木曜日のスイッチ

seitennosei

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木曜日のスイッチ。

終わった。

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今まで生きてきてこれ程までに混乱した事があっただろうか。
入口に立つ森本先生に驚愕しながらも私の心は数秒前の出来事を引き摺っていた。
山崎先生…私の涙舐めたよね?
真剣な顔で見つめられて。
それだけでも呼吸を忘れる程の出来事だったのに。
私の目をじっと見据えたままゆっくりとした動きで自身の親指を舌でなぞる仕草。
とんでもない色気を放っていて耐性のない私は一気にあてられてしまった。
脳裏に焼き付いて離れない。
森本先生が現れた事も、聞きたい事言いたい事がまだ全然言えていない事も引っ掛かっているのに。
何度も繰り返し再生されるあの場面に持っていかれて真面に思考が出来ない。
「森本先生…。」
山崎先生の呟きで現実に引き戻される。
「失礼しますね。」
そう言って森本先生は準備室に入ると扉を閉めた。
2人きりでないなら扉閉めてもいいんだなんてぼんやりと思う。
山崎先生をチラッと見ると森本先生を見ながら固まっていて。
森本先生は張り付けたみたいな不自然な笑顔で、空気が悪い。
やっぱりこの2人はまだ付き合ってはいないんだと何となく思った。
私の視線を受け森本先生が口を開く。
「細谷さんは…どうしてここに居るの?」
「森本先生には関係ありません。」
「関係あるの。教員だから。生徒と教師の過剰な接触は見過ごせない。」
カチンとくる。
ただ邪魔をしたいだけのくせに。
プール棟では女としてって宣言して口を出してきた。
本当は今だってそうなんだ。
ちょっと正論言われたくらいで黙るもんか。
「過剰な接触なんてしてません。相談に乗ってもらっているだけです。」
「それが過剰な接触なんだよ?」
「は?」
「担任でもない異性の教師に2人きりで相談するなんて。それが過剰なの。そう判断されてしまうの。」
ぐうの音も出ない。
私には疚しい気持ちがある。
亜樹と話した時も思った事だけれど、彼氏との仲や身体の悩みを彼氏以外の男性に話した時点で私に非があるとしか言えない。
そんな事は分かっている。
「その悩み、私が聴くんじゃダメなのかな?」
黙り込んだ私の顔を覗くように首を傾げ、森本先生は優しく問い掛けてきた。
「話を聴くのが私の仕事だし。同性だし。周りなんて気にしないでゆっくり聴けるよ?」
「いらないです。」
「細谷さん?」
「いらないって言ってるんです!」
森本先生の顔から笑顔が消えた。
それを見て傷付けてしまったかもと、一瞬だけ怯むももう後には引けない。
「誰に相談するのかは自分で決めます!森本先生には聞いて欲しくない!だって、可笑しいでしょ?プール棟の前で話した時は女として来たとか今はカウンセラーじゃないとか言って勝手に誰が好きとか聞いてもないのに聞かせてきたくせに。今更カウンセラー振られても何も信用出来ないし。私に話してとか誘導しないで下さい。カウンセラーは自分の価値観で意見しないって言ってたじゃないですか?今の森本先生めちゃくちゃですよ!」
「あ、…私…ごめんなさ…ぃ」
森本先生は口に手を当て弱々しく呟いた。
その被害者みたいな反応に罪悪感が刺激され余計に腹が立つ。
「自分に都合の良いタイミングで教師にもカウンセラーにも女にもなれて良いですね。そんなにころころ立場が変わる人に自分の本当の深いところの話なんてしたくないです。私は…私を理解出来るのは山崎先生だけなんです!」
はっきりと言い放ち今度は山崎先生の方を見る。
「山崎先生も酷いよ。解決するまで力になるって言ってくれたのに。あんなに先生じゃないとって伝えてきたのに…。勝手に止めて何も言わないで来なくなって。森本先生からそれを知らされた私の気持ち分かりますか?」
「細谷さん、違うの。プール棟に行ったのは私の勝手な…」
「森本先生には言ってないです!」
「ほそや…」
「そんな!そんな…大人の駆け引きとか…聞きたくない。2人が…付き合ってるのかとか好き合ってるのかとか知らないですけど…それに私を巻き込まないで下さい。私はだた…」
我慢していた涙が零れた。
だけど当然な事に山崎先生はさっきのように親指で拭ってはくれない。
ぼろぼろとただ涙を垂れ流す私を黙って見ているだけだ。
「ただ山崎先生に理解されて理解したかっただけなんです。」
そこまで言い切ると堪えきれずに嗚咽が漏れた。
ひぐひぐとしゃくりあげ跪く。
「細谷さん…」
駆け寄る森本先生の手を払い「森本先生の事も好きだったのに…」と恨み言をしてみるけれど、嗚咽に紛れて伝わったのかは分からなかった。
私は失望していた。
憧れていたのに、狡い森本先生にも。
大好きだったのに途中で放り出した山崎先生にも。
だけど一番許せなかったのは自分で。
亜樹を散々傷付けておきながら、自分は期待を裏切られたら傷付けられた!と2人に八つ当たりして困らせた。
今の森本先生が信用出来ないのも山崎先生に途中で投げ出されて怒っているのも嘘ではないけれど、私はただ純粋に山崎先生と理解し合う機会が奪われた事に癇癪をおこしているだけなんだ。
横から出てきた森本先生に山崎先生をとられたくないだけなんだ。
お気に入りのおもちゃをとられそうな子供と同じだ。
子供扱いされて当然だ。
呆然と立ち尽くす山崎先生。
私の近くで腰を抜かしたようにしゃがみこんでいる森本先生。
これ以上2人に惨めなところを見られたくなくて。
私は飛び出した。
「細谷さん!」
森本先生の声が背中に届くけど、何も言わないで廊下を走り抜ける。
ああ、もう終わったな。
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