冬薔薇姫

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018 妖精種の国 その1

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 妖精種の国つくまで、魔物に襲撃されたりも致しましたが、怪我人が出ることもなく、問題なく旅程は進み、馬車に揺られる事二週間、妖精種の国に到着いたしました。
 妖精種の国はエルフ種の国と同様に、最も古い歴史があると言われており、お母様の祖国は建国してから優に一万年は経っていると言われております。
 すごいですわよね、魔法文明こそ発展しましたが、約一万年もの間、科学文明は全く発展しなかったのですもの。
 時代がルネサンス期前期で固定されているのも、神のご意志という事なのでしょうか?
 魔法師・賢者はいますが、錬金術師が居ると言うのは聞きませんものね。
 科学は、かつて人間が神の所業に近づかんとして始まったと言う説もございますが、魔法が盛んなこの世界では、それも必要ないという事でしょうか?
 本を読みながらそんな事を考えていますと、馬車がふいに止まり、御者席の方から魔物が出現したと報告がありました。
 わたくしは読んでいた本を閉じてアイテムボックスに仕舞うと、替わりに浄化の魔石の付いたメイスを取り出してハーロルト兄様の手を借りて馬車を降りました。
 空気が淀んでいる感じがいたしまして、前方を見ますと、小さな小鬼のような物が五匹ほど見えました。

「インプでございます。数は七匹、二匹ほど先ほどから姿が見えません」
「わかった、ビーネ達はいつものようにパウラの護衛を。ヘルム達は私に続け」

 ハーロルト兄様の言葉に、慣れたもので皆様がすぐさま陣営を組みます。
 相変わらずわたくしは守られる側なのですね。
 いえ、別に構わないのですが、たまにはこのメイスに出番があっても良いのではないかと思うだけですわ。
 五匹のインプはハーロルト兄様達があっさりと倒してしまいましたが、残りのインプが姿を隠したまま出てきません。

探索サーチ

 短く呪文を唱えますと、左側の岩陰と、右後方の木の影に敵の反応がありました。

「ハーロルト兄様、左側の岩陰と、右後方の木の後ろですわ」

 そう言った瞬間、二匹のインプが飛び出してきて、左側の岩陰から飛び出してきたインプはハーロルト兄様が一刀両断しましたが、後方の木に回り込まれていたインプはわたくしの方に向かってきました。

「せいやっ!」

 カチヤがそんな軽い掛け声をかけて剣を振り下ろしますと、インプの右腕が吹き飛びました。
 ええ、切り落とされたのではなく、吹き飛んだのでございます。
 どうやったら吹き飛ぶのか、あとで聞きだしたいと思いますが、右腕を失ってもインプはひるむことなくわたくしの方に向かってまいります。

「はいやっ!」

 ゾフィが大して力も入っていないような声を上げて剣を振り落とすと、インプの頭から股まで真っ二つに綺麗に切り分けられました。
 再び探索サーチをしてみますが、ひっかかる敵はいないようですので、今回の戦いはこれで終わりという事でしょう。
 わたくしは周囲に結界を張り、その中に留まった瘴気を浄化していきます。
 浄化が終わりますと、周囲に纏わりついていた重苦しい空気が晴れていき、清浄な空気を思いっきり吸い込みました。
 浄化直後の清浄な空気はいいですわね、心が洗われるような気分になります。
 さ、魔物討伐も今回も完了しましたし、馬車に戻って読書の続きを致しましょうか。
 わたくしはいそいそと馬車の中に戻り、指定席になっているクッションが沢山置かれたソファーに座りますと、先ほどまで読んでいた本をアイテムボックスから取り出しますと、さっそく読み始めます。

「妖精種の国が近づいてきているせいか、現れる魔物も妖精種や精霊が変化したものが増えてきたような気がするな」
「そうでございますね。パウラ様の仰った北の湿地に近づけば近づくほど、魔物が発生する頻度も高くなってきているように思えます」
「ヨルク、先ほどの戦闘で剣が欠けていただろう、妖精種の国に着いたら鍛冶師に修繕してもらうといい」
「そうさせていただきます。しかし、この一行の女性陣は恐ろしいですな。私にはインプの腕を吹き飛ばすなどという真似事は出来ませんな」
「ああ、あれには驚いたな。カチヤ、どうやったんだ?」
「然程特殊な事はしておりません。剣に風魔法を纏わせまして微弱な振動を与えたまま斬り伏せたまででございます。其れで言いましたら、インプを真っ二つにしたゾフィの腕も中々かと」
「龍人種の国で鍛えましたので、それなりに腕が上がりましたので、感謝すべきは龍人種の騎士団の方々でございますね」
「私も戦闘に参加したかったのですが、すっかり出遅れてしまいましたね」
「ビーネはパウラを守るという重要な任務があっただろう」
「そのパウラ様も、戦闘に参加従っていらっしゃいましたよ?」
「ん? そうなのかい? パウラ……って、本の世界に没頭していて聞いていないか」

 そこで、わたくしの名前を呼ばれたような気がしましたので本から顔を上げます。

「呼びましたか?」
「いや、パウラも戦闘に参加したかったのかなって」
「そうですわねえ、折角作った浄化特化のメイスが無駄になるのは少し残念だと思っておりますわ」
「そうか、まあだからと言ってパウラを前線に出すわけにもいかないんだけどね」
「わたくしも戦えますわよ?」
「知っているけど、聖女を前線で戦わせてどうするのさ、何かあったらどうするの」
「心配性ですわねえ」
「愛する婚約者の心配をしない男がどこに居る?」
「どこかに居るかもしれませんわよ?」
「そんな情けない男がいるなら見てみたいものだな」

 前世で読んだこの世界を舞台にした小説の中のヒロインは、勇者に交じって前線で戦っておりましたわよねえ。
 まあ、魔法も使えない剣も扱えないエーフィー様が前線に出るとは思えませんけれども。
 その後、妖精種の国に入って一日馬車を動かしますと、妖精種の国の王都が見えてまいりました。
 花の都とも言われている妖精種の国の王都でございます、巨大な神木が中心にございまして、有翼種に次いで神が近い場所にいる種族だと本には記載されておりますわ。
 生憎、わたくしはお母様と交流が然程あったわけではございませんので、書物で見た内容のことぐらいしかわからないのですけれども、あのお母様の父親が現在の国王を務めていらっしゃいます。
 つまりわたくしのお爺様ですわね。
 王都に入りますと、薄い羽の生えた手のひらサイズほどの小さな妖精種の方々が出迎えて下さり、馬車を王宮まで誘導してくださいました。
 王宮は、祖国の物とも龍人種の国の物とも違い、木で主に構築されておりまして、王宮と言うよりは、神木を中心とした、大小さまざまな巨木が立ち並んでいると言った感じでございます。
 王宮の門を通り、馬車が止まりましたので、ハーロルト兄様の手を借りて馬車から下りますと、今度は人間種より少し小さめ、といいますか、わたくしぐらいの大きさの、薄い羽の生えた方々が迎えに来て下さいました。

「パウラ姫様、王様の元へご案内いたします」
「よろしくお願いしますわ」

 そうして案内されるままについて行きますと、あちらこちらから囁き声が聞こえてまいります。

「姫様がいらっしゃったよ」
「リベロ姫様の小さな姫君だよ」
「歓迎しなくちゃ」
「小さな姫様をおもてなししなくちゃ」

 それは、手のひらサイズの小さな妖精種たちからの囁き声でございました。

「申し訳ございません、下位妖精は礼儀がなっておらず」
「構いませんわ、可愛らしいではございませんか」
「そう言っていただけると幸いです。それにしても、パウラ様はリベロ様によく似ていらっしゃいますね。妖精王もさぞかしお喜びになりますでしょう」
「お爺様、妖精王にはお会いしたことはございませんが、どのような方でございますか?」
「お優しい方でございますよ」

 案内役の妖精種の方がそう言うと、大きな巨木の前に辿り着きまして、そこにくっついている扉に手をかけてするりと扉を開きました。
 中には、羽こそありませんが、威厳のある若々しい男性が、木で出来た椅子に座ってにこにことわたくし達を見ております、おそらくあの方がわたくしのお爺様であり、妖精王なのでございましょう。

「よく来たな、パウラ一行。国を挙げて歓迎しよう。それにしても、パウラはリベロによく似ておる。もっと近くに来てその顔を爺に見せておくれ」
「はい、お爺様」

 わたくしは言われるがままにお爺様に近づきますと、お爺様は手を伸ばしてわたくしの顔に触れていらっしゃいました。
 その途端、お爺様の背中に大きな薄い羽が出現いたしまして、鱗粉のような光が舞い、わたくしを包み込みました。

「ほう、隠していた羽を顕現させるほどの魔力を持っているのだな。良きかな、良きかな。リベロよりも強い魔力を持っているようだ。そうだパウラ、菓子は好きか? 甘いのか? しょっぱいのか? 酸っぱいのか? そうだ、神木から採れた果物を持ってこさせよう。良く熟しており、甘露であるぞ」
「ありがとうございます、お爺様」
「しかし、無表情と言うのは如何なものか、笑みを浮かべれば、誰もが魅了されるほどの美貌だと言うのにもったいない」
「本を前にすれば、自然と笑みが浮かびますわ」
「おお、そうであったな。パウラは本が好きなのであったな。この爺としたことがすっかり忘れておった。パウラがこの国に立ち寄ると事前に知らせを受けて、多くの本を用意させておったのだ。中には古文書もあるが、パウラであれば読めるであろう? 爺が毎年贈っている古文書も問題なく読んでいると報告を受けておるしの」
「ええ、妖精種の古代文字も読むことが出来ますわ」
「僥倖、僥倖。早速部屋に案内しよう。本もそこに用意して居る。いつまでこの国に滞在する予定だ?」
「食料の調達が終わりましたらすぐにでも出立する予定でございます」
「なんだ、つまらぬの。しかし、魔物討伐すると言うのを引き留めるわけにもいかぬし、仕方があるまい。なに、本はパウラの為に用意したものだ、読み切れなければ持って行くと良い」
「ありがとうございます、お爺様」

 わたくしはその言葉を聞いて、蕩けるような笑みを浮かべました。

「ほう、やはりパウラの笑みは誰をも魅了する力があるの」
「本は素晴らしいですもの」
「して、パウラの婚約者の勇者とお付きの者達は如何にして過ごす予定だ?」
「私はパウラに付き添うか、この国の軍部に混じって剣の腕を磨こうと思います」
「ふむ、それは難しいの。この国に剣を使った軍部はない。魔法師団しかないのでな。ハーロルトだったな、其方はパウラと共にあると良い」
「ではそういたします。お付きの者達は、街に出て食料品の買い出しをさせたいと思うのですが」
「なに、食料品はこちらで用意させよう。何日分ほど必要だ?」
「そうですね、次の魔人種の国迄の旅程を考えますと、二週間分ほどの食料が必要かと思われます」
「あいわかった、用意させよう。お付きの者達も、パウラの傍に仕えるがよい」
「では、そのようにさせていただきます。至れり尽くせりのお心づかい、ありがとうございます」
「なに、可愛い孫娘の一行の為だ、このぐらいなんと言うとはない。そうだパウラ、今宵は爺と共に夕食を食べよう」
「わかりましたわ、お爺様」
「あとで其方らの部屋に食事を運ばせよう。爺もそこに行くからの」
「あら、お爺様がわたくし共の部屋に参りますの? 食堂のような場所で食事をするのではなく?」
「他国にあるような大食堂はこの王宮にはなくてな、個人個人がが部屋で食事をするのが基本なのだ」
「そうなのですか。書物には載っていなかったので知りませんでした」
「よい、よい。この国の事を折角来たのだし、良く学んでいくと良い」
「そうさせていただきますわ」
「ダクマ、ダクマはおるか?」
「ここにおりますわ、お父様」
「パウラ達を部屋に案内しておくれ、其方の妹の娘なのだ、丁重に扱うのだぞ」
「……かしこまりました、お父様」

 ダクマ様はそう言うと、わたくし達の方に近づいてきて、ちらり、とわたくしを見ました。
 なんでしょう? 視線に敵意と言いますか、侮蔑と申しますか、そういった類のものが含まれているように感じましたわね。
 もしかして、お母様と姉妹仲が悪かったとか?

「こちらです、付いていらっしゃいませ」
「はい、ダクマ伯母様」
「っ! 混ざり者に伯母などと言われたくはありません」
「ダクマ!」
「お父様、けれどもっ」
「パウラは間違いなくこの爺の娘であるリベロの娘。たとえお前であってもパウラを貶める発言は許さぬ」
「くっ……かしこまりました」

 はて、やはりお母様とダクマ伯母様は仲が悪かったのでしょうか?
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