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天正へ
四・和睦(下)
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この日、足利尊氏以来二百三十年以上続いた幕府は終焉を迎えた。
義昭は都を追い出された。
しかし、信長が義昭を殺さなかったことは、娘婿の蒲生忠三郎には全く理解できなかった。
(唐土の易姓革命は、ほとんどの場合が前王朝の天子を殺さないで、地方に追いやるだけではあるけど……あの公方みたいな人間は、新しい天下様に謀叛を企む輩だと思うんだけどな……)
若輩の自分には舅は計り知れないと、近江育ちの忠三郎はかえって己の浅知恵に悩んだのだったが。
その数日後の七月二十八日、元亀から天正に改元された。以後、元亀四年は天正元年となる。
天正は以前から信長が望んでいた元号であった。
だが、永禄の後は元亀になった。それは、永禄の終わりに、改元に反対する信長の出陣中、義昭が勝手に元亀にしてしまったが故のことである。義昭の手による改元を渋り、また新しい元号には天正を望んでいた信長には、不愉快なことだった。
改元は権力の象徴である。だからこそ、以前の義昭も己を誇示するために、自らの提案である元亀で強行改元したのである。
そして、今は信長が希望の天正に変えた。
義昭を追放し、幕府を滅ぼした信長が、即座に改元したということは、信長こそが武士の頂点に立つ者だということを、天下に知らしめたことになる。
朝廷は信長を頼りとした。
この信長の存在感に対して、敵の足並みが乱れたことは事実だろう。
これは敵わぬと、味方を見限り、織田方に寝返る者が出た。
阿閉貞征である。
改元から僅か数日後の八月七日のこと。
阿閉貞征は北近江の浅井長政の家臣で、山本山城主である。この織田家への寝返りは、横山城の木下藤吉郎秀吉の調略もあってのことであった。
信長は即座に出陣して、九日には浅井方の月ヶ瀬城を奪い、十日には浅井家の本拠地・小谷城の近くにまで迫った。その数、この時点で三万を超えている。
一方、浅井軍は五千ほど。
即座に、浅井長政は朝倉義景に援軍を要請した。
十二日、朝倉勢二万が越前から出てきた。
その間、信長は山田山に陣を布いている。ここは、越前と小谷城との通行を遮断できる場所である。
朝倉軍は余呉、木之本まで進軍してきた。
朝倉勢が来ても、浅井方の離反は続いている。それを見て朝倉義景は何と思ったか、臆病風に吹かれたか、はたまた浅井を見限ったのか、翌日、夜陰に紛れて撤退してしまった。
だが、信長はそれを読んでいた。信長自身が、追撃を開始する。
退却を開始した途端、突然、思いもよらず織田勢から追い討ちをかけられたのだ。朝倉勢は大混乱に陥り、競って逃げて行く。
朝倉勢はさんざん討ちとられながらも、必死に逃げた。織田軍が追う。
もはや収拾がつかないほどだ。背中を見せて逃げる一方の敵を仕留めるのは容易い。織田軍はだんだん楽しくなってきた。面白いように敵を狩ってゆく。
十八日には、織田軍は越前の府中にまで至っていた。
朝倉家の本拠・一乗谷はすでに織田軍の攻撃を受けている。
義景は信長が府中にいる間に一乗谷城から出て、山田庄六坊賢松寺に逃げ込んだ。
ところが、ここで一族の朝倉景鏡に騙し討ちに遭った。義景は自害して果てたのだった。
ひどく呆気ない最期。
八月二十日。朝倉氏はこうして滅亡した。
朝倉が滅べば、残るは浅井である。織田軍は二十六日には近江に戻っている。信長は小谷城を目前に望む虎御前山に着陣した。
いよいよ決戦である。
小谷城の本丸の北側には、長政の父・浅井久政の住む京極丸がある。二十八日、織田軍はここを攻め、久政を追い詰めた。
そこでいったん、信長は長政に降伏を勧告することにした。
今は敵だが、長政は何といっても妹婿である。信長の妹が、まだ落日の浅井家の中にいるのだ。
和睦の余地はある。そして、それには少々必要なものがあった。
「届いているか?」
信長は近習に訊いた。
朝倉勢が越前に撤退することを読んだ時、すでに信長には小谷城の今日の姿が見えていた。
信長は朝倉勢を追って越前へ向かう前に、使いの者を石部城に遣っていた。
「はっ、届いておりまする。それについて、近江の方付の老女が直接こちらまで参っております。近江の方の書状を持参しているとのことで」
「ほう、さようか。なれば、その老女に直接小谷城へ届けさせよう。これへ召し出せ。それと、笠松もな」
「はっ」
小姓が、その陣中に来ているという近江の方とやらの老女と、笠松殿とを呼びに行った。
近江の方というのは、今、濃姫と共に南近江の石部城に冲羅を訪ねている女性のことである。これは冲羅の母であった。
近江の方と呼ばれている通り、近江出身の女性なのである。しかも、他ならぬ浅井家の血筋であった。
今現在織田軍に追い詰められている、京極丸の久政の養女(妹)である。長政の義姉(叔母)であった。
近江の方は、いかにも戦国乱世に翻弄された女性らしい、悲しくも、心の強い人であった。
彼女は浅井家の娘として、濃姫の兄である美濃の斎藤義龍のもとに嫁いだ。
その後、実家の浅井家は義弟の長政が当主となり、六角家から独立する。
すると、斎藤家は浅井家との同盟を切り、浅井家の敵となった六角家と手を結ぼうとした。しかも、その同盟のために、義龍は冲羅を六角家へ嫁がせようとしたのだ。
近江の方には、実家と嫁家との敵対だけで、心が苦しいのに。ましてや、嫁家は実家の敵と手を組もうとしているのだ。
それくらいのことは、この乱世、よくあることかもしれない。
しかし、嫁家が実家の敵と同盟するために嫁がせる姫は、近江の方の娘なのだ。我が子を実家の敵のもとに嫁がせなければならないのだ、嫁家の同盟のために。
まだ幼さの残る娘の冲羅を、六角家に嫁がせなければならなかった時の、近江の方の気持ちはいかばかりであっただろうか。
それに、舅となる六角承禎入道義賢は斎藤家を賤しいと毛嫌いしていたし、その姉も同様な態度で、しかも姉は夫と共に六角家に身を寄せていた。その姉の夫というのが元の濃州太守土岐頼芸だったのだから質が悪い。斎藤道三によって美濃を追放された元の美濃の主である。
そのような人がいる六角家へ、道三の孫が嫁ぐなど、母として近江の方にはとても心配でならなかった。もっとも、義龍は頼芸の子だという話もあったけれども。その噂によって、頼芸が冲羅を孫かもしれないと疑って親切にしてくれる可能性に賭けるしかなかった。
心配な中、娘を嫁がせた近江の方にはさらに不幸が待っていた。義龍にはもともと複数の妻がいたが、浅井家の近江の方など不要ということか、新たな室を迎えたのだ。名家の妻が来たせいで、近江の方は隅に追いやられて、忘れられた人となった。
そして、それから間もなく義龍が若い身で死去。
まだ少年の龍興が当主となってからは、斎藤家は急速に凋落して行った。
そして、それから僅かの間に、夫の妹の濃姫が美濃を乗っ取ってきた。正確には、濃姫の夫の信長によってだが。
僅か数年で美濃は織田家に奪われ、龍興は居城を追われて逃亡、斎藤家は美濃の統治権を失った。
織田家に美濃を奪われ、居城の稲葉山城は岐阜城と改名され、信長・濃姫夫妻の住まいとなったが、濃姫にとっては実家に帰ってきたという感覚だろうか。
濃姫は近江の方を丁重に扱い、城下に屋敷を与えて、そこに住まわせてくれた。
恨むべき織田家ではあるが、ようやく近江の方に平穏が訪れたと言えた。
しかも、織田家は近江の方の実家の浅井家に、信長の妹を嫁がせ、同盟していたのだ。織田家が岐阜にやってきた当初は、六角家も安泰であったし、今にして思えば、近江の方が最も心穏やかに過ごせた時期だった。
だが、やがて足利義昭という厄介な貴人が現れて、再び近江の方には苦悩の日々となる。
義昭に協力しなかった六角家は、信長によって近江を追われ、夫に従った冲羅も行方不明となった。さらに、浅井家が織田家との同盟を破り、御敵となってしまった。
拠点を失い、明日をも知れぬ身となった娘。御敵として、執拗に信長に攻め立てられる実家。
昨日の敵は今日の友。信長に対抗するため、浅井家と六角家が手を結ぶことになったが、近江の方はちっとも喜べなかった。
そうして、ついに六角家が完全に消滅し、辛うじて生き残ってくれた懐妊中の娘。
娘の不幸は母として辛いばかりだが、無事に生きていてくれたこと、再会できたことは幸せだ。これからは、母娘ともに、織田家の庇護の下、孫を生み育てて行くことができる。
今日の浅井家の落日を除いては、ようやく近江の方が掴めたささやかな幸せである。
今、濃姫と一緒に、石部城で過ごしている彼女。
浅井家のことを気にかけていた彼女のもとに、先日、信長から文が届いていた。
濃姫もそれについて要請するので、近江の方も素直に従いはしたのだが、ようやく再会できた娘から離れる気にはなれなかった。
実家は大事だが、すでに中年を越えた女性、花嫁という年でもない彼女に、今更実家でもない。今は実家より、身重の娘の方が比較にならないほど大事だった。
そこで、信長と濃姫の要請に応えるために、養父で兄の久政と義弟・長政に文を書くことにした。夫妻の要請は、浅井家に降伏を促して欲しいというものだった。
だが、わざわざ小谷城まで出向く気にはなれなかったので、文を書いて腹心の老女に持たせ、信長の陣中に送り出したのである。
その近江の方の老女、信長の呼び出しに、すぐに本陣へ赴いた。
城の中の本陣。軍議をする場所の隣室の床に、毛皮を敷いて座している信長。その前には、すでに前もって岐阜から呼び出されていた笠松殿が控えていた。
老女が速やかに両手をつく。
「お前が近江の方の老女か。降伏勧告の文を預かってきたか?」
信長は戦場らしくぎらつく目で、けれど、思いの外穏やかな口調で尋ねてくる。
「はい。浅井家ご当主、ご隠居宛てに、降伏を勧める文を書かれました」
「む。俺としては、なるべく和睦に持っていきたいところだ」
信長の前に出ても、老女は物怖じしない。堂々と言った。
「和睦と申しましても、ご当主、ご隠居は腹切らねばなりますまい」
「ははは、なるほど。いやいや」
老女の指摘に、信長はからから笑う。
「いや、妹婿ゆえ、長政の命はとらぬ。そなた、これよりこの笠松と共に城へ行き、近江の方の文を渡した上で、長政に俺の考えを伝えてくれ」
笠松殿を手で示しながら、和平の使者として、老女に小谷城へ赴くよう命じた。
「これなる笠松は、織田家の後家で、藤掛三蔵の母だ。三蔵は我が妹・お市御寮人に従うて、小谷城に入った者。我が織田一門の男子である。和議の結論がどのようなものになろうとも、交渉は決裂しても、お市は三蔵ともども当方に返却してもらわねばならぬ。それで、三蔵の母にも小谷城へ行ってもらい、長政を説き伏せてもらうことにしたわ。そなたも共に行ってくれ」
笠松殿は老女に軽く微笑み、頷いて見せた。平静な様に見えるが、実は心は嵐のように荒れていよう。一刻も早く小谷城に乗り込んで、息子の無事を確認したいに違いない。
笠松殿の息子の三蔵というのは、まだ年端も行かない少年なのである。お市の方を守って、落城寸前の小谷城にいるのだ。笠松殿が母として、生きた心地がしないのは当然であろう。
「長政がそうとうのわからずやで非道ならば、お市も三蔵も返してはもらえまい。だから、二人を道連れにすることのないように、近江の方の文が必要なのだ。そなたは浅井家から美濃へ入ったのであろう?なれば、久政とは顔見知りよな。久政、長政のためにも説得してくれ」
「かしこまりました」
信長に老女は平伏した。もとは浅井家の侍女だったのだ。和議が成り、久政なり長政なりが許され、浅井家の家臣たちが織田家に仕えられるようになるなら、老女にとってもこれ以上のことはない。
すぐに老女は笠松殿と出発した。
木下藤吉郎秀吉に攻められ、小谷城の京極丸は壊滅に近いが、本丸はまだまだである。
本丸に乗り込んだ近江の方の老女と笠松殿の二人を、浅井長政本人が出迎えた。
長政はまだ若い。三十にもならない。
彼はこの世に誕生した時からずっと、その少年期を人質として六角家で過ごした。
老女は近江の方に従って美濃にいた。彼女と旧知なのは久政であるが、今は秀吉に追い詰められて、本丸には来られない。
長政にとって、近江の方は全く馴染みのない人ではあった。それでも、確かに血縁である。
「織田弾正忠様には、降伏を勧めておられまする。義兄弟の仲でもございます、弾正忠様には、今なら、浅井殿をお許しになるとのこと。何卒、降伏遊ばされませ」
さっそく笠松殿が凛然と言えば、長政は鼻を鳴らして笑った。
大男である。肩を揺すると、岩が動くようであった。
「降伏とな。まだ戦は決してはおらぬ」
「確かに。ですが、あと数日でしょう。朝倉も滅び、援軍も望めない。しかも、離反も続いているのです。数日でこの城が落ちるのは明らか。ですから、今のうちに降伏を……」
「恐いのであろう。信長は恐いのよ」
長政は再び鼻で笑った。
負け惜しみにしては自信満々である。笠松殿を見下ろす眼がすっと細められる。
「わしを許す?ふっ、馬鹿な。降伏はわしの首を差し出せという意味……」
「違いま……!」
言い募る笠松殿に、長政は手を挙げて制止した。笠松殿は何故か気圧されて、口をつぐんだ。
「降伏とはさようなものよ。わしの首を差し出すかわりに、家臣どもの命と所領を安堵する、そういうものよ。くくくく。笑止!わしは降伏なぞせぬ!」
「落城必至なのに。なれば、家臣どもを道連れに遊ばすというのですか?」
と、今度は老女が目を大きくして食って掛かった。
「さよう。降伏こそが負けよ。わしは勝つ」
「勝つわけがありませぬ。このままでは、あと三日と持ちませぬ」
「落城こそがわしの勝利なのだ!」
からからとひどく快活に長政は笑った。爽快にさえ感じさせる自信に満ち溢れる笑い声。
笠松殿は呆気にとられている。まるで禅問答でもしているような気分だ。
「落城は負けでありましょうよ!」
老女だけが、長政の言葉をそのまま真に受けて言い返した。
「和議とは、和睦したい側の方から持ちかける」
長政は言い澄ました。
「つまり、わしの勝利は信長の望みに反し、和議を突っぱねること。信長はわしを恐れているのだ。信長はわしがお市を道連れに、落城することを恐れている。和睦を持ちかけ、お市を取り返したいのだ。和睦だと?そうは行くか!わしは最後の一兵になるまで戦うぞ。優れた家臣を一人も織田家のためには残さぬ。家臣一人も残さず、お市ともども冥土に引きずり、城を枕に討死するであろう」
「な、な、な?」
長政の覚悟は、老女のかつての同輩たちの全滅を意味する。老女は開いた口を震えさせた。
「お市が死ぬこと。わしの死後、信長が召し抱えたいと望む人材を残さぬこと。お市と家臣どもと共に敗戦することが、わしの勝利なのだ」
「黙って聞いていれば、恥知らずな!」
言いきってせいせいした顔の長政に、黙り込んでいた笠松殿が、拳を握りしめて怒声を上げた。肩をいからせている。
「同盟が破綻せし時には、妻を離縁し、実家に送り返すが良識ある普通の武士。先年、それをせずに御寮人様をなお囲っていた恥知らずなお人と思えば、どこまで下劣なのやら!この期に及んでも、妻を返さず、死出の道連れにするとは。どこまで身勝手者かと、未来永劫、浅井長政の名は物笑いの種として語り継がれましょうぞ!さすが、平井殿を裏切り、またしても織田家を裏切った破廉恥漢だけはある!」
「なに?」
俄に長政は色をなした。
「裏切りの常習、さすが二流の浅井家」
「無礼者!」
ダンッ!長政が床を踏み鳴らして立ち上がるや太刀を抜き、刃先を笠松殿に向けた。
「情けない」
老女の意外なため息が床板に響いた。注意が削がれ、長政の手も止まる。
「さような浅井家ゆえ、斎藤家に嫁がれた御方様も、ご苦労が絶えませなんだ。二流の浅井長政、そう言われても仕方ありますまい。遠い異国の地でひたすら翻弄され続けた姉上様のご苦労、さようなあなた様には想像したことすらないのでしょう……その姉上様よりの御文です」
老女はまたため息をつき、二通の文を床に差し出した。
長政はなお刃を笠松殿に向けたまま、視線のみを文に落とした。
「それを読んでも、なおさような羞恥の欠片もないことを言われますのか……」
「これは……」
「斎藤家に嫁がれた姉上様よりの、あなた様への御文。もう一通はご隠居様への御文ゆえ、お届け下さいませぬか?娘が父に書いた文を、それも、あなた様次第では、父娘兄妹今生の別れとなるかもしれない最後かもしれない文を、まさか握り潰すようなことは、あなた様でもなさいますまい?」
一瞬、考えるふうにしてから長政は、すまなかったと呟くように言って刀を収め、座り直した。
文の内容は、降伏するよう、近江の方が説いたものと思われる。しかし、実際、どのような文面であるのか、何が書かれてあるのかは、老女も知らなかった。
長政は自分宛の文を手に取り、会ったことのない義姉(叔母)の言葉に目を落とした。
長政が静かに読み始めると、老女がそっと言った。
「織田家より嫁がれた奥方様には、藤掛三蔵殿という女佐役がおられましょう。この方はその三蔵殿の母上です。母上のご心中、お察し下さい」
読み終えたか、途中か。長政は文から顔を上げ、笠松殿を見やった。
「……そうだったか。それは――」
心ないことを言ったものだと、軽く頭を下げた。
「家臣一人残らず、お市ともども冥土の道連れにするなどと言うて、そなた、気が気ではなかったであろうな」
そして、老女を見、
「そなたを姉上に付けたは父上だ。すまぬが、今から父上の所に出向いて、そなたの手から直接その文を父上に手渡してくれ」
と願った。
「では、和睦を――?」
「応じるよう、そなたの口からも父上を説得してくれ。木下殿に降伏するようにと」
老女は喜び、文を持って出て行った。案内の武士に導かれ、本丸を出て行く。
その場に残った笠松殿は、先ほど長政から刃を突き付けられても、少しも騒がなかった。その度胸を、長政は密かに感心していた。文を畳みながら微笑む。
「なるほど、かの三蔵殿の母上だったか。道理でな。すぐ、三蔵殿に会わせてやる」
「では、降伏して下さるので?」
「いや、それはできぬ。降伏すれば、責任は誰かが負わねばならぬ。さすれば、わしは信長の妹婿ゆえ、わしの命は助けられてしまうだろう。腹切らされるのは父上に相違ない。どうして、隠居した父上の命を犠牲に、子のわしがぬくぬくと生きていくことができようか。死ぬのはわしで。――わしは城と命運を共にする。が、最終決戦を前に、お市は織田家へ返そう。三蔵殿もな。また、厚かましきことながら、和議を求めてきた信長だ、我が願いを聞き入れてくれようか?」
「何事でございましょうか?」
長政に降伏する気がないと知って、笠松殿は肩を落としたが、その願いとやらだけは、聞いてみることにした。
「わしは責任を負わねばならぬ。だが、父上は降伏させる。父上の命を助けて頂きたい。また、お市は織田家にお返し致すが、お市の産んだ我が子らは、織田家の血も引いておる故、子らの命も助けてもらいたい」
「あなた様のお命も助けると仰せられた弾正忠様です、幼い姫君方を、どうして殺したりなさいましょう。なれど、あくまで降伏なされた場合のみです」
「父上は降伏させる」
「あなた様は?」
「わしは命で責を負う。最後まで戦わせてもらおう。城と命運を共にしたい。落城する城と共に、冥土に参ろうよ」
「それでは降伏にはなりませぬ!どうせ死ぬおつもりなら、降伏して、腹をお切りなさいませ」
「いや、城と共に逝く。討死にしようが降伏して腹切ろうが、どのみちわしは死ぬのだ、同じと見なし、父上と子らの命は助けてくれい」
「そんなに頭を下げるのがお嫌ですか?何がそこまで頑なにさせるのです?誇り?自尊心?そのようなおかしな意地を貫いて、これ以上死ななくてよい命を道連れに遊ばしますか!今、降伏すれば、数多の城兵の命が助かりましょうに!」
笠松殿は腹を立てた。
そこへ藤掛三蔵少年が現れた。
「お召しと聞き、参りました」
廊下に踞った三蔵に、長政は朗らかに告げた。
「これより、お市と子らを連れて城を出よ。子らはむずかるだろうが、よく宥めてくれい。必ず織田の陣中に無事に届けてくれよ。わしよりの最後の頼みだ」
三蔵は頗る驚いたが、すぐに、かしこまって廊下に平伏した。
長政は穏やかにそれを眺めると、笠松殿に再び視線を戻す。
「姉上よりの御文、届けてくれて礼を申す。姉上は潔くあれと仰せられた。最期くらい武士らしく、綺麗に雄々しく逝けと。姉上も平井の娘もお市も、わしを迷惑に思っておったろう……だから、最期くらい立派にとの、姉上の御意に従おう。わしは決して頭は下げぬ!」
笠松殿はぎょっとした。近江の方の文は、降伏勧告というより、後世まで立派な武士であったと語られるような者となれという、叱咤激励だったのだ。
「三蔵殿、母上ぞ」
長政が三蔵に声をかけた。三蔵は初めて、こちらに背を向けている客人が、己の母であると知った。
振り返った笠松殿は、つい我が子との再会の喜びの方が勝ってしまったのだった。
義昭は都を追い出された。
しかし、信長が義昭を殺さなかったことは、娘婿の蒲生忠三郎には全く理解できなかった。
(唐土の易姓革命は、ほとんどの場合が前王朝の天子を殺さないで、地方に追いやるだけではあるけど……あの公方みたいな人間は、新しい天下様に謀叛を企む輩だと思うんだけどな……)
若輩の自分には舅は計り知れないと、近江育ちの忠三郎はかえって己の浅知恵に悩んだのだったが。
その数日後の七月二十八日、元亀から天正に改元された。以後、元亀四年は天正元年となる。
天正は以前から信長が望んでいた元号であった。
だが、永禄の後は元亀になった。それは、永禄の終わりに、改元に反対する信長の出陣中、義昭が勝手に元亀にしてしまったが故のことである。義昭の手による改元を渋り、また新しい元号には天正を望んでいた信長には、不愉快なことだった。
改元は権力の象徴である。だからこそ、以前の義昭も己を誇示するために、自らの提案である元亀で強行改元したのである。
そして、今は信長が希望の天正に変えた。
義昭を追放し、幕府を滅ぼした信長が、即座に改元したということは、信長こそが武士の頂点に立つ者だということを、天下に知らしめたことになる。
朝廷は信長を頼りとした。
この信長の存在感に対して、敵の足並みが乱れたことは事実だろう。
これは敵わぬと、味方を見限り、織田方に寝返る者が出た。
阿閉貞征である。
改元から僅か数日後の八月七日のこと。
阿閉貞征は北近江の浅井長政の家臣で、山本山城主である。この織田家への寝返りは、横山城の木下藤吉郎秀吉の調略もあってのことであった。
信長は即座に出陣して、九日には浅井方の月ヶ瀬城を奪い、十日には浅井家の本拠地・小谷城の近くにまで迫った。その数、この時点で三万を超えている。
一方、浅井軍は五千ほど。
即座に、浅井長政は朝倉義景に援軍を要請した。
十二日、朝倉勢二万が越前から出てきた。
その間、信長は山田山に陣を布いている。ここは、越前と小谷城との通行を遮断できる場所である。
朝倉軍は余呉、木之本まで進軍してきた。
朝倉勢が来ても、浅井方の離反は続いている。それを見て朝倉義景は何と思ったか、臆病風に吹かれたか、はたまた浅井を見限ったのか、翌日、夜陰に紛れて撤退してしまった。
だが、信長はそれを読んでいた。信長自身が、追撃を開始する。
退却を開始した途端、突然、思いもよらず織田勢から追い討ちをかけられたのだ。朝倉勢は大混乱に陥り、競って逃げて行く。
朝倉勢はさんざん討ちとられながらも、必死に逃げた。織田軍が追う。
もはや収拾がつかないほどだ。背中を見せて逃げる一方の敵を仕留めるのは容易い。織田軍はだんだん楽しくなってきた。面白いように敵を狩ってゆく。
十八日には、織田軍は越前の府中にまで至っていた。
朝倉家の本拠・一乗谷はすでに織田軍の攻撃を受けている。
義景は信長が府中にいる間に一乗谷城から出て、山田庄六坊賢松寺に逃げ込んだ。
ところが、ここで一族の朝倉景鏡に騙し討ちに遭った。義景は自害して果てたのだった。
ひどく呆気ない最期。
八月二十日。朝倉氏はこうして滅亡した。
朝倉が滅べば、残るは浅井である。織田軍は二十六日には近江に戻っている。信長は小谷城を目前に望む虎御前山に着陣した。
いよいよ決戦である。
小谷城の本丸の北側には、長政の父・浅井久政の住む京極丸がある。二十八日、織田軍はここを攻め、久政を追い詰めた。
そこでいったん、信長は長政に降伏を勧告することにした。
今は敵だが、長政は何といっても妹婿である。信長の妹が、まだ落日の浅井家の中にいるのだ。
和睦の余地はある。そして、それには少々必要なものがあった。
「届いているか?」
信長は近習に訊いた。
朝倉勢が越前に撤退することを読んだ時、すでに信長には小谷城の今日の姿が見えていた。
信長は朝倉勢を追って越前へ向かう前に、使いの者を石部城に遣っていた。
「はっ、届いておりまする。それについて、近江の方付の老女が直接こちらまで参っております。近江の方の書状を持参しているとのことで」
「ほう、さようか。なれば、その老女に直接小谷城へ届けさせよう。これへ召し出せ。それと、笠松もな」
「はっ」
小姓が、その陣中に来ているという近江の方とやらの老女と、笠松殿とを呼びに行った。
近江の方というのは、今、濃姫と共に南近江の石部城に冲羅を訪ねている女性のことである。これは冲羅の母であった。
近江の方と呼ばれている通り、近江出身の女性なのである。しかも、他ならぬ浅井家の血筋であった。
今現在織田軍に追い詰められている、京極丸の久政の養女(妹)である。長政の義姉(叔母)であった。
近江の方は、いかにも戦国乱世に翻弄された女性らしい、悲しくも、心の強い人であった。
彼女は浅井家の娘として、濃姫の兄である美濃の斎藤義龍のもとに嫁いだ。
その後、実家の浅井家は義弟の長政が当主となり、六角家から独立する。
すると、斎藤家は浅井家との同盟を切り、浅井家の敵となった六角家と手を結ぼうとした。しかも、その同盟のために、義龍は冲羅を六角家へ嫁がせようとしたのだ。
近江の方には、実家と嫁家との敵対だけで、心が苦しいのに。ましてや、嫁家は実家の敵と手を組もうとしているのだ。
それくらいのことは、この乱世、よくあることかもしれない。
しかし、嫁家が実家の敵と同盟するために嫁がせる姫は、近江の方の娘なのだ。我が子を実家の敵のもとに嫁がせなければならないのだ、嫁家の同盟のために。
まだ幼さの残る娘の冲羅を、六角家に嫁がせなければならなかった時の、近江の方の気持ちはいかばかりであっただろうか。
それに、舅となる六角承禎入道義賢は斎藤家を賤しいと毛嫌いしていたし、その姉も同様な態度で、しかも姉は夫と共に六角家に身を寄せていた。その姉の夫というのが元の濃州太守土岐頼芸だったのだから質が悪い。斎藤道三によって美濃を追放された元の美濃の主である。
そのような人がいる六角家へ、道三の孫が嫁ぐなど、母として近江の方にはとても心配でならなかった。もっとも、義龍は頼芸の子だという話もあったけれども。その噂によって、頼芸が冲羅を孫かもしれないと疑って親切にしてくれる可能性に賭けるしかなかった。
心配な中、娘を嫁がせた近江の方にはさらに不幸が待っていた。義龍にはもともと複数の妻がいたが、浅井家の近江の方など不要ということか、新たな室を迎えたのだ。名家の妻が来たせいで、近江の方は隅に追いやられて、忘れられた人となった。
そして、それから間もなく義龍が若い身で死去。
まだ少年の龍興が当主となってからは、斎藤家は急速に凋落して行った。
そして、それから僅かの間に、夫の妹の濃姫が美濃を乗っ取ってきた。正確には、濃姫の夫の信長によってだが。
僅か数年で美濃は織田家に奪われ、龍興は居城を追われて逃亡、斎藤家は美濃の統治権を失った。
織田家に美濃を奪われ、居城の稲葉山城は岐阜城と改名され、信長・濃姫夫妻の住まいとなったが、濃姫にとっては実家に帰ってきたという感覚だろうか。
濃姫は近江の方を丁重に扱い、城下に屋敷を与えて、そこに住まわせてくれた。
恨むべき織田家ではあるが、ようやく近江の方に平穏が訪れたと言えた。
しかも、織田家は近江の方の実家の浅井家に、信長の妹を嫁がせ、同盟していたのだ。織田家が岐阜にやってきた当初は、六角家も安泰であったし、今にして思えば、近江の方が最も心穏やかに過ごせた時期だった。
だが、やがて足利義昭という厄介な貴人が現れて、再び近江の方には苦悩の日々となる。
義昭に協力しなかった六角家は、信長によって近江を追われ、夫に従った冲羅も行方不明となった。さらに、浅井家が織田家との同盟を破り、御敵となってしまった。
拠点を失い、明日をも知れぬ身となった娘。御敵として、執拗に信長に攻め立てられる実家。
昨日の敵は今日の友。信長に対抗するため、浅井家と六角家が手を結ぶことになったが、近江の方はちっとも喜べなかった。
そうして、ついに六角家が完全に消滅し、辛うじて生き残ってくれた懐妊中の娘。
娘の不幸は母として辛いばかりだが、無事に生きていてくれたこと、再会できたことは幸せだ。これからは、母娘ともに、織田家の庇護の下、孫を生み育てて行くことができる。
今日の浅井家の落日を除いては、ようやく近江の方が掴めたささやかな幸せである。
今、濃姫と一緒に、石部城で過ごしている彼女。
浅井家のことを気にかけていた彼女のもとに、先日、信長から文が届いていた。
濃姫もそれについて要請するので、近江の方も素直に従いはしたのだが、ようやく再会できた娘から離れる気にはなれなかった。
実家は大事だが、すでに中年を越えた女性、花嫁という年でもない彼女に、今更実家でもない。今は実家より、身重の娘の方が比較にならないほど大事だった。
そこで、信長と濃姫の要請に応えるために、養父で兄の久政と義弟・長政に文を書くことにした。夫妻の要請は、浅井家に降伏を促して欲しいというものだった。
だが、わざわざ小谷城まで出向く気にはなれなかったので、文を書いて腹心の老女に持たせ、信長の陣中に送り出したのである。
その近江の方の老女、信長の呼び出しに、すぐに本陣へ赴いた。
城の中の本陣。軍議をする場所の隣室の床に、毛皮を敷いて座している信長。その前には、すでに前もって岐阜から呼び出されていた笠松殿が控えていた。
老女が速やかに両手をつく。
「お前が近江の方の老女か。降伏勧告の文を預かってきたか?」
信長は戦場らしくぎらつく目で、けれど、思いの外穏やかな口調で尋ねてくる。
「はい。浅井家ご当主、ご隠居宛てに、降伏を勧める文を書かれました」
「む。俺としては、なるべく和睦に持っていきたいところだ」
信長の前に出ても、老女は物怖じしない。堂々と言った。
「和睦と申しましても、ご当主、ご隠居は腹切らねばなりますまい」
「ははは、なるほど。いやいや」
老女の指摘に、信長はからから笑う。
「いや、妹婿ゆえ、長政の命はとらぬ。そなた、これよりこの笠松と共に城へ行き、近江の方の文を渡した上で、長政に俺の考えを伝えてくれ」
笠松殿を手で示しながら、和平の使者として、老女に小谷城へ赴くよう命じた。
「これなる笠松は、織田家の後家で、藤掛三蔵の母だ。三蔵は我が妹・お市御寮人に従うて、小谷城に入った者。我が織田一門の男子である。和議の結論がどのようなものになろうとも、交渉は決裂しても、お市は三蔵ともども当方に返却してもらわねばならぬ。それで、三蔵の母にも小谷城へ行ってもらい、長政を説き伏せてもらうことにしたわ。そなたも共に行ってくれ」
笠松殿は老女に軽く微笑み、頷いて見せた。平静な様に見えるが、実は心は嵐のように荒れていよう。一刻も早く小谷城に乗り込んで、息子の無事を確認したいに違いない。
笠松殿の息子の三蔵というのは、まだ年端も行かない少年なのである。お市の方を守って、落城寸前の小谷城にいるのだ。笠松殿が母として、生きた心地がしないのは当然であろう。
「長政がそうとうのわからずやで非道ならば、お市も三蔵も返してはもらえまい。だから、二人を道連れにすることのないように、近江の方の文が必要なのだ。そなたは浅井家から美濃へ入ったのであろう?なれば、久政とは顔見知りよな。久政、長政のためにも説得してくれ」
「かしこまりました」
信長に老女は平伏した。もとは浅井家の侍女だったのだ。和議が成り、久政なり長政なりが許され、浅井家の家臣たちが織田家に仕えられるようになるなら、老女にとってもこれ以上のことはない。
すぐに老女は笠松殿と出発した。
木下藤吉郎秀吉に攻められ、小谷城の京極丸は壊滅に近いが、本丸はまだまだである。
本丸に乗り込んだ近江の方の老女と笠松殿の二人を、浅井長政本人が出迎えた。
長政はまだ若い。三十にもならない。
彼はこの世に誕生した時からずっと、その少年期を人質として六角家で過ごした。
老女は近江の方に従って美濃にいた。彼女と旧知なのは久政であるが、今は秀吉に追い詰められて、本丸には来られない。
長政にとって、近江の方は全く馴染みのない人ではあった。それでも、確かに血縁である。
「織田弾正忠様には、降伏を勧めておられまする。義兄弟の仲でもございます、弾正忠様には、今なら、浅井殿をお許しになるとのこと。何卒、降伏遊ばされませ」
さっそく笠松殿が凛然と言えば、長政は鼻を鳴らして笑った。
大男である。肩を揺すると、岩が動くようであった。
「降伏とな。まだ戦は決してはおらぬ」
「確かに。ですが、あと数日でしょう。朝倉も滅び、援軍も望めない。しかも、離反も続いているのです。数日でこの城が落ちるのは明らか。ですから、今のうちに降伏を……」
「恐いのであろう。信長は恐いのよ」
長政は再び鼻で笑った。
負け惜しみにしては自信満々である。笠松殿を見下ろす眼がすっと細められる。
「わしを許す?ふっ、馬鹿な。降伏はわしの首を差し出せという意味……」
「違いま……!」
言い募る笠松殿に、長政は手を挙げて制止した。笠松殿は何故か気圧されて、口をつぐんだ。
「降伏とはさようなものよ。わしの首を差し出すかわりに、家臣どもの命と所領を安堵する、そういうものよ。くくくく。笑止!わしは降伏なぞせぬ!」
「落城必至なのに。なれば、家臣どもを道連れに遊ばすというのですか?」
と、今度は老女が目を大きくして食って掛かった。
「さよう。降伏こそが負けよ。わしは勝つ」
「勝つわけがありませぬ。このままでは、あと三日と持ちませぬ」
「落城こそがわしの勝利なのだ!」
からからとひどく快活に長政は笑った。爽快にさえ感じさせる自信に満ち溢れる笑い声。
笠松殿は呆気にとられている。まるで禅問答でもしているような気分だ。
「落城は負けでありましょうよ!」
老女だけが、長政の言葉をそのまま真に受けて言い返した。
「和議とは、和睦したい側の方から持ちかける」
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「同盟が破綻せし時には、妻を離縁し、実家に送り返すが良識ある普通の武士。先年、それをせずに御寮人様をなお囲っていた恥知らずなお人と思えば、どこまで下劣なのやら!この期に及んでも、妻を返さず、死出の道連れにするとは。どこまで身勝手者かと、未来永劫、浅井長政の名は物笑いの種として語り継がれましょうぞ!さすが、平井殿を裏切り、またしても織田家を裏切った破廉恥漢だけはある!」
「なに?」
俄に長政は色をなした。
「裏切りの常習、さすが二流の浅井家」
「無礼者!」
ダンッ!長政が床を踏み鳴らして立ち上がるや太刀を抜き、刃先を笠松殿に向けた。
「情けない」
老女の意外なため息が床板に響いた。注意が削がれ、長政の手も止まる。
「さような浅井家ゆえ、斎藤家に嫁がれた御方様も、ご苦労が絶えませなんだ。二流の浅井長政、そう言われても仕方ありますまい。遠い異国の地でひたすら翻弄され続けた姉上様のご苦労、さようなあなた様には想像したことすらないのでしょう……その姉上様よりの御文です」
老女はまたため息をつき、二通の文を床に差し出した。
長政はなお刃を笠松殿に向けたまま、視線のみを文に落とした。
「それを読んでも、なおさような羞恥の欠片もないことを言われますのか……」
「これは……」
「斎藤家に嫁がれた姉上様よりの、あなた様への御文。もう一通はご隠居様への御文ゆえ、お届け下さいませぬか?娘が父に書いた文を、それも、あなた様次第では、父娘兄妹今生の別れとなるかもしれない最後かもしれない文を、まさか握り潰すようなことは、あなた様でもなさいますまい?」
一瞬、考えるふうにしてから長政は、すまなかったと呟くように言って刀を収め、座り直した。
文の内容は、降伏するよう、近江の方が説いたものと思われる。しかし、実際、どのような文面であるのか、何が書かれてあるのかは、老女も知らなかった。
長政は自分宛の文を手に取り、会ったことのない義姉(叔母)の言葉に目を落とした。
長政が静かに読み始めると、老女がそっと言った。
「織田家より嫁がれた奥方様には、藤掛三蔵殿という女佐役がおられましょう。この方はその三蔵殿の母上です。母上のご心中、お察し下さい」
読み終えたか、途中か。長政は文から顔を上げ、笠松殿を見やった。
「……そうだったか。それは――」
心ないことを言ったものだと、軽く頭を下げた。
「家臣一人残らず、お市ともども冥土の道連れにするなどと言うて、そなた、気が気ではなかったであろうな」
そして、老女を見、
「そなたを姉上に付けたは父上だ。すまぬが、今から父上の所に出向いて、そなたの手から直接その文を父上に手渡してくれ」
と願った。
「では、和睦を――?」
「応じるよう、そなたの口からも父上を説得してくれ。木下殿に降伏するようにと」
老女は喜び、文を持って出て行った。案内の武士に導かれ、本丸を出て行く。
その場に残った笠松殿は、先ほど長政から刃を突き付けられても、少しも騒がなかった。その度胸を、長政は密かに感心していた。文を畳みながら微笑む。
「なるほど、かの三蔵殿の母上だったか。道理でな。すぐ、三蔵殿に会わせてやる」
「では、降伏して下さるので?」
「いや、それはできぬ。降伏すれば、責任は誰かが負わねばならぬ。さすれば、わしは信長の妹婿ゆえ、わしの命は助けられてしまうだろう。腹切らされるのは父上に相違ない。どうして、隠居した父上の命を犠牲に、子のわしがぬくぬくと生きていくことができようか。死ぬのはわしで。――わしは城と命運を共にする。が、最終決戦を前に、お市は織田家へ返そう。三蔵殿もな。また、厚かましきことながら、和議を求めてきた信長だ、我が願いを聞き入れてくれようか?」
「何事でございましょうか?」
長政に降伏する気がないと知って、笠松殿は肩を落としたが、その願いとやらだけは、聞いてみることにした。
「わしは責任を負わねばならぬ。だが、父上は降伏させる。父上の命を助けて頂きたい。また、お市は織田家にお返し致すが、お市の産んだ我が子らは、織田家の血も引いておる故、子らの命も助けてもらいたい」
「あなた様のお命も助けると仰せられた弾正忠様です、幼い姫君方を、どうして殺したりなさいましょう。なれど、あくまで降伏なされた場合のみです」
「父上は降伏させる」
「あなた様は?」
「わしは命で責を負う。最後まで戦わせてもらおう。城と命運を共にしたい。落城する城と共に、冥土に参ろうよ」
「それでは降伏にはなりませぬ!どうせ死ぬおつもりなら、降伏して、腹をお切りなさいませ」
「いや、城と共に逝く。討死にしようが降伏して腹切ろうが、どのみちわしは死ぬのだ、同じと見なし、父上と子らの命は助けてくれい」
「そんなに頭を下げるのがお嫌ですか?何がそこまで頑なにさせるのです?誇り?自尊心?そのようなおかしな意地を貫いて、これ以上死ななくてよい命を道連れに遊ばしますか!今、降伏すれば、数多の城兵の命が助かりましょうに!」
笠松殿は腹を立てた。
そこへ藤掛三蔵少年が現れた。
「お召しと聞き、参りました」
廊下に踞った三蔵に、長政は朗らかに告げた。
「これより、お市と子らを連れて城を出よ。子らはむずかるだろうが、よく宥めてくれい。必ず織田の陣中に無事に届けてくれよ。わしよりの最後の頼みだ」
三蔵は頗る驚いたが、すぐに、かしこまって廊下に平伏した。
長政は穏やかにそれを眺めると、笠松殿に再び視線を戻す。
「姉上よりの御文、届けてくれて礼を申す。姉上は潔くあれと仰せられた。最期くらい武士らしく、綺麗に雄々しく逝けと。姉上も平井の娘もお市も、わしを迷惑に思っておったろう……だから、最期くらい立派にとの、姉上の御意に従おう。わしは決して頭は下げぬ!」
笠松殿はぎょっとした。近江の方の文は、降伏勧告というより、後世まで立派な武士であったと語られるような者となれという、叱咤激励だったのだ。
「三蔵殿、母上ぞ」
長政が三蔵に声をかけた。三蔵は初めて、こちらに背を向けている客人が、己の母であると知った。
振り返った笠松殿は、つい我が子との再会の喜びの方が勝ってしまったのだった。
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