婚約破棄で謳歌するはずが、構ってほしそうにこっちを見てる?

どんぶり

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「……お嬢様。お嬢様。至急、その重い腰……いえ、重い瞼を上げてください。非常事態です」


アンの声が、心地よい夢の淵から私を引きずり出す。


私は「人間をダメにするクッション・プロ仕様」に顔を埋めたまま、芋虫のように身をよじった。


「……アン。非常事態っていうのは、屋敷に隕石が直撃したとか、おやつのプリンが絶滅したとか、そういうレベルの話かしら?」


「いいえ。自称『正義の騎士団』を名乗る暑苦しい集団が、お嬢様を成敗しに門の前まで押し寄せています」


私はようやく顔を上げ、三白眼の焦点をアンに合わせた。


「成敗? ……ああ、そういえば私、悪役令嬢として追放されたんだったわね。忘れてたわ」


「忘れないでください。おかげでアルベルト様が、あの方々を『塵一つ残さず凍結させて畑の肥やしにする』と言って、魔力を全開にしています。屋敷が結露で大変なことになっていますよ」


私は重い体を引きずり、窓の外を覗いた。


そこには、キラキラした鎧を着た男たちが十数人、拡声の魔道具を持って叫んでいた。


「悪逆非道なるエスター・ド・ヴァリエール! か弱きマリア様を虐げ、王子をたぶらかした罪、万死に値する! 潔く出てきて我らの剣に屈するがいい!」


(……うるさい。せっかくいい夢見てたのに)


私は苛立ちのあまり、無意識に三白眼を鋭く剥き、指の関節をポキリと鳴らした。


「アン。着替えはいいわ。このままパジャマの上にガウンだけ羽織って行く。……あいつら、絶対に許さない」


「お嬢様、怒りのポイントが『安眠妨害』一点に絞られているのが流石です」


玄関の扉を開けると、そこには既に氷の魔力を立ち昇らせ、今にも大地を永久凍土に変えそうなアルベルトが立っていた。


「エスター! 出てきてはいけない! この無礼な羽虫どもは、今すぐ私が次元の彼方へ消し去ってやる!」


「待ちなさい、アルベルト。……私の安眠を奪った罪は、私が直接裁くわ」


私はアルベルトを横に追いやり、門の前へと歩み出た。


寝起きで髪は少し乱れ、目は充血し、瞳孔は開ききっている。おまけに極低温のアルベルトのそばにいたせいで、体からは薄く冷気が立ち昇っていた。


騎士団のリーダー格の男が、私の姿を見るなり一歩後退した。


「……っ! な、なんだ、あのプレッシャーは……。あれが、悪役令嬢の……覇気か!?」


(覇気じゃないわよ、寝起きの低血圧よ)


私は一歩、また一歩と彼らに近づく。足取りが重いのは、ただ眠いからだ。


「……貴方たち」


私は地を這うような低い声で言った。


「な、なんだ! 命乞いなら聞かんぞ!」


「……三秒で、消えて。じゃないと、貴方たちの家の枕を全て、石に変える呪いをかけるわよ」


静寂が走った。


騎士たちは顔を見合わせ、戦慄した。


「……枕を石に!? なんという恐ろしい呪いだ……! 睡眠を奪い、精神から破壊しようというのか!」


「なんて冷酷な女だ! 戦わずして我々の戦意を喪失させるとは!」


(……えっ、そんなに怖かった?)


すると、後ろで見ていたアルベルトが、恍惚とした表情で拳を握りしめた。


「……素晴らしい! エスター、君は慈悲深い! 命を奪わず、あえて『安眠の重要性』を説くことで彼らの愚かさを教え諭すとは! まさに、真理を知る者の言葉だ!」


アルベルトは一瞬で騎士たちの前に移動すると、氷よりも冷たい笑みを浮かべた。


「さあ、聞こえなかったか? 我が女神が三秒と言ったら三秒だ。一秒でも過ぎれば、君たちは枕どころか、全身を氷像にして私の庭の飾りにするが……どうする?」


「ひ、ひぃぃぃ! 氷の公爵が本気だぁぁ!」


「逃げろ! あの悪役令嬢、公爵を完璧に手なずけてやがる!」


騎士団(笑)は、砂埃を上げて逃げ去っていった。


嵐が去った後、私は再び深い溜息をつき、その場にへたり込みそうになった。


「……終わった? 寝ていい?」


「ああ、よくやったエスター。君の勇姿、この目に焼き付けたよ。さあ、冷えた体を温めるために、特製のホットチョコレートと最高級のカシミア毛布を用意させた。私の腕の中で眠るかい?」


「毛布だけ、寄越しなさい……」


私はアルベルトを無視して屋敷に戻り、再びクッションの海へとダイブした。


アンが背後に毛布をかけながら、ぼそりと呟く。


「お嬢様。今の騒動で、町の人たちが『エスター様が正義の騎士団を眼力だけで追い払った』と噂していますよ。また聖女伝説に磨きがかかりましたね」


「……もう、好きに言わせておきなさい。私は、寝るの……」


エスター・ド・ヴァリエール、本日二度目の就寝。


しかし、彼女の預かり知らぬところで、その名は「最強の魔女」あるいは「孤高の聖女」として、隣国にまで轟き始めていた。


一方、王都のセドリック王子は、逃げ帰ってきた騎士たちの報告を聞いて、さらに白目を剥くことになる。


「……エスターが、枕を石に変える呪いを!? あいつ、いつの間にそんな暗黒魔法を習得したんだ!?」


勘違いの連鎖は、止まる所を知らない。
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