真夜中のロミオに告ぐ

mimomo

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第十一話:『死ななくて、良かった』

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「……ただいま」
 両手にビニール袋を持ったまま、居間へと足を踏み入れると、机に突っ伏していた雪村が慌てて顔を上げた。机の上はテストの答案用紙が山積みになっている。追い出したはずの人間が帰ってきたことに相当驚いたようで、眼鏡を逆さに掛けてから、もう一度元に直した。
「佐良、お前……」
「あのまま追い出すのはナシだろ。今日は俺がメシ作るから」
 返事も聞かずに、台所の玉のれんをくぐる。雪村は何か言いたげだったが、結局、冥が台所から出てくるまで何も手を出してはこなかった。
 中華麺。キャベツ。にんじん。もやし。豚肉の細切れ。
中火で炒め、ソースを加えて再び炒める。
 工程は以上。
 普段家事をしない人間でも、簡単に作ることができる料理の一つだ。
 皿の上に取り分け、不格好ながら完成したそれを机に運ぶ。雪村は礼を言いながら皿を受け取り、いただきます、と手を合わせた。
 久しぶりに作った料理だ。反応が気になって、雪村の様子をじっと見つめる。
「美味いよ」
 穴が開くほど熱心に見つめられ、あまりの真剣さに雪村は困ったように笑った。
 緊張の糸が解け、ほっと胸を撫で下ろす。
 本当は怖かった。もう来るな、と拒絶されても、おかしくはなかったから。
「……悪かった」
 重い一言に箸を動かす手がお互いに止まった。
「俺のほうこそ、ごめん」
「お前は何も悪くないだろ」
「センセだって、悪くないじゃん。そりゃ、ビックリはしたけど、ゲイだったからというよりは、センセにも恋人がいたんだなって。センセが人間ってこと、忘れてた」
 冥の言葉に雪村がぷっと吹き出した。
「なんだそれ」
「センセの元カレってどんな人?」
「……いい奴だったよ。八年前、病気で死んじまったけどな」
 こいつ、と雪村は写真を取り出して、指をさした。
 雪村と若い男性が鍋を囲み、笑い合っている。数日前、冥が見てしまったあの写真だった。
「中々の男前だろ? ……家族だったんだ」
 死んだ恋人を想いながら、雪村は写真を撫でた。
  家族。冥にとって、その言葉は何よりも重い。
 毒親でなければ、と何度も両親を恨んだ。自分にも家族がいれば、と他人を羨んだ。
 持たざる者に、失った痛みは分からないはずだ。なのに、こんなに心が痛いのは、なぜだろう。
「あいつを失って、俺も死のうと思ってた。その頃、お前とロミオとジュリエットの話をしたんだ。お前がロミオに向けて言った言葉、覚えているか?」
 冥の脳裏に、かつての光景が蘇る。
『死ななくて、良かったのに』
 ただ、何気ない言葉だった。
もったいない。生きていたらきっと、ジュリエットと家族になれたのに。
思い込みで暴走して、真夜中にたった一人で死んだロミオに向けた嫌味でもあった。
「その言葉を聞いてさ。あぁ、俺も別に死ななくて良いんだ、って思ったんだ」
 家族を失い、絶望して後を追おうとした。かつての雪村は、ロミオと同じ運命を辿ろうとしていた。
 ただ一つロミオと違ったのは。死ななくて良い、という静止の言葉。
「だから、お前は俺の命の恩人なんだよ」
 ありがとう。
 雪村は冥を真っ直ぐ見つめ、そう言った。
 礼を言われるようなことは、何もしてない。
 内心、冥は戸惑っていた。
 むしろ、雪村の存在は、冥にとって『救い』だったのだから。
 中学生の冥にとって、雪村は唯一の信用できる大人だった。家庭の事情で進学こそできなかったが、卒業後の進路に関しても、親身に相談に乗ろうとしてくれた恩人。
「俺のほうこそ、ありがとう。中学の時、センセと話すのすげぇ楽しかったし、アンタみたいな人が家族だったらって何度も思った」
 当時は言えなかった感謝を、ようやく伝えることができた。
「じゃあ、お互い様だな」
 そう笑う雪村は、吹っ切れた表情をしている。そうだな、と冥も同じ顔をして笑った。
 救ってくれる人がいる。そして、気付かないうちに自分も誰かを救っている。
 無駄な人生なんかじゃなかった。
 生きていれば、それだけで意味がある。
 何の取り柄もない自分にも、誰かのために出来ることがある。
「あの子のことは一旦俺に任せてほしい。……なんとなく、昔の俺に似てる気がするから」
 家族に愛されず、居場所を求めて彷徨っていたあの頃の自分と、自分が無いことに悩み、やっと見つけた居場所に固執する美優。
一番欲しかった言葉は、きっと同じはずだ。
 自分なら、分かってやれる。
 冥はそう確信していた。

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