休憩室の真ん中

seitennosei

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一人の自室。
気付けば日が暮れて薄暗くなっている。
床に横たわって天井を見ていたら、17時を過ぎていた。
俺はのそりと起き上がるとリモコンで照明を点けた。
これから来客がある。
部屋に人を招くのは美玲と別れて以来初めてだ。
少し散らかった部屋を眺めて考える。
片付けるか…。
そう思って腰を上げかけたところで思い直し、再度腰を床に落ち着ける。
海だから良いか…。
約束は17時半。
片付けを諦めた瞬間、急に手持ち無沙汰になり、頭の中で現状を整理する。

自分の意思ではアレが勃たなくなった。
もともと、言うことを聞かない器官ではあるので、思うようにコントロール出来たことなんてないに等しいが、それでも欲情すれば勃つという安定した法則が確かにあった。
ひとつの言葉が頭を過ぎる。
『ED』…?
まさか…、この年で?
いや、睡眠中とはいえ勃起しているではないか。
射精までしているんだぞ。
それ程深刻に考えないでも良いではないか。と思いつつも、今までにない事態にやはり落ち込んでしまう。
こんなことを相談出来そうな人物が海しか思い浮かばなかった。
藁にも縋る思いで海に連絡してみたら、学校後に来てくれることになったのだが、一つだけ問題がある。
海が汐ちゃんの兄貴って点だ。
淫夢の件を何処まで話そう。
勿論具体的な内容を細かく話す気なんてないが、毎日淫夢を見てしまうことと、起きている間に勃起出来ないこととの因果関係を相談したいのだから、全く伏せる訳にもいくまい。
友人としての海には全て吐き出してしまいたい。
だが、汐ちゃんの兄貴として考えるとそれはできない。
考えあぐねていると玄関から呼び鈴の音が鳴った。
時計を見ると17時26分。
きっと海だ。

海とローテーブルを挟んで向かい合って座り、俺はオブラートに全く包まずに本題に入る。
「最近、何をオカズにしてもチンコが勃たないんだ。」
「!?」
海は無言のまま目を見開いている。
多分、発言の内容にって言うよりも、プライドの高い俺が唐突に弱みを見せたことの驚きの方が大きいと予想される。
「ごめん。ビックリしちゃって…。なんて言ったら良いか考えてた。」
「悪いな。いきなり呼びつけてこんな話で。」
「いや…。話してくれたことは嬉しいよ。力になれるのかはわからないけど…。」
海は俯くと、自分の手を手で弄びながら、それを眺めて何やら考え出した。
邪魔しない方が良いかと思い、俺も大人しく黙って待つ。
「思い当たる原因はある?若いから、身体の機能ってよりも心理的な問題の方が考えられるかと思うんだけど…。」
顔を上げた海が、真っ直ぐに見ながら訊ねてきた。
思い当たる節しかない。
どう考えたって美玲だろ。
「お願い、首絞めて。」
あの声が頭から離れない。
最後にこの部屋で会っていた時に、無理やりアレを舐められた恐怖が忘れられない。
これまで、ふにゃふにゃのアレを意地になって勃たせようと何度も弄り回したが、その度に俺の下半身に顔を埋める美玲の姿が浮かび、断念してきた。
散々自分勝手に振り回しておいて今更だが、美玲もどうせ俺に本気な訳ないと思い込み、結果あんなに傷付けてしまった。
まさか暴挙に出るくらいには、俺に執着があったなんて。
「彼女と別れる頃にちょっと色々あってな…。多分それが原因。」
俺は美玲に対するせめてもの気遣いとして、詳細は伏せた。
「そっか…。原因が思い当たっているなら、その原因から距離をとって、暫く様子を見るしかないのかな…。」
海は再び視線を落とし、自分の手を眺めだした。
そしてそのまま、少し気まづそうに口を開く。
「そのさ…勃たなくなってから、抜いてないの?…あ、いや、興味本位じゃなくて、なんか、出せてないんだとしたら辛くないかなぁって、ちょっと心配で…。」
海の優しさに心が解れる。
そうなんだよ。
辛いんだよ。
今まで薬を飲んでまで勃たせるオッサンや、勃たなくて苦しいって話を耳にする度、どこかバカにしていた。
性欲と勃起がイコールの関係にあると信じて疑っていなかったから、勃たないってことは出さなくて良いってことだろうと思っていた。
しかし、自分がその状況になってみてようやく理解できた。
勃たないし、出せないけど、出したいんだ。
性欲と勃起はイコールでは全くなかった。
出したくて溜まるのに出口がない。
これだけ辛いものだったとは予想もできていなかった。
そうは言っても、俺は夢精で発散できている。
むしろ、好きなタイミングで自慰していた時よりも、今の方が回数としては頻繁に射精しているかもしれないくらいだし、身体に毒ってことはないだろう。
それでも精神的にキツい。
もう一生リアルでは女性を抱けないかもしれない。
男としてのプライドが崩れる。
色々な感情が生まれた。
そして、今まで当たり前に出来ていたことが一つ出来なくなったって事実だけでも純粋に悲しい。
その辛さを海が汲んでくれたことで、気持ちが急に楽になる。
もう話せるところまでは全て聞いてもらおう。
「それがさ…。」
俺は夢精の件を告白しはじめた。
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