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八島家のいつもの茶室でお茶とケーキを食べていると、不意に篠美が口を開く。
「夜蝶、朔夜様の事、このまま放置していていいのかい?」
「放置するつもりはございませんわよ?桃園様の件は証拠は十分にあつまりましたし、いつでもつるし上げることが出来ますわ。けれども、まだ早いと思いますのよ」
「それはどの意味で早い? ってことなのかな」
「賑彦様にも、覚悟を決めていただく必要がございますでしょう? 朔夜の美貌に狂った信奉者は今後も出てくるでしょうし、その信奉者に対する対応策を賑彦様自身が考える必要がございますわ。それに、朔夜も自分でどうさばけば人が動くのかを学ぶべきですわよ。てっきり本州の方で学んでいたと思ったのですけれども、甘かったようですわね」
夜蝶は冷酷な口調でそう言うと、ケーキの苺にフォークを突き立てて口に運んだ。
そんな様子に、篠美は「ヒュウ」と口笛を鳴らし、自分もケーキを一口大に切ると、夜蝶の口が開くのを待ってそれを夜蝶の口の中に放り込んだ。
「もぐ……もういらないのですか?」
だったら残りは全部自分が食べると言いそうな雰囲気で夜蝶が言う為、篠美はケーキをかばうように持つと、「そんなことはない」と言った。
「そういえば、最近は帆鳴様とは喧嘩していないみたいじゃないか」
「あら、賑彦様の婚約者じゃなくなったのですもの、接点が極端に減ったというのが大きな理由でしょうね。きっと今でも顔を合わせたら向こうから噛みついていらっしゃいますわよ。本当に困った方ですわよねえ」
夜蝶のその顔には嘲りの表情が浮かんでいた。
それを見て篠美は、夜蝶と帆鳴は本当に相性が悪いと改めて実感する。
「夜蝶は帆鳴様のことが嫌いなのか?」
「あら、嫌いだなんて思ってはおりませんわよ? まあ、賑彦様と婚約していた時は煩わしいと思ってはおりましたけれども、あれもブラコンであるが故と思えばかわいいものでございましょうね。とはいえ、帆鳴様ももっと態度を改められればましな顔になるのではないでしょうか?」
「本当に嫌いじゃないのか?」
「ええ、嫌いではありませんわよ」
嫌いだったらこんなものではないと言わんばかりの夜蝶の口調に、篠美は「おお、怖い」とわざとらしく腕をさすった。
「そんな事よりも、朔夜さんは今頃ちゃんとやれているのでしょうか?」
「おや、姉として心配なのか? だったら俺と一緒に返らずに交流会とやらに交じってくればよかったじゃないか」
「あら、私がいたのでは朔夜さんの勉強になりませんでしょう? それに、賑彦様がすぐに合流なさいますわよ。今日の議題は毎年すぐに終わってしまうものですもの」
「まあ、確かにそうか」
夜蝶は毎日放課後に会議のある賑彦を鈴と一緒になって待っている朔夜を思い出し、その朔夜の姿がないと知れば、賑彦が朔夜がどこに行ったのかを探すのであろうことは容易に想像が出来た。
「だから大丈夫ですわよ」
夜蝶はそう確信したように言うと、ケーキの残りを一口で食べてしまった為、おかわりを要求した。
******************************
夜蝶と篠美が暢気に話しをしていた頃、夜蝶の想像通り会議を早めに切り上げた賑彦が朔夜の姿を探してサロンへやってきていた。
そこには朔夜を囲んだ集団が出来上がっており、朔夜がいつも自分が座っている席に座っていたために一瞬入るか迷ったが、二人掛けのソファなので問題はないと考えて、輪に加わることにした。
「僕も入れてもらっていいかい?」
そう言った賑彦に全員の視線が集中する。
「まあ賑彦様! 是非にいらしてくださいませ。今、朔夜の親衛隊との交流会を開いていた所ですのよ」
「朔夜の親衛隊との?」
賑彦はそう言って朔夜の周囲にいる吐夢を見る。吐夢は賑彦の視線を真っ直ぐと見返すと、ふい、と視線を朔夜に戻した。
その様子に、賑彦はわずかにムカっとし、輪の中心に進むと、朔夜の隣にドカリ、と腰を下ろした。
「賑彦様、なんだか機嫌が悪くないですか?」
「そんなことはないよ朔夜」
「そうですか?」
「ああ。それにしても朔夜にもこんなに立派な親衛隊が出来ていたなんて知らなかったよ」
「私も今日初めて知ったんですよ」
「そうなのかい? それは親衛隊の流儀に反するんじゃないのかな。通常なら対象人物に了承を得るのが筋っていう物だよ」
吐夢を責めるようにいう賑彦に、朔夜は何を思ったのか「言い忘れてただけですよ」と、庇う様に言った。
その言葉に、賑彦がよく思わけもなく賑彦はますます機嫌が悪くなっていく。
朔夜はこの1時間ほどで吐夢の事をかなり信頼できる男だと、そう思うようになったようだ。
だが、それを賑彦が気に入るわけもなく、賑彦の機嫌は悪いままだった。そうして、それにほくそ笑んでいるのが鈴だった。
鈴はさり気なく席を移動し、賑彦側に座り直す。
「賑彦様、朔夜は吐夢様とはこの1時間ほどで随分打ち解けたようですわ。親衛隊との交流は大切ですものね、その親衛隊長の吐夢様と信頼関係を築くことが出来たのは良い事ですわ」
「ああ、そうだね」
その点に関しては否定できないのか、賑彦も肯定する。
その時、賑彦がサロンに向かったと聞いた帆鳴がサロンに入って来て今の光景を見て眉間にしわを寄せた。
「兄さん、こんなピンク女をまだ近づかせてたのか?」
「まあ!帆鳴様、ピンク女だなんてひどい事をおっしゃいますのね。確かに私の髪の色はピンクブロンドですけれども……。賑彦様、帆鳴様はどうして私の事をこんなに嫌っているのでしょうか?」
「さあ? 帆鳴は夜蝶とも仲が悪いぐらいだし、難しい年頃なんだよ。気にしないでやってくれ」
「賑彦様がそうおっしゃるのなら……」
鈴は思いがけない邪魔者に思わず眉間にしわを寄せそうになったが、なんとか笑みを顔に張り付けたままにすることに成功した。
「朔夜様も、そんな男を侍らせるような真似して、兄さんに悪いと思わないわけ?」
「まあ帆鳴様、彼は私の親衛隊長であって、別に侍らせているわけではありませんよ?」
「はんっ親衛隊ねえ……。まあ、その女の色香に惑わされた馬鹿じゃないといいけどな」
「帆鳴、言い過ぎだ」
「兄さん。こんな奴らの事を庇うことないって。夜蝶の時だってあの女の親衛隊をのさばらせて、そのせいで兄さんだって迷惑したじゃないか」
「夜蝶の親衛隊に迷惑なんてかけられたかな?」
そんな記憶はないけれど、と賑彦は首をかしげる。しかし、帆鳴はあったと頑なに言って譲らない。
「あの女の親衛隊の体調だっていう女、あの女に兄さんは侮辱されたじゃないか」
「そんなことあったかな?」
「ああ、兄さんぐらいでないと夜蝶には釣り合わないって侮辱されたんだぞ!」
「それのどこが侮辱なのかな?」
「兄さん! 甘すぎるよ」
あくまでも夜蝶が賑彦の婚約者に相応しくないと思っていた帆鳴からすれば、雪乃の言ったセリフは賑彦を侮辱したにも等しいものであった。
しかし、賑彦自身としては夜蝶はこの島に長く住まう尊敬できる人物という位置づけにいるため、そのように言われても特に気にはならなかったとのが実情だ。
5年前にこの島に来た賑彦にとって、生まれて間もないころからこの島で暮らしている夜蝶や篠美はそれだけで尊敬できる存在なのだ。
だからこそ、初めは夜蝶との婚約破棄を渋っていたのだが、朔夜と出会いげんきんなもので、今では夜蝶との婚約破棄があってよかったとすら思い始めている。
だがその分、夜蝶のことは感じなかった嫉妬心が芽生えて、吐夢に無意識に嫉妬している自分にはいまだに気が付かない賑彦であった。
「夜蝶、朔夜様の事、このまま放置していていいのかい?」
「放置するつもりはございませんわよ?桃園様の件は証拠は十分にあつまりましたし、いつでもつるし上げることが出来ますわ。けれども、まだ早いと思いますのよ」
「それはどの意味で早い? ってことなのかな」
「賑彦様にも、覚悟を決めていただく必要がございますでしょう? 朔夜の美貌に狂った信奉者は今後も出てくるでしょうし、その信奉者に対する対応策を賑彦様自身が考える必要がございますわ。それに、朔夜も自分でどうさばけば人が動くのかを学ぶべきですわよ。てっきり本州の方で学んでいたと思ったのですけれども、甘かったようですわね」
夜蝶は冷酷な口調でそう言うと、ケーキの苺にフォークを突き立てて口に運んだ。
そんな様子に、篠美は「ヒュウ」と口笛を鳴らし、自分もケーキを一口大に切ると、夜蝶の口が開くのを待ってそれを夜蝶の口の中に放り込んだ。
「もぐ……もういらないのですか?」
だったら残りは全部自分が食べると言いそうな雰囲気で夜蝶が言う為、篠美はケーキをかばうように持つと、「そんなことはない」と言った。
「そういえば、最近は帆鳴様とは喧嘩していないみたいじゃないか」
「あら、賑彦様の婚約者じゃなくなったのですもの、接点が極端に減ったというのが大きな理由でしょうね。きっと今でも顔を合わせたら向こうから噛みついていらっしゃいますわよ。本当に困った方ですわよねえ」
夜蝶のその顔には嘲りの表情が浮かんでいた。
それを見て篠美は、夜蝶と帆鳴は本当に相性が悪いと改めて実感する。
「夜蝶は帆鳴様のことが嫌いなのか?」
「あら、嫌いだなんて思ってはおりませんわよ? まあ、賑彦様と婚約していた時は煩わしいと思ってはおりましたけれども、あれもブラコンであるが故と思えばかわいいものでございましょうね。とはいえ、帆鳴様ももっと態度を改められればましな顔になるのではないでしょうか?」
「本当に嫌いじゃないのか?」
「ええ、嫌いではありませんわよ」
嫌いだったらこんなものではないと言わんばかりの夜蝶の口調に、篠美は「おお、怖い」とわざとらしく腕をさすった。
「そんな事よりも、朔夜さんは今頃ちゃんとやれているのでしょうか?」
「おや、姉として心配なのか? だったら俺と一緒に返らずに交流会とやらに交じってくればよかったじゃないか」
「あら、私がいたのでは朔夜さんの勉強になりませんでしょう? それに、賑彦様がすぐに合流なさいますわよ。今日の議題は毎年すぐに終わってしまうものですもの」
「まあ、確かにそうか」
夜蝶は毎日放課後に会議のある賑彦を鈴と一緒になって待っている朔夜を思い出し、その朔夜の姿がないと知れば、賑彦が朔夜がどこに行ったのかを探すのであろうことは容易に想像が出来た。
「だから大丈夫ですわよ」
夜蝶はそう確信したように言うと、ケーキの残りを一口で食べてしまった為、おかわりを要求した。
******************************
夜蝶と篠美が暢気に話しをしていた頃、夜蝶の想像通り会議を早めに切り上げた賑彦が朔夜の姿を探してサロンへやってきていた。
そこには朔夜を囲んだ集団が出来上がっており、朔夜がいつも自分が座っている席に座っていたために一瞬入るか迷ったが、二人掛けのソファなので問題はないと考えて、輪に加わることにした。
「僕も入れてもらっていいかい?」
そう言った賑彦に全員の視線が集中する。
「まあ賑彦様! 是非にいらしてくださいませ。今、朔夜の親衛隊との交流会を開いていた所ですのよ」
「朔夜の親衛隊との?」
賑彦はそう言って朔夜の周囲にいる吐夢を見る。吐夢は賑彦の視線を真っ直ぐと見返すと、ふい、と視線を朔夜に戻した。
その様子に、賑彦はわずかにムカっとし、輪の中心に進むと、朔夜の隣にドカリ、と腰を下ろした。
「賑彦様、なんだか機嫌が悪くないですか?」
「そんなことはないよ朔夜」
「そうですか?」
「ああ。それにしても朔夜にもこんなに立派な親衛隊が出来ていたなんて知らなかったよ」
「私も今日初めて知ったんですよ」
「そうなのかい? それは親衛隊の流儀に反するんじゃないのかな。通常なら対象人物に了承を得るのが筋っていう物だよ」
吐夢を責めるようにいう賑彦に、朔夜は何を思ったのか「言い忘れてただけですよ」と、庇う様に言った。
その言葉に、賑彦がよく思わけもなく賑彦はますます機嫌が悪くなっていく。
朔夜はこの1時間ほどで吐夢の事をかなり信頼できる男だと、そう思うようになったようだ。
だが、それを賑彦が気に入るわけもなく、賑彦の機嫌は悪いままだった。そうして、それにほくそ笑んでいるのが鈴だった。
鈴はさり気なく席を移動し、賑彦側に座り直す。
「賑彦様、朔夜は吐夢様とはこの1時間ほどで随分打ち解けたようですわ。親衛隊との交流は大切ですものね、その親衛隊長の吐夢様と信頼関係を築くことが出来たのは良い事ですわ」
「ああ、そうだね」
その点に関しては否定できないのか、賑彦も肯定する。
その時、賑彦がサロンに向かったと聞いた帆鳴がサロンに入って来て今の光景を見て眉間にしわを寄せた。
「兄さん、こんなピンク女をまだ近づかせてたのか?」
「まあ!帆鳴様、ピンク女だなんてひどい事をおっしゃいますのね。確かに私の髪の色はピンクブロンドですけれども……。賑彦様、帆鳴様はどうして私の事をこんなに嫌っているのでしょうか?」
「さあ? 帆鳴は夜蝶とも仲が悪いぐらいだし、難しい年頃なんだよ。気にしないでやってくれ」
「賑彦様がそうおっしゃるのなら……」
鈴は思いがけない邪魔者に思わず眉間にしわを寄せそうになったが、なんとか笑みを顔に張り付けたままにすることに成功した。
「朔夜様も、そんな男を侍らせるような真似して、兄さんに悪いと思わないわけ?」
「まあ帆鳴様、彼は私の親衛隊長であって、別に侍らせているわけではありませんよ?」
「はんっ親衛隊ねえ……。まあ、その女の色香に惑わされた馬鹿じゃないといいけどな」
「帆鳴、言い過ぎだ」
「兄さん。こんな奴らの事を庇うことないって。夜蝶の時だってあの女の親衛隊をのさばらせて、そのせいで兄さんだって迷惑したじゃないか」
「夜蝶の親衛隊に迷惑なんてかけられたかな?」
そんな記憶はないけれど、と賑彦は首をかしげる。しかし、帆鳴はあったと頑なに言って譲らない。
「あの女の親衛隊の体調だっていう女、あの女に兄さんは侮辱されたじゃないか」
「そんなことあったかな?」
「ああ、兄さんぐらいでないと夜蝶には釣り合わないって侮辱されたんだぞ!」
「それのどこが侮辱なのかな?」
「兄さん! 甘すぎるよ」
あくまでも夜蝶が賑彦の婚約者に相応しくないと思っていた帆鳴からすれば、雪乃の言ったセリフは賑彦を侮辱したにも等しいものであった。
しかし、賑彦自身としては夜蝶はこの島に長く住まう尊敬できる人物という位置づけにいるため、そのように言われても特に気にはならなかったとのが実情だ。
5年前にこの島に来た賑彦にとって、生まれて間もないころからこの島で暮らしている夜蝶や篠美はそれだけで尊敬できる存在なのだ。
だからこそ、初めは夜蝶との婚約破棄を渋っていたのだが、朔夜と出会いげんきんなもので、今では夜蝶との婚約破棄があってよかったとすら思い始めている。
だがその分、夜蝶のことは感じなかった嫉妬心が芽生えて、吐夢に無意識に嫉妬している自分にはいまだに気が付かない賑彦であった。
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