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「……お嬢様。お嬢様。本日三度目の、そして最大級の安眠妨害のお知らせです」
アンの、もはや事務的な声が耳元を掠める。
私は高級羽毛布団に包まりながら、芋虫のようにのたうち回った。
「……アン。次は何? 宇宙人が私の眠りを研究しに来たの? それともプリンの雨でも降ってきたのかしら?」
「残念ながら、お嬢様の父親……ヴァリエール公爵閣下が、軍勢を連れて門前に到着なさいました。お嬢様の『悲惨な追放生活』を視察に来たそうです」
私はバネ仕掛けの人形のように跳ね起きた。
「……お父様!? 最悪だわ。あの方、説教を始めると三時間は止まらないのよ! 私の貴重な睡眠時間が削り取られてしまう!」
「安心してください。アルベルト様がすでに門前で『義父上、よくぞお越しを!』と言いながら、赤絨毯を敷き詰めています」
「……あいつ、いつから義父上って呼んでるのよ」
私は急いで、といっても極限まで動きを省略したノロノロとした動作で、最低限の身なりを整えた。
玄関へ向かうと、そこには厳格な顔つきをした父、ヴァリエール公爵が立っていた。
彼は屋敷を見るなり、目を見開いて硬直している。
「……エスター。これは、一体どういうことだ。ボロ屋敷で泥を啜る生活をしていると聞いていたが、なぜ王宮よりも壁が光り輝いているのだ?」
「お父様、お久しぶりです……。それは、そこの変な公爵が勝手にやったことで……」
私が三白眼を最大限に細めてアルベルトを指さすと、父はびくりと肩を揺らした。
「……っ! エスター、その目……。以前にも増して、鋭く、研ぎ澄まされているな。王都を追放された恨みを、それほどまでに募らせているのか!」
(違う。ただ単に、さっきまで寝ていたからコンタクトが乾いてるだけよ)
「お義父様! エスターのこの眼差し、素晴らしいでしょう! これは、腐敗した王都に別れを告げ、真実の自由を掴んだ者の輝きです!」
アルベルトが父の肩を叩き、熱烈な歓迎を示す。
父は困惑しながらも、アルベルトの豪華な装飾と、背後に控える隣国の精鋭騎士団を見て冷や汗を流した。
「ノ、ノイマン公爵……。なぜ貴殿がここにいる。しかも、我が娘とこれほど親密そうに……」
「一目惚れですよ! 彼女に睨まれた瞬間、私の人生は完結しました! 今では彼女の『身の回りの世話』という、世界で最も尊い公務に励んでおります!」
「……娘を、世話している……? あの、自分でお茶を淹れることすら面倒がっていたエスターをか?」
父は信じられないものを見る目で私を見た。
私は面倒くさそうに、玄関に置かれた特注のソファーに倒れ込んだ。
「お父様。私は見ての通り、とても忙しいの。……寝るのに」
「……忙しい? 寝るのがか?」
「ええ。一日十五時間は寝ないと、脳が活動を拒否するんですもの。だからお父様、要件をさっさと済ませて帰ってちょうだい」
私は父を追い払うべく、精一杯の「拒絶」のオーラを放った。
すると父は、感極まったように目元を拭った。
「……おお、エスター! お前、これほどまでに強くなったのだな! 親である私に対しても媚びを売らず、己のスタイルを貫くその姿勢……。私はお前を、ただの怠け者だと思い込んでいたが、間違いだった!」
(……えっ、そうなの?)
「お前は、このボロ屋敷を拠点に、隣国の公爵を懐柔し、新たな王国を築こうとしているのだな!? セドリック王子を見限り、より強大な力を手に入れようとする……。何というスケールの大きい娘だ!」
「……お父様。貴方も、アルベルトと同系統の病にかかってるのね」
私は頭を抱えた。
父は満足げに頷くと、連れてきた兵士たちに命じた。
「者共! エスターが王都に戻る必要はない! ここに、ヴァリエール家の隠し財産を全て運び込め! 娘の『覇道』を全力で支援するのだ!」
「……いや、財産だけ置いて帰って。覇道とかいらないから」
こうして、私の屋敷にはさらに大量の金銀財宝と、父公認の「自由」という名の免罪符が届けられた。
父が意気揚々と去っていった後、私は再び静寂を取り戻したリビングで溜息をついた。
「……アン。お父様まであんなことになっちゃったわ。私の平穏なニート生活はどうなるのかしら」
「お嬢様。もはや諦めて、この世界最強のニートを目指されてはいかがですか? アルベルト様も、お嬢様が寝言を言うたびに新しい宝石を買ってきていますし」
「エスター! 今の溜息、最高にクールだったぞ! 記念に、庭に君の銅像を建ててもいいかな!」
「……寝る。私は、寝るわよ!」
私は毛布を頭から被り、外界を遮断した。
しかし、ヴァリエール家とノイマン家が手を組んだというニュースは、またたく間に大陸中を駆け巡ることになる。
王都のセドリック王子が、その知らせを聞いて泡を吹いて倒れたのは、また別の話である。
アンの、もはや事務的な声が耳元を掠める。
私は高級羽毛布団に包まりながら、芋虫のようにのたうち回った。
「……アン。次は何? 宇宙人が私の眠りを研究しに来たの? それともプリンの雨でも降ってきたのかしら?」
「残念ながら、お嬢様の父親……ヴァリエール公爵閣下が、軍勢を連れて門前に到着なさいました。お嬢様の『悲惨な追放生活』を視察に来たそうです」
私はバネ仕掛けの人形のように跳ね起きた。
「……お父様!? 最悪だわ。あの方、説教を始めると三時間は止まらないのよ! 私の貴重な睡眠時間が削り取られてしまう!」
「安心してください。アルベルト様がすでに門前で『義父上、よくぞお越しを!』と言いながら、赤絨毯を敷き詰めています」
「……あいつ、いつから義父上って呼んでるのよ」
私は急いで、といっても極限まで動きを省略したノロノロとした動作で、最低限の身なりを整えた。
玄関へ向かうと、そこには厳格な顔つきをした父、ヴァリエール公爵が立っていた。
彼は屋敷を見るなり、目を見開いて硬直している。
「……エスター。これは、一体どういうことだ。ボロ屋敷で泥を啜る生活をしていると聞いていたが、なぜ王宮よりも壁が光り輝いているのだ?」
「お父様、お久しぶりです……。それは、そこの変な公爵が勝手にやったことで……」
私が三白眼を最大限に細めてアルベルトを指さすと、父はびくりと肩を揺らした。
「……っ! エスター、その目……。以前にも増して、鋭く、研ぎ澄まされているな。王都を追放された恨みを、それほどまでに募らせているのか!」
(違う。ただ単に、さっきまで寝ていたからコンタクトが乾いてるだけよ)
「お義父様! エスターのこの眼差し、素晴らしいでしょう! これは、腐敗した王都に別れを告げ、真実の自由を掴んだ者の輝きです!」
アルベルトが父の肩を叩き、熱烈な歓迎を示す。
父は困惑しながらも、アルベルトの豪華な装飾と、背後に控える隣国の精鋭騎士団を見て冷や汗を流した。
「ノ、ノイマン公爵……。なぜ貴殿がここにいる。しかも、我が娘とこれほど親密そうに……」
「一目惚れですよ! 彼女に睨まれた瞬間、私の人生は完結しました! 今では彼女の『身の回りの世話』という、世界で最も尊い公務に励んでおります!」
「……娘を、世話している……? あの、自分でお茶を淹れることすら面倒がっていたエスターをか?」
父は信じられないものを見る目で私を見た。
私は面倒くさそうに、玄関に置かれた特注のソファーに倒れ込んだ。
「お父様。私は見ての通り、とても忙しいの。……寝るのに」
「……忙しい? 寝るのがか?」
「ええ。一日十五時間は寝ないと、脳が活動を拒否するんですもの。だからお父様、要件をさっさと済ませて帰ってちょうだい」
私は父を追い払うべく、精一杯の「拒絶」のオーラを放った。
すると父は、感極まったように目元を拭った。
「……おお、エスター! お前、これほどまでに強くなったのだな! 親である私に対しても媚びを売らず、己のスタイルを貫くその姿勢……。私はお前を、ただの怠け者だと思い込んでいたが、間違いだった!」
(……えっ、そうなの?)
「お前は、このボロ屋敷を拠点に、隣国の公爵を懐柔し、新たな王国を築こうとしているのだな!? セドリック王子を見限り、より強大な力を手に入れようとする……。何というスケールの大きい娘だ!」
「……お父様。貴方も、アルベルトと同系統の病にかかってるのね」
私は頭を抱えた。
父は満足げに頷くと、連れてきた兵士たちに命じた。
「者共! エスターが王都に戻る必要はない! ここに、ヴァリエール家の隠し財産を全て運び込め! 娘の『覇道』を全力で支援するのだ!」
「……いや、財産だけ置いて帰って。覇道とかいらないから」
こうして、私の屋敷にはさらに大量の金銀財宝と、父公認の「自由」という名の免罪符が届けられた。
父が意気揚々と去っていった後、私は再び静寂を取り戻したリビングで溜息をついた。
「……アン。お父様まであんなことになっちゃったわ。私の平穏なニート生活はどうなるのかしら」
「お嬢様。もはや諦めて、この世界最強のニートを目指されてはいかがですか? アルベルト様も、お嬢様が寝言を言うたびに新しい宝石を買ってきていますし」
「エスター! 今の溜息、最高にクールだったぞ! 記念に、庭に君の銅像を建ててもいいかな!」
「……寝る。私は、寝るわよ!」
私は毛布を頭から被り、外界を遮断した。
しかし、ヴァリエール家とノイマン家が手を組んだというニュースは、またたく間に大陸中を駆け巡ることになる。
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