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第五章:因果去来編
第二話「それは緩やかな」その三
しおりを挟む「ひぃッ!?」
騎士学校の大講義室に入った途端、そう声を上げてしまったフェリスを、誰が責められようか。
「――――」
扇形に広がった聴講席の中央最後列、そこに腕組みをして座っているのは、この国で皇王に次ぐと言われる権力を持つ大貴族であり、フェリスの義理の父でもある人物だった。
「――フェリスか、まあ座るが良い」
「ひゃい……」
その人物――カールに呼ばれ、フェリスは勉強道具が入った鞄を抱えて移動する。
今にも涙が零れそうなほど潤んだ瞳で他の聴講生を見回すが、彼らは風の音を鳴らして一斉に視線を逸らした。
(わーい、みんな優秀だー。そうだよねー、助からない戦力を救出するなんて、士官失格だよねー……しくしく……)
実質的に予備役とはいえ、士官ともなれば定期的に騎士学校で最近の軍事研究成果を学ばなくてはならない。フェリスだけではなく、メリエラも一年のうち一カ月程度は騎士学校に赴いて何らかの講義を受けている。
ちなみに医官であるフェリエルとファリエルは、騎士学校ではなく軍医大学校で、より集中的に講義を受けなければならない。
自分も医官を目指せば良かったかなぁと僅かな後悔を抱きながら、フェリスはカールの隣に座った。
「お邪魔します……」
「うむ」
カールの周囲はまるで砲撃の跡地のようにぽっかりと空間が口を空けており、聴講生が彼を避けていることが分かる。
避けられている本人も、無理に候補生たちに近づこうとしないため、大講義室は緊張感に包まれつつもなんとか平穏を保っていた。
「あの、カール様? 今日はなぜこちらに?」
「新しい自動人形を作った技術者の講義があると聞いた。これでも空軍の禄を食む者だ。万が一に備えて最低限の知識は身に付けておかなければならない」
「なるほど……」
そもそもこの時間にこの講義室にいる時点で目的など決まっているようなものなのだが、フェリスにそこまで考えを巡らせる余裕はなかった。
「来たようだ」
カールがぼそりと呟くと、講義室の前方にある扉が開いて若い女性が入ってきた。
彼女は慌てた様子で講義室を見回すと――
「ひぃっ!? ――あ……いたぁっ!」
カールを見て悲鳴を上げ、さらにばさばさと資料を取り落とし、そのまま尻餅を付いた。
「――――うう……いたいよう……」
斑紋石の床に思い切り打ち付けた形の良い尻をさすりながら、女性はよろよろと立ち上がる。それを確認し、最前列に座っていた聴講生たちが立ち上がった。
「先生がコケられたぞー!!」
「椅子を持てい!!」
「いや、お尻を冷やすための氷嚢が先だ!!」
「いやいや、資料を集めなければ!!」
「いやいやいや、俺が椅子になる!! この日のために空気椅子で鍛えたんだ!!」
「貴様、天才だな!!」
一拍の後。
「――ふてえ野郎だ! つまみ出せッ!!」
わあわあと取り囲まれ、講義室から放り出される空気椅子で鍛えた男子候補生。
「俺はいつでも戻ってくるぞぉ――ッ!!」
「――あの、そろそろ講義を」
「皆の者! 散れぃっ!!」
ざざっと聴講席に戻る候補生たち。
資料は総て纏められて演卓に置かれ、その近くにはふかふかの座布団が載った椅子が用意されていた。
さすが騎士学校の候補生たちは優秀であるとみるか、それとも溢れる若さの莫迦げた清々しさを笑うべきか。カールは眉間に皺を寄せて難しい表情で黙り込んだ。
ただ、ひとつ言えることがあるとすれば、
「――変わらんな。儂がいた頃と」
若い女性の講師がいれば、若い男どもはその歓心を得ようと突っ走る。もはや騎士学校の伝統と化してしまったそれを見て、カールは僅かにその身から溢れる威圧感を緩めた。
「ほっ……」
フェリスはそれに安堵し、帳面を開いて講義に耳を傾ける。
そして十分後、思うのだ。
「なんで、ボクの義理の姉妹って優秀な人ばっかりなのかなぁ……」
一割も理解できない『機龍』の基礎構造について、フェリスはさめざめと涙を流した。
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