シリーズ朝日勝美(第一シリーズ)

増田朋美

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埴生の宿

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静岡県富士市の、鷹岡。市街地から離れたのどかな田舎町。最寄り駅の
富士根駅を降り、数百メートル歩いた、静かな森の中に、大きな看板。
「精神科、森病院」と書かれたその看板のすぐ隣に、ちいさな建物がた
っていた。それこそ、精神科森病院である。精神病院というと、刑務所
のような雰囲気を連想させるが、その病院は大きなログハウスのようで、
一見しただけでは、単科精神科病院には見えない。
待合室。若い人から高齢者まで、皆つらそうな顔をして、診察を待って
居る。受付では、外来の患者だけではなく、入院患者が外出したりなど
で、せわしなく動いている。
声「だから、認知症じゃないっていってるでしょ。」
診察室。精神科医の朝日勝美が、いつもどおりに診察をしている。部屋
はインテリアグリーンも置かれ、医者の椅子は粗末で、患者の椅子がゆ
ったりしているのが、ほかの病院とは違うところ。流行の電子カルテも
ない。
患者は、島倉朝子という、七十代ほどのおばあさんである。
朝子「違いますよ先生。物忘れがだんだん酷くなってきていて。」
勝美「具体的には何を忘れたんですか?ここ二、三日、どこかへ忘れ物
をしたことはありますか?」
朝子「はい、電車の中に傘を忘れました。買い物に行ったのですが、電
車に乗っている間に晴れてきて、電車内に忘れてきたんです。」
勝美「で、その傘はどうしたんですか?」
朝子「後で気がついて、駅に電話したら、保管してくれてあったので、
取りに行きました。」
勝美「取りにいけるんだったら、確実に認知症ではありませんよ。それ
も忘れているのが認知症ですから。」
朝子「でも、辛いし、悲しいんです。」
勝美「それは、うつ病だからで、認知症の症状ではありません。診断は、
うつ病だと、何回もいってるんだけどなあ。」
朝子「でも、老人ホームの職員さんにそういわれました。もし、認知症
であれば、ここを出て行ってくれと言ってました。」
勝美「ああ、それなら心配はいりませんよ。明らかに認知症ではありま
せんから。職員さんに今日の診察の結果を聞かれたら、うつ病でしたと
答えれば良いのです。」
朝子「でも、不安です。一度、認知症の正確な検査をしてください。」
勝美「ええー。要らないと思うんですけどねえ。」
朝子「先生は、患者の気持ちがわからないんですね。精神科医なんて、
やっぱり信用できませんわ。片腕の先生だから、しっかり見てくれるっ
て、うちの息子は言っていましたから、わざわざ富士宮から、ここへき
てるんですよ。職員さんにも、富士宮の病院があるじゃないかって、散
々いわれたけど、私は、先生に診てもらいたいから、来てるのに。」
勝美「はいはい、そうを言われちゃ仕方ない。じゃあ、来週の診察のと
きにやりましょうか。それに、検査を担当するのは、僕じゃありません
からね。菅原という人がやります。」
朝子「先生ではないのですか。」
勝美「あたりまえですよ。僕が壱から十までぜんぶやったら、ぶっ倒れ
てしまいますよ。じゃあ、菅原に、連絡をしておきますから、来週の月
曜に、いつもの時間とはちょっと早く来て下さい。」
朝子「ちょっとって、どれくらいですか?」
勝美「三十分くらいかな。」
朝子「わかりました。で、今週の薬は出してくれますよね?」
勝美「はい、だしますけど、必要最低限のものだけですよ。あんまり多
いと、ほかのところが変になったりしますからね。多少、鬱で辛くても、
誰かと喋るなりして、気を紛らわせてくださいよ。」
朝子「わかりました。先生。ありがとうございます。来週、必ず来ます
ので。」
勝美「じゃあ、予約表を書くので、御持ち下さい。」
と、引き出しから予約表と書かれた紙を出し、月曜十時、と、書き込む。
彼の制服の、左袖は全て切断されている。
朝子「ありがとうございます。片腕で、大変でしょうけど。」
勝美「まあ、左腕は紛失したようなものです。嘆いていても始まりませ
ん。洋服着ると、どうしても袖だけ残るから、ぶらぶらしてだらしない
ので、全部切るんです。何も大変とは思いませんよ。」
残った右腕には、赤いバラの入れ墨がちらちらと見えた。
朝子「やっぱり強いですね。先生は。じゃあ、来週参りますので。」
勝美「お待ちしています。」
看護師長の、川口由布子が、診察室のドアを開ける。
川口「はい、お大事にどうぞ。」
朝子「失礼します。」
と、椅子から立って、一礼し、診察室を出る。
川口「えーと、次の方は、、、大山さん、診察室に、、、。」

昼休みの談話室。勝美が弁当を食べている。と、認知症病棟担当のセラ
ピスト、菅原美紀がやってきて、
美紀「朝日先生、座っていいですか?」
勝美「はいよ。」
美紀は、小柄な男で、一見すると女性のように見える。やや白髪もある
ものの、髪は茶色。
勝美「ああ、菅原さん、ちょっと、認知症の検査をやってほしいんだけ
どさ。」
美紀「はい、わかりました。クライエントは誰ですか?」
勝美「ああ、島倉朝子さんだ。」
美紀「島倉朝子?えっ、なんでわざわざやるんです?」
勝美「だって、本人がやりたいというから。」
美紀「はあ、、、。でも、医者ではない僕が見てもわかりますよ。彼女
が認知症ではないってこと。わすれもののエピソードだって、ちゃんと、
筋は通ってます。」
勝美「それはわかるんだけどさ。うつ病と言う診断名では、役に立たな
いみたいで。」
美紀「はあ、何かに使うんですかね。普通認知症と言う診断名で、喜ぶ
人なんていませんよ。」
と、車いすの音がして、ある人物が近づいてくる。
勝美「おお、龍一!施術終わったんだね。」
そういわれた、川島龍一は、黒の紋付袴姿で、車いすにのっている。彼
が長く伸ばしている髪を掻き揚げると、絵本に出てくる妖精のような、
長く尖った耳が現れた。その手は、中指が十八センチ以上あるほど、
全ての指が長く巨大な手だった。つまり龍一は、マルファン症候群にか
かっているのだ。
龍一「僕の意見から言わせて貰うと、島倉朝子は、それを武器にしたい
のかもしれない。」
勝美「武器?診断名を何に使うんだ?」
龍一「ご家族との轍を解消するためとか。」
美紀「川島先生は、意味深なことを言いますね。でも、轍なんてあの家
にはまずありえないですよ。だって、あんな高級な老人ホーム、誰でも
簡単に入れるような事は、先ずありませんよ。」
勝美「あれ、なんていう老人ホームだったっけ?」
龍一「桃花源。主治医のお前が忘れてどうする。」
勝美「僕は行ったこと無いよ。この忙しさで、患者の住んでるところな
んて、全部暗記できるかよ。」
声「そうだよな、勝美。僕はそれが一時間以上続くんだぜ。」
と、市川慎一がやってくる。特に特徴もない平凡な顔をしている。
慎一「医者のお前は数分で終わるが、カウンセラーの僕は、辛いという
言葉を一時間聞かなきゃならないんだ。僕の身にもなってくれよな。」
声「治療者がそんな言葉を吐いてどうする?もっと、職場を意識してく
れ。」
と、澤田由紀夫が書類を沢山持ってやってくる。書類には、アルファベ
ットの形だったり、横一文字だったりの折れ線グラフが書かれている。
龍一「澤田さんの言うとおりだ。僕らは、使命感を持たなきゃだめだ。」
由紀夫は、80を超えたおじいさんで、度の強い老眼鏡を掛けていたが、
筋肉質の体をしていた。
勝美「澤田さん、ご飯は済ませたんですか?」
由紀夫「ああ、もうとっくに。」
慎一「澤田さんは料理上手だからなあ。いいなあ。」
由紀夫「誰だって努力さえすれば獲得できるさ。」
慎一「ああ、やっぱり昔の人だ。」
由紀夫「これから、エゴグラムの整理をするので。」
と、談話室を出て行く。
声「澤田さん、ダンディでかっこいいですね。僕にもそんなおじいさん
が、家族にいてほしかったですよ、僕なんか、母子家庭ですよ。」
と、二十歳そこそこの若い男性がやってくる。村木朗だ。成人している
筈なのに、目つきはまだあどけないものがある。アディダスのジャージ
を着ているので、余計にそう見えた。
勝美「いやいや、僕だって母子家庭なんだから、一緒一緒。」
朗「朝日先生は、亡くなってるけどお父様がいるじゃないですか。僕は
生まれてすぐに父と母が離婚してるし。だから、生きているのに父の顔
を見たことさえないんですよ。」
声「先生、ただいま帰りました。」
と、ぱりっとしたスーツに身を包んだ中年の男性がやってくる。
勝美「お帰り阿部ちゃん。」
と、言われた阿部龍之介は、ハンカチで顔の汗を拭く。
声「阿部さんは、どんなときでもスーツなんだから。」
次は女性の声。少し治療者としては相応しくない体型をしているものの、
繊細な雰囲気を持つ、仮屋薗三千代が、テーブルに座る。
三千代「今日もセラピーしてたら泣き出しちゃったわ。」
龍一「三千代さんは涙もろいからな。」
声「あばずれさんは、どこかに消えてしまいましたね。」
と、顔中そばかすだらけの、藤井紘一が帰り支度をして現れた。
勝美「ああ、藤井さん。今日も夜勤お疲れ様。よく休んでよ。」
紘一「ええ、ありがとうございます。」
声「いくら一番軽いからって、軽視してはいけませんよ。夜回りも程ほ
どにね。」
たったったと、足を引きずりながら、高橋正輝が現れる。大きな重箱の
ような箱を台車に従えている。
勝美「正輝さん又、午後の施術?」
正輝「はい、瓶を持つのが大変ですが、子供さんの面倒を見るのはなに
より楽しいので。」
慎一「偉いなあみんな。僕なんて話を聞くだけだよ。」
龍一「お前はもう少し見習うべきだな。慎一。」
三千代「まあ、川島先生はやっぱりアメリカですわね。そうやって、す
ぐ思ったことを口にする。」
勝美「いや、昔からそうだった。」
龍一「高校の話はするな。」
朗「僕もかっこいいと思う。」
龍一「朗君、そう思うなら、自分を磨きなさい。」
朗「はい!」
午後の診察時間を告げるチャイムが鳴る。
勝美「やだ、又遅刻だ!急げ!」
と、弁当をかきこんで、急いで診察室に戻る。ほかのものも、談話室を
でて、それぞれの業務に戻る。

富士市警察署。捜査会議が行われている。
刑事「えー、被害者は、吉沢美穂子。老人ホーム、桃花源のもと主宰者
です。凶器は、裁縫箱に入っていた裁ちばさみですね。」
久保「裁ちばさみに指紋は?」
三田「ありませんでした。」
久保「では、ふき取ったということか。」
刑事「はい、そういうことになります。しかしですね、このような残忍
な殺し方をするということは、よほど恨みがあるということでしょう。
何しろ、一箇所ではなく、十箇所刺し傷がありました。ところが、彼女
の周りに、恨みを持っていそうなものは誰も居ません。」
刑事「それに、桃花源に、あのような殺し方のできるほど、体力のある
年よりは居ないと思います。」
久保「老人ホーム以外の場所で、恨みを持つ者はいないのか?」
刑事「居ませんね、警視。彼女の住んでいた地域でも、彼女に変な評判
もつ者は居ませんでした。聞き込みしましたが、ほぼゼロです。」
久保「施設の職員は?」
三田「警視、もう少し、周りのはなしを聞いてください。現在の桃花源
は、今は美穂子の娘に引き継がれており、娘の代になって、大幅な模様
換えをしたため、そのとき働いていた従業員は全員やめています。」
久保「その、従業員に聞き込みは?」
三田「警視、先ず、その従業員たちの名前も住所も、こちらではまだ把
握しておりません。そこからはじめなければ。警視はいつでも、椅子に
座ってるだけなんですから、僕たちの事をもう少し考えていただきたい。」
久保「では、先ず、そこからはじめよう。」

森病院、検査室。
美紀「じゃあ、朝子さん。最後の質問です。知っている野菜の名前をで
きるだけ多く言ってください。」
朝子「きゅうり、にんじん、レタス、キャベツ、白菜、ナス、アボガド、
トマト、もやし、ズッキーニ、チョウセンアザミ、エンダイブ、オリー
ブ、ルッコラ、クレソン、ラディッシュ、山東菜、ほうれん草、水菜、
トウモロコシ、カブ、うるい、高菜、、、。」
美紀「はい、もう良いです。」
朝子「で、どうなんでしょうか?」
美紀「はい、完璧です。全部正解しているので、百点満点。朝子さんは
認知症ではありません。」
朝子「え、、、。」
美紀「よかったですね。」
朝子「は、はい。うれしいです。相談なんですけど、私、先生の回想法
を受けたいんですが?」
美紀「ひつようないですよ、朝子さんは認知症ではありませんので。回
想法というのはですね、認知症の進行を遅らせるためにするものです。
だから、認知症ではない朝子さんが、回想法をしても、何も意味があり
ませんよ。」
朝子「でも、不安なんです。」
美紀「じゃあ、それを、カウンセリングで解消するって言うのはいかが
ですか?」
朝子「カウンセリング?」
美紀「ええ、それでだったら、もっと、長くお話できますよ。回想法は
グループでもやりますが、カウンセリングは一対一ですし。」
朝子「それなら、私の不安も解消できますか?」
美紀「はい、とりあえずそれを受けていただいて、ほかのセラピーが必
要であれば、またご連絡いたします。」
朝子「わかりました。私の不安も少し解消できるのですね。」
美紀「カンファレンスで言っておきます。」
と、言いながら顔の汗をふく。

会議室。カンファレンスが行われている。
勝美「何で彼女はそんなに不安なんだろう。」
慎一「しかも、僕が引き受けるなんて。」
美紀「すみません。そういってしまったので、謝ります。」
由紀夫「謝ってはだめだよ。確かに責任があるのはわかるけれどね。彼
女の心理状態をエゴグラムで見ることはできるが、今は適さないかもし
れない。」
朗「どうしてですか、澤田さん。」
由紀夫「エゴグラムはある程度やると、隠し通そうという思いから、台
形に近い形になるように捏造する人もいるからね。」
紘一「ああ、何となくわかります。確か、台形が理想的な形ですよね。」
由紀夫「そうなんだ。しかし、台形になれる人、というのはなかなか存
在しないんだよ。居ても、お釈迦様や、イエスキリストのような人でな
ければできない。」
三千代「神聖なんですね。あの、私、いつも思ってしまうのが、クライ
エントさんの、家族についてなんですが、彼女の家族はどんな人でしょ
う?」
勝美「うん、息子は大学教授で、ドイツに住んでいる。娘は、高校の数
学教師だ。確か孫も居るはずだよ。」
三千代「じゃあ、息子さんの方は無理としても、娘さんの方は、コンタ
クトできるんですかね。」
正輝「お孫さんが居るそうですが、いくつくらいなんですか?」
勝美「ああ、それはまだ聞いていなかったな。」
龍一「まず、彼女がどうしてこの病院を訪ねてきたのかを知らないとま
ずいな。問診表には、家族構成なんて書かないよね。あるとしても、書
かないひともいるから。」
慎一「で、結局、僕は何をしたら良いの?」
勝美「とりあえず、彼女の主訴を聞こう。」
慎一「結局それか。」
勝美「当たり前だ。そこから始まるさ。」

カウンセリング室。
慎一「だから、朝子さんは認知症ではありません。それがはっきりして
いる以上、こちらでは何もできませんよ。なにが不安なんですか?」
朝子「認知症と診断されると、今までの事が、みんなできなくなりま
すので。」
慎一「でも、それを不安に思う必要はありませんよ。だって、菅原から
聞いたでしょ。違うって。嬉しくないんですか?」
朝子「でも、不安です。」
と、ガラガラと、ドアが開いて、龍一が車いすで入ってくる。
慎一「おお、龍一!いいところに来てくれた!今とてもてこずっていた
ところなんだ。手伝ってくれ。あ、彼のカウンセリングはもっと、上質
ですよ!安心してください。」
龍一「貴方、先ほど、認知症と診断されると、皆できなくなりますと、
言いましたね。」
朝子「言いましたけど。」
龍一「おかしいですね。老人ホームは認知症の人が入るところですよ。
カルテを見たら、老人ホームに入ってるそうじゃないですか。」
朝子「それはそうです。でも、あそこの施設長は厳しいんです。」
龍一「そんな老人ホーム、どこにあるんですか?どこにもないと、思い
ますよ。出たいから不安なんですか?」
朝子「だって、私、もしそうだったら、捨てられてしまう気がするんで
す。息子も娘も忙しいし、あの子達に面倒はかけたくないし。」
龍一「でも、老人ホームにいるのだったら。」
朝子の目が宙を泳ぐ。龍一は、手ごたえを得た、という顔をする。
龍一「何か隠していますね。」
朝子「私は、、、言われただけで、、、。」
思わず泣き出してしまう。
龍一「ごめんなさい。カウンセルで、いきなり確信を突かれたらびっく
りされるでしょう。失礼しました。」
慎一は戸惑うが、朝子の顔に安堵の色が映る。
慎一「おい、龍一、何を掴んだんだ?」
龍一「ああ、大体わかった。細かいところはほかの分野の者に任せよう。
勝美にそういってくれ。」

森病院正面玄関。勝美が通りかかると、川口が誰かと、口論している。
川口「困ります。警察の方がこちらに来るなんて。怖がる患者さんも、
居るんですよ。」
久保「そうですけどね、こちらも早く事件を解決しなければなりません。
ほんの少しで良いですから、島倉朝子という女性がなぜここに来ている
のか知りたいんです。」
勝美「おい、川口、どうしたんだ。」
川口「はい、先生も説得してください。警察の方だそうですが、」
久保「警視の久保と申します。こちらは、部下の三田です。」
勝美「はあ、警視さんですか。で、何の用があるんです?川口も言いま
したが、ここは精神科です。とても敏感な患者さんもいらっしゃいます。
だから、むやみに来るのはやめていただきたい。」
三田「あなた、片腕だけれど、お医者さんなんですか。」
勝美「ええ、勿論です。精神科医の朝日勝美です。」
三田「すみません、吉沢八重子という人をしりませんか?」
勝美「一体何があったんですか?知りませんよ。そんな人。」
久保「実は、ある事件の重要な人物なんですよ。彼女。」
勝美「は、事件?」
久保「ええ、実は桃花源の元理事長であった、吉沢美穂子という女性が
殺害されましてね。」
勝美「桃花源の元理事長ですか?」
久保「ええ。今の理事長は、吉沢八重子で、彼女、美穂子の娘ですが、
その女性が、最近体調を崩しているらしいので、こちらにかかっている
かとおもったのですが。」
三田「警視も、もったいぶらないで下さい。肝心なのは、美穂子が殺害
される動機がないということなんですよ。それで、一番長く入所してい
る、島倉朝子が、何か知っていると思いまして。あと、吉沢八重子がこ
こに、きているかどうかも。」
勝美「余計なことしないで下さい。彼女はうつ病で苦しんでいるんです。
そんなときに警察の方に詰問されたら、彼女はどうなるか。それに、う
ちでは、吉沢八重子という患者は来ておりません。」
三田「そうですけど、世間では、統合失調症の方が、殺人を犯した事例
はありますよね、先生。」
勝美「うるさい!そうやって変な先入観をお宅が植えつけるから、偏見
ばかりが強大になって、患者さんたちがさらに長く苦しみ続けるんじゃ
ありませんか!そんなこと、もう少し捜査が進んだらにしてもらいたい
ものですね!」
久保「わかりました、先生。又出直します。」
三田「警視、それはだめですよ。」
久保「いえ、仕方ないものは仕方ありません。ここはそういうところな
んだ。又、もう少ししたらご協力いただくかもしれませんが。」
声「その必要はありませんよ。」
勝美「おお、龍一!居たのか。」
龍一「当たり前だ。お前の声が大きすぎるからだ。もう、ばればれだよ。
警視さん、僕も疑問に思いまして、彼女の話を聞きました。あの、老人
ホームでは、長年に渡り、入所者への虐待があったと、わかりました。」
勝美「なに!」
川口「虐待?」
龍一「認知症になると、虐待を受けることになるんですよ。」
勝美「ええー!」
龍一「警視、近いうちに強制捜査をすると良いでしょう。あの老人ホー
ムは、奇麗事を言っておきながら、そういう穢いことを平気でしている、
いわば、収容所のようなものです。」
三田「よい情報が取れましたね。帰りましょう。本部に報告しましょう
よ、警視。」
久保「そうだな。ありがとうございました。では、帰ります。」
二人、上機嫌でかえる。
勝美「虐待、、、。」
龍一「そうだ。なんだお前、気がつかなかったの?」
勝美「しらないよ。それに、朝子さんはそんなこと、何で話さなかった
のかな。」
龍一「それが、お前の務めだろ。」
勝美「そうだよなあ。」
と、頭をかく。
龍一「落ち込むなよ。」
川口「朝日先生、午後の診察の時間です。」
勝美「わあ、遅刻だ、急げ!」
と、診察室に飛び込む。

認知症老人病棟。
看護師「菅原さん、又、新しい患者さんが来ますので、よろしくお願い
します。」
美紀「わかりました。性別は?」
看護師「六十五歳の女性です。」
美紀「へえ、随分若い。で、家族はいますか?」
看護師「それがですね、桃花源から来たそうで。毎日ひどいことをされ
るから、ご家族が強制的に退所させたそうなんですよ。」
美紀「強制的に退所?」
看護師「はい、そうなんです。なんだか、そこで。怪我をさせられたそ
うなんです。かなり、治療者をこわがるみたいだから、もうしわけあり
ませんって、ご家族がいっていました。」
美紀「は、はい。とりあえずあって見ましょう。でないと、何も始まり
ません。」
と、看護師と一緒に面会室へ行く。
面会室
美紀「こんにちは。初めまして。セラピストの菅原美紀です。よろしく
お願いします。」
患者「イヤだ、怖い、怖い!」
息子「お母さん、ここは桃花源じゃないよ、森病院だから、大丈夫!」
美紀「そうですよ。まずは、病棟をご案内して差し上げますので、僕に
着いて来て下さい。」
患者「あの、ここは大部屋はあるのかい?」
美紀「ありませんよ。この病院は基本的に個室になっていますので、三
人とか、四人とかでは生活しません。」
患者「個室!お願いします、大部屋にしてください!」
息子「お母さん!」
患者「お願いします!」
美紀「そうは言われても、、、この病院の方針がそうなっていますので。」
患者「個室は怖いよ!一人で居たら殺されるよ!」
息子「大丈夫だよ!ここは、さっきもいったけど、桃花源じゃないんだ
から!」
看護師「お部屋に行って休もうか。」
患者「帰るよ。あたしはまだそんな年じゃないんだし。」
偶然、朗が通りかかる。
朗「すみません、どうしたんですか?通りかかったんですけど。」
美紀「ああ、朗君。ちょっと、彼女の話を聞いてやってくれる?この人
は、聞くことのプロだから、何でも話して下さい。」
患者「あの、桃花源の人じゃないだろうね?あんたくらいの若い男が、
あそこではいっぱいいたからね。」
朗「わかりました。聞きましょう。」
美紀「朗君は、ほかの職員とは違うよ。僕が保障する。」
患者「そうかい。」
朗は、彼女の目をじっと見る。その目つきに彼女の顔は少し緩んだので、
美紀は一安心する。
患者「あそこは、人殺しだよ。水を飲もうと思ったら、頭に水を掛けら
れるし、寝ようとしたらベッドに放り投げるし、、、。何か言えばうる
せえくそばばあ、とか、汚い言葉を浴びせてくるし。」
朗「そうですか、、、。それは、辛かったですね。確かにああいうとこ
ろは、見知らぬ人たちで構成されていますから、なかなか打ち解けるこ
とも、できないでしょうね。」
患者「あんた、若いのに良い事いうね。誰もわかってくれないのに、あ
んただけだよ、その台詞を言ってくれたのは。」
朗「はい、聞くのは大好きなので。」
患者「ありがとうねえ。食事もまずいし、トイレも穢い。最悪な場所だ
よ。あそこは。」
朗「僕であればいつでも相談にのりますよ。毎日この病院に勤務してい
ますので、いつでも、呼び出してください。」
患者「いいねえ、こんないい若者を雇ってる病院があるなんて。あの桃
花源なんかより、ずっとらくだ。ここに居させてもらおうかな。」
息子「ああ、よかった。」
患者「こんなどら息子より、あんたのほうが素敵だよ。私はここにいよ
う。」
美紀「でも、当院の方針で、ここは終の住処にはしてはいけない、とい
うルールがありまして。」
患者「まあ、それはうちの子たちが何とかするでしょ。よし、ここにい
させておくれ。」
美紀「わかりました。では、受け付けます。」
患者「ありがとう。」

談話室
勝美「そうか、やっぱり、虐待はあったんだね。」
慎一「正直ショックだよな。福祉的な人が、そんなことをするなんてさ。」
正輝「これからの未来を担う、子供にも影響が出るでしょう。大人がそ
んな事をしているのなら、介護職がより、減少します。」
美紀「そうですね。介護職でいつもニコニコしてるひとは、見かけたこ
とがありません。」
由紀夫「年寄りを責めるような台詞だなあ。」
紘一「こうは考えられませんか?認知症のお年寄りを、ホームに閉じ込
めて虐待を行い、ご家族からの費用を騙し取っている。所謂詐欺でしょ
う。」
勝美「さすが紘一。犯罪の専門家だね。」
龍一「それが浮上しても、証拠がなければ逮捕できない。だから、隠蔽
するために、認知症で暴れるから、ちょっと注意しただけです、といえ
ば、警察も納得するだろう。」
朗「なるほど!でも、なぜ朝子さんは、あんなに認知症と騒ぎ立てたの
でしょうか?」
龍一「彼女の話のほうが、もしかしたら、真実だったのかも。彼女は正
直に不安な気持ちを持っていたんだろう。認知症、と、なったら、虐待
を受けなきゃならないからだ。朝子さんだけが、唯一正常なのかもね。
ほかの人は、皆認知症で。」
三千代「彼女は、もし、警視さんの話が正しいのなら、一番長く居たわ
けですから、虐待の事を誰よりも知っていますよね。そうしたら、そう
いう気持ちになっても、不思議はないです。」
龍之介「彼女を助けることが、今は一番でしょう。」
由紀夫「逃がしてあげたほうが良いのでは?」
勝美「そうだね。僕らで調べて、ほかの老人ホームを探してやろう。」
朗「あの、警視さんたちが調べている、桃花源の元理事長が殺害された
事件はどうなるんですかね?」
勝美「そうだなあ、、、。今の理事長は、その娘なんだよね。」
紘一「なら、その辺を調べて見る必要もあるんじゃないですか?」
慎一「僕らは、警察の人間じゃないんだから。」
勝美「いや、クライエントさんの身の回りに関わることは、全て知って
おかないと、だめだ。」
紘一「僕、協力しますよ!夜回りして。」
龍一「夜回りか。そうだね、君は昼より、夜のほうが得意だからね。日
焼け止めを100個買うんだから。」
紘一「じゃあ、今日夜回りして聞いてみましょうか。」
勝美「うん、お願い!」

警察署
久保「うーん、本当にわからない事件になったな。」
三田「認知症の年寄りに聞いたって、真偽がわかりませんもの。誰のは
なしが本当なのか、全くわかりません。言っている事がみんなめちゃく
ちゃです。」
久保「だれも、本当のことを言ってくれる者がいないからな。島倉朝子
は、退所して、東京にいってしまっているし。」
三田「家宅捜索に踏み切りたいけど、ああいう福祉施設は、なかなか許
可が出ませんからね。」
刑事「警視、聞き込みをしたところ、理事長の娘の吉沢八重子、あの女
はかなり、酷いようですよ。」
久保「酷い?」
刑事「はい、あの桃花源は、母親の吉沢美穂子が一代限りで建てた老人
ホームで、美穂子が理事長だったころは、大変てあついケアで、有名だ
ったそうですが、娘の八重子に引き継がれたら、急に入所者を虐待する
ようになったそうです。」
久保「入所者を虐待の話は、森病院でもきいた。」
刑事「はい、そうなんです。認知症の入所者に、汚い言葉を浴びせるな
ど、酷いものだそうですよ。」
久保「で、その理事長はそれを黙認していたのか?」
刑事「はい、警視。黙認というよりも、奨励していたようです。」
久保「奨励?なんだそれは!上司として最悪じゃないか!」
刑事「だから言ったでしょ。あの女は、酷い女なんですよ。」
久保「うーん、、、。」
三田「警視、悩んではだめじゃないですか。家宅捜索するきっかけがで
きたわけですから、喜びましょう。」
久保「しかし、吉沢美穂子を殺した犯人は、誰なのだろう。そこを解決
することが僕たちの使命だからね。それを忘れないように。とりあえず、
もう少し、桃花源についての聞き込みを続けてくれ。」
三田「結局これか。」

一方、真夜中の繁華街。一見すると昼間のようにみえる。営業している
店が沢山あるからだ。しかし、その看板には、ピンクサロン、ソープラ
ンド、といった文字しか書かれていない。その界隈を紘一が歩いている。
ある風俗店の前を通りかかると、遊女の一人に声を掛けられる。
遊女「お兄さん、遊んでいかない?」
紘一「こんなに酷い顔でも良いの?」
遊女「良いわよ。」
紘一「ははあ、君はなかなか客がないということか。家出してきたとか、
そういうことかな?」
遊女「まあ、どうしてわかっちゃうの?」
紘一「うん、僕も夜の世界しか居られない人間だよ。」
遊女「ほんとに!男の人でも、そういう人居るの?」
紘一「うん、そういう人もいるんだよ。」
遊女「そうなんだ。私だけだと思ってた。」
紘一「そんなこないよ。で、君はどうしてこの世界に入ったの?」
遊女「親が、働きすぎで、寂しかったの。」
紘一「そうか。お母さんは何の仕事していたの?」
遊女「介護の仕事。」
紘一「ああ、なるほどね。そういうことか。確かに夜勤だったり、ケア
マネさんとの打ち合わせもあるし、大変だね。老人ホームかどこかかな。」
遊女「桃花源。」
紘一「なるほど!あそこは酷いって良く聞くよ。あそこの理事長、変な
人らしいからさ。人間ができてないよね。」
遊女「ほんとよね。入居者さんどころか、うつ病になってしまう職員も
多いって聞くわよ。あたしの母も、ヘルニアになったの。でも、担任教
師からは、あたしが生まれてきたから悪いんだっていわれたの。だから、
この仕事をしようって思ったわ。」
紘一「担任教師か。君、本当はいくつ?」
遊女「あ、、、。十二。」
紘一「そうか、その年で売春するなんて、本当はいけないことなんだよ。
ご家族のもとへ帰ったほうが良い。まだ、わかいんだから、これからも
やり直すことはできるでしょう。悪いことは言わないから、この世界か
らは、逃げたほうがいい。君は何にも悪くはないんだからね。」
遊女「でも、母が、私のせいで、あそこの理事長に嫌がらせされるのを
見て来ているから、申し訳ないと思って。」
紘一「いやいや、君が元気になってくれれば、お母さんも幸せだよ。」
遊女「そうかしら。」
紘一「うん。担任の先生に、ひどいことを言われたと言ってごらん。す
すに何とかしてくれると思うんだ。ひどいことをされているときは、同
じ境遇の人を見つけるのが何よりも大切なんだからね。」
遊女「ありがとうございます。何か、言葉をきいて安心した。」
紘一「いえいえ、ちょっと聞いていい?」
遊女「はい。」
紘一「桃花源の今の理事長と、前の理事長とが、喧嘩をしているのを、
君のお母さんから聞いたりしていないかな?」
遊女「はい、母に聞いた所、ないそうです。」
紘一「なぜ、前の理事長は、今の理事長に、理事長職を譲り渡したのか
な?」
遊女「母の話では、高齢になって、仕事ができなくなったからで。」
紘一「はあ、脳梗塞でもなったのか。」
遊女「いいえ、それはありませんでした。」
紘一「じゃあ、前の理事長が辞めたとき、その健康状態は、」
遊女「全く問題はなかったそうです。」
紘一「ああ、ありがとう。協力してくれて。それでは、僕は帰るけど、
しっかりと、生きてね。君の人生を、教師に潰されないために。」
遊女「ありがとうございました!」
紘一「いえいえ。」
と、去っていく。

森病院の談話室
勝美「なるほど。そういう理由からか。」
慎一「でも、十二歳で売春とは、恐ろしいな。そんなことができてしま
う時代なのか。」
紘一「はい、色んなところで夜回りをしましたが、若くして売春に走る
子は、母親との葛藤がある場合が多いので、わりと、正確な証言が得ら
れるんですよ。それは確かなようです。」
龍一「桃花源の理事長も母娘だから、なにかしら裏があるな。不思議な
もので、年が高くなってから挫折した場合、立ち直りには酷く、時間が
かかるものなんだよね。」
由紀夫「そうだね。特に現代社会では多いだろう。」
川口がやってくる。
川口「川島先生、生田病院からお電話です。」
龍一「僕に?勝美じゃなく?」
川口「はい、院長先生です。」
龍一「ああ、大体わかりました。すぐ行きます。」
川口「お願いします。」
と、龍一の車いすに手を掛けて、移動させる。
ナースステイション。龍一は受話器のはずれた電話を取り、
龍一「はい、変わりました。川島です。」
声「あ、川島先生。私、生田病院の生田朋子と申します。」
龍一「名乗らなくともわかりますよ。お久しぶりです。」
朋子「あ、覚えていてくださったのですね。ありがとうございます!」
龍一「はい、存じておりますよ。患者さんたちのなかで、そこからきた
人は沢山居ますからね。」
朋子「ありがとうございます。実はお願いがございまして。」
龍一「はあ、なんでしょうか?」
朋子「はい、私の患者さんで、酷いうつの方がおりまして、先生がいつも
やってくださる、ヒプノセラピーというものをやっていただきたいんです
よ。」
龍一「具体的にはどんな症状を持つ患者さんでしょうか?」
朋子「ええ、名前を、白川ゆみ子といいまして、長くこちらに通っている
のですが、もう、出てほしいくらいなのに、ここが痛いだとか、あちらが
痛いだとかいって、いつまでもでていこうとしないんです。」
龍一「ああ、よくいますよねそういう人。じゃあ、いつごろそちらに伺え
ばいいですか?」
朋子「明日からでも。」
龍一「はい、わかりました。じゃあ、お昼過ぎあたりをめどにするかな。」
朋子「よろしくお願いします。」
龍一「はい、わかりました。」
と、電話を切る。
談話室
龍一「明日、生田病院に行ってくるよ。セラピーの依頼が来たので。」
慎一「誰からだ。」
龍一「院長から電話がかかってきた。」
慎一「ああ、あそこは、評判の悪いところだよな。厄介な患者だと、そう
やって追い出して。」
龍一「まあ、この仕事をしているものも、静岡では多くないからね。」
勝美「医者の僕が一緒に行くよ。何かあったら大変だろ。」
龍一「片腕のお前が行ってどうする?それに、運転もできないだろうし。」
勝美「運転はお前がすればいい。その患者に暴れられたらどうするの。」
龍一「大丈夫だよ。いくらおんぼろ病院でも、そのくらいのことは覚悟し
ているだろうからね。」
勝美「しかし、口コミサイトでも評判の悪いところじゃないか。そんな
ところに、歩けない君を一人で行かせるわけには行かないんだ。」
龍一「手伝っているのか、邪魔をしているのか良くわからないが、それ
でよければ、行ってみよう。」

ラーメン店。久保と三田がラーメンを食べている。
三田「すみません、替え玉一つ。」
店主「はい、毎度あり。」
と、めんを器に入れる。
久保「よく食べるな。もう替え玉、四杯目だぞ。」
三田「だって、刑事はこれくらいしか、ストレス解消手段はないんです
よ。」
久保「もうちょっと、健康に気をつけたほうが良いんじゃないのか?」
三田「警視は、そうかもしれないけど、ノンキャリアの刑事にはそうは
いきませんよ。」
店主「お二人さん大変だね。あの、変な老人ホームの事件を調べている
んだろう?」
三田「そうなんですよ、全く、困ります。」
店主「なるほどね。でも、もうすぐ解決できるんじゃないのか。客の中
から聞いたことがあるが、あそこの二代目理事長が、精神疾患で倒れた
そうだから。」
三田「なに、それは本当か?」
店主「まあ、こういう仕事だから、客と喋る機会は多いけどね。でも、
あそこから出てきた人は、本当に嬉しそうな顔してるよね。あそこの理
事長が、ひどいことをしているんだなあ、って良くわかるよ。まあ、俺
も、返答に困って、天罰が下るとか、いろいろいっていたけれど、最近
きた客が、理事長が生田病院に連れて行かれたと聞いたことがある。」
三田「どこの病院に行ったんだ!」
店主「えーとね、、、。そうそう、生田病院だと思うけど。」
三田「森さんじゃなくて?」
店主「そうらしいよ。森さんは、悪い人は受け入れないところじゃない
か。」
三田「よし、これを食べたらすぐに生田病院に行きましょう!」
久保「早く食べちゃってくれよ。」
三田は咳き込みながらラーメンをかきこむ。
二人は、急いで会計を払うと、タクシーを捕まえて、猛スピードでとば
していく。

生田病院。鉄筋の大きな建物で、掃除も行き届いているが、森病院とは
雰囲気が大幅に違っていた。
そこの正面玄関の前で、一台のベンツが止まる。
龍一「出ろよ、勝美。」
勝美「もう、着いたのか?三十分かかると、言っていたじゃないか。」
龍一「お前が寝すぎなんだよ。はやく外へ出てくれ、じゃないと、車い
すが出せない。」
勝美「お、おう。」
と、ドアを開けて外へ出る。
龍一は、運転席からスロープをだし、車いすごと外へ出る。
と、正面玄関が開く。
朋子「ああ、川島先生、ようこそ来て下さいました。よろしくおねがい
します。」
龍一「患者は?」
朋子「はい、白川ゆみ子さんです。」
龍一「とにかくその患者さんにあわせて下さい。」
朋子「ええ、わかりました。この方は?」
龍一「ああ、付き添いです。」
勝美「初めまして、僕は、、、。」
朋子「とにかく、行きましょう。」
と、龍一の車いすを押して中に入る。
病院の廊下。より症状が重い人の病院であるせいか、罵声が時折聞こえ
てくる。
勝美「かわいそうな人が多いな。ここは。」
朋子は、二人ちいさな部屋に連れて行く。
朋子「こんにちは、白川さん。もう、大丈夫だからね。痛みももうすぐ
とれますよ。」
龍一「初めまして。セラピストの川島です。じゃあ、そこに、横になっ
ていただいて、目を閉じてください。そして、僕が言うとおりのことを
イメージしてください。それだけしてくれればいいので、後は緊張する
必要はありませんからね。」
患者の女性は用意されていた、ベッドに横になって、目をつぶる。朋子
から渡されたカルテを見ると、三十歳と書かれているが、その顔はとて
もそうとは見えないほどの、幼い雰囲気があった。
龍一「はい、ではですね、、、。静かな森をイメージしてください。そ
の一部に座り込んで、ゆっくりしている様子をイメージしてください。」
女性「はい、、、。」
龍一「はい、では、森の中を散歩しましょう。遊歩道のような道があり
ますので、そこを歩いてみましょうか。」
女性「はい。」
龍一「さて、そこへ行きますと、正面に建物がありますね。それはどん
んは建物でしょう?木造ですか、鉄筋ですか?」
女性「鉄筋のマンションです。」
龍一「じゃあ、入り口を探して入ってください。」
女性「わかりました。でも、ここは年寄りばかりで、嫌です。認知症の
方々が、沢山居て、言葉もはっきりしませんし、用便の方も上手くいか
ない人が多いです。職員さんが、一生懸命介護しても、どんどん進んで
いきますよね。」
龍一「そうですか。いやだと思った理由を教えてください。」
女性「母が、そういう仕事をしていたんですが、毎日帰ってくると、つ
らそうでした。私はその事を何十分も聞かなければなりませんでした。」
龍一「ああ、お母様がその仕事をしていて、その愚痴を聞いていたんで
すね。それを、相談する人は誰もいなかったのですか?」
女性「ええ。親戚も担任の先生も、君のお母さんは偉い人なんだから支
えてやれ、しか言いませんでした。同級生も、母の老人ホームに、祖父
母が入居していたとかしていたので、私には近づいてくれませんでした。
本当に寂しかったです。だから、母にこちらを向いてほしくて、ものす
ごく良い子になりました。喧嘩したことも一度もなく。本当はものすご
くさびしいと叫びたかったけど。」
龍一「なるほど。」
女性「そして私は、母から離れるために、家から離れた遠くの高校に行
きたいと言いましたが、反対されてできませんでした。そのために、地
元の高校にいきました。友達がほしいという気持ちはありましたけど、
誰も、私のことなんて、見てはくれませんでした。大学は、できれば母
とは違う系列に行きたくて、東京の文学部を受験しました。」
龍一「大学生活は?」
女性「はい、面接試験の前日に熱を出してしまって、、、。結局受験を
破棄しました。」
龍一「そうだったんですか。それで、お母さんの老人ホームを引き継ぐ
ことになったわけですね。でも、貴方は、お母さんの事を憎むような感
情にはしってしまった。つまり、貴方は、お母さんの次の理事長になる
しか、仕事は得られなかった。お母さんが高齢になって、仕事にはあり
つけたけれど、複雑な感情があったんでしょうね。」
女性「はい、入所している人が憎たらしくてたまらなくて、優しくする
なんて、とてもできなかったのです。」
龍一「それで、入所者さんに、虐待をしてしまったんですね。」
女性「ええ、そういうことです。知らず知らずにやってしまっていまし
た。」
龍一「貴方は、白川ゆみ子さんではありませんね。そうですね、吉沢八
重子さん。桃花源の理事長さん。」
八重子「はい、、、。御免なさい。吉沢八重子と名乗るのはどうしても
いやだったわけです。」
龍一「わかりました。とりあえず、貴方は、自分をもう一度見つめてみ
てください。そうして、入所者さんの存在をもう少し観察して見ましょ
う。決して憎らしい存在ではなく、悩みを抱えながら、一生懸命生きて
いることが、確認できますよ。じゃあ、とりあえず、本日のセラピーは
ここまでにいたします。ゆっくり目を開けてください。」
八重子は、目を開けて、ベッドから降りる。
八重子「ありがとうございました。偽名を使っていて申し訳ありません。
これからは、しっかりと生きていきますね。」
龍一「ええ。あとの処分はご自身で考えてくださいね。」
八重子「わかりました。」
と、同時に、看護師が入ってきて
看護師「ゆみ子さん、あなたのことについて、警察の方が、、、。」
と、無理やり三田が入ってくる。
三田「なんですか、朝日先生も川島先生もいるなんて。」
八重子「私は、白川ではありません、吉沢八重子です。」
三田「わかりました。署でゆっくりはなしを聞きましょうか。吉沢美穂
子を殺した理由とか。」
久保「いきなり言ったらだめじゃないか!」
八重子「いえ、いいんです。私ももう生きているのに疲れましたし。母
を殺したのは私です。申し訳ありませんでした。」
三田「じゃあ、行きましょうか。」
勝美「ちょっと待って!」
龍一「どうしたの勝美。」
勝美「八重子さん、生きてください!僕は龍一のよう揚力ないけれど、
八重子さんに生きていてほしいです。罪を償えば、これからも楽しみが
待っていますよ。そう信じてほしいです。」
八重子「信じるって、、、。私にはもう後がないんです。私なんて、生
まれてくる必要はなかったんですよ。もう、きっと、そうなるようにで
きていたんじゃないですか。」
勝美「それは違います。だって、お母さんがいたんだもの。きっと、立
ち直れますよ。きっと。僕はそう信じています。」
八重子「朝日先生、、、。」
勝美「だから、信じて生きましょう。」
八重子「はい。」
久保「じゃあ、行きましょうか。」
と、彼女の肩に手を掛ける。
静かに立ち去っていく八重子。三田が、彼女を逮捕したと連絡をとって
いた。
朋子「それにしても川島先生。私でも彼女が、吉沢八重子だったとは、
思わなかったわ。」
龍一「セラピーでは、嘘は通用しません。偏在意識ってのは、自分では
操作できないです。それに気付かせるのがセラピーというものですよ。
じゃあ、これで、僕は帰ります。」
朋子「わかりました。ありがとうございます。」
勝美が龍一の車いすを片手で押し、二人は部屋から出て行った。

森病院談話室。
慎一「なるほどね。最終的には母娘か。」
三千代「一番難しいのよね、どうしても感情が入ってしまうし。女だか
ら。より、複雑なのよ。」
美紀「確かに、大手の老人ホームを一代で築いた吉沢美穂子はすごい人
になるのかもしれませんが、その子供ってなると、又ちがいますよね。」
紘一「ほかの非行に走る可能性もあったかもしれない。」
正輝「でも、彼女、決して悪い人間じゃないとおもうんですよ。だって、
お母さんを求めることができたんですから。それさえできなくて、他人
に手を出すのが一番悪い。確かに殺人というのは悪事ですが、その裏に
は必ず苦しみというものがあります。僕らの仕事っていうのはある意味
それを押さえることですから。」
勝美「ああ、正輝さん、良い事言う。」
慎一「しかし、へんな人って、本当にいるんだねえ。」
勝美「まあねえ、、、。また頑張らなきゃな。」

数日後。
テレビを見ている朝日島子。ガチャン、ドアの音がして、勝美が帰って
来る。
勝美「ただいま。」
島子「おかえり。ご飯はテーブルの上にあるから。」
勝美「うわー!そとろうだいすき!」
と、外郎と書かれた箱を開ける。
島子「ご飯から先に食べなきゃだめよ。」
勝美「わかってる。」
と、アジの開きを口にする。
島子「ああ、全く。医者なんだから、もうちょっと、体に気をつけなさ
いね。」
勝美「わかったよ、じゃあ、そとろう、頂くね。」
と、箱を開けて、外郎をがつがつと食べる。
島子「毎日きちんと帰ってくるのはいいけれど、お友達と飲み会したり
しないの?」
勝美「いらないよ、そんなの。そとろうが毎日食べられればそれでいい。」
島子「ああ、全く。」
アナウンス「ニュースをお伝えします。先月発生した、老人ホーム桃花
源の元理事長が殺害された事件で、現在の理事長である、娘が逮捕され
ました。凶器である裁ちばさみは、娘の自宅付近のにある川で先ほどみ
つかりました。動機について娘は、母のせいで友人ができなかったこと
による、と、語っています。」
島子「ああ、捕まったのね。この前の事件。」
勝美「まあな。本当に、母と娘の関係って難しいな、、、。それにして
もそとろうはうまい。」
と、もう一つ口に放り込む。


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