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134話 誘拐犯

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ドサリと言う音と体に感じた振動に、ハルミはハッと意識を取り戻した。だが、目の前は真っ暗で何も見えない。部屋が暗い訳では無く、ハルミの目には布で目隠しがされている様だ。

(体……。動かない。……なんで、どうして、こんな事に……)

意識を失う直前の事を思い出して、ハルミは泣きそうだ。いや、じわりと涙が布に染みた。体は自由に動かないが、涙は出るみたいだ。

(魔法、……。体の自由を奪うだけ?五感は有る、下、柔らかい。……音も聞こえる?ロアンさん、イアンって言ってたよね?あの男の家なの?)

体の下は柔らかな感触、ベッドかソファーに寝かされているみたいだ。体で感じる温度や風も無い事からここが室内だろうと推測は出来る。少し離れた所から、くぐもった話し声も聞こえる。もしかしたら、隣の部屋か廊下で話しているのかも知れない。

(内容は聞こえないけど、どっちも男だ。……ロアンさんとイアン……さん?)

なんとなく周囲の状況を把握して、ハルミはホッと息を吐いた。

(誘拐されたって事だよね?ロアンさん、……最低。でも、それなら、すぐに殺されるって心配は無いのかな?私とセックスしたいから、誘拐したんだもんね?まじかぁ……。はあ、可哀相だからって、セックスなんてしなければ良かった)

一度だけの約束でロアンとセックスしたが、ロアンはそれでは満足出来なかったのだろう。ロアンはイケメンだがモテないと言っていたし、話していた時に、娼館に何度か通っていた様な口振りだった。こちらの世界的には、変態と言われるような事をノリノリでしていたし、魔力は少ないが、性欲は強いみたいだった。だから、ロアンはハルミとのセックスにハマってしまったのだろう。

(私と娼婦を比べてたもんね?……普通のセックスじゃ満足出来なくなっちゃったって事?あー、まじで最悪。……定期的に精液摂取の相手をして貰ってれば、ロアンさんも、誘拐なんてしなかったのかも………。お給料も減らされたから、娼館に行くのも、難しくなったとか?それで……こんな事しちゃったの?それなら、悪い事しちゃったかも。だけど……誘拐は駄目でしょ。ロアンさん……はあ)

ハルミにも原因が有るとは言え、まさか誘拐されるとは夢にも思わなかった。

(起こっちゃった事は、仕方ない。今は、これからどうするか、考えないと……)

次にロアンが此処にやって来たら、きっとレイプされる。しつこく、また何度も責められるだろう、想像しただけでゲンナリする。

(もし、すぐに助けが来なかったら、……赤ちゃん出来ちゃう、それは、絶対に嫌……)

ロアンは魔力量はそう多くない、だから射精の回数は多くないが量が多く、射精時間が長い。前回のセックスの時はペニスの根元がぼこりと膨らんで、抜けないようになって、中にたっぷりと出された。あの時は薬を飲んでいたから、心配は無かったが、今は違う。朝に飲んでいるとは言え、気絶している間にどれくらいの時間が経っているのかも分からない。もう効き目は切れている可能性が高い。

(っ……、やだ、怖い)

前のセックスの時に、ロアンは子供を孕んでくれと言っていた。避妊してくれる可能性は低い。

(……助けて、アーノルドさん……うぅ……)

心の中でアーノルドの名を呼んで、また涙がじわりと布に滲む。もしかしたら、誰も助けに来てくれないんじゃ無いかと言う考えが、一瞬浮かんでしまった。

(いや…、そんなの、嫌……。…………………大丈夫。大丈夫きっと、探してくれてる、きっと………助けに来てくれる)







▷▷▷▷▷▷







ガチャリと扉の開く音に、ハルミの心臓がバクバクと音を立てた。足音は2人分聞こえる。きっとロアンとイアンだ。そう思うと恐怖心が湧いてくる。ロアンに、しつこく抱かれるのは我慢出来ても、ロアンの子供なんて絶対に産みたくない。

(っ……やだ……)

「うわぁ、本当に女の人が居る。やばいですよ、流石に誘拐なんて、私を巻き込まないでくださいよ、イアンさん」

「あー?仕方ねえだろうが、ロアンがすぐに来れねーんだからよ?俺は、こんな女の相手したくねえしよ、まず勃たねえしな。それによー、てめえが文句言える立場かよ?あ?良いから、見張りと、世話しとけ、俺は出掛けるからよ。死なせんなよな?死んじまったら、てめーの責任だからな、わかってんよな?……じゃーな」

「え?ちょ、ちょっと!!イアンさん!!待っ……、うわぁ、行っちゃった。ほんとに勘弁してくださいよ、はあ……」

バンっと大きな音が鳴った。イアンが、扉を乱暴に閉めた音だろう。

(ロアンさんじゃ無い?誰?イアンさんは、出掛けちゃったの?……ロアンさんは、まだ来ない?)

ハルミは少しホッとした。すぐに犯される事は無さそうだ。

(でも、油断しちゃ駄目)

先程近くから聞こえた声は、ロアンと同じ声だが口調で判断した限り、イアンだ。そして、もう一人の方は知らない男性の声。気弱そうな声だ。

二人の会話を聞く限り、此処に残された、この男性は、イアンからハルミの世話を任されたらしい。イアンに逆らえない何かが有る様だ。そんな風に考えていると、大きなため息が聞こえて、足音が近づいて来た。

(……ひっ)

「……ん?あれ?………もしかして、意識が有りますか?」

すぐ近く、触れられる距離から声が降ってきて、そしてその声の持ち主はハルミの意識が有る事に気付いた様だ。

「あー、……あ、あの、大丈夫ですよ?怖がらないでくださいね?手荒な事は致しませんので。……ですけど、少しだけお体にお触りしますよ?そ、その、そのままだと体が動きませんから、それをなんとかしますので」

(…………なんだか、まともな人っぽい?)

声の主はあわあわと慌てた様子で、優しくハルミに声を掛けてくれる。先程もイアンに誘拐は良くないと言っていた。もしかしたら、話の通じる相手かも知れない。逃してくれるかも知れない。

(……………)

「で、では、お触りしますよ?セ、セクハラではありませんからね?」

(………なんか、ベルみたい)

そんな事を考えてしまって、ハルミは自分自身にうんざりとした。



体を優しく抱き起こされて、座った形で抱き込まれる。ベルみたいだと思ってしまったから、知らない男相手なのに、余り嫌悪感は無い。

「大丈夫ですか?……えっと、目隠しを取るので、頭に触れますね?」


そんな風に男は何をするにも声を掛けてくれる。

(………やっぱり、この人は良い人なのかな?……良かった)

ふと、紅葉もこんな風に感じていたのかなと思う。

(確かに、こんな風に声を掛けて貰えると安心するし、少し嬉しく感じる……かも)

目が見えないと五感が研ぎ澄まされる。布を取るために、そっと触れた指の優しさに気づくと、なんだか、くすぐったい気分になる。

(いやいやいや、駄目駄目。そんな簡単に心を許したら駄目でしょ、此処に居る以上、良い人な訳無いし………危ない危ない)

飴と鞭。ハルミを油断させる為の、イアンと男の作戦かも知れない。ハルミは心を引き締める。気を許したら駄目だ。寧ろ、逆に油断させて、ここからなんとか逃げ出す方法を考え無いといけない。

「………結び目が、ほ、解けたので布を取りますよ?少し眩しく感じるかも知れません。……ちゃんと見えますか?」

そう聞こえてすぐに、ハラリと布が落ちる。確かに眩しさから一瞬、目を細めてしまう。目の前に見えたのは、シンプルな木造の部屋。それから、視界の端でサラリと黒い髪が揺れた。ハルミの髪じゃない。

ハルミは眼球だけを動かして、男の容姿を確かめる。

「大丈夫ですか?……ちゃんと、目は、み、見えますか?見えたら、2度まばたきをしてみてください」

心配そうにハルミを覗き込んでいるのは、黒髪に黒目、ベルの様に地味な顔だが、ベルよりは、ほんの少し整った顔の男。それでも地味は地味だが。

(………………え、………日本人?)

その容姿はどう見ても日本人に見えた。





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