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悪女の特訓-2
しおりを挟む「お兄様!」
わたしの名前を呼びながら、こちらに駆け寄ってきたのはテオドールだった。彼の姿を見つけた瞬間にベンチから立ち上がり、お腹辺りに抱き着けば、しっかりと受け止めてくれた。
妹という立場を利用すれば、合法的に推しと触れ合える。その事実に気づいて以来、わたしは時折りこうして自然な振る舞いを装ってテオドールに抱きついている。
ついでなので、どさくさに紛れて、すんすんと匂いも嗅いでおく。うん、いい匂いだ。
「二人で魔法の特訓をしてたのか?」
少しだけ身体を離したテオドールがわたしとレインを見て、そう問いかけてきた。その問いに頷けば、彼はにかっと眩しいぐらいの笑顔を見せた。
「えらいな、アナスタシア」
そう言って頭を撫でられれば、とたんに顔がみるみると緩む。ああ、絶対に今のわたしはとてもだらしない表情をしているだろう。
にやけた顔を隠すようにテオドールのお腹に顔を埋める。すると頭上から心配そうな彼の声が聞こえた。
「無理はしてないか? ここ最近は毎日のように特訓をしてるって聞いたぞ」
「これぐらい平気よ! それに自分を高めることは、リヴィエール家の人間として当然のことだもの」
すると、テオドールが「さすがアナスタシアだな」と笑うので、わたしも微笑みを返した。何だか背後から冷ややかな視線を感じるような気もするが、ここは無視させてもらおう。
そうして暫くの間、推しとの触れ合いを堪能していたのだが、テオドールがそっとわたしの身体を離す。名残惜しく思っていれば、彼はレインの方へと向かった。
「レインもありがとうな。いつもアナスタシアの特訓ばかりで大変だろ」
「いえ。従者として当然のことですから」
「困ってる事とかはないか? アナスタシアは意外と頑固な所があるから何かあれば言ってくれ」
その言葉にわたしはレインの方をじっと見つめる。目と目が合ったので、余計なことは言わないでよ、という念を送れば、それをしっかりと受け取ったレインが当たり障りのない答えを返す。
よしよし、流石だ。後で褒めておこう。テオドールにバレないように、グッジョブという意味を込めてレインにウインクをしたが、無視されてしまった。
「それで、今日は一体どんな特訓をしてたんだ?」
「えーっと、浮遊魔法とソウル魔法について、かな」
「ソウル魔法……アナスタシアはもうソウル魔法が使えるのか?」
驚いた様子のテオドールに慌てて首を横に振る。破壊の特性があるなんて知られてしまっては、今後のアナスタシアのイメージが損なわれてしまうので、ここは隠しておく。まあ実際に今のわたしは使えないので嘘ではない。
「上手くいかなくて…どうしたらいいかな?」
しょんぼりとした表情をつくってそう答えれば、レインが小さな声で「うわぁ」と呟いた。なんだ、うわぁって。
幸いテオドールには聞こえていないようで、彼はわたしの悩みに「うーん」と首を傾げていた。
「ソウル魔法は俺も得意じゃないからなあ。まあ、でもゆっくりやればいいさ」
テオドールの優しい表情と言葉にうっとりとした表情で彼を見つめていれば、近くからわざとらしい咳払いが聞こえた。ちょっと邪魔しないで。
そう念を込めて睨むが、今度は効果がなかった。レインがわたしとテオドールの間にずいっと割り込む。そして、わざとらしい笑みを浮かべながらテオドールに話しかけた。
「テオドール様のソウル魔法はどんな特性をお持ちなんですか?」
「あー、俺のソウル魔法の特性な…」
どこか歯切れの悪いテオドールの返答を不思議に思いながらも、わたしはレインの時と同様、見せてくれるようにお願いをする。
最初は渋っていたテオドールだったが、秘技であるおねだり顔をすれば、すぐに了承してくれた。
「……アナスタシアのお願いなら仕方ない、か」
その言葉に舞い上がる。いったいテオドールのソウル魔法にはどんな特性があるのだろう。作中でも明かされなかった情報に、わくわくが止まらない。
テオドールが呪文を唱えると同時に、彼の手首にキラキラと光る宝石がついた腕輪が現れた。
自分と同じような杖を想像していたので、一瞬呆気に取られたが、この腕輪が彼の魂を具現化したものなのだろう。
そして、そのまま彼はわたしに向かって手を伸ばした。すると、全身がまばゆい光に身体が包まれ、どこか心地よい暖かさを感じる。
「これがお兄様のソウル魔法……?」
いまひとつ特性を理解できず、その場で首を傾げていれば、テオドールが困ったように笑った。
「俺のソウル魔法は癒しの特性を持っているんだ」
「癒し?」
テオドールの存在がすでに癒しだというのに、更に加算されるだなんて、そんなのもう無敵じゃないか。「すごい、すごい」と繰り返し口にするが、どうやら本人はこの特性をあまりよく思っていない様子だ。
「癒しといっても、精神的な安らぎに効果があるぐらいで、特に役に立たないハズレ特性だな」
ハズレ特性だと? ストレス社会を生きていたわたしにとっては、最高の特性だというのに、この世界ではあまり評価されないのだろうか。
そうだとしても、もっと自信を持っていいのに。そう思い、様々な褒め言葉を述べるが、いまひとつテオドールには響いていないようだ。
どうやったらこの素晴らしさが伝わるのかを考えていれば、今まで黙っていたレインが口を開いた。
「俺もテオドール様の特性はハズレなどではないと思いますよ」
その言葉にテオドールが苦笑いを浮かべた。
「二人してお世辞はいいって」
「いえ、お世辞などではなく。精神的な安らぎを与えるだけ、と言いましたが、おそらくそれ以外にも効果がありますよ」
そう言ってレインが「見てください」とわたしの手に触れた。そして、人差し指のあたりを自身の手で指差した。わたしもテオドールもレインの行動をよく理解できず、ぱちぱちと瞬きをしながら、彼の顔を見つめる。
「ここに小さな傷跡があったのですが、それが綺麗さっぱりなくなっています」
「え?! 嘘!」
そもそも、そんなところに傷跡があったなんて知らなかった。二つの意味で驚きだ。
「ただの回復魔法ではもちろんのこと、スキルの高い者でも傷跡をなかったことにできるほど強力な魔法を使うのは至難の業でしょう」
「そうなんだ…」
回復魔法の習得にまで至っていないので知らなかったが、話を聞く限り、傷や病を癒すには相応なスキルがいるらしい。今後、絶対に怪我や病気をしないようにしよう。
「ソウル魔法は感情や思考の影響も多いのです。いまはまだ自身のソウル魔法をちゃんと理解できていないだけで、テオドール様は魔力量も充分にあるようですし。これから先もっと磨けば、もっと強いソウル魔法になると思いますよ」
「もっと強い……」
噛み締めるようなテオドールが呟いた。更にレインは医学的な勉強をしてもいいかも、とアドバイスをした。その言葉にテオドールはこくこくと頷いた。
そして、わたしとレインに向かって真剣な表情で口を開いた。
「俺もたまにでもいいから、魔法の特訓に混ざてもらっていいか?」
「もちろん! お兄様ならいつでも大歓迎!」
その言葉にわたしは一気に笑顔になる。レインのスパルタ指導もテオドールがいれば、少しはマシになるかもしれない。
今にも飛び跳ねそうなぐらいに浮かれていれば、テオドールがわたしとレインの手をぎゅっと握った。
「ありがとうな、レイン、アナスタシア!」
(やばい……その笑顔は可愛すぎるよ、テオたん!)
このままもう少し推しとの触れ合い時間を楽しみたいので、お茶でもと誘ったが、どうやらこの後予定があるらしく、彼はその場を去ってしまった。
去っていくテオドールの背中を名残惜しそうに眺めていれば、隣にきたレインが声をかけてきた。
「アナスタシア様は、本当にテオドール様にべったりですね。それはもう胸焼けしそうなぐらい」
どこか棘のある言い方が気になったが、まあいつものことかと思い、特に触れずに会話を続ける。
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