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煙のごとく
しおりを挟む森病院、診察室。
勝美「だから、大丈夫ですよ。優希君は必ず帰ってきますから。だっ
て、大学生でしょう?もう、自分の行動に責任を持てるはずです。」
翔太「そうですけど、学校にも電話しても、全く返事がないのです。」
この日の患者の望月翔太は、五十歳の男性で、統合失調症と診断され
ていた。彼は病気のために、妻とも離婚していた。一人息子の望月優
希は、現在大学二年生であり、彼と本人と母親と三人で暮らしていた。
勝美「お母様は、何か仰っていないのですか?」
翔太「はい、母に、メールを出しているのに、何も返事がないのです。」
勝美「それはそうでしょう。お母様は今日は日勤ですものね。」
翔太「もう、何回もメールしたり、電話したりしたのですが。」
勝美「忙しいときに、メールなんかしませんよ。とにかく、優希君は、
必ず帰ってきますよ。まだ、学校の終わる時間でもないし。」
翔太「そうですけど、部活があったとしても、まっすぐに帰ってくる
のが優希だったんです!」
勝美「でも、大学生なんですから、だれか友達ができて、その家にい
く、なんてケースはざらにありますよね。どこがどうちがうんですか?」
翔太「はい、いつも持ち歩いているものを、持ち歩いていないんです。」
勝美「なんですかそれは?」
翔太「元旦に、明治神宮で初詣に行ったときの、お守りです、優希は、
出かけるときは必ずそれを持ち歩いていました。それが、部屋の中に
落ちていたんです。」
勝美「だからね、そういう症状を妄想というんですよ、望月さん。わ
かりますか?」
翔太「自分はその病気なのはわかります。でも、今回は本当に行方不
明なんですよ。」
勝美「川口、鎮静剤!」
翔太「な、何をするんです!」
勝美「落ち着いていないから、打ちますよ。ほかのご家族にご迷惑か
けたら困るでしょ?」
川口「はい、ここに打ちますよ。腕を出してください。」
と、抵抗するよりはやく、注射を左腕に打つ。彼は、すぐに眠ってし
まう。
勝美「川口、迎えに来てもらって。」
川口「入院しないといけなくありませんか?」
勝美「いいよ、こんなことで入院なんかさせたら、病院がパンクする
よ。」
川口「そうですね。ほんと、日増しに患者さんは増える一方で。」
勝美「ご家族にはもうしわけないけど、しかたないんだよね。病気に
ならないように、何とかしてもらわないと、いけないんだけどなあ。」
川口「時代のせいですよ。じゃあ、お電話しておきます。」
勝美「ああ、悪いねえ。」
警察署。
三田「警視、捜索願が出ました。父親からです。祖母からのコメント
も入っています。」
久保「誰が行方不明なんだ?」
三田「はい、息子の望月優希君が、行方不明だと、父親が言い出して
聞かないんだそうです。」
久保「母親は?」
三田「はい、すでに離婚しています。祖母のコメントによりますと、
優希君は、大学二年生で、父親の望月翔太は統合失調症であり、話し
の中に、相当な嘘が混ざっている可能性が高いので、捜査にはすぐに
踏み出さなくてもよい、とのことでした。」
久保「統合失調症!それでは、どこかの精神科にでも通っているのだ
ろうか。」
三田「はい、それが森病院なんです。ただ、今回はあの、片腕先生も、
妄想だと認めているようなので、動かなくても良いんじゃないですか。
時間の無駄ですよ。」
久保「まあ、そうであっても、一度は面接してみるべきだろう。とり
あえず、自宅へ行って見よう。」
三田「じかんのむだだと思いますけどね。」
久保「そういう依頼があるのも不思議ではないよ。これだけ、大変な
時代なんだからね。」
三田「行くんですか?」
久保「あたりまえじゃないか。すぐいこう。捜索願を出した望月さん
のお宅を教えてくれ。」
三田「わかりました。いきますよ。」
望月家のマンション。大きなマンションであるが、あまり人は住ん
でいないらしく、明りがついているのは一階のに二、三軒ほどである。
望月家は、九階に住んでいたが、ほかに入居しているひとは誰もいな
かった。
久保が、インターフォンを鳴らすと、
声「はい、どなたですか?」
と、年寄りの声がした。
久保「警察です。」
声「どうぞ、いらしてください。」
と、同時にドアが開く。翔太の母親の、望月春子が現れた。
春子「来てくれて、ありがとうございます。うちの子の話は間違って
いると思うので。」
久保「はい、そうであっても、一度捜索願を出されているんですから、
それは従わなきゃなりません。警察とはそういうものです。」
春子「ありがとうございます。おあがりくださいませ。」
久保「息子さん、つまり、お父様のことですが、お話できますか?」
春子「はい、それが精神科で大暴れをして、薬で寝ています。」
久保「でも、捜索願を出されたのは、お父様ですよね。本人から話し
を聞きたいのですが。」
三田「ああ、これではだめですね。出直しましょうよ、警視。」
と、エレベーターの音。
アナウンス「九階でございます。」
春子「誰かしら。ここ、私たち以外に住んでいる人いないから。」
声「はい。着きましたよ、先生。確か、904号室と言ってましたよ
ね。」
と、車いすをこぐ音がして、龍一がやってくる。
久保「川島先生、どうしてここに?」
龍一「ああ、どうしても気になったことがあって、警察署に電話した
んですが、こちらのお宅に行っているということで、訪問いたしまし
た。」
春子「あの、失礼ですが、、、。」
龍一「ああ、僕は森病院のものです。朝日勝美と同僚の川島龍一とい
います。ご覧の通り僕は歩けないので、この、村木朗君に、つれてき
てもらいました。」
春子「そうだったんですか。でも、どうしてお体の不自由な方が、こ
こへきていただいたんでしょうか?」
龍一「あの、翔太さんが必死で訴えていた、お守りというものを見せ
てもらいたいんですよ。優希さんは、それを忘れずにもっていたとい
うことだったので。」
春子「お守り?そんなのとっくに捨てたはず、、、。」
龍一「明治神宮で買ったと、翔太さんは申しておりました。それを拝
見したいんです。今、車輪を拭いてもらいますので、お宅に入らせて
もらえませんか?警察の方にも手伝っていただきたいので。」
春子「は、はい。わかりました。では、お入り下さい。」
朗「じゃあ、拭きますよ。先生。」
と、タオルを取り出す。
春子「みなさんにお茶を出してきますので。玄関でお待ち下さい。」
朗が車いすの車輪をタオルで拭き、全員部屋の中に入る。
春子「ここが、優希の部屋です。」
朗「はあ、何もかわらない、学生の部屋ですね。」
確かにそうだ。部屋にあるものは、机と布団と、数枚の洋服しかない。
春子「ええ、あんまりほしいものをねだらない性格なので、洋服も少し
しかもっていないんです。」
龍一「そうですね、今時の学生としては、珍しいタイプですね。ここま
で質素ですと。携帯電話や、スマートフォンはありませんでしたか?」
春子「はい、父親が働いていないので、持たせてやることはできません
でした。所謂、ガラケーというのならありましたけど。」
龍一「そうですか。原稿用紙があるから、大学のレポートなども、手書
きだったんですね。」
春子「ええ、漢字を書いているのが落ち着くと言っていましたから。」
龍一「お守りは、これじゃありませんか?学業守り。」
朗がそれを拾う。
春子「これ、ですか?」
龍一「はい、学業守り、明治神宮と書いてありますよ。どうして、こん
な床にあるんでしょう?」
たしかにそのお守りは、床の上に落ちていた。
龍一「もし不要であれば、ゴミ箱に捨てるか何かしますよね。しかもこ
れ、紐が切れています。これ、もしかしてですけど、カバンについてい
たのではないでしょうか。」
久保「ああ、そうですね。このような切れ方をしたお守りを持ち歩くい
たら、恥ずかしいことになりますよ。カバンがここにないので、外出し
ているように見せかけたと考えられますね。しかし、このお守りだけは、
処理に困ってゴミ箱に投げ込んだかなんだかしたんでしょう。それが床
に落ちたとか。川島先生はやっぱりすごいですね。警察の人間もかなわ
ない。」
龍一「ええ、精神疾患を持つ人は、そういう小物に対して敏感になりま
すから、気になっていたんです。」
朗「今何時でしたって?」
龍一「夜の九時ですね。」
久保「やっぱり事件ですね。この時間に帰ってこないということは、も
しかして犯罪に巻き込まれた可能性があります。わかりました、捜査を
はじめましょう。」
三田「あーあ、ほんとうになっちゃった。」
久保「そんなこといっちゃいけないよ。それでは、捜査について話し合
いましょう。」
翌日。朝早くに、富士山の写真を取るために、岩本山公園に数人の老人
たちやってきた。
老人「今日はさむいけれどはれている。きっと良い写真がとれるぞ。」
老人「そうだなあ。じゃあとるか。あれ、、、あれはなんだ?変なも
のが見えるぞ。」
老人「おい、人間の腕じゃないか!しかも、絵を描いてあるぞ。」
老人「わあ、これは大変だ!警察に言わなくちゃあ!」
急いでパトカーがやってきて、腕を回収していったが、そのほかの体は
依然として見つからなかった。
同時に、翔太のマンションでは、
連絡係りとして残っている、半分眠っていた三田のスマートフォンが鳴
った。
三田「はいはい、何ですって!人間の腕が出てきたんですか!」
ベッドから跳ね起きた翔太が三田の下へ飛び込んできて、
翔太「あの、その腕には、何か特徴はありませんでしたか?」
三田「なんですか、静かにしてくださいよ、今大事な打ち合わせがある
んですから!」
翔太「うちの優希ではありませんか!もう一日かえっていないんだから!」
三田「身元はわかりませんよ。もうちょっと落ち着いてください。」
声「三田さん、久保です。今のところ腕だけであって、ほかの部位はみ
つかっておりません。ただ、その腕は、孔雀の入れ墨があります。」
翔太「やっぱりそうです!それは優希です!」
声「じゃあ、翔太さんに、署に来てもらってください。そうして、本当
に、優希さんの腕なのかを、確認してもらいましょう。」
三田「半狂乱になったらどうします?」
朗「(電話を取り)大丈夫です。僕がなんとかします。」
久保「じゃあ、来て下さい。三田さん、車出してあげて!」
三田「わかりましたよ!」
龍一「僕は勝美に電話して、病院で待っていてもらうようにするから、朗
君、行ってやってくれ。」
朗「わかりました。でも、先生は、」
龍一「大丈夫。何とかするよ。」
朗「はい!」
春子「あの、本当に優希なんでしょうか、、、。」
龍一「ええ。」
春子「どうして、そんなこと、、、。」
龍一「落ち着いてください。おばあさまもこれからは、協力者にまわって
貰わなければなりませんから。」
春子「そうでも、、、。」
龍一「それでは僕と一緒に森病院にいっていましょうか。」
春子「そうしてください、、、。」
龍一も自分のスマートフォンをダイヤルする。と、隣の部屋から、大声で
叫んでいる声がする。
朗「先ずは、落ち着かせてあげるほうが先決なんじゃないでしょうか。」
龍一「そうかもしれないね。あの状態では、刑事さんたちも迷惑だろう。
とりあえず、勝美に電話して、鎮静剤お願いしておこうか。」
と、改めてダイヤルしなおし、二言三言交わして、電話を切る。しばらく
すると、黄色い救急車がやってくる。力のある、四、五人の男性がやって
きて、翔太の周りを取り囲み、彼に鎮静剤を打つ。そのまま眠ってしまっ
た彼を、隊員たちは背負って、救急車に乗せていく。
森病院のナースステイション。
慎一「大変なことになったぞ、どうする気!」
勝美「どうする気って、どうするさ。」
慎一「又病院の評判が落ちるじゃないか。」
勝美「しょうがないよ。僕があんなこと言わなきゃよかった。」
川口「落ち込まないでください、先生。先生の間違いじゃないんです。そ
れよりも、お父様の治療を考えなきゃ。」
由紀夫「そうそう、今起きたことをどうするかを考えなきゃ。」
正輝「お父様を癒してあげる事がまず大事ですよ、先生。」
勝美「わかった!よし!しっかりしなきゃ!」
と、頭を一発叩いて、診察室に向かう。
病棟。再び鎮静剤で眠っている翔太。側には、春子がいるが、彼女も壊れ
てしまいそうになっている。
春子「翔太がこうなったのに、優希まで失って。私は、母親として、もう
失格です。」
龍一「そんなことを考えてはいけません。これからの事を考えなければ。」
春子「どうなるんですかねえ。うちの家は。」
龍一「まあ、事件のことは、久保さんたちが何とかしてくれるとは思いま
すが、家族のことはそちらで何とかしていかれないと。」
春子「そうですね、、、。わかっているんですけど、でも、そんなことは
今はできないです。」
龍一「そうですね。それは確かでしょう。無理やり起こすのは無理です。
暫くは、市川にはなしを聞いてもらってください。それから、先のことを
考えれば良いと思います。」
春子「そうですね、、、。ありがとうございます。本当に申し訳ないです。
わたしの、責任です。」
龍一「自分の事を責めてはだめです。そうしたいことはわかりますが、動
かないと。」
春子「はい、、、。」
警察署
三田「いや、前代未聞の事件ですな。遺体の一部を、あんなふうにおおっ
ぴらに見せびらかすとは。」
刑事「そうだな。しかも、入れ墨を入れた腕なんて。」
刑事「なんだか、若者の快楽殺人ですかね。今はやりのようですが。」
久保「うーん、、、。見知らぬ人を狙って?」
三田「警視が聞いてどうするんです。」
久保「まあ、前例がない事件だってことですよ。」
三田「そんなこといってないで、早く事件を解決するための、指示を出し
てください。」
久保「そうだけどね、、、。」
三田「だから、キャリアってのは困るんだ。ペーパーテストで良い点とっ
ただけで、現場には来たことがないから、いざとなると、しり込みする。」
久保「とりあえず、その腕の身元がわかるのを待つべきでしょう。」
三田「はいはい、そうですね!」
と、刑事課のドアをノックする音。
婦人警官「警視、お電話が入っています。」
久保「誰ですか?」
婦人警官「はい、朝日勝美先生という、精神科の先生からです。」
三田「片腕先生?」
久保「わかりました。すぐ行きましょう。」
三田「片腕先生がなんでここへ電話なんかするんだろ。」
久保「とにかく応答しなければ。」
と、刑事課を出て行く。
三田「やっぱり、キャリアは恵まれているなあ。」
同、受付。
久保は電話を受け取る。
久保「はい、変わりました。ああ、朝日先生。」
勝美「いまから、望月さんをそちらにお連れしたいのですが。」
久保「わかりました。準備しておきます。」
勝美「もし、彼が暴れても困らないよう、体制をとっておいてくださ
い。」
久保「わかりました。ではそうしましょう。」
勝美「ありがとうございます。」
数分後、手錠を掛けられた、望月翔太が、朗と美紀の二人に肩を掛けら
れながらやってくる。
久保「おまちしてました。こちらへどうぞ。」
美紀「もう落ち着いていますけど、もしものことがあるといけないので、
このようにしてつれてまいりました。悪人ではありませんので、気にし
ないでください。」
久保「わかりました。」
と、言って、遺体を安置している、部屋につれていく。久保がドアの鍵
をあけてやり、全員静かに部屋に入る。
そこには、テーブルの上に腕が置いてあった。
美紀「まだ、若い男性の腕ですね。」
その通り、太く、強そうな腕。青い孔雀が入れ墨されている。
翔太「やっぱりそうです!息子の腕ですよ。」
美紀「どこを根拠に?」
翔太「二十年暮らしていたんだから、それはわかります。親であれば、
直感的にわかることです!」
声「どうぞ、皆さん先に来ていますので、、、。」
と同時に龍一が婦人警官に付き添われて入ってくる。
朗「ああ、川島先生、来てくれたんですか。」
龍一「勝美が、どうしても行ってやってくれって聞かないから。」
と、車いすでテーブルに近づく。
龍一「ああ、和彫りですね。僕が入れたのと同じ系列のものでしょう。」
美紀「つまり、暴力団とか?」
翔太「そんなこと、絶対にないですよ!」
美紀「いや、入れ墨というものをかんがえると、、、。」
翔太「理由があるんですよ!」
龍一「理由?ですか?」
翔太「ええ、あの子が入れ墨をした理由です。」
美紀「面白半分か、暴力団とかかわりがあったからとかじゃないです
か?」
龍一「聞きましょう。入れ墨を入れるのは、悪人ばかりではありませ
んから。」
翔太「優希は、虐めがあったんです。高校生のころからでした。毎日
毎日、根性焼きをされて、運動靴を燃やされて、はだしで帰ってきた
こともありました。」
龍一「つまり、根性焼きをけしたかったために入れたということです
ね。」
翔太「はい、そういうことです。酷いときは貫通根性焼きといって、
骨までとどく大やけどをしてしまって、、、。」
龍一「ああ、なるほど。そういうことですか。それなら、立派な理由
になります。」
翔太「情けないおもいでした。父親としては、相手の子に殴りこみに
いっても良かったんだ。そう決意した翌日に、卒業式があって、生徒
たちはみんなほかの県に出て行ってしまったんだ。でも、優希は、卒
業したときに、ちゃんと大学に行って、勉強するから、大丈夫だって
言っていたんです。だから、安心していたんですが、、、。本当に、
父親として、情けなくて仕方ありません。もう、どうして、うちの子
が、こんな風な死に方をしなければならなかったのか。どうして止め
られなかったのか。どうして、どうして、、、。」
美紀が、彼の肩に手を掛ける。
朗「とりあえず、かえりましょうか?」
久保「できれば、お父さんに、息子さんの、大まかなプロフィールを
聞きたいのですが、、、。」
龍一「しかし、半狂乱になる可能性もあります。」
翔太「いや、話します。息子をこのようにした犯人を、早く捕まえて
ほしいから、できることは何でもします!」
美紀「でも、望月さんは、病気なんだから、」
翔太「そんなこと、関係ありません。とりあえず今は。父親として、
できることは、それだと思うんです。」
龍一「そうさせてあげよう。何かあったら、そのときに考えよう。」
美紀「わかりましたよ、、、。先生。」
久保「では、こちらにいらしてください。」
と、別の部屋に連れて行く。
久保「ではですね、息子さんが行方不明になったことを、詳しく教え
てもらえますか?」
翔太「はい、三日前の、12月13日でした。僕は今現在働いていな
いので、食事や掃除などを担当しておりますので、ずっと、家にいる
生活なのですが。」
久保「十三日って、何曜日だったんでしたっけ。」
美紀「木曜日。」
翔太「母は、平日なので仕事にいっておりました。その日は、優希も
学校が休みだったので、一緒にいました。」
美紀「えっ、学校が休み?」
龍一「まあ、大学ですから、休みが多いのは知ってます。時間割によ
っては、平日休みになることことも、ないわけではないし。」
美紀「どこの大学なんですか?」
翔太「芸大です。上野の。」
美紀「専攻は?」
翔太「音楽学部で、作曲を専攻しておりました。なにしろ、この状態
ですので、楽器も何も買い与えてやれなかったのですが、自分でそれ
を書く人になれば、一番良いからと、よく口にしていたので。」
久保「へえ、えらいですね。しっかりしていますね。」
翔太「ええ、子供の時はよくコンサートに連れ出したりしていたので、
音楽の好きな子でした。暇さえあれば、湧き上がってくると言って、
五線譜に向かっていましたから。そのころは妻もいたし、妻の計らい
で、ピアノを習ったりしていました。先生も、才能があるといってく
れたし、本人が音大に進む、と言い出したら、快く受け入れてやろう、
と、よく話していたものでした。」
久保「なるほど。仲のよい家族だったわけですね。」
朗「それじゃなくて、優希君が行方不明になったときのはなしをしま
しょうよ。」
翔太「ああ、御免なさい。そんなわけで優希も一緒にいたわけです。
で、私は、お昼の時間になったので、買い物に行こうと思いました。
優希に行くかと声をかけたら、試験勉強をするので家にいると、返事
をしたので、いつもどおりに買い物に行きました。で、帰ってきたら、
優希がいなかったのです。」
美紀「行っている間に、友人から電話でも来て、出かけたんじゃない
ですか?」
翔太「いえ、もし、そうなったときは、私のところに連絡をしろとつ
たえてあります、ところが何もなかったのです。」
美紀「急ぎだったから忘れたとか。」
翔太「それなら、時間がたって、又連絡してくるはずです。」
久保「失礼、聞きたいですが、お買い物から帰ってきたとき、お宅の
鍵は、閉まっていましたか?」
翔太「いえ、開いていました。」
龍一「なるほど。そうですよね。誰も居ないのなら、鍵を掛けていく
筈ですよ。大学生となれば、その程度のことはできるでしょう。」
翔太「はい。だからおかしいと思ったんですよ。でも、母も誰も信用
してはくれませんでした。それに、何回も申し上げましたが、優希の
部屋に、いつもカバンにつけているお守りが落ちていたんです。だか
ら私は、事件に巻き込まれたと、思ったんですよ。母に、それを伝え
たら、統合失調症の妄想だと言い張って。それで、朝日先生の森病院
にも行きましたが、そちらでも信じていただけなくて、、、。」
龍一「そうですか。そんなことがあったなら、早めに言っていただき
たかったのですが、その病気を抱えている以上、理論的に説明できな
くなるのは当たり前です。最悪の結果になってしまったけど、今は、
そういう人たちが集う会もありますから、ゆっくり傷を癒してあげて
ください。僕たちも手伝います。」
美紀「なるほど、、、。統合失調って嘘ばっかり言うと思っていたけ
れど、こういう事もあるんですね。僕も誤解してしまいました。ごめ
んなさい。」
龍一「妄想を言う方は嘘なんかつけませんよ。事実を認識することが
できないから、そうやって見当違いの事をいうんです。だから、それ
を見つけ出すのも、治療者の役目ですよ。」
美紀「はい、気をつけます。」
朗「僕も、気をつけます。」
美紀「朗君は、気をつけすぎだから、気にしないで良いさ。」
久保「わかりました。優希さんが行方不明になった全容はそういう事
なんですね。では、又聞くことができるかもしれませんが、ご協力を
お願いします。お疲れでしょうから、お帰り下さい。ゆっくり、お休
みくださいね。」
翔太「ありがとうございます。一日でも早く、犯人逮捕をお願いしま
す。」
久保「はい、こちらでも全力を尽くします。」
翔太「ありがとうございます。」
久保「こちらもよろしくです。」
翔太は頭を下げ、朗と美紀に連れられて、部屋を出て行く。暫くする
と、車の音。
龍一「では、又よろしくお願いします。」
と、車いすを操作して、部屋を出て行く。
森病院、談話室。
勝美「そうかあ。そうなっていたのかあ。きっと、煙のように消えた
と、感じ取ってしまったのかな。」
慎一「で、これからどうやっていくんだよ。治療としては。」
勝美「うん、おばあさまに対しては、三千代さんと話をさせて、あげ
ようかなと。」
慎一「父親の方は?まさか、僕がやるのではないだろうな。」
勝美「おまえがしないでどうするんだ。」
慎一「ええー。」
勝美「話を聞くプロでしょ。」
慎一「そうだけど、、、。」
勝美「優希君の芸大生活は、阿部さんに調査を頼んである。とにかく、
彼の心?を、癒してあげなくちゃ。」
慎一「勝美、あんまり熱血漢になるなよ。患者さんに手をだすと、自
分をだめにするぞ。」
勝美「うるさい。それは絶対にないから大丈夫。それが医者の務めだ
からね。」
東京芸術大学のキャンパス。龍之介が学食でスマートフォンに向き合
いながら雑談している、学生に声をかける。
龍之介「すみません。」
学生「はい、なんでしょう、、、?」
龍之介「はい、こういうものです。」
と言って、名刺を差し出す。
学生「学校心理士さんですか。一体何を?」
龍之介「実はある患者さんの事を調べておりまして。学校生活を調査
しています。怪しい者ではありません。」
学生「で、誰の事を調べているのですか?」
龍之介「ここの作曲専攻に在籍していた、望月優希君のことです。」
学生「ああ、あの、入れ墨の、、、。」
龍之介「彼が入れ墨をしていたのは、知っていたのですか?」
学生「ええ、誰も彼の方へは近づくな、と、言われていました。」
龍之介「それを言ったのは誰ですか?同級生ですか?教授ですか?」
学生「ええ、教授です。」
龍之介「何の教授ですか?」
学生「ピアノの、教授です。」
龍之介「女性ですか?」
学生「ええ。」
龍之介「理由はわかりますか?」
学生「はい、彼がものすごく能力の高い人だったからです。」
龍之介「能力が高い。つまり優秀な学生だったわけですね。」
学生「はい。でも、彼は、そうあるべき人じゃなかったんです。教授
がそういっていました。」
龍之介「それは、なぜでしょうか?優秀な人にそうあるべきではない、
なんて、外国では、人種差別で訴えをおこしてもおかしくないでしょ
う。」
学生「そうなんですけど、教授はそうしろと言ったんです。すみませ
ん、授業がありますので。」
龍之介「もう一つ、、、。」
学生「すみません!」
と、走り去ってしまう。
龍之介はため息をついて、その場を離れる。
キャンパス内の道路。楽器博物館と書かれた建物の前を、龍之介が通
る。すると、その入り口のドアが開いて、老人が出てくる。
老人「あの、外部のかたですか。」
龍之介「はい、そうですが、なぜ呼び止めたのです?」
老人「よかったら、この楽器博物館を見て行きませんか?」
龍之介「なにか事情でもあるのでしょうか?短時間なら、おつきあい
できますよ。」
老人「それはよかった。ここは洋楽器ではなく、和楽器のみを展示し
ております。」
龍之介「ああ、和楽器ですか。それは良いですね。洋楽器ばかりが横
行していますが、日本にも楽器がないわけではないですし。拝見しま
す。」
老人「ああ、ありがとう。」
龍之介は、言われるがままに、博物館に入る。中には、筝や三味線な
どが無造作に置かれている。
龍之介「日本って、こんなに沢山の楽器があるんですか。全然知りま
せんでした。筝とか、三味線とかしか、見たことがなかったので。」
老人「まあ、そうですな。邦楽はなかなかやる者がないから。この大
学でも、邦楽科がありますけど、学生の数は減る一方です。この博物
館も、来年度に壊すことが決定していましてね。この子達も、どこか
に、売りに出さなければいけないでしょう。」
龍之介「そうですか、、、。複雑な気持ちですね。あの、失礼ですが、
この楽器、なんという楽器ですか?」
老人「はい、一絃琴といいます。」
そこには、平たい板の上に、一本の絃が張られた楽器があった。
龍之介「へえ、一本しか絃がないんですね。それなら、僕でも弾ける
かも。」
老人「そうですね。簡素に弾けますが、日本人はその簡素さに複雑な
ものを植えつけるのが得意な民族です。作曲された曲は、高度な演奏
技術を持つ曲が多いんですよ。」
龍之介「あの、、、すみません。ここに、寄贈、朝岡京輔と書いてあ
りますが?」
老人「はい、優希君のお母様の、お兄さんです。朝岡京輔先生。」
龍之介「失礼ですが、何か教授活動を?」
老人「ええ、うちの大学で、非常勤講師をしていました。とてもお上
手な一絃琴奏者ですよ。」
龍之介「お母様の、ですか?」
老人「はい。お母さんです。朝岡加絵さんですね。そのお兄さんです。
ここに来て、朝岡先生が呟いていたことがありました。妹は、なぜ、
あの男の下に嫁いだのか、と。」
龍之介「つまり、結婚は反対だったのですか?」
老人「ええ。逆玉の輿でしたからなあ。」
龍之介「失礼ですが、朝岡先生は、今、、、。」
老人「どうでしょうかね。今でも、どこかで一絃琴教室を開いている
のではないでしょうか。朝岡先生が退職されてから十年以上たってま
すからね。現在のことは、わかりかねます。」
龍之介「そうですか、、、。それは残念です。(時計を見て)また、何
かありましたら、ご協力をお願いするかも知れません。よろしくお願
いします。連絡先をお伝えしますね。」
と、名刺を手渡す。
老人「ああ、学校心理士さんですか。すごい時代になりましたなあ。
学校にこうして調査をする専門家が出てくるなんて。」
龍之介「ええ。まあ、、、。時代の流れですから、しかたないです。
僕自身も、学校という場所は嫌いでしたし。」
老人「ははは、それはそうですな。よくわかりますよ。生徒たちを見
れば、大体のことはわかります。本気で勉強をしたい、なんていう生
徒は何かしらの原因で退学して行きますよ。本気になりすぎているの
でしょうけど。」
龍之介「そうですね。ご協力ありがとうございます。では、又来ます。」
と、頭を下げて出て行く。
森病院。談話室。
勝美「そうかあ、有名な一絃琴奏者の甥だったのか。それは辛いなあ。」
慎一「偉い人の子供が落ちぶれるっていうケースはざらにあるよね。」
勝美「そうなのそうなの。」
龍一「優希君が入れ墨をしたのは、そういうことだったのかもしれな
い。」
美紀「ああ、ありえますね。しかし、同じ芸大でしたけど、邦楽器の
博物館には、一度も行った事がありませんでしたよ。」
正輝「それも、もったいないはなしですね。どうしていかなかったん
ですか?」
美紀「いや、、、当時は授業で忙しいのを言い訳にしていましたが、
単に怠けていたからでしょう。ここで働き出して、ちゃんと勉強して
おけばよかったなあ、と、思うことは何ぼでもありますよ。」
龍一「まあ、それはだれでもあるよ。でも、菅原さんと、優希君では
時代が違う。後悔の度合いも違うよ。」
朗が談話室にやってくる。
朗「翔太さんの対話、終わりました。先生。」
勝美「何か言っていたか?今丁度はなしをしてたんだ。」
朗「だいぶ、落ち着いてきたみたいです。病気になったきっかけを話
したいといいますので、聞いてみました。」
勝美「何を話してた?」
朗「はい、自分が仕事のできない人間だからって。せめて、優希には
後悔させたくないと言っていました。」
勝美「後悔させたくない、か。」
龍之介「優希君が、どのような学生だったのかは、はっきりと聞き出
すことはできなかったのですが、とても優秀な学生だったなのは、確
かだったようです。それはもしかしたら、お父様の、その言葉に影響
されたのかもしれません。」
朗「そうですよね。特に心の病気になるひとは、皆考えすぎという特
徴がありますね。」
正輝「そうそう、朗君の言うとおりです。その息子さんだから、似た
ような感じ方をするのも仕方ないでしょう。それに、お母様の親族に
そんなに有名な方が居るのだったら、余計にそれを感じても、おかし
くありません。だから、、、これは僕の推論ですが、優秀であった故
に、逆に敬遠される立場に追い込まれたのでは?入れ墨をしたのは、
その理由だったのかもしれない。」
龍一「正輝さん、良い事言う。清水に魚すまずという言葉もあります
しね。」
靴の音がして、紘一がやってくる。
紘一「先生、春子さんの話を聞きました。誰でも良いから、話したい
と言って、電話を掛けてきたので。丁度、僕しか暇人はいませんでし
たのでね。」
龍一「暇人といってはだめだよ。それより何をしたのかを考えること
だ。で、春子さんは何か言っていたか。」
紘一「ええ、あんな身分の高い人と結婚した翔太が馬鹿だと言ってお
りました。」
龍一「なるほど。身分違いってわけか。」
勝美「身分なんて、江戸時代じゃないんだから、たやすく使うなよ。」
龍一「いや、言葉はなくても存在するよ。いつの時代にもね。で、そ
の身分制度を押し切って結婚したわけか。と、いうと、恋愛結婚だっ
たんだな。」
紘一「ええ、翔太さんは、加絵さんと付き合っていたころは、加絵さ
んに、自分の心を癒してくれる存在だといわれているから、必要とさ
れているんだ、僕は嬉しいと何度も口にしていたと言ってたそうなん
です。」
勝美「それはいつの話し?」
紘一「ええ、春子さんの話では、翔太さんも加絵さんも、結婚したの
は三十代になる寸前で、ほかの人には、早く結婚しろと、からかわれ
ていたそうなんですよ。特に、加絵さんのほうがその傾向は強かった
そうです。で、加絵さんに、それを打ち明けられた翔太さんは、それ
を二つ返事で引き受けてしまったそうなんですよ。」
勝美「なるほど!確かに、女の人はその傾向がつよいでしょうね。他
の人に、結婚していると自慢されて、自分にはないって言う劣等感は、
どんな女の人でも持っていますからなあ。」
紘一「加絵さんの実家に行ってみたいのですが、どうでしょう?」
龍一「どうかなあ。とっくに忘れていると思いますけどね。」
紘一「先生、先生は忘れていることだって、思い出させることができ
るじゃないですか。加絵さんは、少なくとも翔太さんのことを覚えて
いるんじゃないでしょうか?」
龍一「いえ、身分というものはね、時々どしっとくるもんなんですよ。
偉い人というのは、偉い人に過ぎない。それを飛び越える種族になり
たければ、障害を持つしかないんですよ。藤井さんは、それを知らな
いだけ。それはね、年を取ってくるとわかる。」
紘一「でも、行ってみたいな、と、思うんですけど。川島先生のいう
ほど、世の中は、冷たくないと思うし。」
勝美「龍一、これは紘一君の言うことが正しいかもしれないよ。日に
あたりすぎて、体を壊さないようにしてね。行ってらっしゃい。」
朗「確か、彼女の実家は、東京でしたよね。」
勝美「青梅市だ。」
紘一「わかりました。東京なら、新幹線ですぐですから、明日行って
きます。」
勝美「気をつけて行ってきて来てね。よろしくね。」
紘一「わかりました!」
と、スマートフォンを出して、電車の時刻表を調べ始める。
警察署。
三田「うーん、これは困りますよ。とにかく父親が精神科にいるんで
すから。しかもあの片腕先生の下にいるのですから、あの先生は頑固
ですよ。」
久保「とりあえず、これまでの捜査でわかったことを言ってみてくだ
さい。」
三田「何回もいいましたけど、望月翔太は、妻の加絵の実家から散々
いじめられていました。この家にそんな仕事をしている人がいるのは
むさくるしい、早く出て行けと。」
久保「何の仕事をしていましたっけ。」
三田「だから言ったでしょ?ごみ焼き場で働いていたんですよ。」
久保「ああ、思い出しましたよ。ごみ焼き場で十八歳のころから働い
いていたんですよね。」
三田「いえ、正確には十七歳です。高校を中退しています。」
久保「中退した原因は何だったんでしょうか?」
三田「はい、教師の嫌がらせに耐えられなくて、統合失調症を発症し
た。もう、警視、何回口にさせたら、覚えていただけるんですかね。」
久保「嫌がらせとはなんでしょう?」
三田「もう!正確に覚えてください!望月翔太は、音楽家を志望して
いたけれど、在籍した教師から嫌がらせをされてたんです。わからな
いなら、紙にでも書いてください!」
と、大きなため息をつく。
久保「誰かに頼るとかもできなかったのですか?」
三田「当たり前でしょうが!だから病気になるんです。警視は一般の
人の気持ちをわかってくれないですね!」
久保「では、聞き込みを続けよう。」
三田「結局これだ。」
一方、青梅駅。スマーフォンを見ながら、紘一が電車を降りる。
タクシー乗り場にて、一台のタクシーを捕まえる。
運転手「どちらまで?」
紘一「はい、朝岡京輔先生のお宅まで連れて行ってください。」
運転手「朝岡京輔ね。あの、一絃琴教室ね。習いに来たの?」
紘一「いえ、聞きたいことがあるだけです。僕は、精神関係の仕事を
しておりまして、それで、ある患者さんの調査をしているんです。」
運転手「ああ、、、。そういうことね、、、。」
紘一「お願いします。」
運転手「はいよ。」
タクシーが走り出す。
運転手「あんた、朝岡さんのことをどうして知ったの?」
紘一「ああ、丁度、加絵さんのご主人である、望月翔太さんのことで、
聞きたいことがありまして。」
運転手「そうかあ。加絵さん、今はどうしているかなあ。姿をみかけ
ないんだ。ここで五十年やってるけどさ。幼い頃の加絵さんを、よく
のせたんだけどね、最近は、殆ど、乗せないんだよ。」
紘一「そうですか、、、。でも、行くだけいってみます。」
運転手「わかったよ。でも、あんたさん、今時着物なんか着て、そう
やって日焼け止めクリームを塗って、もしかして、げい?」
紘一「いえいえ、全然違います。僕は、ただの調査員です。精神科の。
これを塗るのは、僕が、色素性乾皮症という病気だから。太陽の歌、
という映画を見ればわかります。」
運転手「ああ、あれか!随分流行ったなあ。それと同じ障害を持つお
客さんを初めて乗せたよ。じゃあ、随分大変な仕事をしているんだね。
健闘を祈る!頑張ってね!もう、この家だよ。」
そこは、想像以上に大きなお屋敷であった。
紘一「また、お帰りのとき、お電話いたします。お願いします。」
運転手「はいよ。この領収書に書いてある番号に電話して。じゃあ、
頑張れ!」
紘一「わかりました。」
と、タクシーを降りる。
紘一「あれ、、、?」
門を見る。立派なものであるが、一絃琴教室という、文字はどこにも
ない。とりあえずチャイムを押してみる。
声「はい、どちら様でしょうか?」
紘一「すみません、静岡県の森病院の藤井と申します。ちょっとお伺
いしたいことがありまして。」
声「ああ、宗教関係なら、関係ないですから。」
紘一「違います!僕は、そんなことじゃありません。ある、患者さん
と、関連する事件のことで、どうしても聞きたいことがあるんです。」
声「そうですか、、、。ちょっと、聞いてきます。そこでお待ち下さ
い。」
紘一「わかりました。」
紘一は、無断で門を開け、屋敷の敷地の中に入る。典型的な日本家屋
で、つくりも立派である。
紘一「これは、、、物置かな?」
と、ちいさな建物を見る。一階は農業機械などを入れてあるのだろう
か、シャッターが閉まっている。しかし、その二階は、何か、怪しい
雰囲気があった。障子が張られている。しかしそれはびりびりに破れ
ており、きちんとしている母屋とくらべると、どこかアンバランスな
のだ。
声「ぎゃあああ!ぎゃああっ!助けて助けて!お願い、助けて!おね
がい!」
紘一は母屋に飛び込んで、
紘一「ちょっと、来て下さい!娘さんですね!ああなったのは、いつ
ぐらいからなんですか!」
声「ああ、とうとう外部の人にばれてしまったか!さっさと帰らせて、
いつもの精神科へ連れて行け!」
紘一「精神関係なら、僕もそうです!そんな粗末な扱われ方では病気
を悪化させるだけです!早く病院に連れてってあげてください。外部
の人にばれるのを恐れるなんて、本人が一番苦しむだけです!世間体
なんて、もう捨ててしまってくださいよ!いくら屋敷が大きくても、
そのような態度では、人間じゃ、ありませんね!」
女性の声は、どんどん大きく強くなっている。
声「あの方の言う通りにしましょう。そのほうが、加絵さんは、楽に
なれるでしょう。」
紘一「加絵さん!」
声「しかし、、、。」
紘一「だったら、そういえばいいですよ、加絵さんは確かにだめな子
です!もうこのうちに居られないから、出て行けと。僕らが引き取っ
て、彼女を助けますから!」
声「ああ、わかりました!好きにしろ!」
紘一「よろこんでそうします!」
と、玄関ドアをピシャン!と閉め、離れの階段を駆け上がり、鍵のあ
いているドアをこじ開けて、
紘一「加絵さん!僕が助けて差し上げますから、もう大丈夫ですから
ね!」
と、言ってふすまをあけると、大量の注射器がおちている。散らかっ
た部屋の中で、長襦袢を身に着けた加絵がそこへ座り込んでいたのだ
った。
紘一は、彼女の前に座り、彼女の肩にそっと、手を掛ける。
紘一「加絵さん。」
加絵「、、、。」
紘一「加絵さん。」
加絵「、、、。」
紘一「加絵さん。」
加絵「助け、、、て、、、。」
紘一「わかりました。もう大丈夫です。ここのお宅にいては、治る病
気も治らない。僕と一緒に新しい病院にいきませんか。」
加絵「怖いところですか?」
紘一「何も怖いことはありません。傷ついて、ちょっと辛くなった人
たちが、羽を休めるところです。」
加絵「私、、、。」
紘一「なぜ、覚醒剤を使うようになったかは、聞きません。こっちで
しらべたら、わかることです。一緒に、もう一度生きられるように、
頑張りませんか?」
加絵「ほんとに、、、。」
紘一「ええ、行きましょう。」
と、彼女の肩を抱えて、立ち上がらせ、乱れた着衣を直し、ゆっくり
と、歩かせてやる。
紘一「階段気をつけてね。」
と、ドアを開けて階段をおろす。下では、中年の偉そうな男性や、メ
イドと思われる女性たちがあっけに取られてその光景を見ている。
男性「私たちのまえでは、あんなに大暴れした加絵が、なぜ、こうし
て、歩いているのだろうか。」
紘一「だって、人間ですから!今から、静岡の病院に連れて行きます。」
と、スマートフォンをダイヤルして介護タクシーを呼ぶ。直ちにタク
シーは到着し、紘一は何も言わずに加絵を乗せて、走り去ってしまう。
森病院。ベッドで眠っている加絵。そのままでは自殺のおそれがある
として、保護室に入れられている。
勝美「紘一君、よくやった。大手柄だな!」
慎一「しかし、そんなことがよくできるよなあ。感心するよ。」
勝美「紘一君は大胆だから、どっかの臆病者とはちがうんだよ。」
龍一「で、これからどうする?」
三千代「あたしが、二人の言い分を聞きあって、カウンセリングしま
しょうか?」
龍一「いや、仮屋薗さん、それはよしたほうがいい。」
勝美「なんで?」
龍一「身分というものは、誰にも避けられないよ。だからこそ、優希
君がああして犠牲になったんだ。今は、平気で身分違いで繋がること
は、可能な時代にはなっているが、それを超えて、子供を作るとなる
と、そうはいかなくなるんだよ。だから、士農工商はないかもしれな
いけど、人間が生きている以上、身分というものは必ず発生する。そ
して、その一番の被害者は子供だ。」
勝美「何で?酷いこというな、お前。折角愛し合って夫婦になったん
じゃないか。それを取り戻してあげるのが、精神科というもんじゃな
いのか。」
龍一「お前は、独身だからわかるはずもない。本来なら、結婚すべき
じゃなかったんだよ。それができるのは、フィクションの世界だけさ。
それを馬鹿みたいに読むから、現実と世界が区別できなくなるんだ。」
三千代「川島先生の言う事も、私、少しわかります。実際に子供生ん
でみると、親同士の価値観の違いで、すごく苦しい日々が続きますよ
ね。私もそれに行き詰って、結局、息子が居るから私はいつまでも自
由になれない、もう、殺すしかないってところまで追い詰められまし
たもの。周りからの期待もはなはだしかったし。それなら、もっとい
い環境のところへ養子にでもだしてやったほうが良かったんですよ。
子供を、殺害した母親が、学んだことはそういうことです。」
勝美「でも、でもさ、、、。その子のお母さんをやれるのは、その人
だけなんだよ。」
龍一「それこそ、身分制度の証だな。」
勝美「龍一は厳しいな。でも、僕らは翔太さんと加絵さんを何とかし
なければならない。そのためには、いくら身分が違うからって、さじ
を投げてはいけないよ。僕はやっぱり、二人で話し合うべきだと思う。
それが、僕らにかかっているんじゃないのか?いつも、薬を出すしか
精神科医にはできないけどさ、心の中では、できることなら代わって
やりたいって、いつも思っているんだよ。」
慎一「お前らしい台詞だな。そういうところ、高校時代から変わって
ない。」
龍一「頑張れ。何かあったら手をかしてあげるから。」
勝美「お前の手は要らないぞ。」
龍一「そうか。」
翌日。加絵は保護室で目を覚ます。川口が、朝食を持ってやってくる。
川口「おはようございます。ご気分いかがですか?今、朝食を持って
きました。食べられたら食べて、元気をつけましょう。」
加絵「私、、、。」
川口「どうしたんですか?」
加絵の目に、涙が溢れ出す。
加絵「私、、、。」
川口「ああ、まだ、不安定なのかな。ご飯を食べたら、安定剤を持っ
て来ますからね。まだ薬局が開いていないのよ。もう少し待っていて。
そうしたら、薬持ってきてあげるからね。」
加絵「いえ、、、。」
川口「私でよければ、はなしを聞くわ。それとも、専門の方に聞いて
貰うほうがいいかしら。」
加絵「優希は、、、私が殺したようなものです。いえ、私が殺したん
です。」
川口「加絵さん、落ち着いて。もしかしてそれは、覚醒剤が原因なの
かもしれないから、、、。」
加絵「違うんです。私、はっきりと覚えています。インターネットの
サイトで、、、。」
川口「どうしたんですか?」
加絵「うちの息子が、暴れてしかたない、どうしたら良いですかって、
投稿してしまったんです。」
川口「それは、誰に依頼したんですか?」
加絵「芸大の先生です。優希がお世話になっていた、、、。」
川口「芸大の先生?」
加絵「ええ、優希がピアノを習っていた、後藤という女性の教授です。
そうしたら、先生から、私が何とかしてあげるっていう、返信が来た
んですよ。」
川口「何とかしてあげるってのはつまり、、、?」
加絵「優希を、殺して、わからないようにしてあげるからと、、、。」
川口「それで、お願いしてしまったんですか!」
加絵「はい、私はそうするしか楽にはなれなかったです。翔太さんが、
病気になったのも、優希があんな風になったのも、皆お前の責任だっ
て、兄から頻繁に言われるようになりました。何もかも私のせいだ、
母親であるお前が悪いって言われたとき、私は優希を殺すしか、解決
策はないと、思ってしまいました、、、。」
川口「今の話し、、、本当ですか?」
加絵「ええ。わからなかったら、芸大の後藤先生に聞いてください。」
川口「わかりました。とりあえず、ご飯を食べて、ゆっくり休みま
しょう。」
加絵「はい、、、。」
と、パンを口にする。
ナースステイション
勝美「そうか、、、。そう言っていたか、、、。で、加絵さんは?」
川口「薬で眠ってます。」
慎一「芸大の先生に、殺害を依頼するなんて、母親なんかじゃないよ。」
龍一「その教授の方が病んでいるんじゃないか。」
看護師「朝日先生、電話です。警察の久保警視から。」
勝美「ああ、またか。」
看護師「大事な話だそうですよ。」
勝美「わかったよ。」
と、事務室に行く。
勝美は電話を取り、
勝美「はい、お電話かわりました。朝日です。」
久保「朝日先生、大変なことになりました。今朝はやく、下水処理場
から通報がありましてね。人間の片足が見つかって大騒ぎになったそ
うです。で、それを今科捜研に持っていったのですが、なんとその足
は、優希君だとわかりました。つまり、隠蔽工作のため、彼の体をバ
ラバラにして、トイレにでも流したんでしょう。」
勝美「ううー、怖いよー!なんだか、、、。」
久保「そうなんですけどね、こういう事件もないことはありませんの
で、、、。あ、実は朗報もございましてね。」
勝美「朗報ってなんだ?」
久保「はい、優希君の血液がある男の家から見つかりました。何でも
それはお風呂の浴槽からだったそうなんです。先生、もう少し、待て
ば犯人の名がわかると思います。今日の捜査でさらにわかってくると
おもいますから、もう少し協力してください。」
勝美「僕たち、その名を既に知ってしまったんですよ。」
久保「ど、どういうことですか!朝日先生が知っているとは!」
勝美「ええ、お伝えしたほうがいいですよね。母親の、加絵と、芸大
教授の後藤です。」
久保「母親!?」
勝美「ええ、藤井さんが彼女を保護することに成功しまして、彼女の
はなしからわかりました。本当に、、、悲しい事件だと思いました。」
久保「では、加絵をこちらにつれてきてくれるわけにはいきません
か?」
勝美「いや、無理だと思います。半狂乱になる可能性もあります。」
久保「では、後藤という教授は、、、?」
勝美「いや、彼女の話に登場しているだけで。真偽を確かめるために、
阿部さんに芸大に行ってもらっています。」
久保「そうですか、、、わかりました。又連絡をください。」
勝美は電話を切り、病棟に戻る。
東京藝術大学
ピアノのレッスンが行われていて、
後藤昭子「ほら、のろま!そんなにゆっくり弾くものではありません。」
学生「はい、、、。」
と、仕方なくやり直すが、どうしても弾けない。
昭子「もう!そんなに下手糞で、私のところに来るなんて、失格ね。
さっさと出て行きなさい!」
学生「でも、私は、、、。」
昭子「でもじゃありません!自分でできない人を見る時間なんてあり
ませんよ!」
と、ピアノの蓋を閉めてレッスン室をでてしまう。
廊下、近くの階段を下りようとすると、
龍之介「ちょっとまってください。」
昭子「誰ですか、あなたは。」
龍之介「学校心理士の阿部と申します。望月優希君の担任でしたよね。」
昭子「ええ、でも、あんなに入れ墨をいれた子なんて、すぐ忘れてし
まいましたわ。」
龍之介「ちょっとお伺いしたいのですが、優希君は殺させたのを知っ
ていますか?」
昭子「ええ、ニュースでちらりと。」
龍之介「貴方は、優希君のことで、かなり困っていましたか?」
昭子「ええ、だって彼は落第は免れないところまでいったのよ。」
龍之介「なぜだかわかりますか?」
昭子「ええ。だって、練習はしないし、レッスンでは泣くし。これで
は、とても芸大なんかではやってられないわよ。」
龍之介「おかしいですね。優希君はとても優秀で、音楽能力が優れて
いると、聞きましたよ。」
昭子「そんなの、大嘘ですわ!私の音楽性とはまるで違う。作曲家の
意思だといくら説明してもわからないんですから。楽譜の出版社だっ
て、いつも輸入の譜本ばかり買ってきて。私がいくら全音のものにし
なさいといっても、わからなかったんですから。どうしてあんなに拘
るのかしら。そんな子が、大天才と言われるはずはないんです。」
龍之介「今、拘ると言いましたね。それは、生まれ持った特長なんで
すよ。テレビでも話題になってますよね。しかも、音楽大学であれば、
そのような子が入学してもおかしくない時代です。モーツァルトだっ
てそうだったのではないかと言われています。つまり、発達障害です
ね。先生は高名なかたですから、そういうことは知らなかったんでし
ょうな。それを知らないで、レッスンしていたから、おかしくなって
しまったんですね。」
昭子「ええ、だって、ほかの教授に相談しても埒が開かないですもの。
皆、そういう特徴を持っている生徒はいっぱい居るよ、しか言わない。
どうしたら良いのか、まったくわかりませんでしたわ。ごめんなさい、
次の授業がありますから。」
龍之介「いえ、その必要はありません。貴方は、優希君のお母さんで
ある、望月加絵さん、今の朝岡加絵さんとはつながりがありますね。」
昭子「ありますけど、レッスンのときしかあったことはありません。」
龍之介「そうでしょう。だって、担任と生徒ですから。もし、自宅で
レッスンする場合、彼のお母さんも一緒に来ますよね。一人で来たと
しても、送り迎えなどはしていたと思います。そのときに、彼の育て
方について、相談を受けることはできますよね?」
昭子「それがどうしたって言うんです?誰がそんなことを言うんです
か?」
龍之介「ええ、お父さんの望月翔太さんです。」
昭子の顔に動揺が現れる。
龍之介「その顔をされているってことは、やっぱり、関係があるんで
すね。」
一方、森病院のカウンセリング室。慎一と龍一が翔太と話している。
慎一「つまり、優希君を音大に行かせるために、ごみやき場に勤めて
いたんですね。」
翔太「はい。でも、高校で、優希はいじめられました。ごみやき場の
息子が音大なんかに行くはずがない、と。」
春子「私もまずかったんです。優希が苦しむのを見て、大学受験はや
めろといったのですが、より、音楽にのめりこむようになって。」
慎一「まあ、それが若いということなんでしょうが、、、。」
龍一「失礼ですが、彼は特定の物に愛着が強すぎることはありません
でしたか?」
慎一「おい、なんだ今の台詞。」
翔太「はい、ありました。ヘンレとかいう、ドイツの出版社の楽譜だ
けしか楽譜を使用しませんでした。」
龍一「ああ、ヘンレは見やすくていいですよね。」
翔太「理由を聞くと、優希は同じ事を言いました。しかし、全音とか、
音楽の友社とか、ほかのものは一切買いませんでした。母は、その楽
譜がほかより高いのでしょっちゅう心配していましたが、今時の子の
ような、テレビゲームも何も買わず、その楽譜ばかりかっていました。」
龍一「なるほど。つまり、こだわりがあったということですね。彼は、
友人は居ましたか?」
春子「居ませんでした。私が近所の子の家に連れて行っても何も喋ら
ず、ひたすらに作曲をしていました。」
龍一「お母様は?」
春子「ええ、加絵さんは、ご実家のほうで、かなり責められていたよ
うです。何しろ加絵さんのお兄さんは、とても偉い人で、男子の誕生
をこころより待っていましたが、親戚同士の集まりにも、優希が行こ
うとしないので、優希を嫌っていました。二人目を強制されたことも
あり、長く不妊治療をしていましたが、、、。」
翔太「僕のほうが、貧精子症という病気だったのが原因とわかってし
まって、、、。それも、離婚の原因のひとつでした。」
龍一「それで、ご自身をせめてしまったんですね。もし、優希君が、
精神科などで治療を受けていたら、又違ったでしょうね。」
翔太「私の責任です!」
龍一「いえ、誰のせいでもありません。人間の手では変えることがで
きないものはいくらでもあります。そういう時は、素直に過ごすのが
いちばんいいのです。しかし、お二人の家柄がそれを許さなかったの
でしょう。」
翔太「はい、、、。初めて身分が違うことを知らしめされた、瞬間で
した。」
龍一「諦めること、忘れることも重要です。これからは、翔太さんの
人生を歩んで行ってください。」
翔太「わかりました。でも、優希の腕と足、こちらで葬儀してもいい
ですか?父親として、おわびをしたいんです。」
龍一「ええ、それは任せますよ。あとは、自分の生まれた境遇を大事
にしてくださいね。」
翔太「わかりました。」
春子「先生、本当にこれでいいんですか?」
龍一「長く生きていたら、わかるでしょう。」
翔太「ありがとうございます。」
と、頭を下げる。
龍一「お疲れ様でした。」
春子「ありがとうございます。」
看護師が、二人をカウンセリング室から出す。
保護室
加絵「ぎゃあ!助けて!お願い!助けて!」
と、言い、川口の腕で泣き伏す。
勝美「うーん、これではなあ。まだ外に出せないよ。」
由紀夫「そうだね。ほかの患者さんにも迷惑がかかるし、、、。」
看護師がやってきて、
看護師「朝日先生、生田病院さんから、転院された方がお見えで
すが。」
勝美「入院が必要なの?」
看護師「ええ、自殺の恐れがあるそうです。」
勝美「保護室は満タンだから断って。病院がパンクするからやめてと。」
看護師「そうですけど、この方、もっと専門性が高いところにいった
ほうが良くありませんか?だって、毎日毎日助けてと怒鳴るので、眠
れないと、ほかの患者さんから苦情が出てますよ。」
勝美「あのねえ、患者さんから苦情が出るのは当たり前なの!そんな
のに、付き合っていたら、時間の無駄だよ!」
由紀夫「いや、今回はそのほうが言いと思うよ。」
勝美「なんですか澤田さんまで!」
由紀夫「餅は餅屋という言葉があるだろ。ここは薬物依存の専門では
ないし、紘一君だって、体力のある人間じゃないんだから、そのほう
が良いと思う。それに、君はほかの患者さんも抱えているんだからね。」
勝美「そうか、、、。それは悲しいな、、、。」
由紀夫「悲しくても、仕方ないときもあるんだよ。」
勝美「わかりました、、、。」
と、目に流れた涙を拭く。
勝美「じゃあ、時候病院に電話を。」
看護師「わかりました。」
保護室の中を見ると、加絵は、川口に抱きかかえられながら、泣きは
らしているのだった。
警察署、取調室。龍之介も立会い、昭子の取調べが行われている。
昭子「加絵さんに相談を持ちかけられたのは、優希君が大学に入学し
たときからでした。初めのころは、反抗期なのかと思っていましたが、
はなしを聞いていると、家庭内暴力に近いような感じでした。加絵さ
んは、それから、毎日のように電話をしてきて、、、。とにかく優希
に殺される、助けてくれ、それを繰り返しました。」
久保「優希君が暴力に走った理由はききましたか?」
昭子「ええ、友人ができなかったらしいんです。加絵さんは、大学に
いったら、やりたいことが何でもやれる、楽しいことはいくらでもあ
るからって、励まし続けていたらしいんですけど、何もできなかった
ので、優希君は怒りの矛先を加絵さんに向けたんだと思います。その
証拠で、入れ墨をしたのでしょう。」
龍之介「確かに、寂しいという感情は、良い事をもたらしてはくれな
いですからな。」
久保「で、優希君を殺害した理由を教えてくれませんか?容疑者の男
は、ぜんぶ貴方の指示でやったといっていますよ。優希君の名前は知
らないし、顔を見た事もないそうです。」
昭子「はい。確かにそうです。私が、その男にお金を払い、優希君を
始末してくれと頼みました。そして、できるだけ警察にわからないよ
うに処分しろ、ともいいました。」
久保「では、腕だけを残して、ほかは?」
昭子「ええ、全部切り刻んで下水に流すようにさせました。」
久保「では、腕と足だけで、優希君の遺体は、」
昭子「全部、細かく切り刻んで、下水に捨てさせました。形あるもの
を、絶対に残さないように、と言って置いたので。」
久保「なんと、、、恐ろしい。」
昭子「私は全身の遺体を処分してしまえと言いましたが、岩本山に腕
をのこしたり、下水に足を残す、ということは指示していません。き
っと、あの男が、情けで残したものではないでしょうか。」
龍之介「きっと、こんな任務に耐えることができなかったのでしょう
ね。申し訳ない気持ちで、腕をあそこに置いたのかもしれません。で
も、優希君のお父さんもおばあさまも、最愛の彼の顔を見ることはで
きないんですね!」
久保「最後に、その依頼した男との関係を教えてください。」
昭子「何も知りません。ただ、そういうサイトがあって、それで取引
しました。私自身も名前を知らないし、住所も国籍も知りません。」
久保「あった事もないんですか?」
昭子「ええ。報酬は、彼が指定した口座に振り込みました。」
久保「どうして、大学の信頼できる人に相談したり、精神科なんかを
紹介してあげたりとか、しなかったんですか?」
昭子「だって、、、私の家系の者が、精神科なんて行ったら家がつぶ
れますから。」
龍之介「なるほど、、、。偉い人は偉い人の悩みがあり、それを乗り
超えるのは難しいわけですな。やっぱり、身分制度って、存在するん
ですね。」
久保「貴方みたいな高名な人が犯罪を犯すわけですからな。」
龍之介「教員、失格です!」
昭子「御免なさい。」
婦人警官が入ってきて
婦人警官「警視、裁判所から護送車が来ましたよ。」
久保「わかりました、行こうか。」
昭子「はい、、、。」
婦人警官が、昭子に手錠を掛ける。彼女は何もびくびくした様子も見
せず、龍之介が呆れる中、護送車に乗ってさって行く。
同じ頃、森病院の病室。翔太が、何気なく外を見ていると、一台の車
が正面玄関から出て行った。
翔太「加絵、、、。いつか必ず帰ってきてくれよ。」
翔太は、病室のテーブルの上にあった、優希の遺骨の入った瓶を抱き
しめた。
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BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
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