禍の姫君は金の海で運命に踊る

泡沫なかば

文字の大きさ
20 / 48
五章

サジャミールとリリアルーラ2

しおりを挟む
「ゆう、べ……」
 サジャミールは別に、リリアルーラに薬を用いてなどいないし、今は酒も飲ませていない。それなのに彼女は、とろとろに蕩けきって身を震わせている。昨夜の痴態も酒のせいではないことは承知だ。リリアルーラにとって、恐らくサジャミールという存在自体が媚薬なのだ。サジャミールにとっての彼女が甘美な毒であるように。
「あなたが眠りに就く直前です。私の願いを、聞き入れてくださったでしょう?」
「おぼえて、ません……」
「じゃあ、どこまで覚えてる?」
 つい、敬語を忘れた。リリアルーラに対しては、常に……見せかけだけでも、紳士であろうとしているのに。
「口づけを、されました……」
「ずっとしていたでしょう?」
 眉間の奥がズキズキと痛む。愛らしさに煽られた欲情が、頭痛を生み出している。はち切れんばかりの欲望は既に下穿きを押し上げているが、長衣のおかげでリリアルーラに悟られてはいない。できうる限り、そこを彼女に触れさせないようにもしている。
 今すぐにでも奪ってしまいたいが、少なくともリリアルーラの同意が得られないうちは手が出せない。それは、蛇との契約にも含まれている。
「だって、あんな口づけ……」
 はふ、と吐かれた吐息が頬に触れ、頭痛がいや増した。天然の媚態の威力をサジャミールは初めて思い知らされている。彼の寝所に忍び込んできたような毒蜘蛛たちと、リリアルーラはまるで違う。存在自体が害であるような毒蜘蛛は触れることさえおぞましいが、リリアルーラはただそこに在るだけでサジャミールを煽る。喰らい尽くしたいと魂が叫ぶ。狂おしいほどに愛おしくて、何もかもが欲しくて、日頃は押し殺している感情が爆発しそうになる。
 だが、それで当然だとも思う。リリアルーラは、サジャミールの運命なのだから。
「リリアルーラ、あなたは私が触れることを、許してくださったんですよ」
「ふれる?」
 きょとんと丸くなった碧の瞳は、先ほどまで彼女が漂っていた愉悦の波を忘れたかのようだ。
「ええ。私の愛を、あなたに伝えるために。ですが、傷つけるようなことはしませんし、あなたが望まないなら、止めます」
「触るのが、どうして、愛を伝えることに、なるんですか」
「あなたは何も知らないんですね。可愛らしい」
 リリアルーラにとって愛は崇高なものなのだろう。きっと肉体など必要ないと思っているのだろう。だが、サジャミールにとっては違う。見て、触れて、確かめたい。そうでなければ耐えられない。ただただ深まる想いに溺れ、自身を失わないためにも。
「私に口づけられたら、気持ちいいでしょう? 私に触れられても、嫌ではありませんね?」
「……さじゃみ、るさま、やめて……」
「身体は、知っているんですよ。心が隠そうとしても、身体はごまかせない。触れると、深まるんです。そうして、もっともっと、愛おしくなるんです」
 バイフーラで仕立てられたリリアルーラのドレスは、ぱっと見ストンとしていて、そこまで身体の線を浮きだたせない作りだが、その実背中には臀部にも届きそうに深く大きな切れ込みが入っている。その隙間を縫うように掛けられたリボンで肌自体の露出は少なくなっており、更に上から薄いショールを羽織ることで切れ込み自体を隠していた。バイフーラ王国はサジャミールにとって不可思議の塊だが、少なくともドレスのデザインの素晴らしさは理解できる。昨日謁見の際に彼女が身につけていたそれも、果てしなく彼の劣情を煽った。
 サジャミールはリリアルーラの両手を握っていた手を離し、それぞれ肩に触れ腰に触れた。そっと口づけ、小さな舌をちゅうと吸いつつ掌を動かすと、肩と腰がびくりと強張る。
「言葉だけでは伝えきれないものを、肌を通して伝えるんです」
 サジャミールは途方もなく甘い声で囁き、さわさわと腰を撫で肩を撫でた。ショールはとうに剥いでしまった今、腰から背中に手を滑らせリボンを解けば、すぐにでも彼女の素肌に触れられる。
「よく、わかりません……」
「ええ、そうでしょうね」
 戸惑う声を微笑みで受け流し、サジャミールはリボンの端に手をかけた。肩の手を乳房へ下ろす。
「きゃあ!」
 途端、リリアルーラが大きく首を振った。乳房に触れたサジャミールの腕を止めようと、全身で縋りついていくる。
「いけません! こんなこと、許されません!」
「誰が許さないと言うんです?」
「だれって、そんなの」
 サジャミールはリボンをするりと解いた。胸元だけに注視していたリリアルーラは、そこで初めて彼のもう一本の腕の動きに気づいたらしい。ぱっとサジャミールから手を離し、床に手を付き後ずさりしようとする。
「あなた以外の誰に許されなくても構いません。それが、たとえ神であろうと」
 リリアルーラの動きが止まった。サジャミールは、大きな掌にすっぽりと収まりつつも決して小さくはない乳房を掬うように揉みしだき、すりすりと指先で頂を撫でた。
「あなたは私を許してくれない?」
 返事はない。リリアルーラは上半身を軽く起こし、膝を立てたままの姿勢で固まっている。碧の瞳が驚愕と混乱に揺れているのを認め、サジャミールは彼女の首筋に顔を埋めた。べったりと舌を這わせながら、一気に背中のリボンを緩ませていく。
「だめ……」
「嘘ですね」
 ハッと荒い息がサジャミールの髪を揺らした。
「ああ、違う。駄目だと思っているけれど、本当はあなたもこれを望んでいるでしょう、リリアルーラ」
 首筋から耳へと舐め上げ、小さな耳朶に歯を立てた。リリアルーラの身体が大仰に跳ねたが、彼の逞しい体軀は微塵も揺るがない。
「あなたが私を許すように、私もあなたのすべてを許します。どうか隠さないで、私のリリアルーラ」
「あ……」
 吐息と共にこぼれた声を皮切りに、サジャミールは侵攻を開始した。リボンの締め付けが緩んだドレスをずるりと肩から抜き、当然のような抵抗をものともせずに引き下ろす。コルセットどころか、肌着すら身につけていないリリアルーラの胸元が露わになった。無理に脱がせたドレスの腕が肘の少し上でだぶつき、それ自体が拘束具のように彼女の腕を固める。
「ああ、ドレスの内側が胸当て代わりになっているんですね。バイフーラの女性は皆、肌着は身につけないのですか?」
「ちがう、あついから、きなくていいって、イルマが」
 リリアルーラは完全な恐慌状態で、碧の瞳に涙を浮かべている。そのくせ律儀に答える素直さに、サジャミールはいっそう欲情した。たまらずのしかかって唇を奪い、乳房を両手で覆う。
「んーっ!」
 ジタバタと身を捩り、リリアルーラが悲鳴を上げた。しかし声ごと飲み込むように舌を吸い上げ、やわやわ乳房を揉みしだくと、悲鳴は甘い響きを帯びた呻きに変わり、身体の力も抜けていく。
 あまりに素直とは言え、リリアルーラが利発な質なのは承知している。本気で抵抗しているのも間違いない。
 だから、この反応こそが真実だとサジャミールは思うのだ。リリアルーラは、心の底ではサジャミールを求めていると——。
「リリアルーラ、私を信じて。決してあなたを傷つけたりはしませんから、怖がらないで」
「こわく、ない、わからない」
「昨日もそう言ってましたね。何がわからない?」
「ぜんぶ、ぜんぶ、です。かんがえても、わからなっ、あっ、アアッ」
 指先でしこり始めた乳房の蕾を強く摘まんだ瞬間、リリアルーラの声が跳ねた。喜悦を示すその甘さに、サジャミールの頭がズキズキと痛む。
「ああ、あなたは本当に可愛い、リリアルーラ。わからないなら、今はただ感じて。何も考えなくていい」
「だって、こんなの、あ、あ、どうし、て……」
「気持ちが良いと、受け入ればいい。それが私の愛です。あなたを蕩けさせたい。あなたの全てが見たい」
「さじゃみ、る、さま……」
 運命の糸を手繰り寄せるように、リリアルーラの手が宙を彷徨っている。迷うことなくその手を取って口づけ、サジャミールは情欲と愛を込めてリリアルーラを見つめた。
「私のリリアルーラ」
 リリアルーラの瞳に、あえかな光が瞬いた。降りてきた赦しを、サジャミールが見逃すはずもない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...