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蓬莱の女(伍)
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町中を一人で歩く。その道中、ふと不穏な気配を感じた。見れば、見慣れぬ渡来人の集団が闊歩している。そのおかしな気は、その集団が発していた。
二十人前後の集団。着ている物に馴染みがない。
「燕人ではないわね……蓋人かしら?」
清羽は蓋人を見たことがない。或いは半島の南方の人々かもしれない。彼らの進行方向は清羽と同じだった。
だが、彼らは清羽には気づいていないようだ。往来には沢山の人間が歩いている。女が一人、自分たちと同じ方角を歩いているからといっても、人混みに紛れているのだから、気付くまい。
「──明らかに怪しいわ」
刺客ではないのか。そういう類いの者には、独特の空気感があるのだ。
清羽はその集団の少し後ろを、人混みに隠れながら進んだ。やがて、普請場に着いたが、その集団もそこに着くと、こそこそ物陰に隠れたのである。彼らの目的地は奇しくも普請場だったらしい。
普請場はいつも通り、人足たちで賑わっている。その中に、見学する子解を見つけた。
集団もそちらへ目を向けている。そして、こそりと合図すると、それぞれ散らばって消えて行った。
「やはり刺客っ!」
咄嗟に清羽は、子解を殺しに来た刺客に違いないと判断した。
気づけば、一人も姿がわからなくなっていた。ある者は物陰に潜み、別な者は人足に紛れて──。
その時、にわかに人足たちがそれぞれの持ち場から離れて行った。
「そろそろ休憩時間だったわね」
休んで食事にしろという指示が出たようで──。
人気のなくなった普請場に、なお佇み柱を見上げている子解。供の者もいない。ただ一人だ。
「危ない!」
はっと、清羽が走り出した時、どこかからかわらわらと刺客たちが飛び出してきて、子解を囲んだ。
清羽は焦ったが、とっさに、子解の所へ駆け付けても、自分では助けにはならないと気付いて、人足たちの方へ駆け出した。
「助けて、刺客よ!皆来て!皇子が襲われてる!」
声高に叫ぶと、座りかけていた人足たちが騒ぎ出す。
「早く来て!」
清羽は叫ぶと、また子解の方へ疾駆した。
「あれは清羽だ!」
「皇子が襲われたって?」
「大変だ!」
清羽の背後で、多数の人足たちが追ってくるのがわかる。
清羽の怒鳴り声は刺客たちの耳にも届いたようで、彼らもさすがに一瞬怯んだようだ。
怯んで、清羽の方を見た。なお刃を子解に向け、彼を囲んだまま──。
怒鳴りながら、こちらに疾走してくる女。
「くそっ!邪魔しやがって、あの女!」
「女からやるか?」
「同時だ!」
秦語と倭語が飛び交う。刺客集団には渡来人もいれば、倭人もいるということだろう。
子解を囲んでいた者のうちの一部が清羽に向かおうと、腰を浮かせかける。
はっと、子解が清羽を見た。
清羽が手振りで何か訴えている。彼女自身を指差し、次いで虚空に腕で「走」と書いているらしい。小篆である。
その動作を繰り返しながら、走る彼女。
私は逃げる──そう言っているのだ。
私は逃げるから、私は大丈夫、気にするなと清羽が言っていることに気付いて、子解は頷いた。
子解に集中するか、清羽にも当たるか、判断に迷った刺客たちに隙ができた。子解は自分に向いている刃の数が減ったのを見ると、間合いをはかる。
刺客の一人が子解に斬りかかる。子解は剣で弾き返す。斬り合いが始まる。同時に、一部の刺客が清羽に向かってきた。が、半歩で止まり、怯む。
疾駆してくる清羽の背後に、鬼の形相で走ってくる人足の集団が見えたからだ。人足たちの方が、刺客よりもずっと多い。
斬り合っている子解は隙を見て逃げ、追われて振り返り、躍りかかる刺客の刃を弾き、また逃げる。
子解を追う刺客は数人。残りは突進する人足たちに、蜘蛛の子を散らすように、逃げ出した。
「待てっ!」
追いつきざま飛び付き、工具を振り回す人足たち。彼らは集団で刺客一人一人を仕留めていく。
清羽はそれを横目に確認しながら、子解を追う。人足の何人かは、清羽についてきた。
「子解!」
「皇子!」
清羽と人足たちは襲われながら逃げる子解の姿を、楼の下に見つけた。子解は剣で刺客の刃を弾くと、階をかけ上がり、楼の二階部分へ。執拗な刺客たちがなお追う。
人足の投げた工具が一人の刺客の頭に命中する。倒れた刺客。残るは四人だ。人足が階を上る刺客を背後から飛び付いて殴り、引き摺り下ろす。
「清羽!危ないから、俺たちにまかせてここにいろ!」
人足たちは楼の下に清羽を留めて、次々と階を上っていく。あと少しだ。だが、子解は追い詰められている。
「間に合わない!」
人足たちは一足遅い、清羽はそう直感した。
楼には長い布が干してある。欄干に巻き付いて、下に垂れていた。
「子解!それを伝って、降りて!」
清羽が叫んだ瞬間、刺客が子解の剣を弾き飛ばしていた。子解は手に武器を何も持たなくなっている。
人足たちが二階に躍り込んでくる。刺客たちに襲いかかる。二人の刺客は応戦に回る。
だが、一人、なお子解を襲っている。
「子解!早く!早く!」
下から叫ぶ清羽。清羽は落ちてくる子解を受け止めようと、両手を広げた。
「早くっ!」
「嬰っ!」
子解は布に手をかけたが、刺客に斬りかかられ、それを避ける。
ズルッ!
欄干から足を滑らせ、子解は落下した。が、瞬間、布の端を掴み、落ちる速度が遅くなると同時に、清羽の腕に抱えられた。
ズシンっ!
「きゃあ!」
清羽を下敷きに、子解は地面に転がった。比較的ゆっくりな速度で。次いで、風のような速さで刺客が落下してきた。
「ううっ……」
呻く刺客は腰を強か打ち、足は骨折でもしたか。次にもう一人、やはり上から刺客が落ち、もんどりうって倒れ込んだ。
「嬰っ!」
楼の上の戦闘が終了しているのを清羽の目が確認した時、子解が彼女の体の上から退いた。人足がやっつけたらしく、楼の上から清羽を見下ろしている。
「おうい、清羽、無事か?」
清羽は手を挙げて応えた。その手を掴まれた。見ると、子解である。
「嬰、大事ないか?」
子解は青ざめた顔で、彼女の体をあちこち確認する。
「……平気です」
清羽は倭語で答えて、微笑んで見せた。本当に怪我もないようで、子解に腕を掴まれたまま、そっと立ち上がる。
本当に何ともない。子解にのしかかられたが、衣服が汚れただけですんだ。
「嬰っ!」
彼女の無事を確認するや、子解が清羽を抱き締めた。
「おっと!」
楼から降りてきた人足たちが、慌てるやら、冷やかすやら。
「お邪魔しました!」
などと言って囃し立て、人足たちは負傷した刺客たちを引き摺り、楼の前から消えて行く。向こうも静かになっている。向こうの刺客も制圧されたようだ。
もう大丈夫だろう。風の音と、人足たちの話し声だけがしていた。
子解はそれさえ聞こえていないのか。ぎゅうと強く清羽を抱き締めている。
「あ、あの……皇子……」
清羽の倭語に、ようやく子解は腕をゆるめた。だが、左手はなお彼女の腰を抱き、右手は顎を掴んでいた。清羽の顔を上向かせ、じっとその瞳を見つめて。
「嬰」
「……」
「嬰っ!」
そして、その唇を彼女の額に押しあてた。
清羽は知らず、涙を浮かべていた。
子解が唇を離して彼女を再び見つめると、清羽ははらはらと涙をこぼしている。だが、朝露に薔薇が濡れるように、その顔は輝いており、喜びの笑みが浮かんでいた。
「嬰。そなたは嬰だ」
清羽は答えず、ただ美しい涙をこぼし続けている。腕輪の玉のような、綺麗な涙。こぼれる度に、彼女の顔は洗われ清しくなっていく。朝露のごとき涙の玉は、清羽の仮面を溶くようだ。
「この顔、この声、この肌、この髪……この瞳……嬰以外にはあり得ない。嬰!」
「……」
こぼれる玉の涙。周雅に幻想で見せた、蓬莱の玉が続々と十絃琴の中に落ちていくのと、同じ様に見える涙の玉。
「そなたは私を子解と呼んだ」
「……」
「そなたは実は秦語も達者だ。秦語で、その楼に追い詰められた私に、その布を伝って降りてくるよう言った」
「……」
「そなたは字が書ける。倭人は字を操らぬと聞くぞ。咄嗟のことで、思わず出てしまったのだろうが。そなたが倭人なはずがない。実は秦語も話せるそなたは──嬰だ!生きていたのだな!」
感情が抑えきれない。子解は、
「嬰!よく生きていてくれた!」
また強く抱き締めた。
「嬰!」
「はい……」
「嬰!」
「はい!」
子解の肩の上で、清羽は憑き物が落ちたように、幸せに満ちた笑顔で返事した。
「嬰!」
しばらくして、人足たちが戻ってきて、刺客は全員捕らえたと報告した。
彼ら刺客は蓋人を名乗る半島人だという。蓋人のふりをして、敵の準王の子である子解を殺そうとしたのだ。罪を蓋人になすりつけようとしたのである。
一部に、雇われた貧しい地方の倭人も混じっていたそうだが、蓋人は一人もいなかったという。
人足たちに叩きのめされて、ほとんど皆のびているが、生きている者は全員捕えて、縄でくくって一纏めにしたという。
「あっちに転がしてあるよ。役人に通報しといた。役人が来るまで、俺たちが囲んで監視しといてやるよ。役人が来たら、皇子も清羽も話を聞かれるだろうからさあ」
そう言って、報告に来た人足はにたと笑って、清羽に目配せした。
「それまでの間、お楽しみだな。皆に邪魔しないよう言ってあるからよ」
「まっ!ちょっと、違うわよ」
「照れんなよ、じゃあな、しばらく二人きりでな」
人足は一人残らず楼の前から消えていった。
再び楼の前には子解と清羽、いや、嬰の二人だけが残った。
子解は楼の一階に彼女を誘って、二人で椅子に腰掛けた。
二十人前後の集団。着ている物に馴染みがない。
「燕人ではないわね……蓋人かしら?」
清羽は蓋人を見たことがない。或いは半島の南方の人々かもしれない。彼らの進行方向は清羽と同じだった。
だが、彼らは清羽には気づいていないようだ。往来には沢山の人間が歩いている。女が一人、自分たちと同じ方角を歩いているからといっても、人混みに紛れているのだから、気付くまい。
「──明らかに怪しいわ」
刺客ではないのか。そういう類いの者には、独特の空気感があるのだ。
清羽はその集団の少し後ろを、人混みに隠れながら進んだ。やがて、普請場に着いたが、その集団もそこに着くと、こそこそ物陰に隠れたのである。彼らの目的地は奇しくも普請場だったらしい。
普請場はいつも通り、人足たちで賑わっている。その中に、見学する子解を見つけた。
集団もそちらへ目を向けている。そして、こそりと合図すると、それぞれ散らばって消えて行った。
「やはり刺客っ!」
咄嗟に清羽は、子解を殺しに来た刺客に違いないと判断した。
気づけば、一人も姿がわからなくなっていた。ある者は物陰に潜み、別な者は人足に紛れて──。
その時、にわかに人足たちがそれぞれの持ち場から離れて行った。
「そろそろ休憩時間だったわね」
休んで食事にしろという指示が出たようで──。
人気のなくなった普請場に、なお佇み柱を見上げている子解。供の者もいない。ただ一人だ。
「危ない!」
はっと、清羽が走り出した時、どこかからかわらわらと刺客たちが飛び出してきて、子解を囲んだ。
清羽は焦ったが、とっさに、子解の所へ駆け付けても、自分では助けにはならないと気付いて、人足たちの方へ駆け出した。
「助けて、刺客よ!皆来て!皇子が襲われてる!」
声高に叫ぶと、座りかけていた人足たちが騒ぎ出す。
「早く来て!」
清羽は叫ぶと、また子解の方へ疾駆した。
「あれは清羽だ!」
「皇子が襲われたって?」
「大変だ!」
清羽の背後で、多数の人足たちが追ってくるのがわかる。
清羽の怒鳴り声は刺客たちの耳にも届いたようで、彼らもさすがに一瞬怯んだようだ。
怯んで、清羽の方を見た。なお刃を子解に向け、彼を囲んだまま──。
怒鳴りながら、こちらに疾走してくる女。
「くそっ!邪魔しやがって、あの女!」
「女からやるか?」
「同時だ!」
秦語と倭語が飛び交う。刺客集団には渡来人もいれば、倭人もいるということだろう。
子解を囲んでいた者のうちの一部が清羽に向かおうと、腰を浮かせかける。
はっと、子解が清羽を見た。
清羽が手振りで何か訴えている。彼女自身を指差し、次いで虚空に腕で「走」と書いているらしい。小篆である。
その動作を繰り返しながら、走る彼女。
私は逃げる──そう言っているのだ。
私は逃げるから、私は大丈夫、気にするなと清羽が言っていることに気付いて、子解は頷いた。
子解に集中するか、清羽にも当たるか、判断に迷った刺客たちに隙ができた。子解は自分に向いている刃の数が減ったのを見ると、間合いをはかる。
刺客の一人が子解に斬りかかる。子解は剣で弾き返す。斬り合いが始まる。同時に、一部の刺客が清羽に向かってきた。が、半歩で止まり、怯む。
疾駆してくる清羽の背後に、鬼の形相で走ってくる人足の集団が見えたからだ。人足たちの方が、刺客よりもずっと多い。
斬り合っている子解は隙を見て逃げ、追われて振り返り、躍りかかる刺客の刃を弾き、また逃げる。
子解を追う刺客は数人。残りは突進する人足たちに、蜘蛛の子を散らすように、逃げ出した。
「待てっ!」
追いつきざま飛び付き、工具を振り回す人足たち。彼らは集団で刺客一人一人を仕留めていく。
清羽はそれを横目に確認しながら、子解を追う。人足の何人かは、清羽についてきた。
「子解!」
「皇子!」
清羽と人足たちは襲われながら逃げる子解の姿を、楼の下に見つけた。子解は剣で刺客の刃を弾くと、階をかけ上がり、楼の二階部分へ。執拗な刺客たちがなお追う。
人足の投げた工具が一人の刺客の頭に命中する。倒れた刺客。残るは四人だ。人足が階を上る刺客を背後から飛び付いて殴り、引き摺り下ろす。
「清羽!危ないから、俺たちにまかせてここにいろ!」
人足たちは楼の下に清羽を留めて、次々と階を上っていく。あと少しだ。だが、子解は追い詰められている。
「間に合わない!」
人足たちは一足遅い、清羽はそう直感した。
楼には長い布が干してある。欄干に巻き付いて、下に垂れていた。
「子解!それを伝って、降りて!」
清羽が叫んだ瞬間、刺客が子解の剣を弾き飛ばしていた。子解は手に武器を何も持たなくなっている。
人足たちが二階に躍り込んでくる。刺客たちに襲いかかる。二人の刺客は応戦に回る。
だが、一人、なお子解を襲っている。
「子解!早く!早く!」
下から叫ぶ清羽。清羽は落ちてくる子解を受け止めようと、両手を広げた。
「早くっ!」
「嬰っ!」
子解は布に手をかけたが、刺客に斬りかかられ、それを避ける。
ズルッ!
欄干から足を滑らせ、子解は落下した。が、瞬間、布の端を掴み、落ちる速度が遅くなると同時に、清羽の腕に抱えられた。
ズシンっ!
「きゃあ!」
清羽を下敷きに、子解は地面に転がった。比較的ゆっくりな速度で。次いで、風のような速さで刺客が落下してきた。
「ううっ……」
呻く刺客は腰を強か打ち、足は骨折でもしたか。次にもう一人、やはり上から刺客が落ち、もんどりうって倒れ込んだ。
「嬰っ!」
楼の上の戦闘が終了しているのを清羽の目が確認した時、子解が彼女の体の上から退いた。人足がやっつけたらしく、楼の上から清羽を見下ろしている。
「おうい、清羽、無事か?」
清羽は手を挙げて応えた。その手を掴まれた。見ると、子解である。
「嬰、大事ないか?」
子解は青ざめた顔で、彼女の体をあちこち確認する。
「……平気です」
清羽は倭語で答えて、微笑んで見せた。本当に怪我もないようで、子解に腕を掴まれたまま、そっと立ち上がる。
本当に何ともない。子解にのしかかられたが、衣服が汚れただけですんだ。
「嬰っ!」
彼女の無事を確認するや、子解が清羽を抱き締めた。
「おっと!」
楼から降りてきた人足たちが、慌てるやら、冷やかすやら。
「お邪魔しました!」
などと言って囃し立て、人足たちは負傷した刺客たちを引き摺り、楼の前から消えて行く。向こうも静かになっている。向こうの刺客も制圧されたようだ。
もう大丈夫だろう。風の音と、人足たちの話し声だけがしていた。
子解はそれさえ聞こえていないのか。ぎゅうと強く清羽を抱き締めている。
「あ、あの……皇子……」
清羽の倭語に、ようやく子解は腕をゆるめた。だが、左手はなお彼女の腰を抱き、右手は顎を掴んでいた。清羽の顔を上向かせ、じっとその瞳を見つめて。
「嬰」
「……」
「嬰っ!」
そして、その唇を彼女の額に押しあてた。
清羽は知らず、涙を浮かべていた。
子解が唇を離して彼女を再び見つめると、清羽ははらはらと涙をこぼしている。だが、朝露に薔薇が濡れるように、その顔は輝いており、喜びの笑みが浮かんでいた。
「嬰。そなたは嬰だ」
清羽は答えず、ただ美しい涙をこぼし続けている。腕輪の玉のような、綺麗な涙。こぼれる度に、彼女の顔は洗われ清しくなっていく。朝露のごとき涙の玉は、清羽の仮面を溶くようだ。
「この顔、この声、この肌、この髪……この瞳……嬰以外にはあり得ない。嬰!」
「……」
こぼれる玉の涙。周雅に幻想で見せた、蓬莱の玉が続々と十絃琴の中に落ちていくのと、同じ様に見える涙の玉。
「そなたは私を子解と呼んだ」
「……」
「そなたは実は秦語も達者だ。秦語で、その楼に追い詰められた私に、その布を伝って降りてくるよう言った」
「……」
「そなたは字が書ける。倭人は字を操らぬと聞くぞ。咄嗟のことで、思わず出てしまったのだろうが。そなたが倭人なはずがない。実は秦語も話せるそなたは──嬰だ!生きていたのだな!」
感情が抑えきれない。子解は、
「嬰!よく生きていてくれた!」
また強く抱き締めた。
「嬰!」
「はい……」
「嬰!」
「はい!」
子解の肩の上で、清羽は憑き物が落ちたように、幸せに満ちた笑顔で返事した。
「嬰!」
しばらくして、人足たちが戻ってきて、刺客は全員捕らえたと報告した。
彼ら刺客は蓋人を名乗る半島人だという。蓋人のふりをして、敵の準王の子である子解を殺そうとしたのだ。罪を蓋人になすりつけようとしたのである。
一部に、雇われた貧しい地方の倭人も混じっていたそうだが、蓋人は一人もいなかったという。
人足たちに叩きのめされて、ほとんど皆のびているが、生きている者は全員捕えて、縄でくくって一纏めにしたという。
「あっちに転がしてあるよ。役人に通報しといた。役人が来るまで、俺たちが囲んで監視しといてやるよ。役人が来たら、皇子も清羽も話を聞かれるだろうからさあ」
そう言って、報告に来た人足はにたと笑って、清羽に目配せした。
「それまでの間、お楽しみだな。皆に邪魔しないよう言ってあるからよ」
「まっ!ちょっと、違うわよ」
「照れんなよ、じゃあな、しばらく二人きりでな」
人足は一人残らず楼の前から消えていった。
再び楼の前には子解と清羽、いや、嬰の二人だけが残った。
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