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第二部 第一章
第一話「同盟発足」4
しおりを挟む騎兵という兵種は、皇国陸軍の花形だった。
それは自動人形という巨大な兵器群や龍が存在してもなお、輝き続ける陸軍の精鋭の姿だった。
だが、その皇国騎兵に斜陽のときが訪れようとしていた。
「なぜ、軍馬の購入予算が三割も削減されておるのです! 馬の値段が下がったなどという話は聞いておらんぞ!!」
陸軍総司令部、主計局副局長室で怒鳴り声を上げる陸軍第一騎兵師団師団長ウルガス・ベルンスト中将は、目の前にいる主計局副局長に対して、仇敵である帝国軍の将兵に対するよりも強い怒りを抱いていた。
事の発端は来年の予算編成方針策定のために行われた主計局の調査と各部隊への告示で、皇国陸軍全体で軍馬調達費用が三割も削減されていたことだった。
当初、騎兵将校たちは主計局の不手際だと思い。抗議さえすればすぐに修正が行われるだろうと思っていた。
しかし彼らの抗議を受けた主計局は、予算方針は適当であるとの回答を行い。その回答書には陸軍元帥の花押が記されていた。つまりこの予算案は主計局による独断ではなく、陸軍総司令部、元帥府さえ了承済みだということだ。
騎兵将校たちは驚き、次いで激怒した。
予算を減らされたことに対してではない。騎兵が軽んじられたことに対してだった。
「疫病で馬が足りないというのならば納得もしよう。だが、そのような話もない。我らが大敗を喫し、戦力としてあてに出来ぬというのならばそれも已む無し。だが、そのような事実もない! ならばこの予算案はいったいなんなのだ!!」
「――ベルンスト中将、いまあなたが言った通りなのです」
「なに?」
主計局副局長アーザス・マルヘイスドの返答に、ウルガスは虚を突かれた。
自分が出向くことで予算案を変更させることはできなくとも、同僚たちを納得させられるだけの手土産は得られると思っていたのだ。
今年は削減されても、来年は元通りかそれ以上の予算を充当される。他の兵科で大きな予算を組まねばならない事態があったのだ。維持するには十分なのだから、たまには他の兵科に譲ってやろう。そういうつもりだった。
騎兵は花形だ。
だが、騎兵だけでは戦争には勝てない。
歩兵も砲兵も、機兵も必要なのだ。後方にも予算を割かねば、騎兵部隊を展開することもできないのだ。
だから、已む無く減らされたのであれば仕方がない。怒りを抱きつつも、そう思えるだけの理性は残っていた。
だが、アーザスの言葉はウルガスの予想していないものだった。
「中将。この映像はご存知ですか?」
アーザスが投影窓に映し出したのは、過日西域の国境紛争で目撃された帝国義勇軍部隊の姿だった。
荒れ地を駆け抜ける装甲車輌の群れと、それを率いるようにして進む帝国製自動人形。装甲車輌からは火線が伸び、敵側陣地では爆発の光が明滅している。
映像に音声は一切なかったが、ウルガスには容易く、その戦場に満ちる戦争音を感じ取ることができた。
「…………」
そして彼は気付いた。
帝国軍に、騎兵がいない。
ただ一頭も、馬の姿がない。
「どういう、ことだ……」
アーザスはそれを自分への問いと捉えたようだった。
手元の資料に視線を落とすと、皇国軍の観戦武官が送って寄越した報告書の一文を読み上げる。
「『この戦闘において、帝国義勇軍部隊は一切の騎兵戦力を投入せず。また後方に騎兵部隊の姿も、馬匹に供するための糧秣の集積及び移送も確認できず』」
騎兵を戦場に投入するためには、膨大な資材が必要となる。
いくら品種改良に品種改良を重ね、軍務に耐えられる頑健さを持った馬を作り上げたとしても、雨風を防ぐ簡易厩舎や馬の体を維持するための莫大な糧秣は欠かすことができない。
騎兵はある意味で、自動人形に匹敵するほどの支援設備を必要とする兵種なのだ。
馬の扱いに慣れた騎兵。馬の面倒を見る厩務員。馬の健康を維持する獣医。
これらは自動人形でいうところの、管制官、整備兵、技術士官などだ。
「帝国側諜報網からの情報をさらに精査したところ、帝国軍が騎兵部隊の縮小を行っている事実が確認されました。そのぶん、自動人形や装甲車輌への転換を進めているようです」
「そんな莫迦な! 奴らは建国以来、騎兵を最大打撃力として扱ってきた! ほんの数年でそのような規模の戦略転換が行われるなど……」
「陛下が第十三姫を破ったこと。これが直接の原因と考えられます」
「なに……?」
ウルガスは大きく目を見開き、よろめいた。
思わぬ名前を出され、体の均衡を維持できなくなってしまったのだ。
「帝国最高の騎兵指揮官が誰か、中将ならご存知のはずだ」
そう、帝国でもっとも打撃力を持つ騎兵部隊を指揮していたのは、元帥グロリエ・デル・アルマダだった。そんな彼女は先の戦役で当時皇太子であったレクティファールに敗北し、主力部隊を散々に討ち減らされた。
その中には、帝国が誇る精鋭騎兵も相当数含まれていたのだ。
「帝国軍騎兵は、自らの最高指揮官と最大の庇護者を失った。その代わりに台頭したのが機械化機動部隊です。あれらは工業製品です。軍がそれらを増強すれば、恩恵を受ける者は少なくない。帝王の権威が陰り始めたいま、大転換が行われることになんら疑問はありません」
「…………」
ウルガスにも軍上層部の以降が理解できた。
皇国軍は帝国軍の装甲戦力増強に対抗するため、騎兵戦力の削減を決定したのだ。
騎兵戦力は歩兵に対してもっとも効果的に力を発揮する。魔導装備で固めた騎兵であれば装甲戦力に対してもある程度の損害を与えられるが、それ以上に自分たちの損害も大きくなる。
軍馬の育成には年単位の時間が掛かるのだ。装甲車輌のように工場で生産すれば設計通りの性能を発揮するというものでもない。
日頃の調練と体調管理を行い、戦場に在っても入念な準備を行ってようやく一度の戦術行動が可能になる。
それでも、相手の主力が歩兵主体であればまだ使いようはあったのかもしれない。
しかしここまで大規模に装甲戦力の拡充を行っているとなれば、もはや小手先の技でどうにかできるような状況ではなかった。
「それに、これからの戦場は皇国国外が主となるでしょう。本土ほど恵まれた物流網はない。陸竜や馬を連れていくのは、非効率的なのです」
「……承知した」
ウルガスは呆然として副局長室の一角を見上げた。
彼が主君と仰ぐ青年の絵画が、陸軍旗と共に掲げられている。
「陛下の思し召しならば、致し方ありますまい」
「中将、騎兵にはまだ仕事があります。国内の治安維持や辺境警備など、騎兵にしかできない任務はまだまだあります。陛下も騎兵そのものをなくそうなどとは微塵も考えておりません」
「分かっている。我らもまた、陛下の作る御代で新たな役目を担うだけのこと。軍人として、与えられた職務に全力を尽くそう」
ただ、とウルガスは前置きし、震える声で思いを吐き出した。
「皇国騎兵の栄光が敗北ではなく、勝利によって終焉を迎えるなど、小官は一度も……ただの一度も考えたことはなかった……っ!!」
彼の言葉通り、皇国騎兵の光の歴史は、歴史に残る大勝利によって引き起こされた。
そしてその勝利には、彼ら皇国騎兵の活躍も多分に含まれている。
「我らは自らの手で、自らの歴史を閉じてしまった……」
ウルガスの悲痛な言葉を、アーザスは黙って聞いていた。
いずれこうなる運命だったのは誰もが分かっていた。
技術は進み、兵器の性能が上がり続けているなかで、馬や竜の改良速度はあまりにも遅い。
「では、失礼する」
ウルガスは敬礼し、踵を返した。
ぴんと伸びた背筋と美しい所作は、まさに陸軍の花形兵科に相応しいものだった。
だが、もうその花が大輪を咲かせることはない。
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