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第五章
第47話 目覚め (Side:カルロ)
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息を切らせてフロスト家のタウンハウスに駆け込むと、待ちかねたように迎えてくれたのはレイアだった。
「カルロ様! お嬢様が目覚められて――!」
「あぁ、聞いた。暗示は?」
鋭く聞き返すと、レイアは大丈夫だと言うようにうなずいた。
「目覚められてすぐは、少し混乱していらっしゃったようですが、カルロ様の魔法を詰めた瓶の香りを嗅がせたら、落ち着かれました。もちろん使用人一同、振る舞いを徹底し、お嬢様の目覚めから一貫してアルヴィン様を相手にしているように会話しております」
「そうか……」
レイアの報告にほっと安堵する。
これまでにシャロンの暗示が解けてしまったときは、自分のせいでアルヴィンが犠牲になったと嘆いて希死念慮に囚われ、再び暗示をかけ直すまで片時も目を離せなかった。断腸の思いで魔法で動きを拘束したことも一度や二度ではない。
ここの使用人たちは皆、シャロンを心から愛している。芝居を打つことくらい徹底するだろうが、万が一の事態に実力行使で動きを封じることは流石に抵抗があるはずだ。そう思って急いで帰ってきたが、そこまでには至っていないようで安心した。
「先ほど、念のためにお呼びしたお医者様も帰られたところです。心に強い負担がかかったと思われるため、今日は一日、ゆっくり休むようにと」
「寝てるのか?」
「いえ。三日もお休みだったので、先ほど消化に良い軽食をお持ちしたところです。まだ起きていらっしゃるのではないでしょうか」
報告するレイアの顔からは、心配の色が抜けない。
暗示が再び掛かったということは、シャロンはまだ、心を守るための現実逃避を必要としているということでもある。親友の心が気がかりなのだろう。
「大丈夫だ。あと二週間で、絶対にアルヴィンの件を進展させる。任せておいてくれ」
「はい……どうか、お願いいたします」
深々と頭を下げるレイアに力強く頷いて、俺はまっすぐにシャロンが寝ているアルヴィンの部屋へと向かった。
部屋に入る前に、息を整え髪を押さえつける。なるべく、いつも通りの何ということもない態度を取らなければいけない。息を切らして全力疾走してきたことなど、悟られてはいけない。一度不安定になった暗示が再び綻びでもしたら大変だ。
すぅっと息を吸って気持ちを切り替え、軽く扉をノックする。
「……アルヴィン。入るぞ」
「あ――う、うん。どうぞ」
返事を待って、扉を開ける。シャロンは、ベッドで身体を起こしていた。
「体調は大丈夫か?」
「うん……ごめん。情けないところを見せてしまって。到着早々、屋敷の皆にも迷惑をかけたみたいだし――」
近づいて尋ねると、シャロンは気まずそうに顔を伏せて、布団を引き上げる。
「気にするな。レイアから、シャロンにとって王都は『恐ろしい場所』の象徴だったって聞いた。いつもみたいに、シャロンの意識が混濁したんだろう。ただ、ちょっとタイミングが悪かっただけだ」
「うん……」
頷くシャロンの顔色は晴れない。強い心労があったせいか、血色も悪い。愁いを帯びた瞳を伏せる横顔を見ると、今すぐ抱き寄せて「大丈夫だ」「全部俺に任せろ」と言ってやりたくなる。
そんな衝動を堪えていると、シャロンがこちらを見上げた。
「そういえば……ありがとう、カルロ」
「ぁん? なんだ、急に」
「駅で、シャロンの意識が混ざって蹲った僕に、何度も声をかけてくれたよね。魔法も使ってくれて――」
「あぁ……」
あの時は、とにかく必死だっただけなのだが、どうやら感謝してくれているらしい。
「僕たち兄妹を、絶対に生きたままもう一度逢わせてくれるって言ってくれて……すごく、嬉しかった」
「そりゃそうだろ。何のためにこんなに必死になってると思ってるんだ」
「ふふっ……僕は、色々な人に支えられて恵まれた人生を送っている自覚があるけれど――こんな風に、本当の家族でもない他人のために命を懸けて必死になってくれるのは、カルロだけだよ。カルロと出逢えたことは、僕にとって最大の幸福だった」
自己犠牲的なシャロンの意識が一瞬でも顕在化した名残だろうか。それとも、心が疲弊しすぎているのだろうか。
今日のシャロンは、いつもより随分と弱々しいことを言う。
「家族でもない他人って、何だ。冷たい野郎だな。もうすぐ本当の家族になるんだぞ。お前は義兄だ。少し早いが、お義兄様とでも呼んでやろうか?」
わざと茶化すと、シャロンは虚を突かれた顔をした後、クスッと笑った。
花が綻ぶような美しい微笑に、相変わらず世界一可愛いなと感動していると、シャロンはこちらを見上げる。
少しだけこちらを揶揄うような、それでも意地悪ではない、柔らかな眼差し。
「僕たちが本当の家族になるには、あと、二週間しかないけど?」
「ぐ――」
最高に可愛い顔で強烈な一撃をお見舞いしないでほしい。色々な意味で、何も言えなくなる。
「大丈夫。大丈夫だ。まだ、二週間もある。俺はギリギリまで諦めねぇぞ……!」
アルヴィンを救う方法を――何より、シャロンを嫁にする人生を。
ぐっと拳を握って宣言する俺に、少し呆れたように笑うシャロン。だが、俺はどこまでも本気だった。
俺が生涯の伴侶にしたいと心から願うのは、後にも先にも、シャロンだけだ。
気を失って寝込むくらいの心労から目が覚めたら、自分の体調よりも真っ先に周囲を気遣うその心根は、初めて逢った頃から変わらない。
昔は、知らなかった。本来なら、駅に降り立つだけで気を失うくらい、王都は”恐ろしい場所”の象徴だったはずなのに――シャロンは婚約期間中、俺に会いに王都に来てくれたことがある。
どれほど怖かったことだろう。不安だったことだろう。
それでもあのときは、俺を信じてくれたから、必死に勇気を振り絞ってくれていたのだと今ならわかる。
俺はその期待に応えなければいけない。
これから一生、俺がいれば王都なんて何も怖くないと笑えるくらいの、絶対の安心を与えてやりたい。
他の誰にも、その役割を譲りたくない。
例えそれが――親友のアルヴィンであっても。
「わかったよ。君がそこまで頑張ってくれるなら、僕も精一杯タイムリミットまで頑張る」
「そうしてくれ。平民の俺じゃ入れない特別資料館のエリアもあるんだ」
「そうだね。明日、体調が良さそうなら行ってみるよ」
にこりと笑う顔は、いつもの暗示下の”アルヴィン”で――俺は、ほっと息を吐いた。
「カルロ様! お嬢様が目覚められて――!」
「あぁ、聞いた。暗示は?」
鋭く聞き返すと、レイアは大丈夫だと言うようにうなずいた。
「目覚められてすぐは、少し混乱していらっしゃったようですが、カルロ様の魔法を詰めた瓶の香りを嗅がせたら、落ち着かれました。もちろん使用人一同、振る舞いを徹底し、お嬢様の目覚めから一貫してアルヴィン様を相手にしているように会話しております」
「そうか……」
レイアの報告にほっと安堵する。
これまでにシャロンの暗示が解けてしまったときは、自分のせいでアルヴィンが犠牲になったと嘆いて希死念慮に囚われ、再び暗示をかけ直すまで片時も目を離せなかった。断腸の思いで魔法で動きを拘束したことも一度や二度ではない。
ここの使用人たちは皆、シャロンを心から愛している。芝居を打つことくらい徹底するだろうが、万が一の事態に実力行使で動きを封じることは流石に抵抗があるはずだ。そう思って急いで帰ってきたが、そこまでには至っていないようで安心した。
「先ほど、念のためにお呼びしたお医者様も帰られたところです。心に強い負担がかかったと思われるため、今日は一日、ゆっくり休むようにと」
「寝てるのか?」
「いえ。三日もお休みだったので、先ほど消化に良い軽食をお持ちしたところです。まだ起きていらっしゃるのではないでしょうか」
報告するレイアの顔からは、心配の色が抜けない。
暗示が再び掛かったということは、シャロンはまだ、心を守るための現実逃避を必要としているということでもある。親友の心が気がかりなのだろう。
「大丈夫だ。あと二週間で、絶対にアルヴィンの件を進展させる。任せておいてくれ」
「はい……どうか、お願いいたします」
深々と頭を下げるレイアに力強く頷いて、俺はまっすぐにシャロンが寝ているアルヴィンの部屋へと向かった。
部屋に入る前に、息を整え髪を押さえつける。なるべく、いつも通りの何ということもない態度を取らなければいけない。息を切らして全力疾走してきたことなど、悟られてはいけない。一度不安定になった暗示が再び綻びでもしたら大変だ。
すぅっと息を吸って気持ちを切り替え、軽く扉をノックする。
「……アルヴィン。入るぞ」
「あ――う、うん。どうぞ」
返事を待って、扉を開ける。シャロンは、ベッドで身体を起こしていた。
「体調は大丈夫か?」
「うん……ごめん。情けないところを見せてしまって。到着早々、屋敷の皆にも迷惑をかけたみたいだし――」
近づいて尋ねると、シャロンは気まずそうに顔を伏せて、布団を引き上げる。
「気にするな。レイアから、シャロンにとって王都は『恐ろしい場所』の象徴だったって聞いた。いつもみたいに、シャロンの意識が混濁したんだろう。ただ、ちょっとタイミングが悪かっただけだ」
「うん……」
頷くシャロンの顔色は晴れない。強い心労があったせいか、血色も悪い。愁いを帯びた瞳を伏せる横顔を見ると、今すぐ抱き寄せて「大丈夫だ」「全部俺に任せろ」と言ってやりたくなる。
そんな衝動を堪えていると、シャロンがこちらを見上げた。
「そういえば……ありがとう、カルロ」
「ぁん? なんだ、急に」
「駅で、シャロンの意識が混ざって蹲った僕に、何度も声をかけてくれたよね。魔法も使ってくれて――」
「あぁ……」
あの時は、とにかく必死だっただけなのだが、どうやら感謝してくれているらしい。
「僕たち兄妹を、絶対に生きたままもう一度逢わせてくれるって言ってくれて……すごく、嬉しかった」
「そりゃそうだろ。何のためにこんなに必死になってると思ってるんだ」
「ふふっ……僕は、色々な人に支えられて恵まれた人生を送っている自覚があるけれど――こんな風に、本当の家族でもない他人のために命を懸けて必死になってくれるのは、カルロだけだよ。カルロと出逢えたことは、僕にとって最大の幸福だった」
自己犠牲的なシャロンの意識が一瞬でも顕在化した名残だろうか。それとも、心が疲弊しすぎているのだろうか。
今日のシャロンは、いつもより随分と弱々しいことを言う。
「家族でもない他人って、何だ。冷たい野郎だな。もうすぐ本当の家族になるんだぞ。お前は義兄だ。少し早いが、お義兄様とでも呼んでやろうか?」
わざと茶化すと、シャロンは虚を突かれた顔をした後、クスッと笑った。
花が綻ぶような美しい微笑に、相変わらず世界一可愛いなと感動していると、シャロンはこちらを見上げる。
少しだけこちらを揶揄うような、それでも意地悪ではない、柔らかな眼差し。
「僕たちが本当の家族になるには、あと、二週間しかないけど?」
「ぐ――」
最高に可愛い顔で強烈な一撃をお見舞いしないでほしい。色々な意味で、何も言えなくなる。
「大丈夫。大丈夫だ。まだ、二週間もある。俺はギリギリまで諦めねぇぞ……!」
アルヴィンを救う方法を――何より、シャロンを嫁にする人生を。
ぐっと拳を握って宣言する俺に、少し呆れたように笑うシャロン。だが、俺はどこまでも本気だった。
俺が生涯の伴侶にしたいと心から願うのは、後にも先にも、シャロンだけだ。
気を失って寝込むくらいの心労から目が覚めたら、自分の体調よりも真っ先に周囲を気遣うその心根は、初めて逢った頃から変わらない。
昔は、知らなかった。本来なら、駅に降り立つだけで気を失うくらい、王都は”恐ろしい場所”の象徴だったはずなのに――シャロンは婚約期間中、俺に会いに王都に来てくれたことがある。
どれほど怖かったことだろう。不安だったことだろう。
それでもあのときは、俺を信じてくれたから、必死に勇気を振り絞ってくれていたのだと今ならわかる。
俺はその期待に応えなければいけない。
これから一生、俺がいれば王都なんて何も怖くないと笑えるくらいの、絶対の安心を与えてやりたい。
他の誰にも、その役割を譲りたくない。
例えそれが――親友のアルヴィンであっても。
「わかったよ。君がそこまで頑張ってくれるなら、僕も精一杯タイムリミットまで頑張る」
「そうしてくれ。平民の俺じゃ入れない特別資料館のエリアもあるんだ」
「そうだね。明日、体調が良さそうなら行ってみるよ」
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