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10.塔をとりまく騎士

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 男はぎゃっと悲鳴を上げ、その場にうずくまる。足は石床にしっかりと縫い留められているようで、剣を抜くことも動くこともできないようだった。

「貴殿もおこぼれに預かりたいのならば、相応に礼を尽くすべきだな。塔の騎士の恥晒しが。まずはその口を閉じ、ひれ伏して我が君の温情を乞うがよかろう」

 ヴィルヘルムは俺を背にかばうと、鎧男に刺さった剣をこともなげに引き抜いた。

 えっ、これ、ヴィルがやったのか?

「ぐ……! こ、この野良ノラ風情が……!」

「その野良風情にかような醜態はいかがなものかな。百人隊長どの」

 目の前のやり取りにただ呆然とする俺の背を、ヴィルヘルムの手のひらがそっと支えた。うながされるままに、門の方向へぎこちなく足を動かす。

 いくつかの怒号とともに人が集まってくる気配がしたが、振り返ることはとてもできなかった。


 
「すまない。君に与えられた加護は、ああいった侮辱には対応できない」

 塔の外の門を超え、跳ね橋を渡り切る頃、ようやくヴィルヘルムは口を開いた。
 侮辱もなにも、びっくりしてなにもわからなかった俺は、黙ってうなずいておく。

「入口で私と話した騎士は、この地で生まれ育った者だ。あの無礼な大柄な騎士でくのぼうは中央から派遣されている。騎士にも種類があるが、後者が圧倒的に多いのでまとめて警戒してしまったほうが面倒がない」

 あの二人の違いはあまりにも顕著だったけれど、出身の差なのか……。

「……あの茶髪の騎士は、ヴィルと仲が良さそうだったな」
「私も生まれはこの地方だからな。同郷の者にはお互い気安くもなるさ」

 俺は、ヴィルヘルムを見上げる。やわらかくなびく金の髪は、塔の壁の外に広がる麦の波を思わせた。あの雄大で豊かな実りに満ちた景色の中で、この綺麗な青年はどんなふうに成長したのだろう。

「……種類といえば。野良、って言われてるのはどんな騎士なんだ?」

 明らかに悪口なので俺はためらいがちに尋ねたが、ヴィルヘルムは涼しい顔のままだ。

「騎士、とは、国から叙任される称号だ。その後はたいてい国や貴族が抱える騎士団に入るのだが、私のようにどこにも所属していない者もいる。そういった騎士が、野良と呼ばれ蔑まれているわけだ」

 騎士になるには、帝都で厳しい修練と試験をクリアする必要があるらしい。つまり野良とは、国家資格をパスして就活中であったり、前の職場を辞して次を探している途中の状態を指す。ヴィルヘルムは後者だそうだ。

「でも、ヴィルは大賢者の騎士なんだろう?」
「そう呼ばれるのは塔の騎士の方だな。私はあくまでも私兵だ。塔に所属していないからこそ、行動の制約を受けることはないし、先程のような輩と宿舎で寝食を共にする必要もない」

 ヴィルヘルムは微笑んで立ち止まる。俺の手を引いて、綺麗に上体を折って――

「そして今は、君の騎士だ」

 俺の手の甲に唇を押し当て、その長いまつげがふせられる。

「ヴィ……!」

 美しく整えられた石畳の通りの中央、衆人環視のど真ん中である。
 魔法使いでも騎士でもない通行人たちの間から、おおっ、とどよめきが起きた。
 恥ずかしさのあまり、俺は一瞬で真っ赤になる。

 どこのプリンセスだ俺は……!

「さあ、街では君を君だと知る者はほとんどいないだろう。少しでも楽しんでくれ」

 たったいま、ものすごく目立つことをしておいて、このイケメンはそんなことをのたまった。しかし、その笑顔があまりにも格好いいので俺はなにもいえない。

 ええと、なにしに街まで出てきたんだっけ……。
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