拾遺七絃灌頂血脉──山桜創始の巻──

国香

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発展(上)

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 太田郷を手に入れ、花園殿はさらなる版図拡大をもくろんだ。

 法化党の軍勢に派手な装いをさせ、花園殿はそれを率いて、再び常陸国内を旅して回った。

 以前の旅で歓待してくれた所を中心に巡る。

 初め、太古より光柱立つ地に住まう人々を訪ね、立速日男命を参拝して、北方を回った。

 花園殿が太田郷を手に入れたことは、皆が知っている。久慈郡の有力者達は、花園殿の武力を恐れて皆花園殿を歓待し、その場で臣従することを誓った。

 花園殿は彼等に度々新城に出仕するよう命じ、彼等のそれぞれの土地支配権を認める文書を発行した。

 花園殿は戦もしないで、旅行先で次々に支配地を確保して行った。あっという間に久慈郡や那珂郡の大部分を手に入れてしまったのだった。

 とりあえずそこで旅は終わらせ、一度新城へ帰った。

 次に、花園殿は交易にやって来た五条刀自の船に乗って、三浦へ出掛けた。

 妻となった三亥御前に会うためだ。

「夫は妻の家に住むものだが、夫の家に迎えることもある。私は我が城に三亥御前をお迎えしたい。来て頂けないだろうか?」

 正妻として迎えたいのだと言った。

 妻は感激して、すぐに了承したので、翌日、花園殿は舅や刀自にも頼み込んだ。

「どうか三亥御前を我が家に連れて行くことを、お許し願いたい。後妻として、正妻として迎えたいのです」

 舅も刀自も、改めて驚いた。

 花園殿の身分と三亥御前では、どう考えても釣り合わない。妾になれただけでも夢のようだ。

「前の妻も決して高貴な生まれではなかった」

 確かに、花園殿の正妻というほどの身分ではなかった。

「それでも、都の貴族の女君でございましたでしょうに」

 刀自がそう言ったが、花園殿は、

「あまり身分にはこだわらぬ質なのだ。それに、我が家には、人は皆平等だと言う者もあっての。隠居の身となった今、身分の垣根を取り外したいとも思っている」

と、全く意に介さない。

 すると、舅も刀自も少々困惑したような顔となった。

「どうした?それに、こちらは関東最大の水軍。三亥御前は我が法化党の長の妻に相応しいと思うが。あまり、卑下なさるな」

「実は、お話ししていなかったことがございまして。あの子は、実は我が娘ではないのです。あの子は養女です。養女をご内室にして頂くというのは、どうにも」

 舅はそう言って恐縮した。

 実子と養子には、身分的に差がある。

 いくら花園殿が隠居の身だからとて、身分に拘らないからとて、庶民の、しかも養女では。

「養女?それは初めて聞いたが」

「あの子自身、存じませぬ」

 今度は刀自が話しはじめた。

「実は、我等兄弟には庶兄が一人おりました。しかも、十代の若き身で亡くなったのですが。その時、恋人の腹には子がおりました。その恋人はやがて娘を産みましたが、その日のうちに亡くなりまして。不憫に思いまして、その子を我が家で引き取ることに」

「それが三亥御前か」

「はい。私の子として育てました。あの子にはその話をしたことがないもので。あの子は自分が養女とは知りません。私の息子も、事実を知りませんので、実の姉だと思っております。しかし、あの子は、本当は養女なのです。庶民である私の子どころか、養女。しかも、庶民である私の庶兄と、庶民の女との間にできた子。父親ばかりか、母親も身分卑しいのです」

 舅が俯きながら、そう言った。黙っていたことが申し訳なくて、罪悪感に苛まれ、顔を上げられないのだろう。

 しかし、

「構わぬ。こなたの兄の子だろうが、こなたの実子だろうが、刀自の姪には違わんだろうて。今まで実子として育てたなら、これからもそれでよいではないか。私の方は何の問題もない。是非、正妻とさせて欲しい」

と、極めて明るく花園殿は言った。

 花園殿がそこまで言うのに、それ以上ぐだぐだ言うのも変である。二人は花園殿を神か仏でも見るようにひれ伏した。

「ありがたい。では、三亥御前は連れて行く。大事にする故」

 花園殿は三亥御前を連れて、数日後には新城へ帰った。

 この時、花園殿が手にしたのは、三亥御前だけではなかった。

 彼女の実家。

 関東最大の水軍が、花園殿に臣従する形をとることを約束したのである。花園殿は同盟を望んだが、舅が臣従という形を選んだのだ。

 関東最大の水軍が臣従したというこの事実は大きい。これにより、東国の勢力図が大きく変わってしまったのだ。

 上総から相模までの海沿いを、間接的とはいえ、花園殿が支配することになったのだから。

 常陸の大部分と下総、それに房総半島でも外房の海はまだ花園殿の配下になっていない。しかし、その地の有力者達は、いずれ花園殿に制圧されてしまうのではないかと恐れた。そのため、自ら新城までやって来て、謁見を求め、

「羽林の殿にお仕え申したい」

と、臣従を願い出る者が続々と現れた。

「宜しい。こなたの本領は安堵する。これまで通り、領地を治めよ」

 花園殿は謁見を求めた者にはそう言って、本領安堵を約束し、その文書を発行した。

 臣従するかわりに、領地の支配権をこれまで通りでよいと認める。花園殿はこのやり方で、どんどん勢力図を塗り替えて行ったのである。

 さらに、陸奥の在庁である甥の則顕とも同盟を結んだ。

 すると、陸奥と接する多賀郡の有力者達が、次々に謁見を求めて臣従したので、花園殿は常陸の北部統一に成功した。

 花園殿は周辺諸国への呼びかけも行っている。

「我が新城下へ移住せよ。新たに開墾した土地は与える。兵となりし者には、年貢は免除する」

 この呼びかけに応じて、移住してくる人も増え、兵となることを望む者も少なくなく、新城下は爆発的に人口が増加していた。

 農具は新しいものが次々と開発され、開墾しやすくなり、日々の農作業の効率も圧倒的に上がっていた。田畑はどんどん増えている。

 また、城下の町では商業も発展していて、商家も増えて活気づいている。

 たたら場の労働者も武人もかなり増えて、法化党と新城は、短期間で相当な発展を遂げていた。

「とんとん拍子に進むな。こんなにうまく行くとは思わなんだ」

 花園殿本人が、この目覚ましい発展に一番驚いていた。

「それもこれも、北ノ方のおかげだ」

 ただ一人の女の存在が、この発展を遂げた理由だと言っても過言ではない。

 北ノ方となった三亥御前は最も大事な存在だ。

 花園殿の心の中には、摩利御前がまだいたけれども、彼はその最愛の女性よりも、新しい妻を大事にしようと誓った。

 家庭内の小さな綻びが、破滅を招くことだってある。だから、花園殿は三人の子達と三亥御前との関係によくよく注意を払った。

「子は親に仕えるものだ。こなた達の実の母でもないのに、こなた達を育ててくれる北ノ方への感謝を忘れてはならない。毎日挨拶に出向き、感謝しなさい。よくよく仕えて孝行しなさい」

 子達に口うるさくいつもそう言って教育した。

 子達も随分大きくなってきた。この年頃は、みるみるうちに成長する。

 相変わらず病弱だが、背丈はすくすく伸びる椿寿丸。

 日々武芸に励み、随分逞しくなってしまった希姫君。

 淑やかで美しい乙女の貴姫君。

 三者三様であったが、三人とも父の言うことはしっかり守る、育てやすい子達であった。それぞれの乳母の教育の仕方もよいのに違いない。

 とにかく父には決して逆らわない。だから、三人とも三亥御前を母として敬い、子としての礼儀を尽くしていた。

 あるいは、乳母達が三亥御前の重要性を説き、子供ながらに、この政略の意味を理解したのかもしれない。

 いずれにせよ、これが実母を亡くして泣いていた子達か、実母を恋しがった子達かと思える程、継母を敬愛し、仕えていたのである。

 三亥御前の方でも、自分を大事にしてくれる花園殿と子供達の心をありがたいことと思っていた。三亥御前は子達を大変可愛がったのである。

 実は、彼女も花園殿に感謝していることがあった。

 彼女の実家は、余りに大きくなり過ぎた。そのため、内紛が起こりそうな空気だったのだ。

 しかし、花園殿を主に戴いたところ、内紛の危機は回避された。実力伯仲している時は、誰が長になっても揉めるものだ。しかし、花園殿のような圧倒的な貴人が主となったことで、軍は一つに纏まった。

 実家の内紛を防止したのは花園殿である。だから、三亥御前も花園殿に感謝していたのだ。

 三亥御前は、努めて子達を愛そうとした。それが、花園殿の望みであるから。継母と継子達は、とても仲が良く、生さぬ仲とは思えない。

 そんな三亥御前と子達とを見て。世にこんな生さぬ仲の親子があろうかと三郎は思った。

 継母は継子を虐めるのが世の常。三郎も笠女という父の妾に苦しめられてきた。

 ところが、三亥御前と花園殿の子達との関係は良い。三郎には、

「世の中には、こんな親子もあるのだな。」

と、信じられないが。
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