白の皇国物語

白沢戌亥

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第五章:因果去来編

第六話「終末への標」その四

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 皇城にいくつもある通用口に馬車や魔動車が次々と乗り付け、武官文官問わず多くの人々が緊張した面持ちで衛兵の身体検査を受け、時折写真付きの入場証を発行されて城内へと入っていく。
 その光景自体は皇城という政治的中心にあっては、当然珍しいことではない。議論の結果別の会議を招集したり、各分野の碩学が意見を求められて登城するのはよくあることだ。
 しかし、この日の様子は少し違った。
 人々を出迎えるのは役人ではなく軍人たちで、彼らが事前に手続きを行っていたため、衛兵に制止されるような者は誰ひとりいなかった。
 衛兵たちはおそらく皇城内で何かが起きているのだろうと予想したが、当然ながら彼らがそれを知る手段はない。
 彼らの役目は城内で行われている政治を覗き見ることではなく、皇城という唯一無二の政治的中枢を守ることにある。これだけの大ごとになれば、大抵の場合はどこからか噂が聞こえてくる。
 その噂さえ聞こえてこないということになれば、いよいよ彼らのような立場では知ることさえ危険な何かが行われているということになる。
「離せ! 離さんか!」
 故に、彼らは通用口に横付けした中型魔動車の後部座席から、両脇を抱えられた研究衣の老人が担ぎ出されてきたとしても、驚くことなく職務を遂行した。
「皇立次元学研究所。マキュリー・エド・ホフキング博士です」
 件の老人――ホフキング博士の右腕を固める文官服の男が、博士の研究衣の胸物入れから身分証を取り出し、提示する。
 衛兵はそれを照会し、入場許可が出ていることを確認して頷いた。
 ついでに差し出された男ふたりの身分証を端末に通すと、耐爆硝子の内扉が開いた。
「さあ、参りましょう博士」
「ええい! いい加減にせんか! ワシを誰だと思っておる!」
「勲爵士、ホフキング博士でありましょう。存じております」
「そうじゃ! 貴様らが使っておる超空間通信はワシがいなければ一〇年は遅れて――」
 ホフキング博士の怒鳴り声が遠ざかっていく。
 ふたり一組の衛兵は互いに顔を見合わせると、同時に肩を竦めた。

                            ◇ ◇ ◇

 ホフキングはその頭脳を多いに回転させ、自分がなぜ皇城に連行されたのか、その答えを見つけ出そうとしていた。
(研究費で孫の絵本を買ったことがバレたか? いや、バレるにしてもまずは研究所の査問に呼ばれるであろうし、予算の横流しならワシよりもよほど不味い連中がごまんといるはず……)
 ホフキング博士は自分の行ったことが本来ならば反逆行為と取られる可能性のあるものだということは理解していた。
 彼が所属しているのは皇王家が運営する研究所であり、その予算は皇王家の資産によって贖われている。
 皇王から与えられた資金を用途外に用いるのだから、罪として立件されれば無条件に無罪ということはありえない。
 そうはいうものの、ホフキング博士が行ったことといえば、研究資料の中に孫に読み聞かせるための絵本を数冊紛れ込ませたことであり、極端な話、彼らの研究への熱意を維持するために必要だったのだと言い張れないこともない。
 実際、予算の流用について、皇立の組織はかなり緩やかだ。国立の研究所の方がよほど厳しく、毎月のように予算の詳細についての問い合わせがあるという。
 しかし、いくら緩やかといっても罪であることに変わりはない。
 ホフキング博士はそこそこ名が知られている自分の罪を明らかにすることで、他の研究者への見せしめにするつもりではないかと推測した。
(ここ数年、目立った功績もなかったワシなら、ちょうど良いということか)
 過去にどれだけの業績を出したとしても、それが何十年も自身の身分を保証してくれる訳ではない。研究者とは常に新しいなにかを見つけ出すために存在しているのであり、それができなくなった研究者は、もはや研究者とは言い難い。
 むしろ、優れた研究者ならばそれを自負してこそだろう。
(まあいいわ。ここに至ってはもはや逃げることもできはせん。せいぜい研究の
なんたるかも知らん法官どもに、ありがたい講義をしてやろうではないか)
 ホフキング博士は皇城の廊下を引き摺られながら、目の前に迫ってくる両開きの扉を睨み据えた。
 扉の両側には屈強な衛兵が立ち、近付いてくるホフキング博士たちを見据えている。
 ホフキング博士は、ごくりと生唾を呑み込み、ゆっくりと開かれる扉の向こうを見詰めるのだった。

                            ◇ ◇ ◇

 身体が揺られている。
 それは生まれてからずっと感じていた、母なる海の鼓動。
 ときに激しく、ときに穏やかに、常に自分を包み込んでいた揺れに、彼はゆっくりと目を開いた。
「う……」
 最初に目に映ったのは、半透明の膜を張った可動式の屋根。小型の船舶ならば大抵は装備しているもので、取り立てて珍しいものではなかった。
 だが、彼が覚えている最後の光景からすると、自分の視界に入る総てがおかしいとも言える。
「私は確か……行政船から脱出して……」
「そこまでは覚えてるんだね。そいつはよかったよ」
 少し掠れた女の声。
 ぐるりと眼球を動かすと、操舵室の舵輪を握る中年の女性がいた。
「まともに話さえできない奴もいてね、こっちも参っちまう」
「――あんたは、誰かね?」
「行政長官サマに名前を聞かれるとはね。――だけど生憎、答えたところで状況は変わらない。むしろ余計な質問はやめて欲しいね。こちとら舵握ってるんだ」
「そうか。じゃあ、船長とでも呼ぼうか」
 都市行政長官、ピエトロ・バンリィは自分の立場を察した。
 この船に、自分の命令に従う者はいない。それどころか、この中年女性の怒りを買うようなことになれば、海に放り出されてしまうだろう。
 船の責任者にはそれが許される。
 船の上にある限り、彼らが法の執行者なのだ。
「それでいい。で、なんでアンタはあんなところをぷかぷか漂ってたんだい?」
「漂う? 私は救命艇に乗ったはずだが……」
 都市船団の中央近くに位置していた彼の職場は、突然の砲撃によって炎上した。
 職員の脱出を指示し、他の職員とともに動力付きの救命艇に乗り込んだ。
「そんなもの、アンタの周りにはなかったよ。アンタは浮き輪に掴まって浮いてたんだ」
 ピエトロは記憶を探ろうとし、突如襲ってきた頭痛に呻き声を上げた。
 手で触れた限り、潮でべたついた頭に外傷はない。
 しかし、外見からは分からない傷が頭の中にできている可能性も否定できなかった。
「それで、これからの目算は立ってるのかい?」
「目算? いや、本国に事の次第を報告し、指示を仰がねばならん。我らだけが狙われているのか、総ての藩王国が狙われているのかは分からんが……」
「そうかい。だが、今はその服は脱いだ方がいい。できれば身分が分かるモノも捨てておきな」
 ピエトロは女の言葉に驚いた。
 どこに向かうにしても、自分の身分を示すものは必要になる。
 彼は訝しげに女の背を睨み、反駁した。
「そんなことはできない。当然だろう」
「――あんたを恨んでる連中がそこらにいるとしてもかい?」
「私を? 何故だ」
「アタシらの国はもうなくなっちまったんだよ。それでもアンタは誰にも恨まれずに済むって言い切れるのかい? この船にだって、家族がどうなったか分からない連中が乗ってるんだよ」
「それほど……ひどいのか?」
「ひどいなんてもんじゃないさ。避難船だって狙われるくらいだったんだ。相当アタシらを恨んでるか、どうとも思ってないかのどっちかだろうね」
 この時代、民間船に対する攻撃を禁じる取り決めはごく限られた範囲でしか存在しなかった。
 大抵の場合、戦争を継続する二国間で結ばれる協定に基づくもので、予防的な多国間の協定はここからさらに数十年を待たなければならなかった。
「今回の件、本当にどうにもならなかったのかい? アタシにはそうは思えないんだけどね」
 女は舵を操りながら、淡々とした口調でピエトロを問い詰める。
 ピエトロの生殺与奪はこの女船長が握っているのだ。いちいち、口調を荒げる必要などない。
「それは……」
 ピエトロは女の言葉を否定しようとして、二日前に自分の元を訊ねてきた男女のことを思い出した。
 古い異国の友人に伴われてきたふたりは、藩王への目通りを求め、しかしピエトロによってそれを断られた。
「――そうか、そういうことだったか」
 ピエトロはそこに至り、ようやく自分が唯一国を救える機会を逃してしまったのだと気付いた。
「彼らが言っていたのは、こういうことだったのか」
 作り物めいた美しい女と、比較的平凡な顔立ちの男。
 彼らはピエトロたちが秘匿する海底の遺物について、強く警告した。
『アレはあなたたちが考えているよりも遥かにやっかいな代物です。一国がすぐに扱えるようなものではない』
 男は静かにいった。
 しかし、自分はそれを一笑に付した。
 自分たちは船の扱いに関して誰に負けるつもりもない。
 それに、自分たちで使うつもりもない。ただ、あれを用いて少し各国に気を使ってもらうだけだ、と。
「私は、なぜあんなことを……」
 誰とも分からぬ者に対して、妥協したような態度を見せることができなかったというのは確かだ。
 だが、相手の警告はそれほど突拍子もないものではなかった。
 それでもなお彼らの警告を自分の手の中で握り潰したのは、おそらくあれが自分にとって政治的な切り札になり得る存在だったからだろう。
「身の程を知るべきだった……私は……」
 遥か遠くに、炎上する故郷の姿が見える。
 あの炎の原因が自分であったかどうかはわからない。
 だが、あの炎の中で焼かれているであろう人々を救う機会を逸したのは、自分の責任だった。
「――代わりの服をもらえるかね?」
「そこからの箱から勝手に出しな。あいにくだけど、お偉いさんが着るようなものはないよ」
「いいさ、どうせもう私は死んだも同然なんだ。囚人よりマシな格好をさせてもらえれば、文句なんてあるはずもない」
 どこにいこうとも、自分の過失がなくなるものでもない。
 信憑性がなかった。相手が信用に足らなかった。
 言い訳はいくらでもできるし、たとえ本国で訴えられたところで罪を免れる自信はあった。
 だが、もうそれさえどうでもよかった。
「じゃあ、生き残りを探してもう一回りするよ。見張りぐらいはしてもらうからね」
「ああ、任せてくれ。――今度は、見逃さないようにするよ」
 一度欲に塗れて大切な機を見逃したのだ。次はそうならないようにするべきだろう。人々によって自分の罪が暴かれるまで、どうせそれほどの時間はないのだから。
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