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第四章:万世流転編
第一話「不平等の巷」 その四
しおりを挟む「はいどっこいしょー」
机の上に鈍い音と共に置かれた報告書に、マリカーシェルは目を見開いた。
おかしい。
「――今週の分の報告書は先日頂きましたが」
綴りの背表紙を確認してみれば、この報告書は、ルミネアールがその職責としてまとめた夜の生活のものだ。そしてこの報告書は、その精査の時間なども含めて一週間に一度、ルキーティとマリカーシェルに提出される。
ひとつ前の報告書は、ほんの三日前に受け取ったばかりであった。
「あーこれ? これ昨日の分だけ」
「えッ!?」
標準的な報告書の倍の厚さがあるというのに、たった一晩の分であるというルミネアール。
その顔ににやにやとしたいつもながらの笑みを見付け、マリカーシェルは咳払いひとつで表情を整えた。
「こ、口頭での報告を……」
規定通りの口頭報告を求めるマリカーシェル。
重要な部分だけではあるが、そうそう慣れるものではない。
「無理しなくてもいいのよん。いつもいつも必死になって抑えてるけどさ。顔赤いの隠せてないしー」
「えッ」
「うそです」
舌を出しておどけるルミネアール。そして引き攣った顔で硬直するマリカーシェル。ふたりの間に緊張が高まり、静寂に包まれた。
「――報告を」
「はいはーい」
ぶすっとした顔で先を促すマリカーシェルに、ルミネアールは勝ち誇った表情を浮かべる。
近衛としては新人だったマリカーシェルを散々にからかい倒したのはルミネアールである。未だにその関係から脱することができず、マリカーシェルはいつか必ず――と決意を新たにした。
「と言ってもね、報告できることなんてほとんどないよ」
「これだけ分厚い報告書を書いてですか?」
内容についてはまだ分からないが、これだけの量があるならそれに見合った重要点があるはず、マリカーシェルはそう考えたようだ。
ここでの重要点というのは、レクティファールと妃が交わした会話などが多い。睦言として交わされたためにその人物の本心に最も近いと考えられていたし、お忍びで街に出るなどの約束を交わすこともある。
何よりも、こういった場面での会話の重要性はルミネアールの一族がよく知っている。さらにレクティファールもよく知っていた。
『生死を分かつんですよ。ええ、本当に』
ルミネアールとの会話でそうぼやいたレクティファール。何があったのかはルミネアールも聞くことができなかったが、認識を一致させることができたのは確かなようだ。
またその他にも、妃の体調なども報告書には詳細に記載されている。
病気の兆候などはどこに出てくるか分からないのだ。多くの病魔を駆逐してきた現代の医療であるが、未だに治療法が確立されていないものもある。
乙女騎士団は、何らかの問題が発生したとき、「気付かなかった」という理由を用いることが許されない部署だ。
だからこそ、気付くためのあらゆる努力を許されている。彼女たちが皇王と皇妃の交わりにまで深く関わることを認められたのも、そんな理由が大きい。
「分厚いのは今回の時間が長かったから。いやー焦った焦った。仮眠取ろうかと思っても全然取れやしない。どういうこと、ねえ、どういうこと?」
ルミネアールの目から光が失せる。
まるで人形のように口を動かすルミネアールを前にして、マリカーシェルは耳を塞ごうか真剣に悩んだ。結局、義務感から塞ぐことは諦めたが、彼女はそれを大きく悔いることになる。
「おかしいでしょ、どっちも最初でしょ? 陛下もそう思ってたから物凄い気を使ってたのに、一線超えたら本当にあり得ないくらい反転攻勢。メリエラ様はそれでも何となく分かるよ? あれは傍から見ても爆発寸前って感じだったから、花の季節の龍族並にがっつくだろうなって思ってたよ? でも、ウィリィア様は予想してなかった……」
どうやら、悲劇の発端はウィリィアであったようだ。
誰もが忘れていたが、ウィリィアは龍族の好敵手として造られた種族なのである。
「対抗しなくていいんだよ。あなたが対抗心燃やしたらメリエラ様二乗倍で対抗心着火するでしょ。着火なんてもんじゃないよ対反応だよ」
ルミネアールもウィリィアについては一応の懸念を抱いていた。
このような状況下で果たして満足できるのか。
女として少しでも幸せな経験をして貰いたいと思い、そのために事前に入念な精神矯正を行なっておいたのだが、それが裏目に出たのかもしれない。
「いやー、陛下が翌日朝から公務入ってて良かったよ。本人もそれが分かっているから途中から本気になってくれたし。まあ、その本気に正面から対抗したせいで、メリエラ様とウィリィア様、両方とも医官の診断付きで一週間公務中止です。ええ、本当に」
「え、ええと」
「乙女な准将閣下は分からないでしょうけれどもね。あのふたり、揃って肉体と精神の安全弁全開放して昨夜に臨んでたみたいなの。正確には途中で枷外したんだろうけど、どっちにせよ何でこうなったとしか言えない」
ルミネアールは理解できないだろうと思っていたが、マリカーシェルは朧気ながらふたりの妃の内心を察していた。
待ち望んでいた混交、或いは繋がり、そこに自分がもっとも恐れる相手が介在している。その恐怖を打ち払うには、ルミネアールの当初の目論見通りに己の総てを晒すしかなかったのだろう。
理性で考えれば恐怖に負ける。ならば己の本能の赴くままに、と考えても不思議ではない。
「乙女騎士の若い子は途中で気絶しちゃうし、『わたし』も交代要員来るまで精神領域侵食されて大変だったよ。ちょっと落ち着かせようと思ってふたりに精神干渉仕掛けたら、逆侵食されました」
「ルミネアール殿が?」
「そうでーす」
ぐったりした様子でルミネアールは鼻を鳴らし、不貞腐れたように唇を尖らせた。
「この閨房の専門家。意識領域に入れば神族の処女であっても歴戦の夢魔並に淫乱に仕立てあげることができるこの『わたくし』が、逆侵攻食らって逃げ回る羽目になりました。あれを広域意識領域に繋げたら、今頃後宮は酒池肉林でした。ええ、本当に」
マリカーシェルは呆然としながらも、どうやら最悪の事態は免れたらしいということは理解した。
「詳しいことは報告書に書いてあるけど、それほぼ全編に亘って『あたし』が赤面して顔逸らすぐらい濃厚だから、気を付けて読んでね」
否、マリカーシェルにとっての最悪はこれから始まる。
「あの、掻い摘んで読んでも……」
「掻い摘んでも同じことだと思う。だってそれ、『妾』だってもう二度と読みたくないくらいに仕上がってるし、正直、このまま封印することをオススメする」
ちなみに同時刻、報告書を読み始めたルキーティの顔が赤く染まり始めていた。
彼女はこのあと、報告書を読み切ったはずなのに内容が記憶されていないという不思議な現象を経験することになる。
「じゃあ、あと頑張れ」
ルミネアールは逃げるようにして敬礼、そして退出した。
取り残されたマリカーシェルは怯えながらも報告書に手を伸ばし――十五分後に机に突っ伏して気絶しているところを秘書に発見された。
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