかよ」
藤堂美優が鞄から三つ目のモバイルバッテリーを取り出して、スマートフォンに繋げるのを眺めながら、冥は独り言と共に深いため息をついた。
シフトの入っていない平日。
コンビニのイートインスペース。ビル裏がよく見える、カウンター席にかれこれ八時間座り続けている。
土曜日のビル裏には、昼間でも、地べたに座り込んだ若者のグループが複数あった。
美優はそのどこかに属しているわけでもなく、配信を回しながら、グループを転々としている。それぞれと仲良くしているが、どことも一線を画しているようにも見える。仲の良い友人、というよりは、まるで取材をしているかのような距離感だった。
このままじゃ埒が明かない。コーヒー一杯で粘るのも限界がある。そろそろ店員にも声をかけられるだろう。席を立ち、自動ドアを出た瞬間、嫌と言うほど観察し続けたターゲットが目の前に現れた。
「やっぱ超イケメンじゃん! 撮れ高撮れ高」
強引に腕を組まれ、インカメラに映るよう位置を調整される。
ゲスト出演など、ごめんだ。
振り払いたかったが、痴漢とでも叫ばれたら、厄介なことになる。
美優はにんまりと笑って、身動きの取れない冥を外へ連れ出した。
店外に出た途端、ビル裏の常連達の視線が一斉に集まる。腕を組んで歩きながら、美優は冥を見上げて話し始めた。
「ずっとウチのこと見てたよね? まさか……ファン?」
「いや違うけど」
「なんだ、残念。ってか、冥さんって冗談通じない系?」
突如名前を呼ばれ、冥は目を見開いた。
「ウチ、知り合い多いからなーんでも知ってるよ。冥さん、ゆっきー先生の新しい彼氏でしょ?」
「はぁ? 彼氏?」
大声で聞き返すと、美優は追い討ちをかけるように話を続けた。
「なに? 知らないの? ゆっきー先生はゲイなんだよ。男前な元カレの写真を大事に持ち歩いてんの、ウチ見ちゃったもん」
元彼との写真。
以前、あの家で見つけた写真。雪村と若い男性が二人で写っていた、幸せそうな一枚。
きっとあれを持ち歩いているのだろう。
見てはいけないものだと、瞬時に思った。
密接した距離感。恋人にしか見せない、あの幸せそうな表情。
心のどこかで、気付いていた。
行き場のない感情に、ただ苛立つ。
たとえ、そうだとしても。決して、他人がペラペラ喋っていいようなことじゃない。
隠しておきたい、心の一番脆い部分だったとしたら。
今すぐ、配信を止めなくては。
美優の手からスマートフォンを奪い、床に叩きつける。がしゃん、と音を立て落ちたスマートフォンを、美優は慌てて拾い上げた。
「やめてよ! 壊れたらどうしてくれんの?」
喚く美優の声が遠く感じる。
そんなもの、壊れてしまえばいい。
生徒にも同僚にもおそらく伝えていなかっただろう。教師という立場上、今後、彼の仕事に支障が出るかもしれない。昔と比べてマイノリティが理解されるようになってきたとはいえ、冷ややかな目で見られることもあるだろう。
居てもたってもいられず、走り出す。
今はただ、雪村の元へ向かうことしか考えられなかった。
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