婚約破棄で謳歌するはずが、構ってほしそうにこっちを見てる?

どんぶり

文字の大きさ
5 / 28

5

しおりを挟む
「……お嬢様。本日はアルベルト様たっての希望で、領地の町までお出かけです。さあ、起きてください」


「嫌よ。町なんて歩くだけでカロリーが溶けるわ。私はここで、光合成をして過ごすの……」


アンに引きずられるようにして、私は馬車に乗せられた。


アルベルトが「君の美しさを民に見せつけ、この地が君の支配下にあることを知らしめよう!」と息巻いた結果である。


正直、町の人にどう思われようが知ったことではないが、アルベルトが「町一番の菓子屋を貸し切った」と言った瞬間、私の足は馬車へと向かっていた。


町に到着すると、馬車から降りた瞬間に周囲の空気が凍りついたのがわかった。


(……あ、いつものやつね)


王都から追放されてきた「稀代の悪女」の登場だ。町の人々が怯えるのも無理はない。


私は眩しさに目を細め、眠気による不機嫌さを隠そうともせず、周囲を一瞥した。


「……ひっ! 見ろよ、あの目。あれが噂の悪役令嬢エスター様か……!」


「なんて鋭い眼光なんだ。まるで見透かされているみたいだわ……!」


(違うわよ、ただ眩しいだけよ。あと、さっき食べたクッキーの粉が歯に詰まって気になってるだけ)


私は無言で、町一番の菓子屋へと歩を進める。


その時、ガラの悪い男たちが、広場で物売りの少女を囲んで難癖をつけているのが目に入った。


(ああ……面倒くさい。関わりたくない。でも、あの男たちが立っている場所、私が通りたい最短ルートなのよね)


私は深い溜息をつき、最短ルートを確保するために男たちの前に立った。


そして、最大限の「早くどけ」という意思を込め、三白眼をギリリと剥いて睨みつけた。


「………邪魔よ」


私の低い、寝起きのような掠れた声。


男たちは一瞬で顔を真っ青にし、ガタガタと震え出した。


「ひ、ひえぇぇぇ! じ、慈悲を! 殺さないでくれぇぇ!」


「うわあああ! 目が、目が魂を削ってくるーー!」


男たちは脱兎のごとく逃げ出していった。


(……。……。……勝ったわ。歩かずに済んだ)


助けられた少女が、キラキラとした瞳で私を見上げてくる。


「あ、ありがとうございます……! 高潔で、凛としたエスター様! 私、一生ついていきます!」


(……高潔? 今、私はただ『邪魔だからどけ』って言っただけなんだけど)


背後では、アルベルトが感涙にむせんでいた。


「おお、エスター……! 今の、今のあのゴミを見るような軽蔑の眼差し! 悪を一切許さない、その冷徹なまでの正義感! 君こそ真の聖女だ!」


「……アン。バケツ。塩」


「お嬢様、今は手元にありません。代わりにこの激辛の飴でも投げつけますか?」


菓子屋で目的の品を買い込み、再び馬車に乗り込む。


車内には、私とアン、そして「護衛」と称して図々しく乗り込んできたアルベルト。


私は高級マカロンを口に放り込み、ふと思い出したようにアンに尋ねた。


「そういえばアン。マリアから連絡は来ているかしら?」


「ええ。昨晩、秘密の通信鳥が届きました。『計画通り、王子は毎日私の前でエスター様の名前を呼びながら泣いています。そろそろ限界かもしれません、うふふ』だそうです」


アルベルトが、ピクリと眉を動かした。


「……マリア? あの、セドリックの隣にいた令嬢か? エスター、君は彼女と繋がっているのか?」


私は二つ目のマカロンを手に取り、不敵に笑った。


「ええ、そうよ。婚約破棄される三ヶ月前。私はマリア様を呼び出して、交渉したの」


(回想)


『マリア様。貴女、王子様のことが好きなのでしょう?』


『は、はい……。でも、エスター様という婚約者がいらっしゃるのに……』


『いいのよ。私は自由になりたい。貴女は王子様と結ばれたい。……利害が一致したわね?』


『えっ?』


『今から言う通りに動いて。私が貴女をいじめているように周囲に見せかけるから、貴女は健気に耐えて、殿下の庇護欲を煽るの。大丈夫、脚本は私が書くわ』


(回想終了)


「……つまり、あの婚約破棄の茶番は、全て君が描いた台本だったのか?」


アルベルトが、驚愕と、それ以上の「崇拝」の混じった表情で私を見る。


「そうよ。私は自由なニート生活が欲しかった。マリア様は……まあ、彼女は私の『悪役っぷり』の大ファンだったみたいで、喜んで協力してくれたわ」


「素晴らしい……! 何という策士だ! 愛する人のために身を引く悲劇のヒロインを演じつつ、実は全てを掌の上で転がしていたとは!」


「……いや、愛する人のためじゃなくて、寝たいだけなんだけど」


私は呆れて窓の外を眺めた。


「エスター。君がそれほどまでに自由を愛するなら、私が君を全人類から隠してしまおう。私の城の地下に、最高級の寝室を用意してもいい」


「それは監禁っていうのよ。却下」


「では、君が動かなくても世界が君を中心に回るように、私がこの国の経済を牛耳ってこよう!」


「もっとやめて。国家規模の面倒ごとは御免だわ」


私はマカロンを食べ終え、クッションを抱きしめて目を閉じた。


「……さて。町まで行って疲れたわ。明日の昼まで、絶対に起こさないでね」


「畏まりました、お嬢様」


「おやすみ、私の天才的な悪役令嬢。君の夢の中に、私が出てくるのを許可しよう」


「……出てこなくていいわよ」


馬車は、私の「楽園(ボロ屋)」へとゆっくりと戻っていく。


王都ではセドリックが発狂し、町では私が聖女と崇められ、隣国の公爵にはストーカー並みに溺愛される。


(……まあ、いいわ。寝られれば何でも)


エスター・ド・ヴァリエールのニート道。


その道のりは、どういうわけか、望まぬ方向へと輝きを増していくのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

シリアス
恋愛
冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

処理中です...