悪役令嬢ですらないのに婚約破棄?そもそも私、影が薄すぎてモブなんですけど!

ツナ

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「……アン。これ、本当に私? 何かの魔法で、中身が別の美少女と入れ替わっていたりしないかしら」


私は、自室に運び込まれた巨大な姿見の前で、呆然と立ち尽くしていました。


数日間にわたる、アンの「地獄の美容合宿」の結果。
私の肌は、まるで剥きたてのゆで卵のようにツルツルになり、髪は絹糸のような光沢を放っています。
しかし、それ以上に衝撃的だったのは、今私が身に纏っているドレスでした。


「魔法ではありませんわ、お嬢様。……カイン閣下の執念と、私の審美眼が融合した奇跡の結果です」


アンが、満足げに腕を組んで頷きました。


カイン様が用意したそのドレスは、一見すると非常にシンプルでした。
色は、深い夜空のようなネイビー。
過度なフリルも、これ見よがしな刺繍もありません。
遠目に見れば、いつもの「地味なミューモ」の延長線上にあるようにも見えます。


ところが、一歩動くたびに、生地の中に織り込まれた特殊な銀糸が光を反射し、まるでドレスの上に星屑を散りばめたような、幻想的な輝きを放つのです。


「『目立たず、しかし誰よりも気高く』。……カイン閣下が職人に突きつけた無茶な注文の答えが、これです。お嬢様の控えめな美しさを、最高級の素材が底上げしている……まさに、究極のモブドレスと言えるでしょう」


「究極のモブって、もうそれモブじゃない気がするのだけれど……。あと、この胸元のブローチ、重くない?」


「それは閣下の魔力が込められた、あの自動雷撃機能付きの青石ですわ。……お守りだと思って、諦めてください」


私は鏡の中の自分を見て、溜息をつきました。
確かに、綺麗だとは思います。
でも、これでは「背景のレンガ」ではなく「王宮の宝物庫に飾られた、歴史的な名画」のような佇まいです。
これを持って夜会に行けば、王子の顔に泥を塗るどころか、会場中の視線を独り占めしてしまうのではないでしょうか。


その時、ドアをノックする音が響きました。


「……入ってもいいか? ミューモ」


聞き慣れた、けれど少しだけ緊張を孕んだカイン様の声。
アンが「どうぞ、閣下」と扉を開けました。


部屋に入ってきたカイン様を見て、私は思わず息を呑みました。
彼は、普段の騎士団の制服ではなく、公爵としての正装を身に纏っていました。
漆黒のジャケットに、銀色の飾緒。
ただでさえ整いすぎている顔立ちが、正装によってさらに威厳を増し、立っているだけで周囲の空気が浄化されていくような圧巻のオーラを放っています。


「…………」


カイン様は、私を見た瞬間、石像のように固まりました。


「……閣下? やっぱり、私には不相応でしたか? 今ならまだ、いつもの茶色のワンピースに着替えられますが……」


私が不安になって尋ねると、カイン様はゆっくりと首を横に振りました。
そして、一歩、また一歩と私に近づき、私の前に膝を突きました。


「……違う。……あまりにも、美しすぎて……言葉を失っていただけだ」


カイン様の声が、掠れていました。
彼は私の手を取り、壊れ物を扱うように、指先にそっと口付けを落としました。


「私の想像を、遥かに超えていた。……ミューモ、今の君は、この国の誰よりも輝いている。……本当は、このまま鍵をかけて、誰の目にも触れさせたくないほどに」


「……それ、さっきも言っていましたよね。独占欲が服を着て歩いているみたいですよ、閣下」


「ああ。君に関しては、私は世界で一番の欲張りだ。……だが、今日は君を辱めた連中に、現実を見せてやらねばならない。……準備はいいか?」


カイン様が立ち上がり、私に腕を差し出しました。
その腕は、とても頼もしく、そして少しだけ震えているようにも見えました。


「……はい。一杯だけケーキを食べて、さっさと帰るという条件を忘れないでくださいね」


「分かっている。君がケーキを食べている間、私が周囲に『近づくな』という殺気を放ち続けよう」


「それはそれで困ります」


私たちは、玄関で待機していた超豪華な公爵家の馬車に乗り込みました。
馬車が走り出すと、アズベル伯爵邸の門の前で待機していた騎士たちが、一斉に剣を掲げて敬礼しました。


「……アン、父様に『明日には帰るわ』って伝えておいて」


「はい、お嬢様。……健闘を祈ります」


馬車の揺れの中で、私はカイン様の隣に座り、窓の外を流れる夜景色を眺めました。
心臓が、少しだけうるさく鼓動しています。


「……ミューモ。緊張しているのか?」


「ええ、少し。……私、うまく『モブ』を演じきれるかしら」


「君が何をしても、私の隣にいる限り、君は私の唯一の主役だ。……胸を張れ。君の後ろには、私と、我が騎士団がついている」


「心強すぎて、逆に胃が痛いです……」


カイン様が、私の手をそっと握りしめてくれました。
その温かさに、不思議と不安が消えていくのを感じます。


王宮の門が見えてきました。
光り輝く会場、そしてそこには、私を嘲笑う準備を万端に整えた王子とララ様が待っているはずです。


「……行きましょう、閣下。私の、最後のモブとしての戦いへ」


「ああ。……世界で一番贅沢な背景の力、見せつけてやろう」


馬車が、王宮の正面玄関にゆっくりと停まりました。
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