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ヒロインはやはり転生者

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 談話室に行けば、既に先に入寮をしている生徒や先輩方が何人もいて、貴族の序列に従い席はある程度決めて座っているようだけれども、その中でヒロインであるマリアナ様は上座の席に堂々と座ってイライラとした様子でお茶を飲んでおり、その様子を自分達の話をしながら遠巻きに他の令嬢達が観察している。
 未だに制服にも着替えずにいるせいか、ドレスの質から下位貴族の令嬢とわかるのだろう。
 そんな令嬢が上座に堂々と座っているのだから、上級生として注意すべきなのか迷っているのかもしれないし、話をする相手では様子を見た方がいいと思っているのかもしれない。
 わたくしが談話室に入ると、公爵令嬢であるわたくしの事を知っている令嬢は困ったような顔をしたけれども、わたくしは視線で気にしなくても大丈夫だと告げ、マリアナ様が居る席に向かう。
 相手がわたくしだとわかったせいか、マリアナ様がこの席を選んだのも仕方がないと思った令嬢が多い中、今度は下位貴族の見慣れない令嬢とわたくしに何の関りがあるのか気になり始め、観察は続いている。

「お待たせしました。マリアナ様は制服にはお着替えになりませんの?」
「そんなもの後でいいわよ。とにかく話があるのよ」

 そう言われて、わたくしはマリアナ様の向かいの席に座ると、談話室付きのメイドに紅茶の銘柄の指定をしてマリアナ様に視線を向けた。

「お話というのはどのような事でしょうか? 公爵令嬢であるわたくしが、最近男爵令嬢になったばかりのマリアナ様にして差し上げられる事などないと思いますわよ」
「この学園は貴族階級に捕らわれずに学生生活を送る方針じゃない! なに自分の家の爵位を引き合いに出し始めてるのよ」
「何年前の話をしていらっしゃいますの? 確かにそのようなことを試した時期もあったそうですが、そもそもこの学園は身分制度を重視した伝統ある貴族の為の学園、今ではその伝統を取り戻し、学生であっても自分の後ろ盾となる家の爵位に従うというのが校則でしてよ」
「なによそれ、そんな所までシナリオと違ってるの? それじゃ困るのよ!」
「シナリオですか? 何が困るのかわかりませんが、マリアナ様の都合で今後、わたくしが動くと思わないでいただけますか?」
「あんたはあたしのお助けキャラでしょ!」
「どういう意味か分かりませんわね。今回お話にお付き合いしたのは、入寮したばかりだと言うのに、部屋の前で大声で騒がれては困るからですわ」
「もうっ、どうでもいいからあたしにちゃんと王子達を紹介しなさいよ」
「王子方を貴女に? なぜです?」
「それがあんたの役目でしょう」
「マリアナ様に王子方をご紹介することがわたくしの役目ですか? 随分とおかしなことをおっしゃいますのね。なぜ男爵令嬢であるマリアナ様に王子方を紹介しなければいけませんの?」
「だから、それがあんたの数少ない役目だからよ!」
「お話を聞くと申しましたが、お話にはならないようですわね。先ほども申し上げましたが、この学園では貴族階級の後ろ盾がものを言いますのよ。貴女がどこぞの高位貴族の令嬢、もしくは異国の王族の血を引いているというのならともかく、そうではないのでしょう?」
「……だからなによ」
「ご紹介するつもりも義理も無いと申し上げておりますのよ」
「役に立たないわね!」

 ダン、と大きな音を立ててマリアナ様がテーブルに手を叩きつける。
 乙女ゲームのヒロインの性格の設定ならこんな態度は絶対に取らない。
 この目の前にいる少女は間違いなく転生者で、わたくしの事をイベントぐらいでしか役に立たないと言っている所から考えて、それなりにやり込んで攻略者の攻略情報を抱えているユーザーと考えていいだろう。
 イライラした様子のマリアナ様の前で、わたくしはメイドの用意した紅茶を優雅な仕草で飲みながら、どうしたものかと考える。
 わたくしとしては、乙女ゲームに関わり合いを持つ気はないが、この状態だとマリアナ様が今回のように突進してくる可能性が高い。
 だからと言って、素直に攻略対象を紹介するつもりもない。
 本来のプロローグであれば、わたくしと同室になったヒロインを、学園を一緒に探索するという建前で学園の各施設に行き、そこで攻略対象と出会い、お助けキャラであるわたくしは自分の同室の相手だから仲良くして欲しいと言って回るのだ。
 学園内では身分に捕らわれずに友好を深めるという校則もあり、乙女ゲームの中ではそれをきっかけに攻略対象とヒロインが接触していくのだが、今は身分を重視した校則に戻っている為、わたくしの紹介も無くヒロインであるマリアナ様が攻略対象達と仲を深めるのは難しいだろう。
 だが、それが何だと言うのだろうか。
 乙女ゲームになるべく関わらないようにするというスタンスを取ると決めたわたくしには関係のない事だ。

「お話は以上でしょうか? それでしたら失礼させていただきますわ。今後はわたくしの部屋の前で騒ぎを起こすような真似はなさらないでくださいね。次に同じようなことがありましたら、しかるべき対応を取らせていただきますわ」
「どういう意味よ」
「寮長に報告させていただくと言っているのです」
「なんだ、その程度の事しか出来ないの。所詮はイベントにしか役に立たないお助けキャラね」
「寮長の権限をどれほど理解なさっているかはわかりませんが、罰則が重くなれば寮長の権限で反省室に入れることも可能ですわ」
「反省室? なによそれ」
「あら、寮の案内はまだ読んでいらっしゃらないのですか? あまりにも行動に問題がある生徒に反省を促すためにある地下室ですわ」
「そんなものゲームには出てこなかったわよ」
「おっしゃっているゲームと言うものが何かは存じませんが、校則の件といい、マリアナ様はもう少しこの学園の事を学んだ方がよろしいのではありませんか?」
「シナリオと違うこの学園が悪いんじゃない!」
「何のシナリオかは存じませんが、この学園はもとよりこういう場所でしてよ。では、お話が以上なのでしたら失礼いたしますわね」

 わたくしはそう言って立ち上がると、注目と聞き耳を立てていた寮生に視線を向け、意味ありげに微笑みを浮かべると、そのまま談話室を出て自室に戻ることなく、男子寮に足を向ける。
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