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プロローグ(後編)

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 これは乙女ゲームで言えばプロローグ。
 貴族の世界に馴染むことが出来ないまま、ヒロインは貴族の通う学園の寮に入ることになり、そこで同室となったわたくしを介して攻略対象と出会っていくのだ。
 けれどもそうはさせない。
 寮の部屋割りは事前に操作して乙女ゲームとは違って別の部屋になるようにしてもらっている。
 これは数年前から、貴族の階級に関係なく寮の部屋は籤引きで決まるというものから、貴族の階級に合わせた部屋割りにするというように変更してもらっているのだ。
 部屋が一緒でなければ、クラスの違うわたくしとヒロインは選択授業が一緒にならない限り関係を持たないし、選択授業では攻略対象との接触を優先させるだろうから、お助けキャラのわたくしへの接触はほぼ皆無と考えていいだろう。
 公爵令嬢であるわたくしは一人部屋をあてがわれることになっている。
 そもそも、公爵令嬢と男爵令嬢が同室という状態の方が貴族の常識に合わせて考えればおかしいのだ。
 全てはゲームの都合上、ヒロインが攻略対象と知り合い、仲を深めていくためにわたくしというお助けキャラが必要だから籤引きなんて無茶苦茶な部屋割り方法が一時的に取られていたのだ。
 もちろん、学生の間は身分に捕らわれることなくという、乙女ゲームとしては都合のいい建前があったけれども、実際に学園を卒業してしまえば雁字搦めの身分社会を生き抜いていかなければいけない。
 それであるのなら、伝統であった階級制度を元に戻すべきだと家の権力を使って周囲の貴族や王族を巻き込んだ。
 結果的に、一時的に採用していた身分に捕らわれない教育方針というものも、効果がみられていなかったことから元に戻すのは難しい事ではなかった。
 諸事情から、隣国の王子を受け入れるという事も、伝統を元に戻すきっかけになった。
 礼儀をわきまえない生徒が、もし隣国の王子と同室になって無礼を働いてしまった場合、国際問題になってしまう可能性もあるからだ。
 隣国の王子、すなわち攻略対象は政治的抗争の為この国に避難してきている状況なので、何かが起きるのはこの国にとっても非常に都合が悪い。
 大人達はわたくしが動いたせいで学園の伝統が元に戻ったとは考えていないだろう。
 彼らにとってわたくしは血統のいい子供でしかないのだから。
 女子寮に足を踏み入れ、自分の今後の生活の拠点となる部屋に向かう。
 内装に関しては余程の事がない限り同じ部屋で三年間過ごすことが決まっている為、既に公爵家の者によってカスタマイズされているし、家具や備品も公爵令嬢が扱うのにふさわしいものになっているはずだ。

「何よこの部屋割り! シナリオと違うじゃない」

 背後からそんな声が聞こえてきたが、わたくしには関係のない事なので振り返らずに自室に向かう。
 到着した部屋は女子寮の中でも最上級と言っていいほどの部屋だが、それをさらに公爵家がカスタマイズしているので、他の部屋とは一線を画したものになっている。
 少なくとも、乙女ゲームの中の徐々に攻略対象やガチャで手に入れるアイテムを飾っていくようなシンプルな部屋ではなく、最初からあるべきものがきちんと揃っている。
 流石にメイドはいないけれども、一人でも十分にやっていける備品は揃っているし、食事は食堂で行える。
 貴族であっても万が一の事、例えば戦争などがあった場合に際して自分の事は自分である程度出来るようになるようにする、という教育方針の為寮に専属のメイドを連れてくることは出来ないシステムになっている。
 部屋の掃除などは自分でしなければいけないが、前世の記憶のあるわたくしは他の貴族の令嬢よりもそういったことに抵抗はない。
 公爵家でも数ヶ月前から一人で部屋の掃除が出来るように訓練をしてきたし、風呂の準備なども自分で出来るようにきちんと教わった。
 洗濯ものに関しては寮に専属のランドリーメイドが居るため、私服や制服の入った名前のついたバスケットをそのメイドに渡せばきちんと帰宅する頃には洗濯されて手渡される仕組みになっている。
 部屋の前に置きっぱなしにしておくと、盗みを働いたり悪戯をする生徒がどうしても出てしまうため、必ずランドリーメイドがそれぞれに手渡しをする事になっている。
 これも乙女ゲームでは公開されていない細かい寮の設定通りだ。
 『デュオスカーラ・アンダーワールド』には悪役令嬢もライバル役の令嬢も登場しない。
 それでも常識的に考えて、ただの男爵家の庶子で貴族になりたての令嬢が王子や公爵子息と仲良くすることを快く思わない令嬢が現れ、嫌がらせをするかもしれないと企画会議で話が上がり、このような裏設定が出来上がったというわけだ。
 大ヒットでもしていれば、設定資料集のようなファンブックも出たかもしれないが、あくまでもそれなりに人気を持っていたにすぎない為、そのようなものは発売されなかった。
 部屋の備品を確認していると部屋のドアがノックされたので、扉を開ける前にドアスコープから確認すると知らない少女、けれどもその容姿はよく見覚えのある少女が居た。
 それはヒロインそのままの容姿の少女。

「どちら様でしょうか?」
「マリアナ=レッドバージャよ。中に入れて頂戴」
「申し訳ありません、初対面の方をいきなり部屋に招き入れるほど不用心ではございませんの」
「そんな事どうでもいいから、このあたしが入れろって言ってるのよ」
「レッドバージャ家と言えば伯爵家の方ですか? あの家にわたくしと同じ年頃の令嬢はいなかったと思いますが?」
「……男爵家の方よ」
「ああ、そういえばレッドバージャ男爵家では、最近庶子をお迎えになったと噂話を聞いた気も致しますわね」
「そうよ。あたしの素性がわかったんだったらここを開けて中に入れなさいよ」
「素性が知れてもお知り合いでない事に変わりはありませんわよね。中にお招きすることはお断りいたしますわ」
「はあ? あたしのお助けキャラのくせに何様のつもりなの!」
「お助けキャラですか? 何の事をおっしゃっているのかわかりかねますね」
「もうっ、あんたが居ないとイベントが起きないのよ! とにかく話があるから中に入れなさい!」
「お断りいたします。そこまでお話をしたいとおっしゃるのでしたら、寮の談話室でしたらお話をお伺いいたしますわ」
「人に聞かれたらまずいのよ」
「申し訳ありません、初対面の方とそのような話をする趣味はございませんの。談話室が嫌だとおっしゃるのでしたら諦めてお帰り頂けますか」
「ああもうっわかったわよ! 談話室でいいわよ!」
「では準備してから参りますので、先に談話室でお待ちください」
「はあ?」
「生憎わたくしは今しがた部屋に入ったばかりでして、準備が出来ておりませんの」
「そんなもの後でいいでしょ」
「いいえ、公爵令嬢として身支度を整えるのは最低限の嗜みですわ」
「ちっ、……さっさと来なさいよね」

 そう言ってドアから離れて行く姿をドアスコープ越しに確認して、わたくしは彼女がどんな手段を使ってでもイベントを起こすつもりのようだと察した。
 ヒロインが平和に攻略対象と遭遇して、平和に攻略対象との仲を深めていくにはわたくしというお助けキャラが必須だから接触してきたのかもしれない。
 面倒事に巻き込まれそうな予感はするけれども、例え乙女ゲームのヒロインであっても、わたくしの望む幸せの邪魔をさせる気はありませんのよ。
 わたくしはそう心に改めて思うと、家から着て来たドレスを脱いで、学園の制服を着用してから談話室に向かった。
 念のため護身用に魔法を発動する際に使う扇子を持っていくことも忘れない。
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