白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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8-3(黒崎視点)

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 12時半。

 法事が行われる寺に到着した。すでに数人の親族が集まっている。開始まで一時間ある。寺の庭を散歩することにした。黒に近い色味のスーツを着た夏樹が微笑みかけてきた。この略喪服の姿を見ると、実際の年齢よりも高く見える。高校時代のブレザーでもなく、インターンシップ参加の際に着たスーツでもない。

「随分と年上に見える」
「そうかな?着慣れていないからじゃないかな?浮いてるよねえ……」
「いいや。しっかして見える」
「なんだよ~。しっかりしてないって?普段は?」
「そうやって言い返してくると年相応だ。いや、高校時代のようだ」
「ふん……」
「機嫌を直せ」
「だったら機嫌を取れよ~」
「……」

 何も返さずに手をつないだ。ここには人目がないからだ。人前では、どうしても恥ずかしい。遠くまで歩いていると、寺の駐車場が見えてきた。そこには、晴海兄さんの姿があった。母親の瑛子さんも立っている。優しい人だという記憶がある。

(母もそうだろう。あの頃は守れなかった……)

 歩いているうちに、子供の頃の記憶がよみがえった。その物思いから覚めると、目の前には2人の兄が立っていた。一人は笑みを浮かべている。一貴だ。もう一人は眉間に皺を寄せている。晴美兄さんだ。まるで父のようだ。いつから似た顔立ちになっていたのか。

(拓海さん兄さんに見える。同じ両親の息子だからか……)

 記憶の中の晴海兄さんは、法事の席で父から叱咤されていた。親族が居る前でそうされると、誰でも落ち込むだろう。

(逞しいのが当然のことだろう?人前では胸を張るべきだと思っていた……)

 それが出来ない晴海兄さんのことを、俺は何も言わなかった。さらに、こう思っていた。自分自身がそうしているのに、どうして10歳も年上の男が出来ないのかと。そう思い込んでいた。周りにいる者にも向けていた感情だ。恥ずかしいことだ。
 
(それは自分の傲慢さだ。天狗になっていた……)

 だから俺には人が集まらなかった。今では周りが騒がしい程だ。少しは真っ当な男になれたということか。

「晴海兄さん……」
「久しぶりだな。本社のロビーで会って以来か?」
「あの時は……。いや、そうだったか?」

 とっさに忘れたふりをした。晴海兄さんはR&W社の役員を務めていた時代に、上層部の連中から馬鹿にされていた。聞くだけでも腹の立つ話だった。社内に蔓延した空気を入れ替えて、ガス抜きをするための解任だった。正式には、任期満了後に再任されなかった話だ。それを事実上の解任だと受け取ったのは、大勢の人間だ。

 夏樹に対して侮辱した人物だ。許せない思いは消えない。しかし、そのことを悔いた晴海兄さんがいて、夏樹が許した。それならばいいだろう。俺も同じく、兄さんのことを侮辱していた。

(こう言おう。あの時のことはなかった。この場はそうしたい……)

「兄さんと会ったのは、3年前の法事だろう?」
「何を言っているんだ……」
「圭一?ああーーー」

 一貴が何かを言いかけてやめた。そして、俺たちの会話を待つように目を閉じた。夏樹が寄り添うようにして、晴海兄さんの隣に立った。そして、アイコンタクトでメッセージを受け取った。

(大丈夫だよ。俺はOKか。ありがとう……)

「3年前だったはずだ。一貴が腹を壊して、ここのトイレから出られなかった。その間に読経が終了した。一貴、そうだったろう?」
「ああーー、そうだった!あの時は世話になった。覚えていないのか?タクシーに同乗してくれたぞ」

 一貴が話を合わせてくれた。そして、夏樹が寺の方を見つめた。

「黒崎さーん。一貴さん。晴海お兄ちゃん!始まるってさ~」
「夏樹君……」
「ほら、お兄ちゃん。人が多いところは苦手なのー?」
「そんなわけがあるか!」
「ふふん……」
「行こうか。置いて行くぞ」

 これでいい。余計な詮索も会話もいらない。4人が笑顔ならそれでいい。歩き始めた先の空には、季節外れの入道雲が掛かっていた。それを眺めながら笑い合った。雷雨が来るぞと。そんな俺たちを見た親戚たちが、それはもう驚いた顔をしていた。
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