フルハピ☆悪女リスタート

茄珠みしろ

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逢瀬のための勉強会②

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「ランバルト公爵令嬢。歩く際はもっと背筋を伸ばしてください。歩幅も広すぎます、それではスカートの裾が乱れてしまい、足が見えてしまいます」
「……はい」

 マナー講習ではもちろん爵位ごとに学ぶ内容が違うが、その中でもエミリアは公爵令嬢として特に内容を厳しく設定されている。
 もちろんランバルト公爵家でもマナー講習を受けているが、クロエやアーノルトが甘やかしたせいでほとんど身についておらず、下位貴族の令嬢としてならギリギリ妥協できるというレベルだった。
 今回の勉強会に呼んでいる講師陣はそのような甘さはなく、ダメな部分をしっかりと指摘し依怙贔屓もしない。
 そして勉強会は教える内容こそ爵位によって変わるが、全員が同じ場所で広間で教わっているため、エミリアが何をどのように指摘されているのかは全員が見聞きしている。

「ララスティ様、スカートの裾が乱れたり、足が見えてしまったりするのはそんなにいけない事なのでしょうか?」

 男爵令嬢が恐る恐る自分たちの姿勢を確認しているララスティに尋ねると、ララスティはにっこりと微笑んで頷く。

「よく言えば元気がある、ですが、悪く言えば落ち着きがないということになりますでしょう?」
「……はい」

 ララスティの言葉に、尋ねた男爵令嬢だけでなく他の令嬢たちも顔を見合わせた後頷く。

「もちろん、許された家の中や庭、人目のない草原などでまで、堅苦しく考えろと言っているわけではありませんの。でも、貴族というのは人の上に立ち見本となり、領民に安心感を与える存在でなくてはいけません」
「はい」
「極端なことを言いますが、自分たちの生活を管理する人が、そうですわね……、本当に極論ですわよ? 大股で歩いて音を立てて乱暴に椅子に座り、足を大きく広げて服が乱れるのも気にせずにいて、だらしなく口を開けた状態で呆けた顔をしていたら、どう思いますか?」

 その言葉に男爵令嬢たちだけでなく、さりげなく聞き耳を立てていた子息たちも想像したのか眉をひそめた。

「ララスティ様。そういう人は貴族じゃなくてもなんかいやじゃないですか?」
「ふふ、ですから極論ですわ。そうでなくとも、日ごろから大股で服を乱して歩くなどの癖がついていると、気を抜いた時にどうしてもその癖が出てしまいます。そのような物を気にしていられない状況の時まで気を使う必要はありませんが、貴族はいつ誰にどうみられているかわからない立場です。一つのミスからつけいられて没落した貴族は大勢いますのよ」

 ララスティの言葉に多くの子女はぞっとするように顔色を悪くしてしまう。
 ここにいるのは全員が庶子であり、各家でマナーや貴族としての教育をある程度受けているとはいえ、生まれた時から貴族として育ってきた者たちのなかにある「当たり前」を理解できていない。

「それに、仕草一つで見え方と言うのは大きく変わります。同じ速度で移動するにしても、体勢を崩し大股で大きな音を立て服を乱してしまえば、それを見た方は何かあったのだと思うでしょう。けれども、姿勢よく速足だけれど規則的な歩調で服の乱れもなく歩けば、忙しいのかもしれないと思うだけではないでしょうか」
「……確かに」

 ララスティの説明に納得する子女だが、一人の子爵令嬢が恐る恐る手を上げる。

「あの、あたしのところの領主様……あっお父様じゃないんですけど、その人はご夫婦でわりと領民と一緒になって行動してて、大声で笑うし、走ってました」
「なるほど、それはとても領民思いの素敵なご領主様ですね」

 ララスティは笑みを浮かべて頷く。

「けれど、領民の前ではそれでいいでしょう。親しみがあり、領民に寄り添ってくれる領主なのですから。ですが、そのままの態度で他の貴族の前に出たらどうなります?」
「え?」
「他の貴族は仕草が洗練されており、服を乱して行動することも、急用ではないのに走って移動することもない。そんな中で一家族だけ服を乱して走り回り大声を出していたら?」
「え……えっと、目立っちゃいます、ね?」

 不安そうに答えた子爵令嬢にララスティは頷く。

「先ほども言ったように、他の貴族が集まる場所でそのような行動をすれば、攻撃してくれと宣伝しているようなものです。貴族という立場になるのですから、甘えてばかりでは将来は明るくありません。この国の歴史がそれを証明しています。法律と階級制度は、国と国民を、なによりも間違いを犯していない自分を守るためにあるのです」

 ララスティはそう言ってエミリアの方に視線を向ける。
 周囲の子女もつられるように視線を向ければ、先ほどと同じように講師に注意されながらまっすぐ立つ練習をしているエミリアの姿がある。

「ただ立っているだけですが、講師のかたとエミリアさんを比べると、どちらが安心感を与えることが出来るかわかりますでしょう?」

 ララスティが尋ねれば周囲の子女が「確かに」と頷く。

「それに、あの姿勢で長時間立つ練習をしているのは、高位貴族は式典などで数時間同じ姿勢で立ちっぱなしという事が少なくないからです」
「え!?」
「例えば、この国の安寧を祈る式典は最低でも三時間は同じ姿勢ですわね。椅子などありませんわ。あとは、パーティーなどで挨拶を受ける側になれば、ほぼ同じ場所で休憩なく立ち続け、笑みを維持しつつ挨拶への返事をきちんとしなければなりません」
「うわぁ……」

 ララスティの話を聞き、高位貴族のパーティーやお茶会などで最初の挨拶の時間が短いため、交流できないと不満を持っていた子女がばつが悪そうに視線をそらした。

「事情を理解していれば最初の挨拶は効率よくするため短めに。主役が一度休憩を取ったことを確認してから改めて交流をする、というのが慣例ですの」
「なるほど」

 そう説明している間にエミリアは同じ姿勢でいるのが嫌になったらしく、大きく息を吐きだした肩を落とし、背中を丸めてしまう。

「ランバルト公爵令嬢、姿勢が崩れています」
「ちょ、ちょっと休憩しただけじゃないですか!」

 すぐさま背後に回った講師に姿勢を矯正されたエミリアが文句を言うが、講師はそ知らぬふりをして他の令嬢のチェックを続ける。

「あの、ララスティ様」
「はい、なんでしょう?」
「講師の方はなんでエミリア様にあんなに厳しいのでしょうか? もちろん、エミリア様がよく体勢を崩すから回数が多いのはわかるのですが、他の方より厳しくチェックなさっているような気がします」

 質問してきた令嬢にララスティは「当然です」と返す。

「エミリアさんは公爵令嬢です。王家に姫がいない以上、公爵家の令嬢がこの国を代表する姫として扱われるのです。場合によっては他国の高位貴族だけでなく王族を接待することもあります。その時に失礼なことをするわけにはいきません。厳しく指導されるのは当然の義務です」
「ララスティ様がカイル殿下の婚約者ですから、ララスティ様が国を代表する姫なのでは?」
「そう扱われることが多いのは認めますわ。けれども、わたくしだけで全てを賄えるわけではありません。公爵家の令嬢が国を代表する姫になるのは現時点で仕方がない事ですの」

 その言葉に納得したのかしないのか、周囲の子女たちはエミリアに同情の視線を向けたが、確かにあの様子のまま国賓の接待をしたら国際問題になりそうだと理解したようだ。

 勉強会後、ララスティが講師と今日の成果を話し合っていると、カイルとルドルフが様子を見に来た。

「カイル殿下!」

 真っ先にエミリアがカイルに駆け寄っていき、その腕に抱き着く。
 カイルは振りほどきはしないが、エミリアに離れるよう優しく言い、「お疲れ様」と優しげな笑みを向ける。

「聞いてください、あの人ってばあたしにばっかり厳しくするんです。ちょっと息をついただけで怒るんですよ!」

 悲しげな表情を作るエミリアに、カイルは「それは大変だね」と口にするが、講師を責めることはしない。

「あたしは頑張ってるのに……」

 しょんぼりとするエミリアに休憩した方がいいとカイルが言うと、エミリアは顔を輝かせてカイルの腕に自分の腕を絡ませる。

「だったら、カイル殿下も一緒にあっちで休憩しましょう! あたし、お茶を淹れるのがうまくなったんですよ!」
「……じゃあ、頂こうかな」

 カイルは少し考えた後にエミリアに笑みを向け、広間に用意されているテーブルに二人で向かっていった。
 その後ろ姿に他の子女は戸惑った表情のままララスティを見る。
 ララスティは二人の後姿を切なそうに見て目を伏せたところでルドルフに肩を叩かれ、ハッとしたようにいつも通りの笑みを浮かべた。

「皆様、わたくしたちも帰宅の前に休憩いたしましょうか」

 ララスティの言葉にその場に残っている全員が頷き、エミリアとカイルが向かった休憩所に足を向けた。
 それを確認し、ララスティは内心でクスクスと笑ってしまう。

(浮気を繰り返すカイル殿下とエミリアさん。証言はどんどん多くなってしまいますわね?)

 そして、それは社交界でのエミリアの孤立を招いていく。
 ルドルフとコールストに頼んでランバルト公爵家への支援も随分締め付けを強くした。
 公爵家内の雰囲気は今後どんどん悪くなっていくだろう。
 いらだちを解消する矛先は、家庭内でも弱い立場の者に向かう。

(でも、エミリアさんはカイル殿下の気を引くために、家族に虐げられる可哀相な自分を演出なさいますわよね?)

 どこか期待に満ちた目をしながらエミリアを見た後、不自然にならないようルドルフと距離と保ちつつ休憩場所に歩き出したララスティ。
 ルドルフはそんなララスティの背中を見て、クスリと小さく笑った。
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