婚約破棄で謳歌するはずが、構ってほしそうにこっちを見てる?

どんぶり

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「……女王陛下。エスター女王陛下。本日はついに、人間の言葉を解する伝説の古竜……『暴食の王』と呼ばれ恐れられる紅蓮の竜が、屋敷の上空に襲来いたしました」


アンの、もはや天気予報でも伝えるかのような無感情な声が、私の深い眠りを無慈悲に引き裂く。


私は、皇帝から贈られた「体温に合わせて硬度が変化する形状記憶クッション」の中に、顔の半分まで埋もれたまま、不機嫌な声を絞り出した。


「……アン。竜? そんなファンタジーな生き物、私の平穏な引きこもりライフには不要よ。……空気が乾燥するから、あっちへ行ってと伝えて……」


「そうはいきませんが、彼、昨日の百台の馬車の匂いに釣られてきたようです。現在、屋根の上で『我に肉を捧げよ! さもなくばこの地を灰にしてくれるわ!』と、かなり威勢よく叫んでおりますよ」


ゴゴゴゴ……と、屋敷全体が振動し、天井から僅かに埃が舞い落ちる。


私は怒りのあまり、クッションの中で目を見開いた。


(せっかく、呪術師のモルガナに『絶対静音』の呪いをかけてもらったのに。……物理的に揺らすなんて、マナー違反もいいところだわ)


私は「動く」という苦行を最小限に抑えるため、浮遊王座を呼び出し、アンに支えられながらベランダへと滑り出した。


上空には、空を覆い尽くすほどの巨体を持った、真っ赤な鱗の竜が旋回していた。


その竜は私の姿を見るなり、巨大な口を開けて熱風を吐き出した。


「人間よ! 我が声が聞こえぬか! この地にある美味なる匂いの源を差し出せ! さもなくば――」


「うるさい。……その大声、……私の鼓膜に対する暴力よ。……静かにできないなら、……その喉を氷結させて、一生ハミングしかできないようにしてあげましょうか?」


地を這うような、かすれた、世界の真理を否定するような超低音。


私は眩しさと熱風に耐えるために三白眼をギリリと剥き、充血した瞳で竜の眼球を真っ向から睨みつけた。


竜は一瞬で動きを止め、空中で「……えっ?」という顔をして硬直した。


(……。あ、やっぱり。……竜にも効くのね、この顔)


私は浮遊王座の上で足を組み(といっても、ただ膝を曲げただけだが)、冷たく言い放った。


「……肉? ……あげないわよ。……それは私の、大事な昼寝後のエネルギー源よ。……貴方は、……その辺の雲でも食べて、お腹を膨らませていなさい」


「な、な……っ!? この我に向かって、雲を食べろだと!? 貴様、この眼圧……! ただの人間ではないな!? 古の神か、それとも世界を滅ぼす災厄の化身か!?」


竜はあまりのプレッシャー(※実際はエスターの凄まじい低血圧による威圧)に耐えきれず、地面にドスンと着陸した。


すると、背後からアルベルトが、氷の剣を抜いて躍り出た。


「エスター! この巨大なトカゲが君の安眠を邪魔したのか! 安心しなさい、今すぐこの場で解体して、君の新しい防寒用のコートにしてあげよう!」


「……待ちなさい、アルベルト。……解体なんて、血飛沫が飛ぶような汚いこと、私の視界でやらないで。……片付けが面倒よ」


私は溜息をつき、三白眼で竜をじっと見つめた。


「……ねえ、竜。……貴方、お腹が空いているのよね? ……いいわ。……昨日のクロワッサンの残りと、……少し硬くなったパンをあげるわ」


「……パン? この我が、そんなものを――」


「……その代わり。……貴方、体が温かそうね。……冬の間、この屋敷の床下に潜り込んで、……私の『床暖房』になりなさい。……それで手を打ってあげる」


一瞬、静寂が訪れた。


竜は呆然とし、アルベルトは「……床暖房? 流石だ、エスター!」と膝をついた。


竜は私の底知れぬ(ように見える)瞳を見つめ、ぶるぶると震え出した。


「……お、おお……。……。……今の眼差し。……『我を暖房器具として使えることを光栄に思え』という、究極の支配。……。……わかった。……認めよう。……貴女こそ、真の支配者だ」


竜は突然、シュルシュルと体を縮め、巨大な犬ほどのサイズに変化した。


「我が名はイグニール。……今日から、貴女の『足元を温める者』として仕えよう。……だから、……たまに、あの美味しいクロワッサンを……『あーん』してくれ……」


「……いいわ。大人しくしているならね。……アン、このトカゲにパンをあげて。私は温かくなった床の上で、寝るわ」


私は浮遊王座を反転させ、リビングの中央へと戻った。


イグニールは約束通り、屋敷の地下へと潜り込み、その魔力で家全体を心地よい小春日和のような暖かさに包み込んだ。


アンが、竜にパンの耳を与えながら、ぼそりと呟く。


「お嬢様、承知いたしました。これで当屋敷に『天然魔導暖房システム』が導入されましたね。光熱費もタダ、警備も万全です」


「……。いいわ。アルベルト、もう静かにして。私は、……最高の温度で寝るから」


私は、ほんのりと温かくなった床の上に置かれたクッションに倒れ込み、一瞬で意識を手放した。


翌日の大陸のニュースでは、『女王エスター、伝説の暴食竜を一瞥で屈服させ、暖房器具として飼い慣らす。その魔力は竜をも凌駕する』という、もはや神話レベルの物語として拡散されることになる。


王都のセドリック王子が、薪が切れて凍える自室で「……竜までペットにしたのか? もう、この世にエスターに勝てる奴、いないだろ……」と、ガタガタ震えながら毛布を五枚被っていたのは、また別のお話である。
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