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第五章
第46話 タイムリミット (Side:カルロ)
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「お前が言いたいことはわかる。俺だって、この線はないと最初思っていた。だから恐化現象を直接目で見て解析するために、傭兵なんて道を選んだ」
「動物だけじゃなく植物も恐化現象の核となり得ると発見しただけでも凄いと思うけれど。おかげで、生物学者たちの間に激震が走ったのよ。竜が作用できるなら、動物と植物には未知の構造的な共通点があるんじゃないか――それが特定されれば、白魔法での対処法だけじゃない根本解決が出来るんじゃないかって、お祭り騒ぎ。魔塔も今じゃ、その研究に賭けてるわ」
それが大多数の意見だということはわかっている。山脈で大人しくしているだけの竜の脅威は、現時点では本体の武力よりも、原因不明のまま広がり続ける恐化現象だ。恐化を解決する術があれば、竜の脅威も当座はしのげる。
俺もそう考えて旅を続けていた。――レーヴ領で、竜の魔法についての詳細を聞くまでは。
「禁術が本当に眉唾だと断じるのは、アーノルドの研究成果を聞いてからでも遅くはないと思っただけだ。アルヴィンを助けるために少しでも可能性があるなら、調べておきたい」
「それならなおのこと、早く叙爵の話を受け入れればいいのに。植物の恐化発見の成果で、改めて話は来ているでしょう?貴族位を得れば、魔塔にも入れて、王都の特別資料館にも自由に入れる。研究を進めるには一番早いのに」
ダミアンの正論に、ぐっと詰まる。
「現状じゃ、フロスト家が後ろ盾になってくれないんだ。仕方ないだろう」
移民の俺は、貴族の後ろ盾がないと叙爵を受けることが出来ない。
しかしフロスト家からシャロンとの婚約を破棄しろと言われている身だ。後ろ盾になってもらうことは出来ない。
「だから、レーヴ家が名乗りを上げたんでしょう。うちの妹、可愛かったでしょう?悪くない申し出だと思うけれど?」
「当主に妹をけしかけるよう入れ知恵したのはお前か?」
つい数週間前に、シャロンの前で露骨に言い寄られた嫌な記憶が蘇り、思わず低い声で鋭く問いかける。
ダミアンは肩を竦めて俺の視線を流した。
「そう怖い顔をしないで。アタシは何も言ってないわ。ただ、トビアスがそう考えるかも、と思いながらアナタに紹介状を書いたのは確かね。恨まないで頂戴。長男の癖に家督を継がず好きにさせてもらっている負い目があるのよ」
「ふざけんなよ……! なんで好きでもない小娘と結婚しなきゃいけないんだ」
「貴族の結婚なんてそんなものよ。ベアトリスだってきっと同じことを思ってるわ。あの子、一年前までは第三王子と婚約してたのよ」
それは驚きの方向転換だ。国の最上位から最低の身分の男へと鞍替えする気持ちは最悪だろう。
同情はするが、俺が知ったことではない。俺はシャロンが好きで、シャロン以外と結婚したくはない。ただそれだけだ。
「社交シーズンが始まれば、フロスト家は女当主として娘を擁立する方向を決めるでしょう。そうなれば、暗示を解いてくれとアタシに正式に依頼が来るわ。さすがに実家の関係を考えても将来のことを考えても、それを断ることなんて出来ないから恨まないでね」
「ぐ……ぅぅ……」
ぐうの音も出ない八方塞がりに、俺は頭を抱える。
「そもそもあの暗示だって、健全とは言い難いものだもの。哀しくて辛い現実に耐えきれなくて、”死”という最悪な方向に現実逃避をしようとしていた女の子に、認知阻害を掛けることで逃避先を変えさせただけ。『何もできない自分』ではなく、『何でもできるお兄様』になり切ることで、一時的に心を守っただけよ。でも、どこかであの子は現実と向き合わなきゃいけない」
「あーわかってる、わかってるよ……!」
シャロンは旅の途中、何度も暗示が解けかけた。本人が現実と向き合おうとするたびに、シャロンの意識が覚醒する。
そもそもが不安定な暗示なのだ。いつまでも騙し通せるわけではない。シャロンのためにも、彼女の心を守りながら現実を受け入れさせていく必要がある。
今年の社交シーズンでデビューをするなら、シャロンはアルヴィンとしてではなく、シャロンとして社交の場に立たなければならない。
いつまでも先延ばしには出来ない。言われるまでもなくわかっていた。
「だけど、仕方ねぇだろ……! まだ、シャロンの意識が戻ると心労でぶっ倒れるくらいなんだぞ。今だって――」
「アラ。また倒れたの? じゃあ、お嬢様のことがさぞ心配でしょう。アナタ、こんなところにいていいの?」
「だから、アーノルドのことを教えてもらえたらさっさと帰るってさっきから何度も――」
話が堂々巡りしている。
イライラしてもう一度同じ話を繰り返そうとしたときだった。
バタン、と大きな音を立てて扉が開け放たれる。
「すみません! カルロ・ファレス殿に、急ぎの伝達ということで、フロスト家から使者の方が――」
「!」
ガタンと椅子を蹴って立ち上がる。
「シャロン・フロスト様が目を覚まされたので、急ぎ戻られたしと――」
皆まで聞かず、俺はダミアンの脇をすり抜け駆け出す。
「あっ! カルロ! まだ話は終わってないわよ!」
後ろからダミアンの非難めいた声が飛んだが、構うことなく一目散にフロスト家のタウンハウスを目指したのだった。
「動物だけじゃなく植物も恐化現象の核となり得ると発見しただけでも凄いと思うけれど。おかげで、生物学者たちの間に激震が走ったのよ。竜が作用できるなら、動物と植物には未知の構造的な共通点があるんじゃないか――それが特定されれば、白魔法での対処法だけじゃない根本解決が出来るんじゃないかって、お祭り騒ぎ。魔塔も今じゃ、その研究に賭けてるわ」
それが大多数の意見だということはわかっている。山脈で大人しくしているだけの竜の脅威は、現時点では本体の武力よりも、原因不明のまま広がり続ける恐化現象だ。恐化を解決する術があれば、竜の脅威も当座はしのげる。
俺もそう考えて旅を続けていた。――レーヴ領で、竜の魔法についての詳細を聞くまでは。
「禁術が本当に眉唾だと断じるのは、アーノルドの研究成果を聞いてからでも遅くはないと思っただけだ。アルヴィンを助けるために少しでも可能性があるなら、調べておきたい」
「それならなおのこと、早く叙爵の話を受け入れればいいのに。植物の恐化発見の成果で、改めて話は来ているでしょう?貴族位を得れば、魔塔にも入れて、王都の特別資料館にも自由に入れる。研究を進めるには一番早いのに」
ダミアンの正論に、ぐっと詰まる。
「現状じゃ、フロスト家が後ろ盾になってくれないんだ。仕方ないだろう」
移民の俺は、貴族の後ろ盾がないと叙爵を受けることが出来ない。
しかしフロスト家からシャロンとの婚約を破棄しろと言われている身だ。後ろ盾になってもらうことは出来ない。
「だから、レーヴ家が名乗りを上げたんでしょう。うちの妹、可愛かったでしょう?悪くない申し出だと思うけれど?」
「当主に妹をけしかけるよう入れ知恵したのはお前か?」
つい数週間前に、シャロンの前で露骨に言い寄られた嫌な記憶が蘇り、思わず低い声で鋭く問いかける。
ダミアンは肩を竦めて俺の視線を流した。
「そう怖い顔をしないで。アタシは何も言ってないわ。ただ、トビアスがそう考えるかも、と思いながらアナタに紹介状を書いたのは確かね。恨まないで頂戴。長男の癖に家督を継がず好きにさせてもらっている負い目があるのよ」
「ふざけんなよ……! なんで好きでもない小娘と結婚しなきゃいけないんだ」
「貴族の結婚なんてそんなものよ。ベアトリスだってきっと同じことを思ってるわ。あの子、一年前までは第三王子と婚約してたのよ」
それは驚きの方向転換だ。国の最上位から最低の身分の男へと鞍替えする気持ちは最悪だろう。
同情はするが、俺が知ったことではない。俺はシャロンが好きで、シャロン以外と結婚したくはない。ただそれだけだ。
「社交シーズンが始まれば、フロスト家は女当主として娘を擁立する方向を決めるでしょう。そうなれば、暗示を解いてくれとアタシに正式に依頼が来るわ。さすがに実家の関係を考えても将来のことを考えても、それを断ることなんて出来ないから恨まないでね」
「ぐ……ぅぅ……」
ぐうの音も出ない八方塞がりに、俺は頭を抱える。
「そもそもあの暗示だって、健全とは言い難いものだもの。哀しくて辛い現実に耐えきれなくて、”死”という最悪な方向に現実逃避をしようとしていた女の子に、認知阻害を掛けることで逃避先を変えさせただけ。『何もできない自分』ではなく、『何でもできるお兄様』になり切ることで、一時的に心を守っただけよ。でも、どこかであの子は現実と向き合わなきゃいけない」
「あーわかってる、わかってるよ……!」
シャロンは旅の途中、何度も暗示が解けかけた。本人が現実と向き合おうとするたびに、シャロンの意識が覚醒する。
そもそもが不安定な暗示なのだ。いつまでも騙し通せるわけではない。シャロンのためにも、彼女の心を守りながら現実を受け入れさせていく必要がある。
今年の社交シーズンでデビューをするなら、シャロンはアルヴィンとしてではなく、シャロンとして社交の場に立たなければならない。
いつまでも先延ばしには出来ない。言われるまでもなくわかっていた。
「だけど、仕方ねぇだろ……! まだ、シャロンの意識が戻ると心労でぶっ倒れるくらいなんだぞ。今だって――」
「アラ。また倒れたの? じゃあ、お嬢様のことがさぞ心配でしょう。アナタ、こんなところにいていいの?」
「だから、アーノルドのことを教えてもらえたらさっさと帰るってさっきから何度も――」
話が堂々巡りしている。
イライラしてもう一度同じ話を繰り返そうとしたときだった。
バタン、と大きな音を立てて扉が開け放たれる。
「すみません! カルロ・ファレス殿に、急ぎの伝達ということで、フロスト家から使者の方が――」
「!」
ガタンと椅子を蹴って立ち上がる。
「シャロン・フロスト様が目を覚まされたので、急ぎ戻られたしと――」
皆まで聞かず、俺はダミアンの脇をすり抜け駆け出す。
「あっ! カルロ! まだ話は終わってないわよ!」
後ろからダミアンの非難めいた声が飛んだが、構うことなく一目散にフロスト家のタウンハウスを目指したのだった。
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