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二章「奥様は元魔法少女」
11. 谷沢山葵の話(前編)
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いやあ自己紹介をすっかり忘れてましたね。
俺の名前は、谷沢山葵。脱サラして出版社を作っちゃいました。今三十六歳で、妻一人と息子一人がいます。
すんませんです。遅くなってしまって。でもまあ先生でも走るくらい忙しいってよく言うじゃないですか、今月って。まあ俺の場合は、先生の家に向かって走るほうだけどね。最悪、逃げた先生を追いかけて走ったりね。わはははははってあれっ今まだ十一月だった……。
でね、俺が社会人になった時からの付き合いの先生がいましてね。もう爺さんなんすけど、近頃全く売れていない小説家の落花傘飛高先生ってんですけど、知ってますかぁ? 知らないでしょ。ですよねー。でもまあ落花傘先生は原稿が上がってなくても逃げたことは一度だってありませんでしたよ。その替わり、開き直ったりすっとぼけたりと、それはそれで問題大ありなんですけどね。わははは。
「こら谷沢。余計な事抜かすな!」
「えっ、でも先生、ありのままに話せばいいとおっしゃったじゃないですか」
「吾輩の事は話さずとも好い。今日はお前とカラコさんとの夫婦生活やら出会いやらについて取材しておるのであるから」
「はあい。わかりましたよって、あっ先生何するつもりですかっ!」
落花傘先生がレコーダーの「巻戻」ボタンを押そうとしている。
「今の部分を消すのだ」
「いやあ、せっかくしゃべったんですから使ってくださいよ。それに真実の証言をもみ消すのはよくないです」
「それもそうだな」
やれやれ。でもまあ落花傘先生は、結構ものわかりがいいほうだ。
頑固なところも多いけど。
「それと先生。俺のしゃべったこと全部をそのまま文章にしないでくださいよ」
「当たり前だ! 吾輩を愚弄する気か?」
「いえいえ、そんなつもりありませんって。尊敬してますから」
「ふむ。では続きだ。お前とカラコさんの出会いから結婚そしてその後お前が会社を興すまでの話だ。だがお前、結婚式に吾輩を呼ばなかったであろう。全く不届千万、婚姻届一千万円!」
「意味不明です……あでも、俺たち式挙げてないんですよ」
「そうなのか?」
「はい。その頃いろいろあって」
あの頃はホント大変だったんだよな。
「ほほう、そうかそうか。それなら、さぞかし奇抜な話があるのであろうな。好い材料が期待できそうだ。ふぉふぉふぉ」
この爺さん、人の人生をなんだと思ってるんだ。まったく!
ともかく話を続けるしかない。
俺がカラコに出会ったのは、俺が大学四年のときで、出版社への就職が内定して少ししてからのことだった。当時短大の二年生だったカラコと合コンで話したことがきっかけで、付き合い始めたのだ。
それから二年くらい経って、俺たちは結婚することにした。その頃、俺は出版社の編集者として二年目で、短大を出たカラコの方はアルバイトをしながら執筆活動をしていた。
結婚は、親父と兄貴に反対された。お袋は反対はしなかったものの、親父たちを説得してくれるってこともなかった。
俺の親父・蜜男は他人はおろか俺や兄貴にもお袋にも決して甘くはなく、俺らはちょっとしたことで親父から殴られたもんだ。お袋・油子は、しつっこい小言を言うでもなく、俺ら息子たちにべたつくでもなく、わりとあっさりした人だった。一方、兄貴・胡正は、子供の頃から真面目ぶった態度がよく鼻についた。
結婚反対の理由はと言うと、カラコの母方が悪魔女村出身だったからだ。
悪魔女村と言うのは、今はあまり知られていない。なんでも昔、悪い魔女たちが多く住んでいた村があって、その村の出身者は何かと差別を受けていたと言うことらしい。村の正式な名前は伏せておくことにしよう。ここでは悪魔の頭文字Aを使ってA村としておく。
もちろん、そのA村には悪くない魔女だって多くいた。しかし、悪い噂ほど広まりやすいもので、いつしかA村は悪魔女村と呼ばれるようになってしまっていたのだ。
現在ではほとんど差別されることはないが、十数年前にはまだA村差別が残っていた。
だが、俺はそんなことでカラコへの想いを捨てる気など毛頭なかった。もうとうにやっちゃってて、カラコのお腹の中には、みなぎる生命力があったからだ。もちろん俺はカラコのことを誰よりも愛していたし。
まあ次男坊だった俺はどうせ家を出ないといけない身だったから、アパートを借りてカラコと二人で暮らすことにした。それは当然、正式に新しい戸籍を作った上での話だ。
俺が荷物をまとめて実家を出るとき、親父は「二度とこの家の敷地に入らせはしない」と言った。兄貴とお袋は無言だった。俺も何も言わず、ただアパートの住所と電話番号とを書いた紙だけを置いてから、みんなに背を向けた。
しばらくして俺たちに息子が生まれたが、実家に知らせることはしなかった。完全な音信不通状態だったからなあ。
ところが逆に半年くらいして兄貴から連絡があった。お袋が子宮ガンで死んだってな。葬儀会館を利用した葬儀だったので俺も出た。カラコは息子のゴマヤとアパートで留守番だった。
それからさらに七年後に親父も大腸ガンで死んだ。そのときも葬儀会館だったけど、葬儀が終わってから俺は八年ぶりに実家の敷地に入ることになった。遺産分割の話のためにだ。
家と土地は兄貴が相続することになり、俺には現金が五百万円ほど手に入ることとなった。俺はその金と貯金の一部とを使って、会社を設立した。それが出版社・厨二書房だ。
俺の名前は、谷沢山葵。脱サラして出版社を作っちゃいました。今三十六歳で、妻一人と息子一人がいます。
すんませんです。遅くなってしまって。でもまあ先生でも走るくらい忙しいってよく言うじゃないですか、今月って。まあ俺の場合は、先生の家に向かって走るほうだけどね。最悪、逃げた先生を追いかけて走ったりね。わはははははってあれっ今まだ十一月だった……。
でね、俺が社会人になった時からの付き合いの先生がいましてね。もう爺さんなんすけど、近頃全く売れていない小説家の落花傘飛高先生ってんですけど、知ってますかぁ? 知らないでしょ。ですよねー。でもまあ落花傘先生は原稿が上がってなくても逃げたことは一度だってありませんでしたよ。その替わり、開き直ったりすっとぼけたりと、それはそれで問題大ありなんですけどね。わははは。
「こら谷沢。余計な事抜かすな!」
「えっ、でも先生、ありのままに話せばいいとおっしゃったじゃないですか」
「吾輩の事は話さずとも好い。今日はお前とカラコさんとの夫婦生活やら出会いやらについて取材しておるのであるから」
「はあい。わかりましたよって、あっ先生何するつもりですかっ!」
落花傘先生がレコーダーの「巻戻」ボタンを押そうとしている。
「今の部分を消すのだ」
「いやあ、せっかくしゃべったんですから使ってくださいよ。それに真実の証言をもみ消すのはよくないです」
「それもそうだな」
やれやれ。でもまあ落花傘先生は、結構ものわかりがいいほうだ。
頑固なところも多いけど。
「それと先生。俺のしゃべったこと全部をそのまま文章にしないでくださいよ」
「当たり前だ! 吾輩を愚弄する気か?」
「いえいえ、そんなつもりありませんって。尊敬してますから」
「ふむ。では続きだ。お前とカラコさんの出会いから結婚そしてその後お前が会社を興すまでの話だ。だがお前、結婚式に吾輩を呼ばなかったであろう。全く不届千万、婚姻届一千万円!」
「意味不明です……あでも、俺たち式挙げてないんですよ」
「そうなのか?」
「はい。その頃いろいろあって」
あの頃はホント大変だったんだよな。
「ほほう、そうかそうか。それなら、さぞかし奇抜な話があるのであろうな。好い材料が期待できそうだ。ふぉふぉふぉ」
この爺さん、人の人生をなんだと思ってるんだ。まったく!
ともかく話を続けるしかない。
俺がカラコに出会ったのは、俺が大学四年のときで、出版社への就職が内定して少ししてからのことだった。当時短大の二年生だったカラコと合コンで話したことがきっかけで、付き合い始めたのだ。
それから二年くらい経って、俺たちは結婚することにした。その頃、俺は出版社の編集者として二年目で、短大を出たカラコの方はアルバイトをしながら執筆活動をしていた。
結婚は、親父と兄貴に反対された。お袋は反対はしなかったものの、親父たちを説得してくれるってこともなかった。
俺の親父・蜜男は他人はおろか俺や兄貴にもお袋にも決して甘くはなく、俺らはちょっとしたことで親父から殴られたもんだ。お袋・油子は、しつっこい小言を言うでもなく、俺ら息子たちにべたつくでもなく、わりとあっさりした人だった。一方、兄貴・胡正は、子供の頃から真面目ぶった態度がよく鼻についた。
結婚反対の理由はと言うと、カラコの母方が悪魔女村出身だったからだ。
悪魔女村と言うのは、今はあまり知られていない。なんでも昔、悪い魔女たちが多く住んでいた村があって、その村の出身者は何かと差別を受けていたと言うことらしい。村の正式な名前は伏せておくことにしよう。ここでは悪魔の頭文字Aを使ってA村としておく。
もちろん、そのA村には悪くない魔女だって多くいた。しかし、悪い噂ほど広まりやすいもので、いつしかA村は悪魔女村と呼ばれるようになってしまっていたのだ。
現在ではほとんど差別されることはないが、十数年前にはまだA村差別が残っていた。
だが、俺はそんなことでカラコへの想いを捨てる気など毛頭なかった。もうとうにやっちゃってて、カラコのお腹の中には、みなぎる生命力があったからだ。もちろん俺はカラコのことを誰よりも愛していたし。
まあ次男坊だった俺はどうせ家を出ないといけない身だったから、アパートを借りてカラコと二人で暮らすことにした。それは当然、正式に新しい戸籍を作った上での話だ。
俺が荷物をまとめて実家を出るとき、親父は「二度とこの家の敷地に入らせはしない」と言った。兄貴とお袋は無言だった。俺も何も言わず、ただアパートの住所と電話番号とを書いた紙だけを置いてから、みんなに背を向けた。
しばらくして俺たちに息子が生まれたが、実家に知らせることはしなかった。完全な音信不通状態だったからなあ。
ところが逆に半年くらいして兄貴から連絡があった。お袋が子宮ガンで死んだってな。葬儀会館を利用した葬儀だったので俺も出た。カラコは息子のゴマヤとアパートで留守番だった。
それからさらに七年後に親父も大腸ガンで死んだ。そのときも葬儀会館だったけど、葬儀が終わってから俺は八年ぶりに実家の敷地に入ることになった。遺産分割の話のためにだ。
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