変質者に襲われて後輩に助けられた話

狩野

文字の大きさ
1 / 6

リモートで会社の飲み会

しおりを挟む
「みんなグラスは持ったなー? それじゃあ、カンパーイ!」
「乾杯!」
「かんぱーい!」
「乾杯」
「かんぱい!」

 チームリーダーの韮沢さんの掛け声のあと、パソコンの画面では皆の顔が次々に大写しになった。一昔前に流行ったCMみたいだ。
 発言者が大きく映し出される設定のため、全員が一斉に喋るとこういうことになる。一斉にとは言っても訓練された軍隊による唱和というわけではないので、もちろんばらつきはある。周囲を気にせず声を張り上げるやつ、周囲の状況を見てから声を出すやつ、周囲がどうあろうとかたくなに口を開かないやつ、周囲に合わせようとして結局ちょっとタイミングをはずすやつ。それとは逆にごくごく自然にいいタイミングで声を出すやつ。そして、カメラに向かって離しているだけなのに自分が直接話しかけられたような気持ちになって、一度した挨拶をもう一度繰り返すやつら。

 そんなわけで、一瞬斉藤の顔が映ったあと、真正面を向いて目をキラキラさせた女子軍団の顔がコマ送り映画のように現れては消えたのはただの偶然ではあるまい。韮沢さんが言い出したこのリモート飲み会だって、元は営業チーム内の懇親会という話だったのだが、俺たち営業にバイトを含む営業事務を入れても全部で8名に満たないはずのこじんまりした懇親会のはずが、なぜか参加者30名を超える大宴会をやることになった。リモート勤務に切り替わってから数少ない斉藤に会える機会だとあれこれ理由をつけてはメンバーいりする女子社員が現れ、チーム外のやつが参加してもいいなら私も私もと人が集まった結果だ。

 そんなわけで参加者は女ばかり……かと俺も思っていたのだが、意外にも半数ほどは男だった。女が集まるところには男も集まるもんだ、と韮沢さんがドヤ顔で言っていたが、規模が大きくなったために連絡やら経費申請やらが面倒なことになった分については、結局全部斉藤が負担していた。

 当初は俺と斉藤のふたりで分担して幹事をやるよう言われたのだが、斉藤がひとりで大丈夫だと言って、ひとりでやることになった。そして実際のところ、俺と一緒にやるよりも斉藤ひとりのほうが効率がいいように見えた。開始時間の決定、リモート飲み会ということで使用するツールをどれにするかの選定、ツールの使用方法についての資料作成と参加者への連絡、ひとりあたりの会社補助費、その申請方法、飲む酒やつまみに、途中の余興をどうするか。それらについて斉藤は、本来の職務である営業業務の合間に粛々と決定し遂行していった。俺だと色々な意見を聞きすぎてなかなか決断を下せなかっただろうし、決断したあとも本当にこれでよかったのか、いやだと思っても言い出せないやつはいないか、などなど、つつがなく宴会が終わり楽しかったという意見が聞けるまでは、気が気ではなかっただろうが、斉藤にはそういった迷いが一切見えない。うらやましいことだ。自分が幹事をしてもらう側になってみれば幹事なんてものはやってくれるだけありがたいと思うのだが、自分がやる側となるとなかなかそうは思い切れないのが俺の残念なところである。

 そんなわけで、本日は幹事の責務を負わず、いわばお客さん側として宴会を楽しむばかりの身の上である俺なのだが、浮かべている笑顔ほどには愉快な気分にはなれなかった。

 理由はよくわからない。毎週末の恒例となっていた斉藤とのリモート飲み会は、出社して直接会ったあの日以来、なくなった。ただやらなくなったというより、そんなことがあったことそれ自体がなかったことになった。そんな感じだ。あの日以来、俺と斉藤はふたりきりになることがあってもおかしな雰囲気になったりしない。かといって別にお互いそっけいないというわけでもない。冗談も言い合うし、笑いあったりもする。以前と同じはずだ。違うことといえば、仕事以外のことについて、特にお互いのプライベートについては一切話をしなくなったことだろうか。イケメンってやっぱり向こうから告ってくるもんなのか? などと俺はもう訊いたりしないし、先輩彼女はできたんですか、理想が高すぎるんじゃないですか、などとと斉藤もからかってきたりしない。
 家には斉藤が送ってきたアダルトグッズやら本やら、あるいは酒やらがつまみやらが残されているが、それについても斉藤はなにも言わないし、俺も訊かない。俺から斎藤に酒やつまみを送ったこともあるが、どう考えても俺のほうがもらいすぎだ。借りを作ったままというのはあまり気分のよいものではないので数少ない出社の機会にあわせ昼飯をおごると約束したこともあるのだが、その日は斉藤が担当しているクライアントのほうで急なトラブルがあって、出社する時間も惜しいとのことで結局会えなかった。もちろん斉藤があえて俺を避けたわけではないのはわかっているが、次の機会については約束できずにいる。大体、約束をしなおさなければいけないと思い詰めるのもおかしな話なのだ。じゃあまた、タイミングがあったときにな、と。それだけでいいのに。なにをくよくよしてるんだ俺は。

 最近のリモート飲み会ツールというのはすごいもので、全員で集まるホールと呼ばれる機能とは別に、少人数でお喋りができるミニルームという機能があり、それぞれを好きに行き来できるらしい。俺は、同じ営業部の、俺より社歴は浅いが同い年の野口と、新卒入社でひとつ下の第二営業部のやつ、それにデザイン部のチーフとサブチーフがいるミニルームにいた。同輩の野口が、最近の外出自粛に耐えかねついにデリヘルデビューを決意しているがどうすればいいのか、というのを以外にマジトーンで周囲に相談しているのを聞くともなしに耳を傾けながら、会社の補助費分の予算をつかって購入した缶ビールをくいくいと傾けていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

二本の男根は一つの淫具の中で休み無く絶頂を強いられる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

処理中です...