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第四章:万世流転編
プロローグ「はるか遠い世界のお話」
しおりを挟む「正門、破られます!」
円卓の間に駆け込んできた騎士の言葉に、列席していた者たちが呻き声を上げる。
分かっていたことだ。あの邪鬼神を戴く魔王連合軍の軍勢を前に、人間たちの張りぼての連合など何の意味もないのだと。
そもそも魔族たちの住まう領域に人間が足を踏み入れたことが間違いであった。
確かに自分たちは魔法を作り上げ、信仰を作り上げ、技術を作り上げた。
しかしそれは、あの邪鬼神空白期あってこそ実現したものだ。
五千年前、魔王連合の拠り所であった邪鬼神が勇者の一行によって異世界へと封じられたからこそ、人類は今の繁栄を手に入れることができたのだ。
決して人類の質が魔王連合の魔族に勝った訳ではなく、相手が力の根源である信仰の対象を失って弱体化しただけ。
それを人類は忘れてしまったのかもしれない。
だからこそ、冒険者なる者たちを後援し、人類の足跡が未だ届いていない魔族の領域へと手を伸ばした。
人類の領域は確かに手狭になったが、それでも魔族たちの領域に手を伸ばす必要性は小さく、慎重な意見も多かった。それが覆ったのは、やはり人類側に千年ぶりの勇者が誕生したからだろう。
勇者が生まれ、その勇者がちらほらと人類側に現れる無知性低級魔族を打ち払う。
人類と魔族の国境は勇者という存在によって均衡が崩れた。
勇者がいれば、今度こそ魔族たちを討ち滅ぼせるかもしれない。そう考えた者たちが現れたことを、誰が責められようか。
「勇者は……勇者殿はどうしたのだ!?」
「未だ怪我が重く、動けません」
「くッ」
人類は勇者を先鋒として魔族たちの領域に攻め込んだ。
そして、痛烈な反撃を食らった。
魔族側に邪鬼神が戻っていると知ったのは、攻め込んだあとのことだった。
魔族領深くに分け入った勇者が、気まぐれに姿を見せた邪鬼神と直接対峙し、その仲間の大半を喪って帰還したのである。
「――もはやここまで、か」
そう呟いたのは、この場で最も上座に位置する場所にいた者だった。
かつての勇者の子孫にして、現在の勇者の姉。
この国を率いていた女王だ。
「あれは姉の目から見ても優秀であったが、まだ若すぎたな。邪鬼神は勇者を待っていたのだろう。我々が勇者を擁し、魔族との全面対決を意図するまで待っていた」
人類が魔族を滅ぼさんとしていたように、魔族もまた人類との決着を望んでいたのかもしれない。
そうでなければ、これまで魔族たちが何の動きも見せなかったことにも納得がいく。
人類側は魔族側の意図にも気付かないまま、だらだらとした政治的理由で魔族たちの領域を侵してしまった。人類側もまた総ての力を結集していれば、魔族相手でも五分の戦いになったはずなのに、だ。
人類連合は上層部の足並みが揃わず、魔族側に深くその領域を侵されるまで一枚岩になることができなかった。
勇者の子孫である正統王家の下、ようやく一枚岩になったかと思えば、その頃にはもう、人類連合に反撃する力は残っていなかったのである。
女王は戦装束の懐から短剣を取り出し、それを円卓の上に置いた。
「我が太祖ユイギュルが遺した最後の手段、それを使おうと思うておる」
勇者は邪鬼神がいずれ復活することを確信していた。
そして人類がその頃までに意思を統一できるかどうか、疑いを抱いていた。
一枚岩となって魔族と相対するならば良し、そうでないなら、おそらく自分の子孫か、遺志を継ぐ誰かがそれに対抗するしかなくなっているだろうと予測した。
魔族に対する最後の反抗。それが太祖の勇者が遺したものだった。
「我が国をまるごと覆い尽くす転移結界。それを用いて、魔族どもを根こそぎ次元の狭間に叩き込む。だがこれは、結界内に残された人類をも殺すことになる」
魔族なら耐えられるであろう次元転移も、ひ弱な人間に耐えることはできない。
だからこそ、これは最後の反抗でしかないのだ。これが成功したとしても、今や国外の大半は魔族たちの領域である。結界外に残った魔族たちによって、人類は細々と隠れて生きるか、魔族に隷属するしか道はない。
だが或いは、この転移によって邪鬼神を次元の彼方に追い遣り、人類に反撃のきっかけを与えることが可能になるかもしれない。
その可能性を少しでも引き上げるためには、邪鬼神を今度こそ完全に打ち倒す必要がある。
「勇者とその仲間を護法結界にて守り、共に転移させる。これならば、転移によって弱体化した魔族たちを転移先で倒せるやもしれぬ」
ただ、転移先の座標を指定していないため、どこの世界に辿り着くこともできずに彷徨い続けることになるかもしれない。
しかし女王は、それでも良いと思っていた。
「我らの犠牲がどの程度人類に可能性を与えるか、余には分からぬ。しかしもう、我々にはこの程度の子供騙ししか手が残されておらんのだ」
太祖が自分たちを見れば、どれだけ嘆くことか。
内輪揉めに徹し、政治的な判断を優先して種族を危険に晒した。
仲間たちと共に邪鬼神を封じ、この世界を救った勇者の子孫さえ、その愚劣な政治ごっこに終始していたのである。
「繰り言よな。もしも勇者の誕生がなければ、人類はもう少し利口になってから魔族と戦えたかもしれない」
彼女は自分と血を分けた勇者が、自分たちの種族を滅亡に追い込んだことが不愉快で、愉快だった。
太祖たちの犠牲を忘れ、魔族の脅威を忘れ、ただ今日と明日の栄耀にしか興味を抱かなかった人類の、報いだ。
もっとも不愉快で、もっとも愉快な結末。
女王はもしかしたら、太祖も笑っているかもしれないと思った。
人類の可能性を信じつつも、どこかで人類を見限っていた太祖。
最後の最期にたったひとつだけの反抗の手段しか遺さなかったのは、人類が滅んで然るべき存在だと思っていたからではないか。
「――我々は、太祖の友が言っていたような世界は作れなかったようだ」
如何なる種族も共に生きられる世界。
勇者の仲間のひとりは、そんな世界を知っていると言った。
異世界からの旅人であった彼は、太祖に邪鬼神を封じる方法を教え、戦いのあと姿を消した。
役目を終え、もとの世界に帰ったのだというのが、太祖の言葉である。
「さあ、少しでも多くの魔族を引き付けよ」
女王は立ち上がり、円卓に集う者たちに傲然と告げた。
「人類が生き残るかどうか、我々が如何に上手く死ぬかに懸かっておるぞ!!」
◇ ◇ ◇
王国暦五〇二三年。
勇者が建国した正統王国の崩壊により、人類の組織だった抵抗は終わりを告げた。
以降人類は、力の源となる神を失い、しかし人類を支配するには十分過ぎる力をもった魔族の奴隷として生きることとなる。
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