竜の器と囚われの贄姫

神崎 右京

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第二章

第14話 作戦会議① (Side:アルヴィン)

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 翌日、カルロが僕の部屋にやって来た。
 北方の寒さ対策も兼ねてと用意されたネルシャツとスラックスの軽装の僕を見て、ぱちりと眼を瞬かせる。

「お前のそういう恰好、珍しいな」
「そう?カルロがローブ着てないのも珍しい気がするけれど」
「別に普通だろ。お前は何つーか……いつも以上に『男装の麗人』って感じだな。シャツが身体の線を拾うせいで、男の癖に華奢な感じが露骨に出てる。マントも無しに屋敷内をその恰好でうろうろすると、女と間違われるぞ」
「む……失礼だな」

 もう少し何か言われるかと思ったけれど、軽口はそれだけで終わった。カルロはどこかで手に入れたらしい、レーヴ領内の詳細な地図を机に広げ、すぐに本題に入った。

シャロンが陣取ってるのは、このあたりの山らしい」
「改めて見ると、随分険しくて標高の高い山脈だね……」

 領内の詳細な地図というのは、通常は領外に出回らない。そんなもの、統治者以外が持っても百害あって一利なしだからだ。
 机に広がる地図は、恐らく最も詳細にレーヴ領内の情報が書き込まれ、山の標高まで記されている。これを僕たちに貸し出してくれたのは、かなりの信頼の証だろう。

「そもそも、事件の後、シャロンがここにまっすぐ向かった理由は何だ?お前たち兄妹に、特別な所縁があるのか?幼少期に来たことがあるとか――」
「いや。そんなことはない、はずだ。シャロンがフロスト領を出るなら、僕は心配で必ずついて行く。旅行だって、シャロン次第だ。シャロンがどこかに行くなら、例え領内だったとしても必ずついて行くし。この地に特別な所縁があるとは思えないな」
「……そうだよな。アルヴィンはそういうこと言う奴だよ」

 なんで半眼で言われるのかわからないが、同意を得られたようで何よりだ。
 実際にレーヴ領に来てみても、全く心当たりがなかった。所縁があるという線は薄いだろう。

「なら、人間時代の志向じゃなく、竜としての性質かもな」
「寒い地域の方が活動しやすい、とか?」
「例えば、そういうことだな。古代竜の伝承では、地域について何か特徴はあったか?」
「ちょっと待って」

 僕は自分の荷物の中から書籍を取り出す。この一年で集めた、各地に散らばる古代竜の伝承のメモだ。

「うぅん……目撃情報は大陸各地にあるみたいだね。フロスト領みたいに温暖な地域にも伝承が残ってるくらいだから、寒さは関係ないかも」
「気候じゃないなら、なんだろうな……食い物か?この辺りの方が食糧を取りやすいとか――」

 カルロは天を仰いだ後、何かに気付いたように頬を引き攣らせた。

「……っていうか、アイツ、この一年、何食って生きてんだ?そもそもアレに、食い物はいるのか?」
「え?生き物なんだし、いるんじゃない、流石に――あ、いや待って。ちょっと今、あまり考えたくない可能性に思い至ったから、要らない方に賭けたい」

 僕は顔を覆って言葉を撤回する。
 儀式で見た竜の巨体を考えれば、あの大きさを維持するために必要な食糧は、相当な量になるはずだ。

「昔から、竜が出ると恐化が起きるんだろ。恐化を竜が引き起こしてるなら、恐化の親玉とも言えるわけだ。んで、今まで俺たちが見て来た、恐化した魔物の食い物は――」
「やめて、やめよう、カルロ。あまり考えたくない」
 
 僕の言葉に、カルロは眉を寄せて口を噤んでくれる。

「……午後に話を聞かせてくれるっていう警邏隊長に、ここ一年で人間の誘拐事件だの獣に襲われた死体発見の事件だのが増えてないか、確認するか」
「ぅぅぅ……」

 この一年、竜が積極的に人里に降りて、危害を加えたという事件はない。だから、少しは安心をしていた。
 しかし、例えば山に迷い込んだ人や、言うことを聞きそうな竜神教の信者を……などと悪い方向に考え始めると、きりがない。
 仮に、人間を食していたとなら、元に戻せたとしても庇い切れるかわからない。せめて山の動物や木に生る果物を食べて生きていてほしいと思う。
 何なら、神として崇められるくらいの存在なのだから、飲まず食わずでも生きられる身体であってほしい。希望的観測だとはわかっているけれど。

「まぁ……いったんこの問題は横に置いておくか。現状ではどうしようもないしな」
「そうだね……本当にそんなことが起きているとわかった時に、改めて考えることにするよ……」

 重くなった胃を抱え、僕は地図へと視線を戻す。
 冬を迎えようとしている極寒の山で、孤独に生きる妹を想う。
 お腹を空かせていないか。寒さに凍えていないか。怪我をして痛い思いをしていないか。寂しさに泣いていないか。
 兄として当然の心配すら、今の僕にはままならない。それでも、彼女のために何が出来るのかを考えずにはいられなかった。

「警邏隊長はどこまで情報を知っているんだろう。魔法騎士団が討伐作戦を何度か実施した話は聞いたけれど……参加してたのかな」
「作戦に同行しても、戦力として数えられてはいないだろう。普段は人が寄り付かない険しい山脈だろうから、地元民としての案内役じゃないか?」
「なるほど。作戦が長期化したときの兵站確保や、地域住民の避難誘導が主任務になりそうだね」
「そういう立場だからこそ、知ってることもあるだろ。竜が陣取ってるせいで、竜神教の連中も集まってたから、その取り締まりもしてたはずだ」

 現世に伝説の神が蘇ったとなれば、信者が集まるのは当然だ。
 邪教として虐げられてきた歴史が長ければ、その鬱憤も大きい。
 竜の出現で、多くの人がレーヴ領を離れた。そんな時期に、あえて外から訪れる者は――金目当ての傭兵か、神を拝もうとする邪教信者だろう。

「竜の戦闘力は把握しておきたい。相手が俺たちを認知できないなら、一発ぶちかまして体勢立て直す必要がある。派遣された騎士団がどうやられたか、どんな攻撃手段があるか――情報は揃えておきたい」
「その辺りは、トビアス氏も詳しいだろうね。討伐作戦は数度行われているはずだから、報告は受けているだろう」

 頭の中のやることリストに、新しい項目を追加しながら、僕は思い付きを口にした。

「そういえば、魔塔のダミアンみたいに、カルロを黒騎士団にスカウトしに来た知り合いは?内部の話を聞けるならそれが一番――」
「いや。恐化が報告されるたびに騎士団は国中を飛び回ってる。何度か接触を試みたが、捕まらない。本拠地の王都に直接出向くのが最終手段だろうな」
「やっぱりそうか……」

 黒騎士も白騎士も、きっと今は猫の手も借りたい状況だ。本来魔法行使職として活動しない魔塔のダミアンが、片田舎の恐化現象のために派遣されるくらいなのだから。
 仮にカルロが接触出来ても、無理やり入隊させられるだけだろう。目の前には魔物の脅威があるのだから、当然だ。

「地図が正しいなら、鉄道を使えば半日で山の麓に着くだろう。なるべく早く情報を集めて、竜探し開始だな。山に入ってもすぐに出てきてくれるか賭けだが」
「麓の街で、少し聞き込みもしたいな。竜のお膝元だし、恐化被害も酷いはずだ。浄化できるものは浄化してから進みたい」
「そうだな。東側の街はそこそこの規模がありそうだ。本気で恐化が始まってたら、既に街ごと廃墟になってるかもしれないが――そのときは、宿屋なり拠点に出来そうな建物を探すところから始めよう」

 無賃で宿泊するのは気が引けるが、仕方がない。
 僕はカルロと、これからの動き方をあれこれと話し合った。
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