神へ捧げるカントゥス

茄子

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「まあ、飯近の奥様が」

 音楽堂へ向かう途中、乃衣様から聞かされたないように彩愛は驚きを隠せずにいる。

「御夫君の目を盗んで逢引きとは、神を恐れぬ所業だな」
「生徒会の引継ぎで忙しくしているというのに、それを支えないなんて、細君の風上にも置けませんわ」
「もとより細君である自覚などございませんでしょう」
「それもそうですわね」

 クスクス笑う友人たちと共に歩きながら、彩愛は顔に笑みを浮かべたまま扇子を開いて顔を扇ぐ。

「生徒会も一新されたというのに、高等部の方々は気苦労が絶えませんわね」
「そうですわね。でも旧生徒会の方々のお家が動いているのでしょう?」
「息子をいさめることのできない親など、社交界で爪弾きされるだろうしね」
「篠上家のように、時には腹を痛めて生んだ子を切り捨てる覚悟も必要ですわ」
「でも例の噂もございますし、各家は気が気でないでしょうね」
「噂ですの?」
「彩愛様はご存じないのですね、飯近の奥方の腹の子の親が、飯近京一郎様ではないかもしれないという噂ですわ」
「まあ…」
「複数の殿方と関係を持っていたと?」
「そういう噂が高等部に流れているそうですわ」

 彩愛はその言葉に顔をしかめる。
 同時に複数人とひどく親しいのもよろしくない行動だが、子をなす関係をもつなど彩愛の教えられた常識ではありえない行動だ。

「そのようなうわさが流れてなお、飯近様のご寵愛はかわらないとか」
「ほかの方々もですわ。まるで洗脳でもされているようですわ」
「恐ろしいこと…」

 飯近妃花様は悪阻がひどく、登校してもそのほとんどを保健室で過ごすことが多いらしい。
 保険医はもちろんいるが、ベッドのある小さな簡素な個室で逢引きされてしまえば、保険医を責めることはできない。
 面会謝絶するほどの重病でもなく、見舞いといわれその対象が招き入れるのだから止めようがない。

「水上様はなにかおっしゃってますの?」
「特には言ってませんわね。それに、なんだか最近少し距離を置かれているようで…」

 寂しそうな顔を見せる彩愛に友人たちが慌てる。

「きっと生徒会長のお仕事が忙しいのですわ」
「そうですとも。私のお姉様も帰りが遅くなってしまって」
「すぐに以前のように戻りますよ」

 彩愛自身は気が付いていないが、史のことに関して一喜一憂していることに友人たちは気が付いている。
 というよりも、彩愛が落ち込むのは史に関することが9割を占めている。
 留学中も朝昼晩と毎日メールの交換をし、長期休みには必ず一度は会っていたという。

 そういえば、と乃衣様が思い出す。
 史と彩愛が長期休み中に会わなかったのは留学から帰ってきてからではなかっただろうか。
 距離が近くなったのに、どこか離れてしまったように思える。

「お気持ちを確かめなければ」

 彩愛には聞こえないほど小さなものだったが、低く地を這うような声で乃衣様が呟くのをすぐ横にいる美琴様と勇人様の耳には届いてしまい、考えは同じだとでもいうように頷いた。
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