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蓬莱の女(肆)
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清羽が否定して、どうこうなる話ではなかった。清羽が否定すれば、
「当然だ。貴女は認知されていない隠し子。知らなくて当然。徐公を父ではないと否定されるのも当然。知らないのですから。本当にお気の毒だ」
否定しても、清羽が徐公の娘であると、それが事実と決めつけられる。大王はもう清羽を養女にすると決定してしまったという。
清羽は困り果ててしまった。
清羽はこの日から、迎賓館には戻らず、徐公の屋敷で宗室として暮らすことになってしまった。しかも、近々宮殿に参って大王に会わなければならないのだという。
「ああ、徐公!どうしましょう。どうしたら良いのです?助けて!」
遠き蓬州にいる徐公に向けて懇願するように、清羽は一人ごちした。今すぐ、徐公に会いたい。
「蓬州へ行ってもよいですか?」
屋敷の家人に問えば、
「いいえ、それでは見参の日に間に合いませんので、駄目です」
と禁じられる。
「なれば、すぐに徐公をここへ呼んで下さい」
と頼めば、
「皇子に嫁がれる日までにはご到着になりましょうが、徐公はお忙しいのですから、すぐには無理でしょう」
いい加減な家人に、清羽はよろよろと倒れ込んだ。
「ああ、どうしたら……」
彼女は腕輪を見つめながら、一刻も早く徐公に会いたいと願った。
翌々日は大王との対面の日である。清羽は迎えに来た大率と共に宮殿に行く。
清羽の目には、御殿の柱が曲がって見えた。がちがちに震えながら、御殿の前庭に立っていると、戸が開いて、中から人が現れる。
大率が平伏した。大王の御成りだ。清羽も庭の土に五体を投げ出した。
髪を鬟に結った大王の胸には、清羽と同じ玉でできた勾玉がある。
大王は階の上から清羽の腕輪を見下ろし、
「そなたを我が養女にする。商の皇子に嫁げ」
と告げるや、ふいと中に入ってしまった。
そのまま戸は閉じ、その辺りからの気配は消えた。
大率が身を起こし、傍らの清羽に囁く。
「これで貴女は正式な養女です。あとは皇子に嫁がれるだけです」
「まさか」
清羽は愕然と頭を上げた。
大王は神憑っている。直接の対面が、あまりに素っ気ないのも仕方ないかもしれない。だが、本当にこれで大王と父娘になってしまったというのだろうか。
「昨日、皇子からご返答がありました。皇子はこの縁談を受けるそうです。大王が皇子に引見なさったら、すぐにも婚礼となりましょう」
対面の儀式に使う建物は、来月には完成しそうだ。完成したら、即大王と子解の対面の儀式となり、その翌日には婚礼となるという。
「それはいけません……」
清羽は力なく項垂れた。
「早く、早く徐公にお会いしなければ!いえ、その前に……」
清羽は宮殿を出て、大率と別れると、迎賓館へ向かった。
「私は大王の養女になってしまった。とりかえしがつかない。ならば、縁談をなかったことにするしかない……」
清羽は一人で町中を行く。宗室という自覚はまるでない。以前の飯炊き女のままだ。
町は賑やかになっていた。何でも、昨日からまた新たな渡来人集団が来ているという。
噂では燕人とも蓋人とも言われていた。
子余の国の満将軍による革命で、流民が多く出ているのだろう。周辺の国々にも影響は出ているかと思われる。或いは、燕やら蓋やらということは、漢の影響によるものか。
子解の父の準王の影響で、半島の南からの流民も出ていよう。
倭は各国からの渡来人をどんどん受け入れる、不思議な国である。そして、渡来人をうまく使いこなしていた。
普通、過度な流民受け入れは警戒するものだ。流民が増えれば、倭人は仕事を奪われる。また、流民の文化文明が、倭の風習を飲み込み、消滅してしまうこともあるだろう。
渡来人が倭人よりも文化文明に劣っていれば、奴隷として召し使えるが、その逆ならば、倭人は渡来人によって自分たちの土地を奪われ、殺戮されるわけだ。
しかし、倭人は渡来人を受け入れ、彼らの先進技術をうまく取り入れていた。渡来人を指導者にすることもある。
時には渡来人集団と争うこともあるだろうが、基本的には倭の百余国はうまくやっているのだ。百余国の中には渡来人に割譲した国もあろう。
さらに、不思議なことに、その渡来人たちの幾つかある国どうしは、大陸にいた時は敵国どうしであっても、倭に渡ってからは、うまく共存している。
「燕人なのか、蓋人なのか……」
町中で清羽とすれ違う人々の中に、その新しい渡来人たちが紛れているはずだった。
迎賓館に来ると、ちょうど門の所に顔見知りの侍女がいた。侍女は清羽が宗室であったことを知ったらしく、恭しく迎えた。
「どうなさったのですか、このような所へお越しになるなんて」
「皇子にお会いしたいのです」
清羽が答えると、侍女は残念そうな顔をした。
「それが、先程普請場へ向かわれまして、今はご不在なのです」
「普請場?そうでしたか、ありがとうございます」
礼を言って、清羽は普請場へ向かう。
「当然だ。貴女は認知されていない隠し子。知らなくて当然。徐公を父ではないと否定されるのも当然。知らないのですから。本当にお気の毒だ」
否定しても、清羽が徐公の娘であると、それが事実と決めつけられる。大王はもう清羽を養女にすると決定してしまったという。
清羽は困り果ててしまった。
清羽はこの日から、迎賓館には戻らず、徐公の屋敷で宗室として暮らすことになってしまった。しかも、近々宮殿に参って大王に会わなければならないのだという。
「ああ、徐公!どうしましょう。どうしたら良いのです?助けて!」
遠き蓬州にいる徐公に向けて懇願するように、清羽は一人ごちした。今すぐ、徐公に会いたい。
「蓬州へ行ってもよいですか?」
屋敷の家人に問えば、
「いいえ、それでは見参の日に間に合いませんので、駄目です」
と禁じられる。
「なれば、すぐに徐公をここへ呼んで下さい」
と頼めば、
「皇子に嫁がれる日までにはご到着になりましょうが、徐公はお忙しいのですから、すぐには無理でしょう」
いい加減な家人に、清羽はよろよろと倒れ込んだ。
「ああ、どうしたら……」
彼女は腕輪を見つめながら、一刻も早く徐公に会いたいと願った。
翌々日は大王との対面の日である。清羽は迎えに来た大率と共に宮殿に行く。
清羽の目には、御殿の柱が曲がって見えた。がちがちに震えながら、御殿の前庭に立っていると、戸が開いて、中から人が現れる。
大率が平伏した。大王の御成りだ。清羽も庭の土に五体を投げ出した。
髪を鬟に結った大王の胸には、清羽と同じ玉でできた勾玉がある。
大王は階の上から清羽の腕輪を見下ろし、
「そなたを我が養女にする。商の皇子に嫁げ」
と告げるや、ふいと中に入ってしまった。
そのまま戸は閉じ、その辺りからの気配は消えた。
大率が身を起こし、傍らの清羽に囁く。
「これで貴女は正式な養女です。あとは皇子に嫁がれるだけです」
「まさか」
清羽は愕然と頭を上げた。
大王は神憑っている。直接の対面が、あまりに素っ気ないのも仕方ないかもしれない。だが、本当にこれで大王と父娘になってしまったというのだろうか。
「昨日、皇子からご返答がありました。皇子はこの縁談を受けるそうです。大王が皇子に引見なさったら、すぐにも婚礼となりましょう」
対面の儀式に使う建物は、来月には完成しそうだ。完成したら、即大王と子解の対面の儀式となり、その翌日には婚礼となるという。
「それはいけません……」
清羽は力なく項垂れた。
「早く、早く徐公にお会いしなければ!いえ、その前に……」
清羽は宮殿を出て、大率と別れると、迎賓館へ向かった。
「私は大王の養女になってしまった。とりかえしがつかない。ならば、縁談をなかったことにするしかない……」
清羽は一人で町中を行く。宗室という自覚はまるでない。以前の飯炊き女のままだ。
町は賑やかになっていた。何でも、昨日からまた新たな渡来人集団が来ているという。
噂では燕人とも蓋人とも言われていた。
子余の国の満将軍による革命で、流民が多く出ているのだろう。周辺の国々にも影響は出ているかと思われる。或いは、燕やら蓋やらということは、漢の影響によるものか。
子解の父の準王の影響で、半島の南からの流民も出ていよう。
倭は各国からの渡来人をどんどん受け入れる、不思議な国である。そして、渡来人をうまく使いこなしていた。
普通、過度な流民受け入れは警戒するものだ。流民が増えれば、倭人は仕事を奪われる。また、流民の文化文明が、倭の風習を飲み込み、消滅してしまうこともあるだろう。
渡来人が倭人よりも文化文明に劣っていれば、奴隷として召し使えるが、その逆ならば、倭人は渡来人によって自分たちの土地を奪われ、殺戮されるわけだ。
しかし、倭人は渡来人を受け入れ、彼らの先進技術をうまく取り入れていた。渡来人を指導者にすることもある。
時には渡来人集団と争うこともあるだろうが、基本的には倭の百余国はうまくやっているのだ。百余国の中には渡来人に割譲した国もあろう。
さらに、不思議なことに、その渡来人たちの幾つかある国どうしは、大陸にいた時は敵国どうしであっても、倭に渡ってからは、うまく共存している。
「燕人なのか、蓋人なのか……」
町中で清羽とすれ違う人々の中に、その新しい渡来人たちが紛れているはずだった。
迎賓館に来ると、ちょうど門の所に顔見知りの侍女がいた。侍女は清羽が宗室であったことを知ったらしく、恭しく迎えた。
「どうなさったのですか、このような所へお越しになるなんて」
「皇子にお会いしたいのです」
清羽が答えると、侍女は残念そうな顔をした。
「それが、先程普請場へ向かわれまして、今はご不在なのです」
「普請場?そうでしたか、ありがとうございます」
礼を言って、清羽は普請場へ向かう。
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