婚約破棄で謳歌するはずが、構ってほしそうにこっちを見てる?

どんぶり

文字の大きさ
7 / 28

7

しおりを挟む
「……お嬢様。お嬢様。本日三度目の、そして最大級の安眠妨害のお知らせです」


アンの、もはや事務的な声が耳元を掠める。


私は高級羽毛布団に包まりながら、芋虫のようにのたうち回った。


「……アン。次は何? 宇宙人が私の眠りを研究しに来たの? それともプリンの雨でも降ってきたのかしら?」


「残念ながら、お嬢様の父親……ヴァリエール公爵閣下が、軍勢を連れて門前に到着なさいました。お嬢様の『悲惨な追放生活』を視察に来たそうです」


私はバネ仕掛けの人形のように跳ね起きた。


「……お父様!? 最悪だわ。あの方、説教を始めると三時間は止まらないのよ! 私の貴重な睡眠時間が削り取られてしまう!」


「安心してください。アルベルト様がすでに門前で『義父上、よくぞお越しを!』と言いながら、赤絨毯を敷き詰めています」


「……あいつ、いつから義父上って呼んでるのよ」


私は急いで、といっても極限まで動きを省略したノロノロとした動作で、最低限の身なりを整えた。


玄関へ向かうと、そこには厳格な顔つきをした父、ヴァリエール公爵が立っていた。


彼は屋敷を見るなり、目を見開いて硬直している。


「……エスター。これは、一体どういうことだ。ボロ屋敷で泥を啜る生活をしていると聞いていたが、なぜ王宮よりも壁が光り輝いているのだ?」


「お父様、お久しぶりです……。それは、そこの変な公爵が勝手にやったことで……」


私が三白眼を最大限に細めてアルベルトを指さすと、父はびくりと肩を揺らした。


「……っ! エスター、その目……。以前にも増して、鋭く、研ぎ澄まされているな。王都を追放された恨みを、それほどまでに募らせているのか!」


(違う。ただ単に、さっきまで寝ていたからコンタクトが乾いてるだけよ)


「お義父様! エスターのこの眼差し、素晴らしいでしょう! これは、腐敗した王都に別れを告げ、真実の自由を掴んだ者の輝きです!」


アルベルトが父の肩を叩き、熱烈な歓迎を示す。


父は困惑しながらも、アルベルトの豪華な装飾と、背後に控える隣国の精鋭騎士団を見て冷や汗を流した。


「ノ、ノイマン公爵……。なぜ貴殿がここにいる。しかも、我が娘とこれほど親密そうに……」


「一目惚れですよ! 彼女に睨まれた瞬間、私の人生は完結しました! 今では彼女の『身の回りの世話』という、世界で最も尊い公務に励んでおります!」


「……娘を、世話している……? あの、自分でお茶を淹れることすら面倒がっていたエスターをか?」


父は信じられないものを見る目で私を見た。


私は面倒くさそうに、玄関に置かれた特注のソファーに倒れ込んだ。


「お父様。私は見ての通り、とても忙しいの。……寝るのに」


「……忙しい? 寝るのがか?」


「ええ。一日十五時間は寝ないと、脳が活動を拒否するんですもの。だからお父様、要件をさっさと済ませて帰ってちょうだい」


私は父を追い払うべく、精一杯の「拒絶」のオーラを放った。


すると父は、感極まったように目元を拭った。


「……おお、エスター! お前、これほどまでに強くなったのだな! 親である私に対しても媚びを売らず、己のスタイルを貫くその姿勢……。私はお前を、ただの怠け者だと思い込んでいたが、間違いだった!」


(……えっ、そうなの?)


「お前は、このボロ屋敷を拠点に、隣国の公爵を懐柔し、新たな王国を築こうとしているのだな!? セドリック王子を見限り、より強大な力を手に入れようとする……。何というスケールの大きい娘だ!」


「……お父様。貴方も、アルベルトと同系統の病にかかってるのね」


私は頭を抱えた。


父は満足げに頷くと、連れてきた兵士たちに命じた。


「者共! エスターが王都に戻る必要はない! ここに、ヴァリエール家の隠し財産を全て運び込め! 娘の『覇道』を全力で支援するのだ!」


「……いや、財産だけ置いて帰って。覇道とかいらないから」


こうして、私の屋敷にはさらに大量の金銀財宝と、父公認の「自由」という名の免罪符が届けられた。


父が意気揚々と去っていった後、私は再び静寂を取り戻したリビングで溜息をついた。


「……アン。お父様まであんなことになっちゃったわ。私の平穏なニート生活はどうなるのかしら」


「お嬢様。もはや諦めて、この世界最強のニートを目指されてはいかがですか? アルベルト様も、お嬢様が寝言を言うたびに新しい宝石を買ってきていますし」


「エスター! 今の溜息、最高にクールだったぞ! 記念に、庭に君の銅像を建ててもいいかな!」


「……寝る。私は、寝るわよ!」


私は毛布を頭から被り、外界を遮断した。


しかし、ヴァリエール家とノイマン家が手を組んだというニュースは、またたく間に大陸中を駆け巡ることになる。


王都のセドリック王子が、その知らせを聞いて泡を吹いて倒れたのは、また別の話である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...