休憩室の真ん中

seitennosei

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長い射精の後、汐の髪に鼻を埋めながら息を整える。
身体はクタクタなのに、俺は今までに経験したことのない充足感に包まれていた。
腕の中の汐が愛おしくて堪らない。
言葉にすると安っぽくなるが、本当に好きな子とするセックスってこんなに気持ちが良いもので、これだけ幸せなものなのかと一人で納得してしまう。
肘で身体を支え、胸の下にある汐の顔を覗いてみた。
まだグズグズと泣いている。
可愛い。
けれど、このまま泣かせておく訳にもいかないだろう。
どうしたら泣き止んでくれるのか。
泣いていることを責めていると捉えられない様、一番しっくり来る言葉を選ぶ。
「どうしたら笑ってくれる?」
汗で額に張り付いた髪を整えてやりながら、なるべく優しく訊ねると、汐はいじけた声で答えた。
「高橋さんみたいな人が、私みたいなの好きな訳ない…。」
「は?何だそれ。」
少し苛立ち、ぶっきらぼうな言い方になってしまった。
責める気はないという意思表示も込めて、額にキスをする。
汐の言葉は質問に対する答えとしては可笑しいが、泣いていた理由としては合点がいく。
少しでもその不安がなくなる為にはどうするべきか考える。
「なぁ、言葉にすると寒いから、本当はこんな言い方する気なかったけどさ。何よりも好き。今までの誰よりも好き。」
真剣な顔で伝える。
それに対し、汐はちょっと考えてからボソッと言った。
「…信じられないです。」
「だろ?だから言葉にはしたくねぇんだよなー。」
予想通りの返答だったので、俺は少し笑ってしまった。
汐も釣られてほんの少し顔を綻ばせている。
泣いている時はもっと泣かしたいって思う程、泣き顔が可愛く感じたのに、今はもっと笑わせたいと思う。
結局どんな汐も可愛いんだ。
落ち着き泣き止んだ顔を改めて見つめる。
目尻から頬にかけて、幾重にも涙の道筋が出来ていた。
その殆どが乾きはじめていたが、微かに残る涙を、俺はベロッと舐め取った。
「ぎゃっ!」
汐が短く悲鳴を上げる。
「な、何するんですか!?」
俺は無言で微笑むと、今度は汐の鼻の下を舐める。
「ぎゃうう!唾くさい!」
「はは、ひでぇ。」
ゴシゴシと鼻の下を擦っている姿を見て笑った。
「イケメンでも唾はくさいんですね。」
笑顔になった汐が言う。
「可愛い子でも鼻水はしょっぱいんだな。」
「鼻水なんか出てないし!」
今度は二人で声を上げて笑った。


狭い玄関の壁にもたれて座り、開いた脚の間に汐を座らせ、後ろから抱きしめる。
二人してぐったりとしてしまい、片すことも身繕いすることも出来ないまま座り込んでいた。
床には右側のパンプスが転がり、俺のコートと鍵とゴムのパッケージが散乱している。
俺は靴を履いたままだし、汐も左足のみ踵の脱げかけたパンプスが辛うじてぶら下がっている状態だ。
「冷静になると最悪ですね。」
辺りを見渡し、汐が呟いた。
口でそう言うが、声は楽しそうではある。
「そうだな。下着もボトムもベタベタになったわ。」
「私なんてスカート短いのに、パンツの替えないんですけど。」
「じゃあ、泊まってけよ。寮が大丈夫ならだけど…」
汐は黙ったままコクッと首を縦に振った。
隙間なくくっつきたくなり、より密着する様に汐のウエストに腕を巻いて引き寄せる。
腕に柔らかい重さを感じた。
「おっぱい触っていい?」
「ふはっ。」
直球な俺の問に汐が吹き出した。
「高橋さん、全然おっぱい触らないから興味ないのかと思ってました。」
「ばかやろう。」
俺は食い気味で突っ込む。
「おっぱいに興味がない男なんていねぇだろ。」
「ふふっ。」
汐はツボに入ったらしく、肩が揺れるほど笑っている。
「良いですよ。高橋さんなら許可なく触っても。」
「ふーっ…。じゃあ、お言葉に甘えまして…、失礼します。」
急に緊張してきてゴクリと唾を飲む。
コートとニットの下に手を突っ込み、ブラのホックに手をかけた瞬間、弾けるように外れた。
前にハプニングで一瞬だけ見た下着姿が頭を過ぎる。
あの時のアレに触れる。
しかも生で。
胸が高鳴った。
恐る恐る前に手を回し、遠慮がちに下から揉みあげてみる。
「うわっ、溶けてる…。」
「溶けてるわけないし。」
取り込まれてしまうかと不安になる程に、手がにゅむっと埋まっていく。
俺は今、新しい世界を体験している。
何なんだ、これは。
触っているだけで幸せな気持ちになる。
脳みそからジャブジャブと幸せホルモンが全身に流れ出てきた。
セロトニンもドーパミンもオキシトシンもいっぺんに溢れる感覚。
そして興奮するのに落ち着くという矛盾した気持ちに混乱する。
思わずため息が洩れた。
「…はーっ。このおっぱいが…。今日から俺の物になったのか。」
やわやわと揺らしながら、感慨深げに呟く。
「違いますよ。これは私のです。今日から高橋さんに貸してあげるだけです。」
調子に乗るなと言わんばかりに汐は言い放つ。
「マジか。じゃあ、延滞料金どんだけ掛かっても良いから、ずっと俺のところに置いておこっと。」
意に返さずそう答え、円を描くようにおっぱいの感触を楽しみ続けていると、汐が振り返り俺の顔を見てきた。
「ん?どした?」
目が合ったのでそう訊ねると、汐は顔を赤らめ、また前を向いてしまった。
そして呆れたように呟く。
「そんなアホみたいなこと、どんな顔して言ってるのか見てやろうと思って…。」
「ひでぇ。どんな顔だった?」
あんまりな理由に笑いつつ質問する。
「…好きな顔でした…。」
モゾモゾと恥ずかしそうに身を縮めながら白状してくる。
表情は見えないが、耳とうなじが真っ赤になっていた。
あ、ダメだ。
俺は汐を抱え、立ち上がる。
「着替え貸してやるからシャワーしてコンビニ行くぞ。」
「へ?」
「ゴム買いに行くぞ。」
「ふはっ。」
汐はまた吹き出した。
「高橋さん、また良い顔でアホなこと言ってる。」
「うるせぇ。」
照れ隠しに抱きしめる。
「生まれてはじめて、めちゃくちゃ好きな子と両思いになれたんだぞ。そりゃアホにもなるわ。」
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