悪役令嬢ですらないのに婚約破棄?そもそも私、影が薄すぎてモブなんですけど!

ツナ

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「……『傷心の元婚約者を励ます会』。……アン、この招待状のネーミングセンス、悪意の塊だと思わない?」


私は、銀色の縁取りがされた不吉な招待状を指先でつまみ上げました。
送り主は、シグルド王子の熱狂的な信奉者として知られる、エルザ男爵令嬢。
かつて私が王子の婚約者だった頃、影で私のことを「地味な置物」と呼んでいた方です。


「間違いなく、お嬢様を公衆の面前で嘲笑うための罠ですね。出席なさるのですか?」


アンが心配そうに私を見ます。
普通なら、胃を痛めて寝込むか、即座にシュレッダーにかけるべき案件です。


「もちろん出席するわ。だって見て、ここ。……『当日は、王宮御用達のパティスリー・ベルンの新作ケーキを全種類ご用意しております』って書いてあるのよ!」


「……お嬢様。その鋼のメンタル、別のことに使えませんか」


「ベルンのケーキよ!? 予約が半年先まで埋まっている、あの伝説のモンブランが食べられるのよ!? 罵倒の一言や二言、モンブランの甘みで相殺できるわ!」


私は迷うことなく、出席の返事を出しました。
モブの強みは、プライドの低さと、食欲の高さにあります。


当日。
私はあえて、普段以上に目立たない「ベージュ色」のドレスを選びました。
壁紙と同化し、気配を消し、ケーキだけを獲物として狙う……。
今日の私は、お茶会という名の戦場に降り立つ、孤独なハンターです。


会場となるエルザ男爵家の庭園には、きらびやかに着飾った令嬢たちが集まっていました。
私が一歩足を踏み入れると、一瞬で冷ややかな視線が突き刺さります。


「あらぁ、ミューモ様! よくお越しくださいましたわ。婚約破棄のショックで、もうお顔も見られないかと思っていましたのに」


エルザ様が扇子で口元を隠し、クスクスと笑いました。
周囲の令嬢たちも、それに合わせて嘲笑を浮かべます。


「ご心配ありがとうございます。おかげさまで、食欲だけは落ちておりませんの。……ところで、モンブランはどちらに?」


「……は?」


「モンブランです。新作の。招待状に書いてありましたよね?」


私のあまりにも真っ直ぐな質問に、エルザ様は毒気を抜かれたような顔をしました。


「……あ、あちらのテーブルですわ。ですが、まずは皆様にご挨拶を……」


「失礼いたします」


私はエルザ様の言葉を最後まで聞かず、流れるような動作でケーキが並ぶテーブルへと移動しました。
モブの基本スキル『縮地』に近い素早さです。


そこには、宝石のように輝くケーキたちが並んでいました。
私は一番大きなモンブランを皿に取り、会場の隅っこにある、木陰の小さな椅子に陣取りました。


「……ふふ、ここなら誰にも邪魔されないわ。いただきます」


フォークを差し込むと、濃厚な栗の香りが鼻腔をくすぐります。
口に入れた瞬間、至福の時間が訪れました。


「……っ! 美味しい……! このマロンペーストの滑らかさ、まるで雲を食べているみたい……」


私が感動に打ち震えていると、背後から影が忍び寄ってきました。
嫌がらせの第二波です。


「ミューモ様。そんな隅っこで、お寂しいことですわね。シグルド様は今、ララ様と睦まじく王宮のバラ園を散策していらっしゃるというのに」


令嬢の一人が、哀れみのこもった声で話しかけてきました。


「……(モグモグ)……ふぉうへふは(そうですか)」


「……食べてから喋っていただけますか? 貴女、悔しくないのですか? あんなに愛していた殿下を奪われて!」


「……(ゴクン)。……愛していた、というよりは……そうですね。お仕事としてお付き合いしていた感覚に近いので。……あ、このピスタチオのタルトも絶品ですよ。召し上がります?」


「誰がそんなもの! 貴女、もっと悲劇のヒロインらしく振る舞いなさいよ! これじゃ、私たちがただの意地悪をしているみたいじゃない!」


「……事実、そうなのでは?」


私が真顔で問い返すと、令嬢は顔を真っ赤にして絶句しました。
その時、会場がにわかに騒がしくなりました。


「……な、何かしら? あの方……まさか、カイン・ヴォルフラム公爵閣下!?」


令嬢たちの悲鳴に近い歓声が響きます。
私はケーキを口に運ぶ手を止め、そっと庭園の入り口を見ました。


そこには、この場に最も不釣り合いな、黒い礼装に身を包んだ「歩く最終兵器」が立っていました。
カイン様です。


「……閣下!? なぜこのような女子会に……」


エルザ様が慌てて駆け寄りますが、カイン様は彼女を一瞥もせず、鋭い瞳で会場をスキャンしました。
そして、木陰の隅っこでタルトを頬張っていた私を、正確にロックオンしたのです。


「ミューモ。……こんなところで、何を一人で食べている」


カイン様が、大股で私の方へ歩いてきました。
令嬢たちがモーセの十戒のように割れていきます。


「……カイン様。見ての通り、ピスタチオのタルトです。新作ですよ」


「……そうか。美味しいか?」


「はい。最高です」


「……ならいい。だが、このお茶会は君に相応しくない。毒気が強すぎる」


カイン様は私の手から皿を(優しく)取り上げると、給仕に返しました。
そして、私の肩を抱くようにして引き寄せます。


「皆様。ミューモは私が招待した別のパーティーに遅れそうなので、これにて失礼する」


「えっ!? ちょっと待ってください、まだショートケーキを食べていません!」


「家でプロのシェフに作らせる。……それとエルザ男爵令嬢。……君の家の庭園は、少し日当たりが悪いな。私の婚約者が風邪を引いたら、どう責任を取るつもりだ?」


「こ、婚約……!? カイン様、今、婚約者とおっしゃいましたの!?」


エルザ様が泡を吹いて倒れそうになりました。
カイン様はそんな彼女を無視して、私を抱え上げるようにして会場から連れ出しました。


「……閣下。あの、婚約者って何ですか。私はまだ、承諾した覚えはないのですが」


「既成事実だ。……それよりミューモ。君の口の端に、生クリームがついている。……取ってもいいか?」


カイン様の顔が、至近距離まで近づいてきます。
私は反射的に、自分の手で口元を拭いました。


「……自分でやります! あと、閣下が来ると、せっかくの私の『モブ迷彩』が全部剥がれるんです! 見てください、令嬢たちが血走った目でこちらを見ていますよ!」


「構わない。私という光で、君を包んでしまえばいい。……さあ、帰ってケーキの続きを食べよう。ベルンの職人を、すでに我が家に拉致……いや、招待してある」


「……閣下、法に触れるようなことはしないでくださいね?」


結局、嫌がらせを受けるはずだったお茶会は、カイン様の乱入によって「伝説のケーキ職人の出張パーティー」へと変貌を遂げたのでした。


私は馬車の窓から、遠ざかる男爵邸を眺めながら、残りのショートケーキに思いを馳せるのでした。
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