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11.メインストリートにて

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「君の身の安全のためとはいえ、部屋に閉じ込もってばかりいては、鬱屈した夢も見るだろう」

 そうだった。気分転換だった。
 ヴィルヘルムを相手に勝手にいかがわしい夢を見た罪悪感と失望を少しでも晴らしたくて、俺は当のヴィルヘルムを連れて初めての街に繰り出している。

 ……おかしいだろ。

「アンリ」
「えっ、うわ」

 塔を背にしたヴィルヘルムに手を引かれる。示されたほうに目を向けると、そこには《賢者の塔》市街のメインストリートが広がっていた。

 レンガ造りの建物が立ち並ぶ通りは、きっと商業区だ。店舗の前には色とりどりのテントが張られ、祭の屋台を思い出す。服飾品のきらめき、飲食店からの香ばしい匂い、遠目にはなんだかわからない露天まで、たくさんの人が行き交い、辺りは活気に満ちていた。

 わあ、と感嘆の声が出る。

「人がこんな……! こんなにたくさん人がいる!」
「……《旅人》の名を冠する君にそこまで言わせてしまったことは反省しておく」

 語彙力を失った俺に、ヴィルヘルムは苦笑しているようだ。しかし、俺がこの世界に来て初めて目にする人の群れである。髪の色、肌の色、見たこともない服装に、俺の目は忙しい。しかも――

「あっ、あれなんだ? 大道芸? えっ、魔法か?」
「そうだな。光と炎の魔法を仕込んだ短刀ダガーを操っている。あの魔法は、隣国から興行に来たのだろう」

 通りの一角にできた人だかりの向こう、華やかな一団がショーを披露していた。

異世界ファンタジーなんだなあ……」

 まごうことなく、剣と魔法の世界なのだ。
 目の前の光景に気分が高揚した俺は、ヴィルヘルムの手を引く。

「とりあえず露天を見たい! 片っ端から!」

 目を細めた俺の騎士は、やさしく笑ってくれた。
 


「綺麗な人だね」

 天然石でできたさまざまな装身具が並ぶ軒先。興味深く商品を眺めていると、売り子をしている褐色の美女に声をかけられた。

「あ、うん」

 わかる。この人混みの中でも、ヴィルヘルムの美形っぷりはとても目立つ。俺が、自慢の護衛騎士です! と胸を張るのもなにか違うので、曖昧な相槌しか打てないけども。

「いいねぇ、自覚のある美少年。あんたの色だ、やるよ」

 手のひらに載せられた濃茶の石を見て反射的にお礼を言った俺は、もう一度褐色美女を見て、違和感に眉をひそめた。

「……びしょうねん?」

 って、誰だ。
 俺は首をめぐらせて、ヴィルヘルムを仰ぐ。

「ヴィルっていくつだ? この世界だとまだ少年?」
「君のことだが?」

「あっはは! なんだいなんだいあんたら」
 美女はその見た目とは裏腹に、テントも揺れんばかりに豪快に笑い出した。

「……そういえば、あのデカい騎士にも外見を褒められたような」
「それは忘れて構わない」

 ぴしゃりと言われて、そうかとうなずく。
 俺の見た目は、この世界でなかなか高評価らしい。

 ひとしきり笑った売り子の美女は、これも持っていきな、と言って、もう一つ綺麗な碧い石をくれた。手のひらに、ふたつの輝石が転がる。

「綺麗だなぁ」

 ヴィルヘルムも俺の手元を覗き込んで、ほう、と目を細めた。

「君と私の瞳の色だな。ならば店主、これらに合う水晶クォーツを見繕ってくれるか」
「ははっ、さすが色男はわかってるね。まいどあり」

 待ってましたとばかりに笑む美女。なるほど、商売っていうのはこうするんだな。

 俺はリコに渡された財布を取り出そうとして、大きな手のひらに止められる。

「贈らせてくれ。私の色を君が身につけるのは気分がいい」

 ひどく嬉しそうに微笑まれた俺は、ノーだなんてとても言えない日本人になった。

 なるほど、イケメンってのはこうするんだな。

 その後も、ヴィルヘルムはもちろんのこと俺の顔面もたいへんお役立ちで、最初はラッキーだなと喜んでいた俺が、しまいには恐縮してしまうくらい各露天でちやほやしていただいた。とくに食べ物は俺がなんでも興味を示したものだから、あれもこれもそれもどうだい! とばかりに提供される。両手いっぱいのそれらを、塔での食事に不満があったらしいヴィルヘルムが綺麗な顔で端から平らげるものだから、ちょっとした人だかりができたほどだった。

「食べたなー……」

 広場のベンチで一休みする頃には、昼を過ぎてもうおやつの時間である。とても入らないけど。

「ありがとうヴィル。俺が食べるものに危険がないか、確かめてくれてたんだろう?」

 手渡された食べ物を俺が先に口にするのを、ヴィルヘルムがさりげなく阻止し続けていることに、俺は途中で気付いた。楽しそうにしている俺も、嬉しそうな露天のみんなのことも、誰も不快にさせないように立ち回ったヴィルヘルムを素直に尊敬する。

「気付かれていたか。私もまだまだだな」
「うっかり忘れてたけど、箱入りの俺が何でもかんでも食べていいわけないよな。でも、ヴィルのおかげで楽しかったよ」

 お礼を言うと、頭をわしゃっとなでられた。

「私が大食らいなのは本当なんだ。気に病まないでくれ」

 微笑むヴィルヘルムはどこまでも優しくて、俺はなんだかくすぐったい気分になる。

「……君が、私の夢も見るのも」
「んー……?」

 頭皮を滑るヴィルヘルムの指の感触が気持ちよくて、俺はふわふわと返事をした。けれど、夢?

 はっと見上げた碧い瞳は、切ないような、悲しそうな、そんな色をしていた。

「気に病む必要はない。それが原因で君におかしな遠慮をされるほうが、私は困る」
「う、あ……うん」

 騎士のまっすぐな瞳に、俺はやはりまだ気まずくて視線をそらしてしまう。

 次の瞬間。


 俺はヴィルヘルムに、強い力で抱きしめられた。
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