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「……お嬢様。本日はアルベルト様たっての希望で、領地の町までお出かけです。さあ、起きてください」
「嫌よ。町なんて歩くだけでカロリーが溶けるわ。私はここで、光合成をして過ごすの……」
アンに引きずられるようにして、私は馬車に乗せられた。
アルベルトが「君の美しさを民に見せつけ、この地が君の支配下にあることを知らしめよう!」と息巻いた結果である。
正直、町の人にどう思われようが知ったことではないが、アルベルトが「町一番の菓子屋を貸し切った」と言った瞬間、私の足は馬車へと向かっていた。
町に到着すると、馬車から降りた瞬間に周囲の空気が凍りついたのがわかった。
(……あ、いつものやつね)
王都から追放されてきた「稀代の悪女」の登場だ。町の人々が怯えるのも無理はない。
私は眩しさに目を細め、眠気による不機嫌さを隠そうともせず、周囲を一瞥した。
「……ひっ! 見ろよ、あの目。あれが噂の悪役令嬢エスター様か……!」
「なんて鋭い眼光なんだ。まるで見透かされているみたいだわ……!」
(違うわよ、ただ眩しいだけよ。あと、さっき食べたクッキーの粉が歯に詰まって気になってるだけ)
私は無言で、町一番の菓子屋へと歩を進める。
その時、ガラの悪い男たちが、広場で物売りの少女を囲んで難癖をつけているのが目に入った。
(ああ……面倒くさい。関わりたくない。でも、あの男たちが立っている場所、私が通りたい最短ルートなのよね)
私は深い溜息をつき、最短ルートを確保するために男たちの前に立った。
そして、最大限の「早くどけ」という意思を込め、三白眼をギリリと剥いて睨みつけた。
「………邪魔よ」
私の低い、寝起きのような掠れた声。
男たちは一瞬で顔を真っ青にし、ガタガタと震え出した。
「ひ、ひえぇぇぇ! じ、慈悲を! 殺さないでくれぇぇ!」
「うわあああ! 目が、目が魂を削ってくるーー!」
男たちは脱兎のごとく逃げ出していった。
(……。……。……勝ったわ。歩かずに済んだ)
助けられた少女が、キラキラとした瞳で私を見上げてくる。
「あ、ありがとうございます……! 高潔で、凛としたエスター様! 私、一生ついていきます!」
(……高潔? 今、私はただ『邪魔だからどけ』って言っただけなんだけど)
背後では、アルベルトが感涙にむせんでいた。
「おお、エスター……! 今の、今のあのゴミを見るような軽蔑の眼差し! 悪を一切許さない、その冷徹なまでの正義感! 君こそ真の聖女だ!」
「……アン。バケツ。塩」
「お嬢様、今は手元にありません。代わりにこの激辛の飴でも投げつけますか?」
菓子屋で目的の品を買い込み、再び馬車に乗り込む。
車内には、私とアン、そして「護衛」と称して図々しく乗り込んできたアルベルト。
私は高級マカロンを口に放り込み、ふと思い出したようにアンに尋ねた。
「そういえばアン。マリアから連絡は来ているかしら?」
「ええ。昨晩、秘密の通信鳥が届きました。『計画通り、王子は毎日私の前でエスター様の名前を呼びながら泣いています。そろそろ限界かもしれません、うふふ』だそうです」
アルベルトが、ピクリと眉を動かした。
「……マリア? あの、セドリックの隣にいた令嬢か? エスター、君は彼女と繋がっているのか?」
私は二つ目のマカロンを手に取り、不敵に笑った。
「ええ、そうよ。婚約破棄される三ヶ月前。私はマリア様を呼び出して、交渉したの」
(回想)
『マリア様。貴女、王子様のことが好きなのでしょう?』
『は、はい……。でも、エスター様という婚約者がいらっしゃるのに……』
『いいのよ。私は自由になりたい。貴女は王子様と結ばれたい。……利害が一致したわね?』
『えっ?』
『今から言う通りに動いて。私が貴女をいじめているように周囲に見せかけるから、貴女は健気に耐えて、殿下の庇護欲を煽るの。大丈夫、脚本は私が書くわ』
(回想終了)
「……つまり、あの婚約破棄の茶番は、全て君が描いた台本だったのか?」
アルベルトが、驚愕と、それ以上の「崇拝」の混じった表情で私を見る。
「そうよ。私は自由なニート生活が欲しかった。マリア様は……まあ、彼女は私の『悪役っぷり』の大ファンだったみたいで、喜んで協力してくれたわ」
「素晴らしい……! 何という策士だ! 愛する人のために身を引く悲劇のヒロインを演じつつ、実は全てを掌の上で転がしていたとは!」
「……いや、愛する人のためじゃなくて、寝たいだけなんだけど」
私は呆れて窓の外を眺めた。
「エスター。君がそれほどまでに自由を愛するなら、私が君を全人類から隠してしまおう。私の城の地下に、最高級の寝室を用意してもいい」
「それは監禁っていうのよ。却下」
「では、君が動かなくても世界が君を中心に回るように、私がこの国の経済を牛耳ってこよう!」
「もっとやめて。国家規模の面倒ごとは御免だわ」
私はマカロンを食べ終え、クッションを抱きしめて目を閉じた。
「……さて。町まで行って疲れたわ。明日の昼まで、絶対に起こさないでね」
「畏まりました、お嬢様」
「おやすみ、私の天才的な悪役令嬢。君の夢の中に、私が出てくるのを許可しよう」
「……出てこなくていいわよ」
馬車は、私の「楽園(ボロ屋)」へとゆっくりと戻っていく。
王都ではセドリックが発狂し、町では私が聖女と崇められ、隣国の公爵にはストーカー並みに溺愛される。
(……まあ、いいわ。寝られれば何でも)
エスター・ド・ヴァリエールのニート道。
その道のりは、どういうわけか、望まぬ方向へと輝きを増していくのであった。
「嫌よ。町なんて歩くだけでカロリーが溶けるわ。私はここで、光合成をして過ごすの……」
アンに引きずられるようにして、私は馬車に乗せられた。
アルベルトが「君の美しさを民に見せつけ、この地が君の支配下にあることを知らしめよう!」と息巻いた結果である。
正直、町の人にどう思われようが知ったことではないが、アルベルトが「町一番の菓子屋を貸し切った」と言った瞬間、私の足は馬車へと向かっていた。
町に到着すると、馬車から降りた瞬間に周囲の空気が凍りついたのがわかった。
(……あ、いつものやつね)
王都から追放されてきた「稀代の悪女」の登場だ。町の人々が怯えるのも無理はない。
私は眩しさに目を細め、眠気による不機嫌さを隠そうともせず、周囲を一瞥した。
「……ひっ! 見ろよ、あの目。あれが噂の悪役令嬢エスター様か……!」
「なんて鋭い眼光なんだ。まるで見透かされているみたいだわ……!」
(違うわよ、ただ眩しいだけよ。あと、さっき食べたクッキーの粉が歯に詰まって気になってるだけ)
私は無言で、町一番の菓子屋へと歩を進める。
その時、ガラの悪い男たちが、広場で物売りの少女を囲んで難癖をつけているのが目に入った。
(ああ……面倒くさい。関わりたくない。でも、あの男たちが立っている場所、私が通りたい最短ルートなのよね)
私は深い溜息をつき、最短ルートを確保するために男たちの前に立った。
そして、最大限の「早くどけ」という意思を込め、三白眼をギリリと剥いて睨みつけた。
「………邪魔よ」
私の低い、寝起きのような掠れた声。
男たちは一瞬で顔を真っ青にし、ガタガタと震え出した。
「ひ、ひえぇぇぇ! じ、慈悲を! 殺さないでくれぇぇ!」
「うわあああ! 目が、目が魂を削ってくるーー!」
男たちは脱兎のごとく逃げ出していった。
(……。……。……勝ったわ。歩かずに済んだ)
助けられた少女が、キラキラとした瞳で私を見上げてくる。
「あ、ありがとうございます……! 高潔で、凛としたエスター様! 私、一生ついていきます!」
(……高潔? 今、私はただ『邪魔だからどけ』って言っただけなんだけど)
背後では、アルベルトが感涙にむせんでいた。
「おお、エスター……! 今の、今のあのゴミを見るような軽蔑の眼差し! 悪を一切許さない、その冷徹なまでの正義感! 君こそ真の聖女だ!」
「……アン。バケツ。塩」
「お嬢様、今は手元にありません。代わりにこの激辛の飴でも投げつけますか?」
菓子屋で目的の品を買い込み、再び馬車に乗り込む。
車内には、私とアン、そして「護衛」と称して図々しく乗り込んできたアルベルト。
私は高級マカロンを口に放り込み、ふと思い出したようにアンに尋ねた。
「そういえばアン。マリアから連絡は来ているかしら?」
「ええ。昨晩、秘密の通信鳥が届きました。『計画通り、王子は毎日私の前でエスター様の名前を呼びながら泣いています。そろそろ限界かもしれません、うふふ』だそうです」
アルベルトが、ピクリと眉を動かした。
「……マリア? あの、セドリックの隣にいた令嬢か? エスター、君は彼女と繋がっているのか?」
私は二つ目のマカロンを手に取り、不敵に笑った。
「ええ、そうよ。婚約破棄される三ヶ月前。私はマリア様を呼び出して、交渉したの」
(回想)
『マリア様。貴女、王子様のことが好きなのでしょう?』
『は、はい……。でも、エスター様という婚約者がいらっしゃるのに……』
『いいのよ。私は自由になりたい。貴女は王子様と結ばれたい。……利害が一致したわね?』
『えっ?』
『今から言う通りに動いて。私が貴女をいじめているように周囲に見せかけるから、貴女は健気に耐えて、殿下の庇護欲を煽るの。大丈夫、脚本は私が書くわ』
(回想終了)
「……つまり、あの婚約破棄の茶番は、全て君が描いた台本だったのか?」
アルベルトが、驚愕と、それ以上の「崇拝」の混じった表情で私を見る。
「そうよ。私は自由なニート生活が欲しかった。マリア様は……まあ、彼女は私の『悪役っぷり』の大ファンだったみたいで、喜んで協力してくれたわ」
「素晴らしい……! 何という策士だ! 愛する人のために身を引く悲劇のヒロインを演じつつ、実は全てを掌の上で転がしていたとは!」
「……いや、愛する人のためじゃなくて、寝たいだけなんだけど」
私は呆れて窓の外を眺めた。
「エスター。君がそれほどまでに自由を愛するなら、私が君を全人類から隠してしまおう。私の城の地下に、最高級の寝室を用意してもいい」
「それは監禁っていうのよ。却下」
「では、君が動かなくても世界が君を中心に回るように、私がこの国の経済を牛耳ってこよう!」
「もっとやめて。国家規模の面倒ごとは御免だわ」
私はマカロンを食べ終え、クッションを抱きしめて目を閉じた。
「……さて。町まで行って疲れたわ。明日の昼まで、絶対に起こさないでね」
「畏まりました、お嬢様」
「おやすみ、私の天才的な悪役令嬢。君の夢の中に、私が出てくるのを許可しよう」
「……出てこなくていいわよ」
馬車は、私の「楽園(ボロ屋)」へとゆっくりと戻っていく。
王都ではセドリックが発狂し、町では私が聖女と崇められ、隣国の公爵にはストーカー並みに溺愛される。
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