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正声
十八拍・白芙蓉(壱)
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数年が経過した。
相変わらず東国は戦乱続きである。
盗賊集団大乘党は、すでに盗賊とは呼べない規模に達していた。
しかも、大乘党の頭目・小太郎教理は、ただの盗賊ではない。異母兄を殺して頭目になったが、その異母兄が頭目だった頃の大乘党とは、かなり様子が違っていた。
今の大乘党は武士団である。
組織を大きくするために、他人のものを奪ってきた。しかし、ある程度の財力と武力とを備えてからは、周囲に嫌われるばかりでは具合がよくないと、民から米を奪ってきた彼等が、いつしかシマの民と米を守るようになったのだ。
これ則ち、武士が領地を守るのと同じことである。
大乘党は民から嫌われなくなってきている。
そして、武力は凄まじく、武士の中に大乘党の旗の下に集う者まで現れた。
こうして、土地を持って自ら馳せ参じる者も続出し、大乘党はその勢力を拡大して行っている。
陸奥、出羽、越後辺りが大乘党の勢力地である。
上野の時有とは、戦が絶えなかった。
また、常陸の経実も全く和睦しないため、教理、時有、経実は三つ巴の争いを繰り広げている。
時有は近頃敗戦続きであった。
越後を大乘党に奪われたのは、明らかに時有に責任がある。
また、経実との小競り合いにもよく負けている。
「殿より上野介殿の方が頼りになるのではないか?」
「負けた時は、殿が上野介殿の献策に従わなかった時だろう。上野介殿は戦上手でいらせられるのに、何故言う通りになさらぬのだ?」
家臣達は、近頃よくそのような陰口をきいていた。
更には。
「さっさと法化党と和睦せねばなるまい。上野介殿は経実の義弟。上野介殿が主なれば、頑なな経実も?」
「それよ!思い出したわ。確か、経実には、次の当主には貴姫君の御子を据えると約さなかったか?貴姫君の御子は経実の甥故、経実も助けてくれよう」
「そうだった、そうだった。殿がすぐにも如意王(にょいおう)君に当主を譲られればよいのだ」
如意王君とは、信時と貴姫君の若君である。
「まだ赤子(やや)でいらせられる。後見が必要だの」
「すると、実父の上野介殿が後見をなさるのがよいのだろうな」
「いやいや。表向きは殿だろ。実権は上野介殿か」
中には、彼等の単純な発想に異を唱える者もあった。
「殿には藤若(ふじわか)君がおわす。殿がご自分の御子がありながら、御甥君を後継になさるとは思えぬ」
「貴殿らが如意王君如意王君と騒ぐと、内紛が起き兼ねないぞ。大乘党や法化党と戦するより、そっちの方が厄介だわえ」
信時はそのような家臣達の話を小耳に挟んで、憂いていた。
夜、帰宅した信時が、いつまでも簀子にいて、中に入ってこようとしないので、貴姫君は様子を見に出てみた。信時は最近いつも暗い面持ちである。
「信時の君」
こちらに背を向けていた信時が振り返った。姫を見ると、笑顔になったが、姫にはそれが痛々しい。
「どうなさいましたの?」
「何も。庭を見ていただけです。綺麗だなあと」
すると、姫はため息をついた。
「信時の君は国と戦と、殿のために、寝る暇も忘れて日々奮闘しておわします。御心が傷ついていらせられるのではと、私は心配で。内に貯めてばかりいては、御心が壊れてしまいます。私を気遣って下さって、とても有り難いですが……」
「はははは」
信時は笑った。
「隠していたつもりでしたが、わかってしまいましたか。確かに、悩んでいましたよ」
信時はあっさり認めた。
姫は、
「全くお顔にさえ出ていませんでしたけれど、わかります」
と言った。
信時は笑顔のまま溜め息をついた。
「近頃、家臣達がよからぬことを口にします。兄上は確かに敗戦続きですが、家臣達の忠義が揺らぎ……あろうことか、この私を……」
「それは宜しいではございませんか」
「何?」
思わず、尖った声を出した。
「あなたまで、何を!」
時有がありながら、信時を当主にという動きがあるのに、何がよいというのか。
謀反だ。内紛だ。
「信時の君に皆が必ず従うならば、安泰です。信時の君は、そこまで家臣達に信頼され、民にも慕われる御方。皆ついて参ります。信時の君に皆忠義であるならば、問題ありません。信時の君はただ殿に従順であれば、大丈夫。皆はどこまでも信時の君に従います。となれば、自ずと信時の君の主である義兄君を、主君と仰ぐことになります。信時の君さえ、殿に従順である限り、我が家は安泰。私も皆も、あなたを信じています」
参った、という顔をした。信時は貴姫君の手を握る。
「あなたの話を聞いていたら、悩んでいる私が馬鹿みたいではありませんか」
姫はくすっと笑う。
「兄と姉と……法化党では昔からよくあるお話です。皆、姉に心酔していますから、姉が兄に取って代わろうとすれば、皆従います。でも、その姉が兄に従順である限り、家臣達も皆、兄の臣下たる姉について行くので、結果的に皆、兄の臣下なのです。信時の君も同じです。全て信時の君のお心次第。皆、あなたのお心に従うでしょう。あなたは、御兄君に従っていきたいのでしょう?それでよいではございませんか」
「なるほど」
信時は頷いた。
法化党の秘密は、信時の中にだけある。姫は秘密を、信時にだけはうち明けていた。
「もう、くよくよ考えるのはやめます。私もあなたの言葉を信じます」
信時はそう言うと、そうだと急に思い出して、
「明日、客人が来ます。楽しみになさるといい」
と、語気を変えた。
「客人?」
「旅の僧とのことですが、琵琶と和琴に長けていて、母が大層気に入ったとかで。あなたは音楽好き故、あなたにも僧の琵琶を聴かせたいと」
牧邸に卑しからざる一人の僧が通りかかった。
和歌を詠む旅を続けているという。これから、白河の関に向かうのだという。
だが、その前に、音に聞く武蔵守時有に挨拶をしたかったというのだ。それでわざわざ寄り道して、牧邸を訪問したという。
僧は歌人というだけあって、実に見事な和歌を次々に詠んでみせたが、それだけではない。音楽好きで、琵琶や和琴に秀でていた。
時有は当然僧を気に入ったが、時有以上に母の春日の大上は音楽好きである。時有は、母に僧を会わせようと、しばらく滞在を勧め、十日程前から僧は牧邸に宿泊しているのだった。
その間、時有からの要望で東殿に大上を訪ねた僧は、すっかり大上にも気に入られてしまった。
「どことなく似ているのだそうですよ。私の友に……」
信時はそう言うと、やや俯いた。
「友?」
「姫君も覚えているでしょう?安友ですよ。今、どこにいるのやら、行方知れずですが……」
「まあ、安友の君。楽所召人でしたね。どうなさっているのかしら。あの方に似ているのですか?」
「母は安友が大好きでしたからね、琵琶が上手いというだけで、安友と重なるのでしょう」
その安友に似た僧の琵琶を、貴姫君にも聴かせたいと大上は思ったのだった。それで、明日、僧をこちらに寄越すのだという。
信時は安友を思い出して、また顔を暗くしてしまった。
姫はわざとはしゃいで、
「琵琶と和琴ですか。楽しみですね。私も伊賀守為長の姪です。久し振りに、よい音楽を聴かせて頂けるのは、とても嬉しいことです。大上のお心遣い、感謝致します」
姫はこの時は、確かに楽しみだったのであった。
だが。
翌日。
その僧が来ると、姫の表情が一転した。
思わず、怒鳴り散らしそうになるのを辛くも堪えた。
旅の僧。
それは姫の兄・経実の仕掛けた罠だった。
旅の僧の正体は、十二安の理安だったのである。理安は雲門入道の子で、貴姫君の縁者でもあった。確かに昔から楽才があり、かの伊賀守為長に琴の琴も習ったこともある。
兄が、経実が、何かの目的で送り込んできたのだ。
姫は御簾越しに理安を睨み、どうにか沈黙を続けることができた。
理安が動いたのは、その三日後の事であった。
相変わらず東国は戦乱続きである。
盗賊集団大乘党は、すでに盗賊とは呼べない規模に達していた。
しかも、大乘党の頭目・小太郎教理は、ただの盗賊ではない。異母兄を殺して頭目になったが、その異母兄が頭目だった頃の大乘党とは、かなり様子が違っていた。
今の大乘党は武士団である。
組織を大きくするために、他人のものを奪ってきた。しかし、ある程度の財力と武力とを備えてからは、周囲に嫌われるばかりでは具合がよくないと、民から米を奪ってきた彼等が、いつしかシマの民と米を守るようになったのだ。
これ則ち、武士が領地を守るのと同じことである。
大乘党は民から嫌われなくなってきている。
そして、武力は凄まじく、武士の中に大乘党の旗の下に集う者まで現れた。
こうして、土地を持って自ら馳せ参じる者も続出し、大乘党はその勢力を拡大して行っている。
陸奥、出羽、越後辺りが大乘党の勢力地である。
上野の時有とは、戦が絶えなかった。
また、常陸の経実も全く和睦しないため、教理、時有、経実は三つ巴の争いを繰り広げている。
時有は近頃敗戦続きであった。
越後を大乘党に奪われたのは、明らかに時有に責任がある。
また、経実との小競り合いにもよく負けている。
「殿より上野介殿の方が頼りになるのではないか?」
「負けた時は、殿が上野介殿の献策に従わなかった時だろう。上野介殿は戦上手でいらせられるのに、何故言う通りになさらぬのだ?」
家臣達は、近頃よくそのような陰口をきいていた。
更には。
「さっさと法化党と和睦せねばなるまい。上野介殿は経実の義弟。上野介殿が主なれば、頑なな経実も?」
「それよ!思い出したわ。確か、経実には、次の当主には貴姫君の御子を据えると約さなかったか?貴姫君の御子は経実の甥故、経実も助けてくれよう」
「そうだった、そうだった。殿がすぐにも如意王(にょいおう)君に当主を譲られればよいのだ」
如意王君とは、信時と貴姫君の若君である。
「まだ赤子(やや)でいらせられる。後見が必要だの」
「すると、実父の上野介殿が後見をなさるのがよいのだろうな」
「いやいや。表向きは殿だろ。実権は上野介殿か」
中には、彼等の単純な発想に異を唱える者もあった。
「殿には藤若(ふじわか)君がおわす。殿がご自分の御子がありながら、御甥君を後継になさるとは思えぬ」
「貴殿らが如意王君如意王君と騒ぐと、内紛が起き兼ねないぞ。大乘党や法化党と戦するより、そっちの方が厄介だわえ」
信時はそのような家臣達の話を小耳に挟んで、憂いていた。
夜、帰宅した信時が、いつまでも簀子にいて、中に入ってこようとしないので、貴姫君は様子を見に出てみた。信時は最近いつも暗い面持ちである。
「信時の君」
こちらに背を向けていた信時が振り返った。姫を見ると、笑顔になったが、姫にはそれが痛々しい。
「どうなさいましたの?」
「何も。庭を見ていただけです。綺麗だなあと」
すると、姫はため息をついた。
「信時の君は国と戦と、殿のために、寝る暇も忘れて日々奮闘しておわします。御心が傷ついていらせられるのではと、私は心配で。内に貯めてばかりいては、御心が壊れてしまいます。私を気遣って下さって、とても有り難いですが……」
「はははは」
信時は笑った。
「隠していたつもりでしたが、わかってしまいましたか。確かに、悩んでいましたよ」
信時はあっさり認めた。
姫は、
「全くお顔にさえ出ていませんでしたけれど、わかります」
と言った。
信時は笑顔のまま溜め息をついた。
「近頃、家臣達がよからぬことを口にします。兄上は確かに敗戦続きですが、家臣達の忠義が揺らぎ……あろうことか、この私を……」
「それは宜しいではございませんか」
「何?」
思わず、尖った声を出した。
「あなたまで、何を!」
時有がありながら、信時を当主にという動きがあるのに、何がよいというのか。
謀反だ。内紛だ。
「信時の君に皆が必ず従うならば、安泰です。信時の君は、そこまで家臣達に信頼され、民にも慕われる御方。皆ついて参ります。信時の君に皆忠義であるならば、問題ありません。信時の君はただ殿に従順であれば、大丈夫。皆はどこまでも信時の君に従います。となれば、自ずと信時の君の主である義兄君を、主君と仰ぐことになります。信時の君さえ、殿に従順である限り、我が家は安泰。私も皆も、あなたを信じています」
参った、という顔をした。信時は貴姫君の手を握る。
「あなたの話を聞いていたら、悩んでいる私が馬鹿みたいではありませんか」
姫はくすっと笑う。
「兄と姉と……法化党では昔からよくあるお話です。皆、姉に心酔していますから、姉が兄に取って代わろうとすれば、皆従います。でも、その姉が兄に従順である限り、家臣達も皆、兄の臣下たる姉について行くので、結果的に皆、兄の臣下なのです。信時の君も同じです。全て信時の君のお心次第。皆、あなたのお心に従うでしょう。あなたは、御兄君に従っていきたいのでしょう?それでよいではございませんか」
「なるほど」
信時は頷いた。
法化党の秘密は、信時の中にだけある。姫は秘密を、信時にだけはうち明けていた。
「もう、くよくよ考えるのはやめます。私もあなたの言葉を信じます」
信時はそう言うと、そうだと急に思い出して、
「明日、客人が来ます。楽しみになさるといい」
と、語気を変えた。
「客人?」
「旅の僧とのことですが、琵琶と和琴に長けていて、母が大層気に入ったとかで。あなたは音楽好き故、あなたにも僧の琵琶を聴かせたいと」
牧邸に卑しからざる一人の僧が通りかかった。
和歌を詠む旅を続けているという。これから、白河の関に向かうのだという。
だが、その前に、音に聞く武蔵守時有に挨拶をしたかったというのだ。それでわざわざ寄り道して、牧邸を訪問したという。
僧は歌人というだけあって、実に見事な和歌を次々に詠んでみせたが、それだけではない。音楽好きで、琵琶や和琴に秀でていた。
時有は当然僧を気に入ったが、時有以上に母の春日の大上は音楽好きである。時有は、母に僧を会わせようと、しばらく滞在を勧め、十日程前から僧は牧邸に宿泊しているのだった。
その間、時有からの要望で東殿に大上を訪ねた僧は、すっかり大上にも気に入られてしまった。
「どことなく似ているのだそうですよ。私の友に……」
信時はそう言うと、やや俯いた。
「友?」
「姫君も覚えているでしょう?安友ですよ。今、どこにいるのやら、行方知れずですが……」
「まあ、安友の君。楽所召人でしたね。どうなさっているのかしら。あの方に似ているのですか?」
「母は安友が大好きでしたからね、琵琶が上手いというだけで、安友と重なるのでしょう」
その安友に似た僧の琵琶を、貴姫君にも聴かせたいと大上は思ったのだった。それで、明日、僧をこちらに寄越すのだという。
信時は安友を思い出して、また顔を暗くしてしまった。
姫はわざとはしゃいで、
「琵琶と和琴ですか。楽しみですね。私も伊賀守為長の姪です。久し振りに、よい音楽を聴かせて頂けるのは、とても嬉しいことです。大上のお心遣い、感謝致します」
姫はこの時は、確かに楽しみだったのであった。
だが。
翌日。
その僧が来ると、姫の表情が一転した。
思わず、怒鳴り散らしそうになるのを辛くも堪えた。
旅の僧。
それは姫の兄・経実の仕掛けた罠だった。
旅の僧の正体は、十二安の理安だったのである。理安は雲門入道の子で、貴姫君の縁者でもあった。確かに昔から楽才があり、かの伊賀守為長に琴の琴も習ったこともある。
兄が、経実が、何かの目的で送り込んできたのだ。
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