白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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 黒崎が結婚したことは知っているはずだ。それでも素敵な人に会えば嬉しいだろう。分かっていてもムカムカする。こういう時には心の中で唱えよう。

(男に見えない。男に見えない。声を掛けるのは社交辞令、お世辞、お世辞……。ふん……。カッコいいなあ……)

 四六時中一緒にいたのは8月までだった。お互いに忙しくて、知らないことも出来た。それでも納得して過ごしていた。これからはベッタリしようと話している。

「オジサンだなんて。ずっと素敵ですよー」
「調子に乗りそうだ。あの時に恋人がいなかったら……」
「キャーーッ」

(何を言っているんだよーーっ)

 社交辞令だと分かっても面白くない。チーズのクロカンテを食べながら俯いた。カリッカリの食感が、今の自分の心を表している。

「失礼します……」
「気をつけて」

 一気に華やいだ空気が落ち着いた。ふと顔を上げると、彼女たちがテーブルへ向かっている。やっと気がついた。あのセリフで会話を終わらせたということだ。

 黒崎がテーブルに向き直った。グラスの水を飲んで後、俺の方を見た。いつもの素っ気ない人が座っている。雲泥の差だといえる。

「お待たせ。クロカンテが来たのか。気に入っているだろう」
「うん。美味しいよ。カリッカリの焼き加減だし」
「やきもち妬き」
「え?」
「駄々っ子」
「うん……」

 バレているのは仕方がない。視線がこっちだけに向いたから満足した。それに俺だけに向けてくる表情だからだ。クソガキ度が増した人の登場だった。

「絵本を買ってやるから機嫌を直せ」
「機嫌は悪くないよ~~」
「拗ねたくせに」
「ふん……」
「それで機嫌を直せ」
「んん?」

 自分の前にデザートが運ばれて来た。今日のコースにはない種類のものだ。ベリーのコンフォート、シフォンケーキ、タルトも乗っている。白い皿にはイラストが描かれていた。シャルロットのイラストが、ブルーベリーソースで描かれている。

「黒崎さーん。さっき席を立っていたよね?」
「それを描きに行っていた。けっこう上手いだろう?」
「うんっ。チョコペンなら描きやすいのに。ブルーベリーは柔らかいだろ?」
「チョコは苦手だろう。喜んでもらう方が優先だ。気に入ったか?」
「もちろんだよ。ありがとう」
「そうか」
「うん……」

 こっそりとテーブルの下で足を蹴ってやった。

 食後のカプチーノとセットされているのは生チョコだった。運ばれてくる前に、別の菓子に変更すると声をかけてもらったけれど、お腹いっぱいだから断った。周りのテーブルからは、生チョコが美味しいという囁き声が聞こえている。食べたいのに、あの食感が苦手だ。

「めずらしいパターンだ。大抵はチョコレートが好まれる」
「さっぱりしたのがいい。黒崎製菓で開発計画があるって言っていたよね?」
「研究チームで分析しているところだ」
「研究っていうのがスゴイよねえ。お菓子の試食で決めるかと思ったよ」
「安全性と品質の維持だ。その後に試食会がある」
 
 自分のイメージでは、ショコラティエやシェフが集まって菓子を作り、意見を出し合うものかと思っていた。それは後半のステップだと知った。知れば知るほど興味がある。やっぱり食い意地が張っている。だからこそ、小食男子のカフェメニューも思いついたわけだ。

「シャルロットキッチンの、メニュー構成はどうなった?もう進んでいるよね?」
「始まっている。お前の考案したメニューが採用予定された。昨日の決定事項だった。枝川がメールで知らせると言っていたぞ」
「わあーー。楽しみだな。枝川さんと平田さんにはお世話になったよ。面白かったし」
「気が合うようだな。理久君は引き続き、構成チームに入る。如月君はインターンがあるから出来ない」
「どんどん進んでいるねー」
「お前こそ進んだ。えらいぞ」
「ありがとう……」

 3年生を目の前にして、周りの子の進路が決まっていく。インターンシップへの参加は就活と同じだ。ちょうど一年前に参加して、如月や理久と出会った。

(早いなあ。あれから一年も経つのか。ソフトクリーム開発のグループワークをやったなあ。面白かった……)

「夏樹。話したいことがある」
「なにー?」
「メニュー構成のステップで、試食して意見を出す人材が必要だ。お前も入らないか?拘束時間は……、多くでもトータルで2日間だろう。その日に集まり試食する。感想は後日提出だ」
「やりたい!」

 まさか関われると思っていなかった。時間が短いならスケジュール調整は可能なはずだ。家でコツコツとレポートを書くのは得意だ。

「明日、詳しい日程を確認する。定期的にメニューを変更する。声が掛かるかもしれない」
「わあ~。ヤル気が出るよ」
「楽しそうだな。俺には構ってもらえないのか?」
「かまっているじゃん……」
「足りない。デビューするまで独占欲を抑えていた。今はもう抑えない」
「黒崎さん……」
「今週は大学が休みだろう。どこにも出かけるな」
「スーパーは?」
「ネットスーパーにしろ。出るな」
「もうー。そんなこと言ったって」
「見せたくない。独占させろ」
「もう……」
「いい子だ」

 甘い視線を向けられた。ヒョーッと、心の中で声を上げた。黒崎の誕生日なのに俺の方が特別扱いをされている。毎日でもいいぐらいだ。しかし、顔が熱くなりすぎてカッコ悪いから、俯いてデザートを食べた。
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