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「……女王陛下。エスター女王陛下。本日は、世界中の富を牛耳ると豪語する『伝説の大商人』マルチェロ氏が、全財産を賭けて開発したという新商品を携え、拝謁を願っております」
アンの、もはや重力を感じさせない淡々とした声が、私の至高の二度寝を妨害する。
私は、伝説の竜イグニールが提供する「極上の地熱」に温められたシーツの中で、ミノムシのように丸まった。
「……アン。商人? そんな強欲そうな人、私の安眠の敵だわ。……追い返して。私は今、夢の中で『永遠に溶けないアイスクリーム』を完食する大事な任務の最中なの……」
「そうはいきませんが、彼、門前で『もしこの商品で女王陛下を動かせなかったら、私の商会を全て陛下に差し上げる!』と宣言して、広場で金貨を撒き散らしています。おかげで周囲が騒がしくて、結局は眠れないかと」
(あー、もう! どいつもこいつも、私の睡眠時間をチップ代わりに使いすぎよ! 金貨なんて、枕元に置いておけば勝手に増えるものじゃないの!?)
私は怒りのあまり、シーツを跳ね除けて起き上がった。
もちろん、立ち上がる気力はないので、浮遊王座を呼び出してアンに「積み込み」をさせた。
私が謁見の間へ滑り込むと、そこには派手な金刺繍のスーツを着た、恰幅の良い男が、自信満々に不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「おお、これがあらゆる王を跪かせ、竜を暖房機に変えたという『不働の女王』エスター陛下ですか! 私は商人マルチェロ。本日、貴女をその王座から『物理的に』動かす、史上最高の商品をお持ちしました!」
マルチェロがパチンと指を鳴らすと、背後の幕が下ろされ、そこには巨大な、球体状の「何か」が現れた。
「これこそが我が商会の技術の粋を集めた魔導具……『全自動・究極快適移動空間・ネムレナイネ』です!」
(名前のセンス、最悪ね)
私は三白眼をギリリと剥き、充血した瞳でその球体を凝視した。
「何それ。丸いわ。私の王座より、……場所を取りそうね」
地を這うような、かすれた、商談を三秒で破綻させるような超低音。
マルチェロはヒッと喉を鳴らしたが、すぐに商人の根性で語り始めた。
「陛下! これはただの乗り物ではありません! 内部には、常に最適な湿度を保つ魔法がかけられ、座面は雲の上の柔らかさを再現! さらに、思考を読み取って自動で移動し、食事、排泄、入浴、全ての機能を『座ったまま』完遂できるのです!」
(座ったまま、……入浴?……移動も自動?)
私の脳内の「怠惰メーター」が、一気に限界を突破した。
「……マルチェロ。……それ。……今すぐ、試させなさい。……もし私の気に入らなかったら、……貴方の全財産で、私の寝室に『ダイヤモンドの防音壁』を建ててもらうわよ」
「よ、喜んで! さあ、こちらへ!」
私はアンに支えられ、球体の中へと移動した。
一歩足を踏み入れた瞬間、私の全身が「幸せの衝撃」に包まれた。
「……あ。……ああ……」
「いかがですか、陛下! この『自分から動く必要が全くない』という感覚!」
私は球体の中の、マシュマロのようなクッションに沈み込みながら、三白眼をうっとりと細めた。
(……これだわ。……これが、私の求めていた『宇宙(ニートの完成形)』だわ……!)
私が指先を僅かに右へ動かそうと思うだけで、球体は滑らかに、音もなく移動する。
アルベルトが、嫉妬のあまり氷の剣を抜いて球体を叩き切ろうとした。
「エスター! そんな怪しげなカプセルの中に閉じこもってはいけない! 移動なら、私が君を抱えてどこへでも運んであげよう!」
「……ダメよ、アルベルト。……貴方は、……たまに体温が下がりすぎるから、……冬場はヒヤッとするの。……この球体は、……常に三十六点五度をキープしてくれるわ」
「そ、そんな……! 私の抱擁が、魔導具に負けるというのか……!」
アルベルトが膝をついて崩れ落ちる横で、マルチェロは狂喜乱舞した。
「勝った! 私はついに、『不働の女王』を動かしたのだ! 陛下、契約の証として、我が商会を陛下の御用達として登録させていただけますな!?」
私は球体の中から、半眼でマルチェロを見下ろした。
「……いいわ。……マルチェロ。……貴方は、……優秀な『ダメ人間製造機』ね。……今日から、……世界中の美味しいお菓子を、この球体の中に、……定期便で送りなさい」
「御意に! 女王陛下、万歳ーー!!」
アンが、手際よく「全自動移動空間・納品契約書」を作成しながら、ぼそりと呟く。
「お嬢様、承知いたしました。これで当屋敷の『引きこもり度』は、物理的に完成の域に達しましたね。もはや、お嬢様が地面に足をつける日は二度と来ないでしょう」
「いいのよ。……私は、……この球体と一緒に、……新しい夢を見るから……」
私は球体のハッチを閉め、完全に外界を遮断した。
翌日の大陸のニュースでは、『女王エスター、自ら動くことをやめ、魔導の球体と同化した。彼女はもはや人間ではなく、浮遊する概念となった』という、もはや哲学的な解釈で報じられることになる。
王都のセドリック王子が、国民全員が「球体の中に入りたい」と言って仕事に行かなくなった王都の光景を眺めながら、「……もう、国を売って俺もあの中に入れてもらおうかな……」と、王冠を枕にして寝ていたのは、歴史の裏側の切ない事実であった。
アンの、もはや重力を感じさせない淡々とした声が、私の至高の二度寝を妨害する。
私は、伝説の竜イグニールが提供する「極上の地熱」に温められたシーツの中で、ミノムシのように丸まった。
「……アン。商人? そんな強欲そうな人、私の安眠の敵だわ。……追い返して。私は今、夢の中で『永遠に溶けないアイスクリーム』を完食する大事な任務の最中なの……」
「そうはいきませんが、彼、門前で『もしこの商品で女王陛下を動かせなかったら、私の商会を全て陛下に差し上げる!』と宣言して、広場で金貨を撒き散らしています。おかげで周囲が騒がしくて、結局は眠れないかと」
(あー、もう! どいつもこいつも、私の睡眠時間をチップ代わりに使いすぎよ! 金貨なんて、枕元に置いておけば勝手に増えるものじゃないの!?)
私は怒りのあまり、シーツを跳ね除けて起き上がった。
もちろん、立ち上がる気力はないので、浮遊王座を呼び出してアンに「積み込み」をさせた。
私が謁見の間へ滑り込むと、そこには派手な金刺繍のスーツを着た、恰幅の良い男が、自信満々に不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「おお、これがあらゆる王を跪かせ、竜を暖房機に変えたという『不働の女王』エスター陛下ですか! 私は商人マルチェロ。本日、貴女をその王座から『物理的に』動かす、史上最高の商品をお持ちしました!」
マルチェロがパチンと指を鳴らすと、背後の幕が下ろされ、そこには巨大な、球体状の「何か」が現れた。
「これこそが我が商会の技術の粋を集めた魔導具……『全自動・究極快適移動空間・ネムレナイネ』です!」
(名前のセンス、最悪ね)
私は三白眼をギリリと剥き、充血した瞳でその球体を凝視した。
「何それ。丸いわ。私の王座より、……場所を取りそうね」
地を這うような、かすれた、商談を三秒で破綻させるような超低音。
マルチェロはヒッと喉を鳴らしたが、すぐに商人の根性で語り始めた。
「陛下! これはただの乗り物ではありません! 内部には、常に最適な湿度を保つ魔法がかけられ、座面は雲の上の柔らかさを再現! さらに、思考を読み取って自動で移動し、食事、排泄、入浴、全ての機能を『座ったまま』完遂できるのです!」
(座ったまま、……入浴?……移動も自動?)
私の脳内の「怠惰メーター」が、一気に限界を突破した。
「……マルチェロ。……それ。……今すぐ、試させなさい。……もし私の気に入らなかったら、……貴方の全財産で、私の寝室に『ダイヤモンドの防音壁』を建ててもらうわよ」
「よ、喜んで! さあ、こちらへ!」
私はアンに支えられ、球体の中へと移動した。
一歩足を踏み入れた瞬間、私の全身が「幸せの衝撃」に包まれた。
「……あ。……ああ……」
「いかがですか、陛下! この『自分から動く必要が全くない』という感覚!」
私は球体の中の、マシュマロのようなクッションに沈み込みながら、三白眼をうっとりと細めた。
(……これだわ。……これが、私の求めていた『宇宙(ニートの完成形)』だわ……!)
私が指先を僅かに右へ動かそうと思うだけで、球体は滑らかに、音もなく移動する。
アルベルトが、嫉妬のあまり氷の剣を抜いて球体を叩き切ろうとした。
「エスター! そんな怪しげなカプセルの中に閉じこもってはいけない! 移動なら、私が君を抱えてどこへでも運んであげよう!」
「……ダメよ、アルベルト。……貴方は、……たまに体温が下がりすぎるから、……冬場はヒヤッとするの。……この球体は、……常に三十六点五度をキープしてくれるわ」
「そ、そんな……! 私の抱擁が、魔導具に負けるというのか……!」
アルベルトが膝をついて崩れ落ちる横で、マルチェロは狂喜乱舞した。
「勝った! 私はついに、『不働の女王』を動かしたのだ! 陛下、契約の証として、我が商会を陛下の御用達として登録させていただけますな!?」
私は球体の中から、半眼でマルチェロを見下ろした。
「……いいわ。……マルチェロ。……貴方は、……優秀な『ダメ人間製造機』ね。……今日から、……世界中の美味しいお菓子を、この球体の中に、……定期便で送りなさい」
「御意に! 女王陛下、万歳ーー!!」
アンが、手際よく「全自動移動空間・納品契約書」を作成しながら、ぼそりと呟く。
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「いいのよ。……私は、……この球体と一緒に、……新しい夢を見るから……」
私は球体のハッチを閉め、完全に外界を遮断した。
翌日の大陸のニュースでは、『女王エスター、自ら動くことをやめ、魔導の球体と同化した。彼女はもはや人間ではなく、浮遊する概念となった』という、もはや哲学的な解釈で報じられることになる。
王都のセドリック王子が、国民全員が「球体の中に入りたい」と言って仕事に行かなくなった王都の光景を眺めながら、「……もう、国を売って俺もあの中に入れてもらおうかな……」と、王冠を枕にして寝ていたのは、歴史の裏側の切ない事実であった。
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