白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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 タワー駐車場へ車を入れた後、店まで歩いてきた。閑静な住宅街にマッチした外観をしている。一見するとレストランに見えない。ガラス扉の向こうには、吹き抜けの天井が見えた。28席のテーブルの間隔の広さがちょうどいい。賑やかな話し声が聞こえている。実際に入ると、居心地の良い空間が広がっていた。ここはリストランテ森下だ。

「美味しそうな匂いがしているよ~」
「この店が気に入っているな」
「うん。イタリアンなのにアッサリしてるもん。優しい味がするし。……こんにちは」
「いらっしゃいませ」

 ここのオーナーは黒崎の知り合いだ。大学時代の後輩だと言っていた。企業に勤めていたが、飲食店をやりたくて始めた店だ。根っからのレストラン好きだと思った。

 カタカタ。

 さっそく料理が運ばれて来た。お腹が鳴りそうないい匂いがしている。スープ、タコのマリネの前菜。パスタはアサリの入ったスープ系だ。

「カマスの香草パン粉焼が美味しかったよ。魚料理を作りたくなった~」
「久しぶりだな。お前の魚料理をしばらく食っていない。気持ちが余裕が出来たのか?」
「うんっ。外食かテイクアウトが続いていたからさー。家なら肉野菜炒めとかのパッパッと作れるやつだったし。コトコト煮込みたいし」
「干物を取り寄せるか?深川さんのお勧めがある」
「わー、それがいいね。黒崎さんが干物を食べるのって珍しいね。好みが変わってきたの?」
「そうか?」
「店でも食べないじゃん。お肉が好きだし。冷凍ものも食べないし」
「試すことにした。うちの事業で和食系を展開するようだ」
「ふうん。カフェと和食か~。元からあるよね?黒崎ホールディングス時代からの日本料理店が……」
「家庭料理をメインに出す店だ。まだ計画段階だ」
「面白いね。お菓子メーカーが、レストラン事業展開が広がっていくから」
「俺はお前と話すのが面白い。食い意地が張っているのに小食だ」
「もっと食べたいんだよねえ」

 小食なのに食べることは大好きだ。黒崎と一緒に居るようになってからだ。どこへでも連れ行ってくれた。どこで食べても美味しくて、料理のバリエーションも増えた。カフェメニュー開発も楽しいものだった。

「シャルロットキッチンの2号店が楽しみだな~。オープニングセレモニーはやるの?」
「正式に決定している。イベントをやる。バレンタインイベントの規模だ」
「行きたいよー。メリーゴーランドメンバーズは来るの?」
「計画している。意外とウケた。あれが面白いのか?」
「GOサインを出したのは黒崎さんだろー?」
「いいアイデアだからだ」

 それは、メリーゴーランドをイメージした仮装のことだ。大きな輪っかの周りを、馬の着ぐるみ社員が走る。子供をおんぶするから ”人力メリーゴーランド” だ。

「さっきからどうした?」
「えーとね。このスープパスタの出汁が美味しい。再現できないかなって」
「そうか。これなら……」

 さっそく料理の話になった。黒崎は作らないし、覚えようとしても大変な作業になる。器用なのに料理だけは苦手だ。チャレンジしている姿が可愛らしくて、動画に残したいぐらいだ。するとその時だ。黒崎のことをオブ声が聞こえてきた。

「黒崎社長!」

 その呼びかけに視線を向けると、テーブルの近くを通りかかった人がいた。その中の一人がそばへやって来た。20代後半ぐらいの人だ。3人連れの女性たちだ。

(黒崎社長か~。久しぶりに聞く呼び方だなあ……)

 黒崎ホールディングス時代の社員さんだろうか?黒崎製菓へ移った人もいれば、地元の支社に残った人もいる。半数以上がそうだったはずだ。都内ではバッタリ会うことがないから懐かしいだろう。

「ああ……」
「お久しぶりですー」

 黒崎が微笑みを返した。懐かしい ”素敵な黒崎社長” モードだ。最近では全くお目にかかっていない。

「柿本さん。久しぶりだね」
「今日は旅行でこっちに来ているんです。まさかお会い出来るなんて思っていなくて」
「オジサンを見ても仕方がないだろう」
「そんなことないですよ……」

 女性が顔を赤らめると、一緒にいる人も同じ反応をした。黒崎に釘付けになって、目が離せない様子だ。これも久しぶりの光景だ。

(黒崎社長だもんねえ。黒崎常務モードにすればいいのに……)

 女性関係が乱れている優しい独身男性と、落ち着いた家庭持ちの人という違いだ。モテ方も異なる。黒崎のかつてのデート相手を思い出して、モヤモヤした。
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