11 / 28
11.メインストリートにて
しおりを挟む
「君の身の安全のためとはいえ、部屋に閉じ込もってばかりいては、鬱屈した夢も見るだろう」
そうだった。気分転換だった。
ヴィルヘルムを相手に勝手にいかがわしい夢を見た罪悪感と失望を少しでも晴らしたくて、俺は当のヴィルヘルムを連れて初めての街に繰り出している。
……おかしいだろ。
「アンリ」
「えっ、うわ」
塔を背にしたヴィルヘルムに手を引かれる。示されたほうに目を向けると、そこには《賢者の塔》市街のメインストリートが広がっていた。
レンガ造りの建物が立ち並ぶ通りは、きっと商業区だ。店舗の前には色とりどりのテントが張られ、祭の屋台を思い出す。服飾品のきらめき、飲食店からの香ばしい匂い、遠目にはなんだかわからない露天まで、たくさんの人が行き交い、辺りは活気に満ちていた。
わあ、と感嘆の声が出る。
「人がこんな……! こんなにたくさん人がいる!」
「……《旅人》の名を冠する君にそこまで言わせてしまったことは反省しておく」
語彙力を失った俺に、ヴィルヘルムは苦笑しているようだ。しかし、俺がこの世界に来て初めて目にする人の群れである。髪の色、肌の色、見たこともない服装に、俺の目は忙しい。しかも――
「あっ、あれなんだ? 大道芸? えっ、魔法か?」
「そうだな。光と炎の魔法を仕込んだ短刀を操っている。あの魔法は、隣国から興行に来たのだろう」
通りの一角にできた人だかりの向こう、華やかな一団がショーを披露していた。
「異世界なんだなあ……」
まごうことなく、剣と魔法の世界なのだ。
目の前の光景に気分が高揚した俺は、ヴィルヘルムの手を引く。
「とりあえず露天を見たい! 片っ端から!」
目を細めた俺の騎士は、やさしく笑ってくれた。
「綺麗な人だね」
天然石でできたさまざまな装身具が並ぶ軒先。興味深く商品を眺めていると、売り子をしている褐色の美女に声をかけられた。
「あ、うん」
わかる。この人混みの中でも、ヴィルヘルムの美形っぷりはとても目立つ。俺が、自慢の護衛騎士です! と胸を張るのもなにか違うので、曖昧な相槌しか打てないけども。
「いいねぇ、自覚のある美少年。あんたの色だ、やるよ」
手のひらに載せられた濃茶の石を見て反射的にお礼を言った俺は、もう一度褐色美女を見て、違和感に眉をひそめた。
「……びしょうねん?」
って、誰だ。
俺は首をめぐらせて、ヴィルヘルムを仰ぐ。
「ヴィルっていくつだ? この世界だとまだ少年?」
「君のことだが?」
「あっはは! なんだいなんだいあんたら」
美女はその見た目とは裏腹に、テントも揺れんばかりに豪快に笑い出した。
「……そういえば、あのデカい騎士にも外見を褒められたような」
「それは忘れて構わない」
ぴしゃりと言われて、そうかとうなずく。
俺の見た目は、この世界でなかなか高評価らしい。
ひとしきり笑った売り子の美女は、これも持っていきな、と言って、もう一つ綺麗な碧い石をくれた。手のひらに、ふたつの輝石が転がる。
「綺麗だなぁ」
ヴィルヘルムも俺の手元を覗き込んで、ほう、と目を細めた。
「君と私の瞳の色だな。ならば店主、これらに合う水晶を見繕ってくれるか」
「ははっ、さすが色男はわかってるね。まいどあり」
待ってましたとばかりに笑む美女。なるほど、商売っていうのはこうするんだな。
俺はリコに渡された財布を取り出そうとして、大きな手のひらに止められる。
「贈らせてくれ。私の色を君が身につけるのは気分がいい」
ひどく嬉しそうに微笑まれた俺は、ノーだなんてとても言えない日本人になった。
なるほど、イケメンってのはこうするんだな。
その後も、ヴィルヘルムはもちろんのこと俺の顔面もたいへんお役立ちで、最初はラッキーだなと喜んでいた俺が、しまいには恐縮してしまうくらい各露天でちやほやしていただいた。とくに食べ物は俺がなんでも興味を示したものだから、あれもこれもそれもどうだい! とばかりに提供される。両手いっぱいのそれらを、塔での食事に不満があったらしいヴィルヘルムが綺麗な顔で端から平らげるものだから、ちょっとした人だかりができたほどだった。
「食べたなー……」
広場のベンチで一休みする頃には、昼を過ぎてもうおやつの時間である。とても入らないけど。
「ありがとうヴィル。俺が食べるものに危険がないか、確かめてくれてたんだろう?」
手渡された食べ物を俺が先に口にするのを、ヴィルヘルムがさりげなく阻止し続けていることに、俺は途中で気付いた。楽しそうにしている俺も、嬉しそうな露天のみんなのことも、誰も不快にさせないように立ち回ったヴィルヘルムを素直に尊敬する。
「気付かれていたか。私もまだまだだな」
「うっかり忘れてたけど、箱入りの俺が何でもかんでも食べていいわけないよな。でも、ヴィルのおかげで楽しかったよ」
お礼を言うと、頭をわしゃっとなでられた。
「私が大食らいなのは本当なんだ。気に病まないでくれ」
微笑むヴィルヘルムはどこまでも優しくて、俺はなんだかくすぐったい気分になる。
「……君が、私の夢も見るのも」
「んー……?」
頭皮を滑るヴィルヘルムの指の感触が気持ちよくて、俺はふわふわと返事をした。けれど、夢?
はっと見上げた碧い瞳は、切ないような、悲しそうな、そんな色をしていた。
「気に病む必要はない。それが原因で君におかしな遠慮をされるほうが、私は困る」
「う、あ……うん」
騎士のまっすぐな瞳に、俺はやはりまだ気まずくて視線をそらしてしまう。
次の瞬間。
俺はヴィルヘルムに、強い力で抱きしめられた。
そうだった。気分転換だった。
ヴィルヘルムを相手に勝手にいかがわしい夢を見た罪悪感と失望を少しでも晴らしたくて、俺は当のヴィルヘルムを連れて初めての街に繰り出している。
……おかしいだろ。
「アンリ」
「えっ、うわ」
塔を背にしたヴィルヘルムに手を引かれる。示されたほうに目を向けると、そこには《賢者の塔》市街のメインストリートが広がっていた。
レンガ造りの建物が立ち並ぶ通りは、きっと商業区だ。店舗の前には色とりどりのテントが張られ、祭の屋台を思い出す。服飾品のきらめき、飲食店からの香ばしい匂い、遠目にはなんだかわからない露天まで、たくさんの人が行き交い、辺りは活気に満ちていた。
わあ、と感嘆の声が出る。
「人がこんな……! こんなにたくさん人がいる!」
「……《旅人》の名を冠する君にそこまで言わせてしまったことは反省しておく」
語彙力を失った俺に、ヴィルヘルムは苦笑しているようだ。しかし、俺がこの世界に来て初めて目にする人の群れである。髪の色、肌の色、見たこともない服装に、俺の目は忙しい。しかも――
「あっ、あれなんだ? 大道芸? えっ、魔法か?」
「そうだな。光と炎の魔法を仕込んだ短刀を操っている。あの魔法は、隣国から興行に来たのだろう」
通りの一角にできた人だかりの向こう、華やかな一団がショーを披露していた。
「異世界なんだなあ……」
まごうことなく、剣と魔法の世界なのだ。
目の前の光景に気分が高揚した俺は、ヴィルヘルムの手を引く。
「とりあえず露天を見たい! 片っ端から!」
目を細めた俺の騎士は、やさしく笑ってくれた。
「綺麗な人だね」
天然石でできたさまざまな装身具が並ぶ軒先。興味深く商品を眺めていると、売り子をしている褐色の美女に声をかけられた。
「あ、うん」
わかる。この人混みの中でも、ヴィルヘルムの美形っぷりはとても目立つ。俺が、自慢の護衛騎士です! と胸を張るのもなにか違うので、曖昧な相槌しか打てないけども。
「いいねぇ、自覚のある美少年。あんたの色だ、やるよ」
手のひらに載せられた濃茶の石を見て反射的にお礼を言った俺は、もう一度褐色美女を見て、違和感に眉をひそめた。
「……びしょうねん?」
って、誰だ。
俺は首をめぐらせて、ヴィルヘルムを仰ぐ。
「ヴィルっていくつだ? この世界だとまだ少年?」
「君のことだが?」
「あっはは! なんだいなんだいあんたら」
美女はその見た目とは裏腹に、テントも揺れんばかりに豪快に笑い出した。
「……そういえば、あのデカい騎士にも外見を褒められたような」
「それは忘れて構わない」
ぴしゃりと言われて、そうかとうなずく。
俺の見た目は、この世界でなかなか高評価らしい。
ひとしきり笑った売り子の美女は、これも持っていきな、と言って、もう一つ綺麗な碧い石をくれた。手のひらに、ふたつの輝石が転がる。
「綺麗だなぁ」
ヴィルヘルムも俺の手元を覗き込んで、ほう、と目を細めた。
「君と私の瞳の色だな。ならば店主、これらに合う水晶を見繕ってくれるか」
「ははっ、さすが色男はわかってるね。まいどあり」
待ってましたとばかりに笑む美女。なるほど、商売っていうのはこうするんだな。
俺はリコに渡された財布を取り出そうとして、大きな手のひらに止められる。
「贈らせてくれ。私の色を君が身につけるのは気分がいい」
ひどく嬉しそうに微笑まれた俺は、ノーだなんてとても言えない日本人になった。
なるほど、イケメンってのはこうするんだな。
その後も、ヴィルヘルムはもちろんのこと俺の顔面もたいへんお役立ちで、最初はラッキーだなと喜んでいた俺が、しまいには恐縮してしまうくらい各露天でちやほやしていただいた。とくに食べ物は俺がなんでも興味を示したものだから、あれもこれもそれもどうだい! とばかりに提供される。両手いっぱいのそれらを、塔での食事に不満があったらしいヴィルヘルムが綺麗な顔で端から平らげるものだから、ちょっとした人だかりができたほどだった。
「食べたなー……」
広場のベンチで一休みする頃には、昼を過ぎてもうおやつの時間である。とても入らないけど。
「ありがとうヴィル。俺が食べるものに危険がないか、確かめてくれてたんだろう?」
手渡された食べ物を俺が先に口にするのを、ヴィルヘルムがさりげなく阻止し続けていることに、俺は途中で気付いた。楽しそうにしている俺も、嬉しそうな露天のみんなのことも、誰も不快にさせないように立ち回ったヴィルヘルムを素直に尊敬する。
「気付かれていたか。私もまだまだだな」
「うっかり忘れてたけど、箱入りの俺が何でもかんでも食べていいわけないよな。でも、ヴィルのおかげで楽しかったよ」
お礼を言うと、頭をわしゃっとなでられた。
「私が大食らいなのは本当なんだ。気に病まないでくれ」
微笑むヴィルヘルムはどこまでも優しくて、俺はなんだかくすぐったい気分になる。
「……君が、私の夢も見るのも」
「んー……?」
頭皮を滑るヴィルヘルムの指の感触が気持ちよくて、俺はふわふわと返事をした。けれど、夢?
はっと見上げた碧い瞳は、切ないような、悲しそうな、そんな色をしていた。
「気に病む必要はない。それが原因で君におかしな遠慮をされるほうが、私は困る」
「う、あ……うん」
騎士のまっすぐな瞳に、俺はやはりまだ気まずくて視線をそらしてしまう。
次の瞬間。
俺はヴィルヘルムに、強い力で抱きしめられた。
0
あなたにおすすめの小説
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
落としたのは化粧じゃなく、みんなの心でした
444
BL
『醜い顔…汚らしい』
幼い頃、実母が病気によって早くに亡くなった数年後に新しい義母からそう言われたシリルは、その言葉が耳に残って16歳となった今も引きずっていた。
だが、義母のその言葉は真っ赤な嘘でシリルはとても美しかった。ただ前妻の息子であるシリルに嫉妬した結果こぼした八つ当たりの言葉であったのをシリルは知らずに、義母のいう醜い顔を隠すために化粧をする。
その結果、彼は化粧によって本当に醜い顔になってしまった。そんな彼が虐げられながらも徐々に周囲を絆す話
暴力表現があるところには※をつけております
異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます
ひと息
BL
突然の過労死。そして転生。
休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。
転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。
そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・
知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
過去のやらかしと野営飯
琉斗六
BL
◎あらすじ
かつて「指導官ランスロット」は、冒険者見習いだった少年に言った。
「一級になったら、また一緒に冒険しような」
──その約束を、九年後に本当に果たしに来るやつがいるとは思わなかった。
美形・高スペック・最強格の一級冒険者ユーリイは、かつて教えを受けたランスに執着し、今や完全に「推しのために人生を捧げるモード」突入済み。
それなのに、肝心のランスは四十目前のとほほおっさん。
昔より体力も腰もガタガタで、今は新人指導や野営飯を作る生活に満足していたのに──。
「討伐依頼? サポート指名? 俺、三級なんだが??」
寝床、飯、パンツ、ついでに心まで脱がされる、
執着わんこ攻め × おっさん受けの野営BLファンタジー!
◎その他
この物語は、複数のサイトに投稿されています。
カワウソの僕、異世界を無双する
コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
本編完結いたしました♡コツメたん!無双おめでとう㊗️引き続きの番外編も完結しました💕
いつも読んでいただきありがとうございます♡ ほのぼのとワクワク、そしてコツメたんの無双ぶりを楽しんで下さい!
お気に入り1200越えました(new)❣️コツメたんの虜になった方がこんなにも!ʕ•ᴥ•ʔキュー♡
★★★カワウソでもあり、人間でもある『僕』が飼い主を踏み台に、いえ、可愛がられながら、この異世界を無双していく物語。
カワウソは可愛いけどね、自分がそうなるとか思わないでしょ。気づいたらコツメカワウソとして水辺で生きていた僕が、ある日捕まってしまった。僕はチャームポイントの小さなお手てとぽっこりお腹を見せつけながら、この状況を乗り越える!僕は可愛い飼い主のお兄さん気分で、気ままな生活を満喫するつもりだよ?ドキドキワクワクの毎日の始まり!
BLランキング最高位16位♡
なろうムーンで日間連載中BLランキング2位♡週間連載中BLランキング5位♡
イラスト*榮木キサ様
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる