多人駁論【たじんばくろん】

紅灯空呼

文字の大きさ
12 / 60
二章「奥様は元魔法少女」

12. 谷沢山葵の話(後編)

しおりを挟む
 俺は一通り話し終えた。長かった。

「まあ大体こんなところです」
「何だ、結婚に反対されて実家を出た後、絶縁状態のまま両親と死別したと云うだけの事ではないか。そんなのはもう芝居でも使い古された話だ。ちぇっ期待して損をした」
「先生、それはあんまりですよぉ」

 一人で勝手に期待しておいて、ちぇってなんだよ、ちぇって! これだからこの爺さんイヤなんだよな。

「まあ仕方ない。その材料で書く事にするか」
「そうして下さい。あっでも先生。ありふれたネタをバカにしてはダメだと教えてくれたのは先生なんですよ」
「何の事だ?」

 あれは俺が先生の担当になって少し経った頃だ。
 ちょうどカラコとは、連日のようにラブファイト六十分三本勝負でほぼ互角の戦いを繰り広げていた頃でもあり、今から十二年くらい前だったなあ。

『先生、次の作品はどんな感じで書かれるのですか?』
『男が作家になるのを反対されて実家を出て、それから絶縁状態のまま両親と死別する話だ』
『え? そんなドラマでも使い古されたありふれたネタで大丈夫なんですか?』
『こら谷沢! それを今までにない様な面白い物に仕上げるのが、作家たる吾輩の腕の見せ処なのだ。ありふれた材料だと云って馬鹿にしてはいかん』
『は、はい。大変申し訳ありませんでした先生』

「わははは。なんだか懐かしいなあ」
「吾輩はそんな話をしたか?」
「え、先生忘れてるんですかぁ……」

 とうとうボケたか?
 でもあの頃からこの先生売れなくなり始めたんだよな。
 あれも結局は、それまでにないような面白い作品にはならなかったし。

「まあ好い。だがどうしてお前達兄弟はそんなふざけた名前なのだ?」
「それは祖母が塩子しおこと言う名前で、親父が食品会社の『いえもと』に勤めてたからだそうです」
「ふむ。納得した」
「あと、兄貴は別の食品会社の『ウスビー』に勤めています。今はスパイス製造部の課長なんですよ」
「そうか。親子で競合会社同士とは愉快だな。はははは」
「それもそうですね。わははは」
「だとするとお前の兄の奥さんの名前はさんしょうか、しょうがか? どうだ当たっておるであろう」
「違いますよ。普通、女の子にそんなふざけた名前付けませんから」

 そもそも兄嫁は、よその家庭で生まれて名付けられたんだし。

「ふむ。では何と云う名だ?」
「兄嫁の名前は、柚子ゆずですよ」
「何だ普通だな。下らぬ」
「あと酢橘すだちって言う娘がいるんですよ。確か竹子たけこちゃんたちと同じ歳です」
「何だと! 吾輩に紹介しろ!」
「はあ?」

       ◇ ◇ ◇

 カラコの母方はA村出身なんだけど、より正確にはカラコの母親・溜子ためこさんの実の母親にあたる女性がその村の出身だったんだ。その女性は四人姉妹の長女だったけど、結婚が一番遅かったそうだ。
 酒屋の嫁となった彼女は、三女・一男をもうけた。そのうち上二人の女の子はよそへ嫁に行き、長男は婿養子に出た。残った末っ子の溜子さんが婿養子を迎えて酒屋を継いでもらったんだ。
 そして生まれたのがカラコなんだ。カラコには下に妹が一人いて、その子も婿養子を迎えた。どうもカラコの母方は男の子が極端に少ないらしいんだ。
 まあそれでも俺たちには無事、跡継ぎが生まれたけどね。悪魔女の呪いとかなんとかで早死にしなきゃいいんだけど。ちょっと心配し過ぎかな。わははは。

「こら谷沢! 何が悪魔女の呪いだ。そんな迷信に踊らされてあらぬ噂を広めたりする事で、云われのない差別や何かが出てくるのだ。言葉を慎め!」
「は、はい。大変申し訳ありませんでした先生」
「処で、カラコさんは魔女ではないのだな?」
「今はもう違いますが、若い頃は魔女でした。と言っても悪くない魔女ですよ。つまりカラコは元・魔法少女ウィッチーなんです」
「何だと本当か。おお怖っ。カラコさんにはあまり近づかぬ方が好いな」
「は!? せ、先生、それだと、言ってることと、言ってることが矛盾してます!」

 俺は「もうダメだな、このジジイ作家」と思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

王国の女王即位を巡るレイラとカンナの双子王女姉妹バトル

ヒロワークス
ファンタジー
豊かな大国アピル国の国王は、自らの跡継ぎに悩んでいた。長男がおらず、2人の双子姉妹しかいないからだ。 しかも、その双子姉妹レイラとカンナは、2人とも王妃の美貌を引き継ぎ、学問にも武術にも優れている。 甲乙つけがたい実力を持つ2人に、国王は、相談してどちらが女王になるか決めるよう命じる。 2人の相談は決裂し、体を使った激しいバトルで決着を図ろうとするのだった。

処理中です...