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後序
三拍・禁指(弐)
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翌日は、検非違使別当でもある公季卿が稽古に訪れた。
粟田口尼は検非違使で拷問された末、獄に繋がれたまま自害したという。
この時の別当は公季卿ではない。公季卿が別当になったのは四年前だ。だが、検非違使庁には、当時の資料が残っているのではあるまいか。
敏平は公季卿に頼み込んだ。
「どうしても調べて頂きたい。極秘のことに違いないから、誰でも目にすることができるわけではありますまい。なれど、大理(検非違使別当)の御身なれば、目を通すことも無理ではないのでは……?」
公季卿は勿論断った。庁の極秘事項。いくら尊敬する師からの頼みでも、部外者に漏らすわけにはいかない。
だが、敏平は粘った。
「その洛神図。もしかすると、行方がわからなくなっている呉楚派の宝物であるかもしれないのです。あれは代々呉楚派の当主に受け継がれてきました。洛神図は当主の証。七賢の韶徳三位殿が持っていたもの。三位殿が謀反により処罰され、そのほとんどが没官となりました。洛神図もそれ以来、行方不明。宮中にある筈だと亡き姫君は仰せでしたが、昨日確かめたところ、宮中にはないことが判明しました」
その言葉には、さすがに心動かされたらしい。
公季卿、庁にとって返し、極秘文書を探しあてて、様々調べあげた。
もし、帝の愛する洛神図が呉楚派に受け継がれてきたものと同一であったならば……その可能性は否定できないと敏平は思う。
そして、もし同一だとするならば、それをどうして粟田口尼が持っていたというのだ。
そして何より、どうして院を毒殺などと、天地が逆転しても決して起こり得ないようなことを、恐ろしい大罪を犯したというのか。
粟田口尼の事件の真相を探れば、洛神図の謎も解けるだろう。
二日後、別当公季卿が、身の毛もよだつような話を携えてやって来た。
「前大理卿は三度もこれを務めたほどの人物です。恐れ多くも院を毒殺した女に、容赦などありません。そのわけを聞き出すための暴力は、私の想像の域を遥かに超えるもので……同じ職にありながら、私は調べていて、恥ずかしながら気を失ってしまいました」
公季卿が、別当しか見ることのできない極秘の書類を読んで、知り得たこととは。
まず、前別当の拷問は想像を絶するものであったこと。それでも粟田口尼は黙秘を続けたこと。
ついに院を毒殺したことは認めた。しかし、何故そのような恐ろしいことをしたのか、その理由は決して言わなかった。また、尼が何者であるのか、その己の素性についても決して口を割らなかった。
尼には絵の上手な妹がいたことは知られていた。その妹の死後、喪も明けぬうちから院の御前に参り、琵琶弾き、そして院を弑したのである。
前別当の拷問の手が緩められることがなかったのは、当然のこと。何としても、毒殺の理由と彼女の素性とを聞き出さなくてはならなかった。
しかし、尼は粘り強い。黙秘は続いた。
それで。前別当は最後の手段に出た。
即ち、
「琵琶弾きにとって、右手は大事なものだな。右手がなければ、撥を持てない。琵琶を奏でることはできない」
と言って、尼の右腕を根元から斬らむとしたのだ。
だが、ただの脅しだと軽く見てか、尼はやはり何も言わない。
そこで、本気なのだという証拠に、別当は本当に尼の右腕を斬り落とさなければならなくなった。
こうして、琵琶奏者の右腕は失われた。
激痛に、尼は転がった自分の右手を目にする暇もなく気絶した。ようやく気づいた時、息つく暇もなく、また拷問が再開された。
今度は左手を斬り落とすと別当は言った。別当の本気は伝わった筈だ。しかし、それでも尼は言わない。
別当はとうとう左腕も斬らせた。その余りの痛さに堪えきれず、尼はつい口走ってしまいそうだったに違いない。
「まだ言わぬか。今度は右足を斬るぞ」
という言葉に、これ以上の痛みはもう無理と思ったろう。だが、もう声も出ない。
「両足を落とすぞ。戚夫人になりたいかっ!?」
別当は焦っていた。何としても自白させなければならない。
尼は、もうしゃべってしまいそうな自分が恐ろしかった。だが、決して口にしてはならぬという意志の方が勝り、彼女の体の最も恐ろしい部分、それを失う道を選んだ。
尼は己の舌を噛みきったのだ。
三寸の舌はしゃべることができなくなった。そして、舌を失った尼は、同時に命も失った。
粟田口尼はこうして壮絶な死を遂げたのだった。
尼が死んでしまったので、何もわからなくなってしまった。
そこで、前別当は、尼の琵琶の師である源宰相ならば何か知っているかもしれないと、源宰相を訪ねた。
源宰相はこの頃、猶子の掌侍和子(なぎこ)が行方不明になっていた。色々と不審な点があった。
しかし、源宰相は尼のことは全く知らないという。前別当は負けじと鋭く詰問した。だが、そのうち、源宰相の娘婿で武門の遠貞(とおさだ)が出てきて、舅の傍らに仁王立ちして凄んでみせたので、前別当はその武力が恐ろしくて、逃げ帰ってきてしまった。
遠貞は時憲の乱に功績のあった英雄で、庶民にさえ人気のある人であった。その武力の威力のほどは、子供でも知っている。さすがの前別当でも、遠貞は恐ろしかった。
さて、源宰相が前別当に対して頑なだったのには、理由のあることだった。
猶子・和子のことをあまり調べられたくなかったからだ。
源宰相は琵琶の名手だが、和琴の名手でもあった。兵部卿宮に師事し、また、親しく養っている〔女麗〕子(よしこ)女王も兵部卿宮とは同門の和琴の名手。
源宰相は女房を一人、〔女麗〕子女王に仕えさせていた。
女王と兵部卿宮は同じ道の同門ということで親しく、宮は度々女王を訪ねていた。
そこで、宮は女王の女房に目がとまった。すなわち、宮は女房を寵愛した。
すぐに女房は宮の御子を身ごもった。宮の妻たる人は源宰相の兄の姫君、つまり姪で、この人には子がなかった。それで、女房の子はこの人が引き取り、母として養育することになった。
しかし、御子の生母が、何かの拍子に公になることがあるかもしれない。それを考えると、彼女があまりに身分卑しいのは問題である。
そこで、源宰相は女房を猶子とし、朝廷に申し出て掌侍にしてもらった。その女房・掌侍和子は密かに御子を産んだ。それは頼周王という。
和子はその後、出奔したのだが、彼女のことを調べられでもしたら、頼周王の出生が明らかになってしまう。源宰相はそのことを恐れた。
遠貞の武を頼んで、別当の調査をどうにか回避したのであった。
だが、それがために、前別当はそれ以上情報を得ることはできなかったのだ。
極秘文書にあったのは、それくらいのことだった。
「真相は藪の中です」
やがて、溜め息とともに公季卿は言った。
「前大理卿は、あれだけのことをしたにもかかわらず、結局何も知ることができませんでした。尼が懐中に砒素や朱砂、石硫黄をしのばせていたので、これらを院に飲ませ奉ったのでしょう。そのことが想像されるだけでした。そして、主上は、院は急な病で亡くなられたということに遊ばした。尼をも病死ということに」
「……何故、さまで頑なに……」
「言うくらいならば、死を選ぶ……。余程正体を知られたくなかったのでしょうね」
「……聶政……」
「え?」
「聶政のようだ……」
敏平はそう思った。その言葉、公季卿は引っ掛かる。
聶政。
父の敵は国君。その敵に報い、しかし、出自を知られることを何より恐れた。面皮を削いで、何者か見分けできないほどのひどい姿になった。その上で、自害したという。
粟田口尼も、満身創痍になりながらも、出自は絶対に明かさなかった。そして、死を選んだ。
聶政は三世の罪により、母にも累が及ぶことを恐れた故に、したことだった。では、粟田口尼は?
もしや、尼も三世の罪を恐れたのか?
尼にも父母があれば、兄弟もあったに違いない。それらの人々に、累が及ぶことを恐れたのだろうか。
そこまで考えたところで、敏平はぎょっとした。その思いつき……
尼は院を毒殺するほど憎んでいた。
尼は三世の罪を恐れて出自を明らかにしなかった?
尼は洛神図を持っていた。もし、あれが行方不明の呉楚派の洛神図だったとしたら。
尼が持っていた毒物が丹砂と砒素と石硫黄というのも、尼が煉丹術を心得ていたということではあるまいか。
生前の粟田口尼の年格好を思い浮かべ、やはり一人の人物に思い当たり、敏平は恐ろしさに気が動転した。
それを公季卿は見逃さない。彼は検非違使別当。鋭い切れ者なのである。彼もまた、敏平の動揺から何かを読み取ったのかもしれない。
粟田口尼は検非違使で拷問された末、獄に繋がれたまま自害したという。
この時の別当は公季卿ではない。公季卿が別当になったのは四年前だ。だが、検非違使庁には、当時の資料が残っているのではあるまいか。
敏平は公季卿に頼み込んだ。
「どうしても調べて頂きたい。極秘のことに違いないから、誰でも目にすることができるわけではありますまい。なれど、大理(検非違使別当)の御身なれば、目を通すことも無理ではないのでは……?」
公季卿は勿論断った。庁の極秘事項。いくら尊敬する師からの頼みでも、部外者に漏らすわけにはいかない。
だが、敏平は粘った。
「その洛神図。もしかすると、行方がわからなくなっている呉楚派の宝物であるかもしれないのです。あれは代々呉楚派の当主に受け継がれてきました。洛神図は当主の証。七賢の韶徳三位殿が持っていたもの。三位殿が謀反により処罰され、そのほとんどが没官となりました。洛神図もそれ以来、行方不明。宮中にある筈だと亡き姫君は仰せでしたが、昨日確かめたところ、宮中にはないことが判明しました」
その言葉には、さすがに心動かされたらしい。
公季卿、庁にとって返し、極秘文書を探しあてて、様々調べあげた。
もし、帝の愛する洛神図が呉楚派に受け継がれてきたものと同一であったならば……その可能性は否定できないと敏平は思う。
そして、もし同一だとするならば、それをどうして粟田口尼が持っていたというのだ。
そして何より、どうして院を毒殺などと、天地が逆転しても決して起こり得ないようなことを、恐ろしい大罪を犯したというのか。
粟田口尼の事件の真相を探れば、洛神図の謎も解けるだろう。
二日後、別当公季卿が、身の毛もよだつような話を携えてやって来た。
「前大理卿は三度もこれを務めたほどの人物です。恐れ多くも院を毒殺した女に、容赦などありません。そのわけを聞き出すための暴力は、私の想像の域を遥かに超えるもので……同じ職にありながら、私は調べていて、恥ずかしながら気を失ってしまいました」
公季卿が、別当しか見ることのできない極秘の書類を読んで、知り得たこととは。
まず、前別当の拷問は想像を絶するものであったこと。それでも粟田口尼は黙秘を続けたこと。
ついに院を毒殺したことは認めた。しかし、何故そのような恐ろしいことをしたのか、その理由は決して言わなかった。また、尼が何者であるのか、その己の素性についても決して口を割らなかった。
尼には絵の上手な妹がいたことは知られていた。その妹の死後、喪も明けぬうちから院の御前に参り、琵琶弾き、そして院を弑したのである。
前別当の拷問の手が緩められることがなかったのは、当然のこと。何としても、毒殺の理由と彼女の素性とを聞き出さなくてはならなかった。
しかし、尼は粘り強い。黙秘は続いた。
それで。前別当は最後の手段に出た。
即ち、
「琵琶弾きにとって、右手は大事なものだな。右手がなければ、撥を持てない。琵琶を奏でることはできない」
と言って、尼の右腕を根元から斬らむとしたのだ。
だが、ただの脅しだと軽く見てか、尼はやはり何も言わない。
そこで、本気なのだという証拠に、別当は本当に尼の右腕を斬り落とさなければならなくなった。
こうして、琵琶奏者の右腕は失われた。
激痛に、尼は転がった自分の右手を目にする暇もなく気絶した。ようやく気づいた時、息つく暇もなく、また拷問が再開された。
今度は左手を斬り落とすと別当は言った。別当の本気は伝わった筈だ。しかし、それでも尼は言わない。
別当はとうとう左腕も斬らせた。その余りの痛さに堪えきれず、尼はつい口走ってしまいそうだったに違いない。
「まだ言わぬか。今度は右足を斬るぞ」
という言葉に、これ以上の痛みはもう無理と思ったろう。だが、もう声も出ない。
「両足を落とすぞ。戚夫人になりたいかっ!?」
別当は焦っていた。何としても自白させなければならない。
尼は、もうしゃべってしまいそうな自分が恐ろしかった。だが、決して口にしてはならぬという意志の方が勝り、彼女の体の最も恐ろしい部分、それを失う道を選んだ。
尼は己の舌を噛みきったのだ。
三寸の舌はしゃべることができなくなった。そして、舌を失った尼は、同時に命も失った。
粟田口尼はこうして壮絶な死を遂げたのだった。
尼が死んでしまったので、何もわからなくなってしまった。
そこで、前別当は、尼の琵琶の師である源宰相ならば何か知っているかもしれないと、源宰相を訪ねた。
源宰相はこの頃、猶子の掌侍和子(なぎこ)が行方不明になっていた。色々と不審な点があった。
しかし、源宰相は尼のことは全く知らないという。前別当は負けじと鋭く詰問した。だが、そのうち、源宰相の娘婿で武門の遠貞(とおさだ)が出てきて、舅の傍らに仁王立ちして凄んでみせたので、前別当はその武力が恐ろしくて、逃げ帰ってきてしまった。
遠貞は時憲の乱に功績のあった英雄で、庶民にさえ人気のある人であった。その武力の威力のほどは、子供でも知っている。さすがの前別当でも、遠貞は恐ろしかった。
さて、源宰相が前別当に対して頑なだったのには、理由のあることだった。
猶子・和子のことをあまり調べられたくなかったからだ。
源宰相は琵琶の名手だが、和琴の名手でもあった。兵部卿宮に師事し、また、親しく養っている〔女麗〕子(よしこ)女王も兵部卿宮とは同門の和琴の名手。
源宰相は女房を一人、〔女麗〕子女王に仕えさせていた。
女王と兵部卿宮は同じ道の同門ということで親しく、宮は度々女王を訪ねていた。
そこで、宮は女王の女房に目がとまった。すなわち、宮は女房を寵愛した。
すぐに女房は宮の御子を身ごもった。宮の妻たる人は源宰相の兄の姫君、つまり姪で、この人には子がなかった。それで、女房の子はこの人が引き取り、母として養育することになった。
しかし、御子の生母が、何かの拍子に公になることがあるかもしれない。それを考えると、彼女があまりに身分卑しいのは問題である。
そこで、源宰相は女房を猶子とし、朝廷に申し出て掌侍にしてもらった。その女房・掌侍和子は密かに御子を産んだ。それは頼周王という。
和子はその後、出奔したのだが、彼女のことを調べられでもしたら、頼周王の出生が明らかになってしまう。源宰相はそのことを恐れた。
遠貞の武を頼んで、別当の調査をどうにか回避したのであった。
だが、それがために、前別当はそれ以上情報を得ることはできなかったのだ。
極秘文書にあったのは、それくらいのことだった。
「真相は藪の中です」
やがて、溜め息とともに公季卿は言った。
「前大理卿は、あれだけのことをしたにもかかわらず、結局何も知ることができませんでした。尼が懐中に砒素や朱砂、石硫黄をしのばせていたので、これらを院に飲ませ奉ったのでしょう。そのことが想像されるだけでした。そして、主上は、院は急な病で亡くなられたということに遊ばした。尼をも病死ということに」
「……何故、さまで頑なに……」
「言うくらいならば、死を選ぶ……。余程正体を知られたくなかったのでしょうね」
「……聶政……」
「え?」
「聶政のようだ……」
敏平はそう思った。その言葉、公季卿は引っ掛かる。
聶政。
父の敵は国君。その敵に報い、しかし、出自を知られることを何より恐れた。面皮を削いで、何者か見分けできないほどのひどい姿になった。その上で、自害したという。
粟田口尼も、満身創痍になりながらも、出自は絶対に明かさなかった。そして、死を選んだ。
聶政は三世の罪により、母にも累が及ぶことを恐れた故に、したことだった。では、粟田口尼は?
もしや、尼も三世の罪を恐れたのか?
尼にも父母があれば、兄弟もあったに違いない。それらの人々に、累が及ぶことを恐れたのだろうか。
そこまで考えたところで、敏平はぎょっとした。その思いつき……
尼は院を毒殺するほど憎んでいた。
尼は三世の罪を恐れて出自を明らかにしなかった?
尼は洛神図を持っていた。もし、あれが行方不明の呉楚派の洛神図だったとしたら。
尼が持っていた毒物が丹砂と砒素と石硫黄というのも、尼が煉丹術を心得ていたということではあるまいか。
生前の粟田口尼の年格好を思い浮かべ、やはり一人の人物に思い当たり、敏平は恐ろしさに気が動転した。
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