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4 新たな客
4-8 見つかったピアノ
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一番乗りはエリザベットだった。次はグラモン侯爵。
遅れてセドリックとジュリーが到着したとき、二人は言い争っていた。
「私が先に見つけたのよ」
「でも、まだそれが本当にピアノかどうか、分からない。確かめられないうちは、納得いきません」
二階の端にある旧い大広間。ジュリーとセドリックの記憶では、その広間には何も置かれていないはずだった。しかし今日は、背の高い一台の書き物机が、壁からやや離れて置かれていた。表面は磨かれて艶があり、注意して見れば側面の四隅や脚に細かい装飾があるのが分かった。
エリザベットはそれが例のピアノだと言い張っていた。グラモン侯爵はもしそうならばと、証拠に弾いてみせることを要求していた。
しかし、確かめたくとも蓋の開け方がわからないのだった。鍵盤があると思われる台の部分、前面板の中央部分に掛け金らしきものはあるのだが、どうしても外し方が分からず、上蓋があかなかった。
遅れて最後にエヴァンがやって来た。
「例のピアノが、見つかったんですね」
書き物机に近づいて、エヴァンは先に来ていた四人を見回した。
「弾いて確かめては?」
「そうしたいわ。でも蓋の開け方がわからないの」
エリザベットが皆の気持ちを代弁した。
「僕が開けても構わないですか?」
「どうぞ」
エヴァンは机の台の部分に両手を掛けると難なく上蓋を持ち上げた。それから前面の側板を引き下げ、鍵盤をすっかり表に出した。
「本当の掛け金は両端に。中央に見えるのは、職人の遊び心で、鍵はかかっていないんだ」
エヴァンは笑って説明した。エリザベットも笑っていた。
「私たち全員、だまされたのね。弾いてみてもいい?」
エヴァンは鍵盤の前を、エリザベットに譲った。
エリザベットが鍵を押すと音が鳴った。確かにピアノの音だった。とても繊細で軽い音に聞こえた。
セドリックはエヴァンに言った。
「なんだ、君は最初から知っていたのか」
「まあね。ピアノは、ここではなくて、小部屋の方に置いてあったはずだけど……」
エリザベットは音階を下から上に向かって弾いた。それを聞いて、
「ああ、音程、直ったんだ」
と、エヴァンは言った。エリザベットもうなずいた。
「昨日、職人が来て調律したんですって。ピアノはその時に、この場所に移動したのね」
グラモン侯爵が聞いた。
「最初にピアノがおいてあった小部屋というのは?」
「向こうだ。伯爵の蒐集品がたくさんある」
「くやしいから、ほかに貴重品がないか探そう。見に行かないか」
グラモン侯爵はセドリックとエヴァンを誘って、続きの小部屋へ向かった。
三人の姿が見えなくなるとエリザベットはジュリーに聞いた。
「あなたはセドリックがお嫌い?」
「いいえ」
ジュリーは首を振った。
「じゃあ、なんで答えを保留してらっしゃるの?」
「まだ聞かれてもいないことに、お答えするのもどうかと思いまして」
それを聞いてエリザベットは大きく目を見開き、それからにっこりと笑った。
「本当にその通りね。あなたは正しいわ」
エリザベットはしっかりとした指遣いで鍵盤を叩いた。そのまま、本格的に曲を弾き始めた。
***
一人の女性が扉口に現れ、声をかけてきた。
「すみません、ピアノの音がしたものですから」
もともとこの旧い大広間には扉がなく、入り口は大きく開かれ、廊下からは容易に様子をうかがうことができた。ピアノの音も廊下に漏れて、それで気になってやって来たのだろうと思われた。
エリザベットはピアノを弾く手を止めた。
「うるさくしてごめんなさいね」
「いえ、ただ、もう一度、弾いていただけませんか」
エリザベットが一通り弾くのを聞いて、扉口に現れた彼女は言った。
「そのピアノ、音程が……直ったのですね」
「何か?」
「いいえ、ありがとうございました」
彼女はそれだけを言うと去って行った。エリザベットは妙な感覚にとらわれた。今の彼女の言葉は、ちょっと前に、誰かが全く同じことを言っていたような。
「今の女性は、誰かしら」
エリザベットは一緒にいたジュリーにただ話しかけた。答えは期待していなかったが、ジュリーはその人のことを知っていた。
「私の親友のアナイスです。一緒に山荘に滞在しています」
アナイスの方ではジュリーがいることに気づいていなかった。
「まあ、そうだったの。彼女はピアノを弾くの?」
「弾きません、弾かないと思います……」
歌えないフリをしているのとは違って、ピアノは本当に弾かないはずだ。
「ふうん……」
その時、男三人が小部屋から引き揚げて来た。グラモン侯爵は満足した様子だった。彼は素敵なタピスリーを見つけて、後でそれを伯爵夫人に願い出るつもりでいた。
「誰か来ていたようですが?」
エヴァンが尋ねた。その瞬間、エリザベットはひらめいて、声を上げた。
「わかった」
彼女は怪訝な顔をしているエヴァンに向き直った。
「あなたがここにいる理由がわかったわ、エヴァン。あなたはもう、彼女の前でピアノを弾いたのね」
エヴァンはとたんに表情をこわばらせてエリザベットを見た。エリザベットは平然とエヴァンを見返した。
ジュリーにはエリザベットが言っていることの意味がまだ分からなかった。
遅れてセドリックとジュリーが到着したとき、二人は言い争っていた。
「私が先に見つけたのよ」
「でも、まだそれが本当にピアノかどうか、分からない。確かめられないうちは、納得いきません」
二階の端にある旧い大広間。ジュリーとセドリックの記憶では、その広間には何も置かれていないはずだった。しかし今日は、背の高い一台の書き物机が、壁からやや離れて置かれていた。表面は磨かれて艶があり、注意して見れば側面の四隅や脚に細かい装飾があるのが分かった。
エリザベットはそれが例のピアノだと言い張っていた。グラモン侯爵はもしそうならばと、証拠に弾いてみせることを要求していた。
しかし、確かめたくとも蓋の開け方がわからないのだった。鍵盤があると思われる台の部分、前面板の中央部分に掛け金らしきものはあるのだが、どうしても外し方が分からず、上蓋があかなかった。
遅れて最後にエヴァンがやって来た。
「例のピアノが、見つかったんですね」
書き物机に近づいて、エヴァンは先に来ていた四人を見回した。
「弾いて確かめては?」
「そうしたいわ。でも蓋の開け方がわからないの」
エリザベットが皆の気持ちを代弁した。
「僕が開けても構わないですか?」
「どうぞ」
エヴァンは机の台の部分に両手を掛けると難なく上蓋を持ち上げた。それから前面の側板を引き下げ、鍵盤をすっかり表に出した。
「本当の掛け金は両端に。中央に見えるのは、職人の遊び心で、鍵はかかっていないんだ」
エヴァンは笑って説明した。エリザベットも笑っていた。
「私たち全員、だまされたのね。弾いてみてもいい?」
エヴァンは鍵盤の前を、エリザベットに譲った。
エリザベットが鍵を押すと音が鳴った。確かにピアノの音だった。とても繊細で軽い音に聞こえた。
セドリックはエヴァンに言った。
「なんだ、君は最初から知っていたのか」
「まあね。ピアノは、ここではなくて、小部屋の方に置いてあったはずだけど……」
エリザベットは音階を下から上に向かって弾いた。それを聞いて、
「ああ、音程、直ったんだ」
と、エヴァンは言った。エリザベットもうなずいた。
「昨日、職人が来て調律したんですって。ピアノはその時に、この場所に移動したのね」
グラモン侯爵が聞いた。
「最初にピアノがおいてあった小部屋というのは?」
「向こうだ。伯爵の蒐集品がたくさんある」
「くやしいから、ほかに貴重品がないか探そう。見に行かないか」
グラモン侯爵はセドリックとエヴァンを誘って、続きの小部屋へ向かった。
三人の姿が見えなくなるとエリザベットはジュリーに聞いた。
「あなたはセドリックがお嫌い?」
「いいえ」
ジュリーは首を振った。
「じゃあ、なんで答えを保留してらっしゃるの?」
「まだ聞かれてもいないことに、お答えするのもどうかと思いまして」
それを聞いてエリザベットは大きく目を見開き、それからにっこりと笑った。
「本当にその通りね。あなたは正しいわ」
エリザベットはしっかりとした指遣いで鍵盤を叩いた。そのまま、本格的に曲を弾き始めた。
***
一人の女性が扉口に現れ、声をかけてきた。
「すみません、ピアノの音がしたものですから」
もともとこの旧い大広間には扉がなく、入り口は大きく開かれ、廊下からは容易に様子をうかがうことができた。ピアノの音も廊下に漏れて、それで気になってやって来たのだろうと思われた。
エリザベットはピアノを弾く手を止めた。
「うるさくしてごめんなさいね」
「いえ、ただ、もう一度、弾いていただけませんか」
エリザベットが一通り弾くのを聞いて、扉口に現れた彼女は言った。
「そのピアノ、音程が……直ったのですね」
「何か?」
「いいえ、ありがとうございました」
彼女はそれだけを言うと去って行った。エリザベットは妙な感覚にとらわれた。今の彼女の言葉は、ちょっと前に、誰かが全く同じことを言っていたような。
「今の女性は、誰かしら」
エリザベットは一緒にいたジュリーにただ話しかけた。答えは期待していなかったが、ジュリーはその人のことを知っていた。
「私の親友のアナイスです。一緒に山荘に滞在しています」
アナイスの方ではジュリーがいることに気づいていなかった。
「まあ、そうだったの。彼女はピアノを弾くの?」
「弾きません、弾かないと思います……」
歌えないフリをしているのとは違って、ピアノは本当に弾かないはずだ。
「ふうん……」
その時、男三人が小部屋から引き揚げて来た。グラモン侯爵は満足した様子だった。彼は素敵なタピスリーを見つけて、後でそれを伯爵夫人に願い出るつもりでいた。
「誰か来ていたようですが?」
エヴァンが尋ねた。その瞬間、エリザベットはひらめいて、声を上げた。
「わかった」
彼女は怪訝な顔をしているエヴァンに向き直った。
「あなたがここにいる理由がわかったわ、エヴァン。あなたはもう、彼女の前でピアノを弾いたのね」
エヴァンはとたんに表情をこわばらせてエリザベットを見た。エリザベットは平然とエヴァンを見返した。
ジュリーにはエリザベットが言っていることの意味がまだ分からなかった。
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