七絃灌頂血脉──琴の琴ものがたり

国香

文字の大きさ
70 / 180
正声

十八拍・白芙蓉(壱)

しおりを挟む
 数年が経過した。

 相変わらず東国は戦乱続きである。

 盗賊集団大乘党は、すでに盗賊とは呼べない規模に達していた。

 しかも、大乘党の頭目・小太郎教理は、ただの盗賊ではない。異母兄を殺して頭目になったが、その異母兄が頭目だった頃の大乘党とは、かなり様子が違っていた。

 今の大乘党は武士団である。

 組織を大きくするために、他人のものを奪ってきた。しかし、ある程度の財力と武力とを備えてからは、周囲に嫌われるばかりでは具合がよくないと、民から米を奪ってきた彼等が、いつしかシマの民と米を守るようになったのだ。

 これ則ち、武士が領地を守るのと同じことである。

 大乘党は民から嫌われなくなってきている。

 そして、武力は凄まじく、武士の中に大乘党の旗の下に集う者まで現れた。

 こうして、土地を持って自ら馳せ参じる者も続出し、大乘党はその勢力を拡大して行っている。

 陸奥、出羽、越後辺りが大乘党の勢力地である。

 上野の時有とは、戦が絶えなかった。

 また、常陸の経実も全く和睦しないため、教理、時有、経実は三つ巴の争いを繰り広げている。

 時有は近頃敗戦続きであった。

 越後を大乘党に奪われたのは、明らかに時有に責任がある。

 また、経実との小競り合いにもよく負けている。

「殿より上野介殿の方が頼りになるのではないか?」

「負けた時は、殿が上野介殿の献策に従わなかった時だろう。上野介殿は戦上手でいらせられるのに、何故言う通りになさらぬのだ?」

 家臣達は、近頃よくそのような陰口をきいていた。

 更には。

「さっさと法化党と和睦せねばなるまい。上野介殿は経実の義弟。上野介殿が主なれば、頑なな経実も?」

「それよ!思い出したわ。確か、経実には、次の当主には貴姫君の御子を据えると約さなかったか?貴姫君の御子は経実の甥故、経実も助けてくれよう」

「そうだった、そうだった。殿がすぐにも如意王(にょいおう)君に当主を譲られればよいのだ」

 如意王君とは、信時と貴姫君の若君である。

「まだ赤子(やや)でいらせられる。後見が必要だの」

「すると、実父の上野介殿が後見をなさるのがよいのだろうな」

「いやいや。表向きは殿だろ。実権は上野介殿か」

 中には、彼等の単純な発想に異を唱える者もあった。

「殿には藤若(ふじわか)君がおわす。殿がご自分の御子がありながら、御甥君を後継になさるとは思えぬ」

「貴殿らが如意王君如意王君と騒ぐと、内紛が起き兼ねないぞ。大乘党や法化党と戦するより、そっちの方が厄介だわえ」

 信時はそのような家臣達の話を小耳に挟んで、憂いていた。

 夜、帰宅した信時が、いつまでも簀子にいて、中に入ってこようとしないので、貴姫君は様子を見に出てみた。信時は最近いつも暗い面持ちである。

「信時の君」

 こちらに背を向けていた信時が振り返った。姫を見ると、笑顔になったが、姫にはそれが痛々しい。

「どうなさいましたの?」

「何も。庭を見ていただけです。綺麗だなあと」

 すると、姫はため息をついた。

「信時の君は国と戦と、殿のために、寝る暇も忘れて日々奮闘しておわします。御心が傷ついていらせられるのではと、私は心配で。内に貯めてばかりいては、御心が壊れてしまいます。私を気遣って下さって、とても有り難いですが……」

「はははは」

 信時は笑った。

「隠していたつもりでしたが、わかってしまいましたか。確かに、悩んでいましたよ」

 信時はあっさり認めた。

 姫は、

「全くお顔にさえ出ていませんでしたけれど、わかります」

と言った。

 信時は笑顔のまま溜め息をついた。

「近頃、家臣達がよからぬことを口にします。兄上は確かに敗戦続きですが、家臣達の忠義が揺らぎ……あろうことか、この私を……」

「それは宜しいではございませんか」

「何?」

 思わず、尖った声を出した。

「あなたまで、何を!」

 時有がありながら、信時を当主にという動きがあるのに、何がよいというのか。

 謀反だ。内紛だ。

「信時の君に皆が必ず従うならば、安泰です。信時の君は、そこまで家臣達に信頼され、民にも慕われる御方。皆ついて参ります。信時の君に皆忠義であるならば、問題ありません。信時の君はただ殿に従順であれば、大丈夫。皆はどこまでも信時の君に従います。となれば、自ずと信時の君の主である義兄君を、主君と仰ぐことになります。信時の君さえ、殿に従順である限り、我が家は安泰。私も皆も、あなたを信じています」

 参った、という顔をした。信時は貴姫君の手を握る。

「あなたの話を聞いていたら、悩んでいる私が馬鹿みたいではありませんか」

 姫はくすっと笑う。

「兄と姉と……法化党では昔からよくあるお話です。皆、姉に心酔していますから、姉が兄に取って代わろうとすれば、皆従います。でも、その姉が兄に従順である限り、家臣達も皆、兄の臣下たる姉について行くので、結果的に皆、兄の臣下なのです。信時の君も同じです。全て信時の君のお心次第。皆、あなたのお心に従うでしょう。あなたは、御兄君に従っていきたいのでしょう?それでよいではございませんか」

「なるほど」

 信時は頷いた。

 法化党の秘密は、信時の中にだけある。姫は秘密を、信時にだけはうち明けていた。

「もう、くよくよ考えるのはやめます。私もあなたの言葉を信じます」

 信時はそう言うと、そうだと急に思い出して、

「明日、客人が来ます。楽しみになさるといい」

と、語気を変えた。

「客人?」

「旅の僧とのことですが、琵琶と和琴に長けていて、母が大層気に入ったとかで。あなたは音楽好き故、あなたにも僧の琵琶を聴かせたいと」

 牧邸に卑しからざる一人の僧が通りかかった。

 和歌を詠む旅を続けているという。これから、白河の関に向かうのだという。

 だが、その前に、音に聞く武蔵守時有に挨拶をしたかったというのだ。それでわざわざ寄り道して、牧邸を訪問したという。

 僧は歌人というだけあって、実に見事な和歌を次々に詠んでみせたが、それだけではない。音楽好きで、琵琶や和琴に秀でていた。

 時有は当然僧を気に入ったが、時有以上に母の春日の大上は音楽好きである。時有は、母に僧を会わせようと、しばらく滞在を勧め、十日程前から僧は牧邸に宿泊しているのだった。

 その間、時有からの要望で東殿に大上を訪ねた僧は、すっかり大上にも気に入られてしまった。

「どことなく似ているのだそうですよ。私の友に……」

 信時はそう言うと、やや俯いた。

「友?」

「姫君も覚えているでしょう?安友ですよ。今、どこにいるのやら、行方知れずですが……」

「まあ、安友の君。楽所召人でしたね。どうなさっているのかしら。あの方に似ているのですか?」

「母は安友が大好きでしたからね、琵琶が上手いというだけで、安友と重なるのでしょう」

 その安友に似た僧の琵琶を、貴姫君にも聴かせたいと大上は思ったのだった。それで、明日、僧をこちらに寄越すのだという。

 信時は安友を思い出して、また顔を暗くしてしまった。

 姫はわざとはしゃいで、

「琵琶と和琴ですか。楽しみですね。私も伊賀守為長の姪です。久し振りに、よい音楽を聴かせて頂けるのは、とても嬉しいことです。大上のお心遣い、感謝致します」

 姫はこの時は、確かに楽しみだったのであった。

 だが。

 翌日。

 その僧が来ると、姫の表情が一転した。

 思わず、怒鳴り散らしそうになるのを辛くも堪えた。

 旅の僧。

 それは姫の兄・経実の仕掛けた罠だった。

 旅の僧の正体は、十二安の理安だったのである。理安は雲門入道の子で、貴姫君の縁者でもあった。確かに昔から楽才があり、かの伊賀守為長に琴の琴も習ったこともある。

 兄が、経実が、何かの目的で送り込んできたのだ。

 姫は御簾越しに理安を睨み、どうにか沈黙を続けることができた。

 理安が動いたのは、その三日後の事であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

徳川慶勝、黒船を討つ

克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。 もしかしたら、消去するかもしれません。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

処理中です...