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「ポルカ! ああ、ポルカ! 会いたかったよ、私の愛しい婚約者!」
王宮の特別取調室。
衛兵に引きずられるようにして現れたシリウスは、ポルカの姿を見るなり、鎖の音を鳴らして身を乗り出した。
地下牢での生活が数日に及んだせいか、自慢の金髪はボサボサで、高価なシャツもシワだらけだ。
ポルカは、そんな元婚約者をゴミを見るような目ですら見ず、ただ手元の資料に視線を落としたまま答えた。
「案件番号12『公務執行妨害および不適切な呼称の使用』。元殿下、現在の私は王立監査部の特任官です。気安く名前を呼ばないでいただけますかしら。鼓膜が汚れますわ」
「そんな冷たいことを言わないでくれ! 分かったんだ、ようやく目が覚めたよ! ルルはただの気の迷いだった。本当に私を支えてくれていたのは、君だったんだ!」
シリウスは必死に顔を作り、かつてポルカを落とした(と本人が思い込んでいる)甘い微笑みを浮かべた。
「君のあの、何でも完璧にこなす事務処理能力……今なら愛せる気がする! さあ、父上に言って婚約破棄を撤回してもらおう。私たちはもう一度、やり直せるはずだ!」
部屋の隅で腕を組んでいたカイルが、思わずといった風に鼻で笑った。
「……おや。廃嫡が決定的になった途端、これほど見事な掌返しが見られるとは。ある意味で芸術的な厚顔無恥ですね」
「黙れ、カイル! これは私とポルカの愛の問題だ!」
「愛、ですか」
ポルカがようやく顔を上げ、眼鏡をクイと押し上げた。
「シリウス様。貴方がおっしゃる『やり直す』という言葉を、事務的な手続きに翻訳してもよろしいでしょうか?」
「え? あ、ああ。君の好きなようにしてくれ」
「では、申し上げますわね。貴方の提案は、『現在進行中のすべての不祥事調査を中止させ、公爵家の資産による負債の肩代わりを継続し、かつ今後も私の労働力を無償で搾取し続ける権利の再取得』。……要約すると、こういうことですわね?」
シリウスは一瞬言葉に詰まったが、すぐにまた縋り付くような声を出す。
「そ、そんな味気ない言い方を……! 私はただ、君と一緒にいたいと言っているだけだ!」
「左様ですか。では、その『一緒にいたい』という要望のコストパフォーマンスを計算してみましょう」
ポルカは電卓代わりの算盤(公爵家特注、魔石入り)を弾き始めた。
「まず、貴方と結婚することで私に生じる機会損失。王立監査部での年収、および将来的な昇進による生涯賃金の合計。次に、貴方の浪費癖による公爵家資産の減少予測値。さらに、貴方の浮気相手……例えばルル様のような方々からの慰謝料請求対応に追われる私の精神的苦痛と時間的損失」
チャチャチャ、と軽快な音が部屋に響く。
「合計で、一分あたり金貨三枚の赤字ですわ。……シリウス様、貴方は私にとって『歩く不良債権』以外の何物でもありません。そんなものを抱え直すほど、私は経営判断を誤りませんわよ」
「ふ、不良債権……!? 王子である私を、借金扱いするのか!」
「おやおや。今はただの『廃嫡間近の容疑者』ですよ、シリウス君」
カイルが楽しげに補足する。
「ポルカ嬢。彼を納得させるには、もう少し具体的な『数字』が必要かもしれませんね。例えば、彼がルル嬢に貢ぐために、公爵家の倉庫から無断で持ち出した名画の現在の市場価格とか」
「ああ、それも計上済みですわ。カイル様、見てください。この『償却資産目録』」
ポルカが提示した書類には、シリウスが盗み出した美術品の一覧と、その裏取引のルート、そして買い戻しにかかる費用が事細かに記されていた。
「シリウス様。復縁を望まれるのであれば、まずはこれらの損害金、総額金貨五万枚を三日以内に一括でお支払いください。話はそれからですわ」
「ご、五万……!? そんな金、あるわけないだろう!」
「あら、残念。支払い能力がない方との契約交渉は、時間の無駄ですわね。……案件終了です。衛兵さん、この方を元の静かな場所(地下牢)へお戻しして」
「待て! 待ってくれポルカ! ルル! ルルはどうなるんだ!? 彼女だって被害者なんだぞ!」
往生際悪く叫ぶシリウスに、ポルカは冷ややかな微笑を向けた。
「ルル様なら、先ほど『シリウス様に唆されてやったことです。私はあの方の贅沢の道具にされただけなんですぅ!』と、涙ながらに貴方を売る供述書にサインされましたわよ。二十八ページに及ぶ、実に見事な責任転嫁でしたわ」
「な……っ!? ルルが……私を裏切ったのか!?」
「『らぶらぶファンド』の愛は、預金残高がゼロになった瞬間に解約されたようですわね。……お疲れ様でした」
絶叫しながら連行されていくシリウスの声が遠ざかると、室内には再び静寂が戻った。
ポルカは大きく息をつき、椅子に深く腰掛けた。
「……疲れましたわ。感情論に訴える方との対話は、論理の組み立てが通用しないので、普段の三倍はカロリーを消費します」
「お疲れ様です、ポルカ。糖分を補給しましょう。今日は、あなたが好きな塩キャラメルのマカロンを用意してありますよ」
カイルが優しく肩に手を置く。
「……カイル様。そのマカロンは、私の残業代に含まれるのでしょうか?」
「いいえ。これは、あなたのパートナー(予定)である私からの、純粋な『愛の配当』です」
「配当……。なるほど、出資に見合うだけの利益を私に還元してくださる、ということかしら」
「もちろん。私の生涯をかけて、あなたに最高の幸福という利子を支払い続けることを約束しますよ。……契約書、作りますか?」
ポルカは一瞬、呆れたように彼を見たが、やがて小さく笑った。
「……ええ。文言のチェックは、私が厳重に行わせていただきますわ」
二人の笑い声が、取調室の冷たい空気を少しだけ温めた。
一方、地下牢に戻されたシリウスを待っていたのは、自分を裏切ったルルとの「地獄の相部屋(鉄格子越し)」であった。
王宮の特別取調室。
衛兵に引きずられるようにして現れたシリウスは、ポルカの姿を見るなり、鎖の音を鳴らして身を乗り出した。
地下牢での生活が数日に及んだせいか、自慢の金髪はボサボサで、高価なシャツもシワだらけだ。
ポルカは、そんな元婚約者をゴミを見るような目ですら見ず、ただ手元の資料に視線を落としたまま答えた。
「案件番号12『公務執行妨害および不適切な呼称の使用』。元殿下、現在の私は王立監査部の特任官です。気安く名前を呼ばないでいただけますかしら。鼓膜が汚れますわ」
「そんな冷たいことを言わないでくれ! 分かったんだ、ようやく目が覚めたよ! ルルはただの気の迷いだった。本当に私を支えてくれていたのは、君だったんだ!」
シリウスは必死に顔を作り、かつてポルカを落とした(と本人が思い込んでいる)甘い微笑みを浮かべた。
「君のあの、何でも完璧にこなす事務処理能力……今なら愛せる気がする! さあ、父上に言って婚約破棄を撤回してもらおう。私たちはもう一度、やり直せるはずだ!」
部屋の隅で腕を組んでいたカイルが、思わずといった風に鼻で笑った。
「……おや。廃嫡が決定的になった途端、これほど見事な掌返しが見られるとは。ある意味で芸術的な厚顔無恥ですね」
「黙れ、カイル! これは私とポルカの愛の問題だ!」
「愛、ですか」
ポルカがようやく顔を上げ、眼鏡をクイと押し上げた。
「シリウス様。貴方がおっしゃる『やり直す』という言葉を、事務的な手続きに翻訳してもよろしいでしょうか?」
「え? あ、ああ。君の好きなようにしてくれ」
「では、申し上げますわね。貴方の提案は、『現在進行中のすべての不祥事調査を中止させ、公爵家の資産による負債の肩代わりを継続し、かつ今後も私の労働力を無償で搾取し続ける権利の再取得』。……要約すると、こういうことですわね?」
シリウスは一瞬言葉に詰まったが、すぐにまた縋り付くような声を出す。
「そ、そんな味気ない言い方を……! 私はただ、君と一緒にいたいと言っているだけだ!」
「左様ですか。では、その『一緒にいたい』という要望のコストパフォーマンスを計算してみましょう」
ポルカは電卓代わりの算盤(公爵家特注、魔石入り)を弾き始めた。
「まず、貴方と結婚することで私に生じる機会損失。王立監査部での年収、および将来的な昇進による生涯賃金の合計。次に、貴方の浪費癖による公爵家資産の減少予測値。さらに、貴方の浮気相手……例えばルル様のような方々からの慰謝料請求対応に追われる私の精神的苦痛と時間的損失」
チャチャチャ、と軽快な音が部屋に響く。
「合計で、一分あたり金貨三枚の赤字ですわ。……シリウス様、貴方は私にとって『歩く不良債権』以外の何物でもありません。そんなものを抱え直すほど、私は経営判断を誤りませんわよ」
「ふ、不良債権……!? 王子である私を、借金扱いするのか!」
「おやおや。今はただの『廃嫡間近の容疑者』ですよ、シリウス君」
カイルが楽しげに補足する。
「ポルカ嬢。彼を納得させるには、もう少し具体的な『数字』が必要かもしれませんね。例えば、彼がルル嬢に貢ぐために、公爵家の倉庫から無断で持ち出した名画の現在の市場価格とか」
「ああ、それも計上済みですわ。カイル様、見てください。この『償却資産目録』」
ポルカが提示した書類には、シリウスが盗み出した美術品の一覧と、その裏取引のルート、そして買い戻しにかかる費用が事細かに記されていた。
「シリウス様。復縁を望まれるのであれば、まずはこれらの損害金、総額金貨五万枚を三日以内に一括でお支払いください。話はそれからですわ」
「ご、五万……!? そんな金、あるわけないだろう!」
「あら、残念。支払い能力がない方との契約交渉は、時間の無駄ですわね。……案件終了です。衛兵さん、この方を元の静かな場所(地下牢)へお戻しして」
「待て! 待ってくれポルカ! ルル! ルルはどうなるんだ!? 彼女だって被害者なんだぞ!」
往生際悪く叫ぶシリウスに、ポルカは冷ややかな微笑を向けた。
「ルル様なら、先ほど『シリウス様に唆されてやったことです。私はあの方の贅沢の道具にされただけなんですぅ!』と、涙ながらに貴方を売る供述書にサインされましたわよ。二十八ページに及ぶ、実に見事な責任転嫁でしたわ」
「な……っ!? ルルが……私を裏切ったのか!?」
「『らぶらぶファンド』の愛は、預金残高がゼロになった瞬間に解約されたようですわね。……お疲れ様でした」
絶叫しながら連行されていくシリウスの声が遠ざかると、室内には再び静寂が戻った。
ポルカは大きく息をつき、椅子に深く腰掛けた。
「……疲れましたわ。感情論に訴える方との対話は、論理の組み立てが通用しないので、普段の三倍はカロリーを消費します」
「お疲れ様です、ポルカ。糖分を補給しましょう。今日は、あなたが好きな塩キャラメルのマカロンを用意してありますよ」
カイルが優しく肩に手を置く。
「……カイル様。そのマカロンは、私の残業代に含まれるのでしょうか?」
「いいえ。これは、あなたのパートナー(予定)である私からの、純粋な『愛の配当』です」
「配当……。なるほど、出資に見合うだけの利益を私に還元してくださる、ということかしら」
「もちろん。私の生涯をかけて、あなたに最高の幸福という利子を支払い続けることを約束しますよ。……契約書、作りますか?」
ポルカは一瞬、呆れたように彼を見たが、やがて小さく笑った。
「……ええ。文言のチェックは、私が厳重に行わせていただきますわ」
二人の笑い声が、取調室の冷たい空気を少しだけ温めた。
一方、地下牢に戻されたシリウスを待っていたのは、自分を裏切ったルルとの「地獄の相部屋(鉄格子越し)」であった。
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